移民と地元民をつなぐ作物――ガーナにおけるカカオ生産とコーラナッツ交易

シリーズ「等身大のアフリカ/最前線のアフリカ」では、マスメディアが伝えてこなかったアフリカ、とくに等身大の日常生活や最前線の現地情報を気鋭の研究者、 熟練のフィールドワーカーがお伝えします。今月は「等身大のアフリカ」(協力:NPO法人アフリック・アフリカ)です。

 

 

西アフリカのカカオ生産の背景

 

チョコレートの原料として私たちにとって身近なカカオは、その大半が西アフリカで生産されていることはよく知られているだろう。しかし、その生産現場のことは十分に知られていないのではないだろうか。カカオは、どのような環境下で、どのような人びとによって、どのように栽培されているのだろうか。そして、どのような経路で、誰によって、どのように運ばれているのだろうか。

 

現代のカカオの生産・流通の形態は、歴史的過程を通じて形成されており、そこには多様な地域と民族がさまざまなかたちで関わっている。また、カカオの栽培は単一におこなわれているわけではなく、西アフリカ特産のコーラナッツという樹木作物が重要な役割を果たしている。本稿では、カカオの産地として私たちと最もなじみの深い西アフリカのガーナにおけるカカオ生産に着目して、アフリカにおける商品作物の生産がどのように成立しているのか、それをとりまく人や他の作物がどのように関わっているのかについて述べる。

 

 

世界のカカオ生産量の国別割合 (2014/15年度、国際ココア機関(ICCO)カカオ統計2014/15年度 第2刊より筆者作成)

世界のカカオ生産量の国別割合
(2014/15年度、国際ココア機関(ICCO)カカオ統計2014/15年度 第2刊より筆者作成)

 

 

世界のカカオ総生産量をみると、第1位の生産国はコートジボワール、第2位はガーナ、第5位はナイジェリア、第6位にはカメルーンがつづき、世界のカカオ生産の約3分の2を西アフリカ諸国が占めていることになる(ICCO 2015)。カカオ生産というと、大規模なプランテーションでの栽培を想像するかもしれないが、コートジボワールやガーナなどの西アフリカ諸国では、小規模農家がカカオ生産を担っていることが多い。

 

19世紀後半、ヨーロッパ諸国は西アフリカにおける植民地化を進め、パーム油やラッカセイ、カカオ、コーヒーなどの農業生産の部門で奴隷を使った生産体制を南部の森林地帯に広めた(Candido 2011)。このとき奴隷とされていたのは、現在のブルキナファソやコートジボワール北部、ガーナ北部などのサバンナ地帯に暮らす人びとであった。奴隷制度が廃止された後も、西アフリカ南部の森林地帯における農業生産では、サバンナ地帯からの移民労働者が主力になっていった。

 

コートジボワールは1960年の独立以降、1970年にかけて急速な経済成長を遂げた。1975~1977年にコーヒーとカカオの生産部門が急成長をみせ、1976~1980年には、おもにブルキナファソやマリから130万人にものぼる移民が流入した(OECD 2009)。政治的な後押しを背景に熱帯森林地帯へと急速に入植した移民たちは農園を開拓し、登記をおこなわないまま土地を占有・所有しつづけた。受け入れ地となった南部の森林地帯では、移民と地元民の潜在的な対立の構図が根づくことになり、2003年の内戦の大きな要因のひとつとなった(佐藤 2015)。

 

一方、私が調査対象としているガーナ南部の森林地帯でも、カカオ生産に従事しているのは北部のサバンナ地帯からの移民労働者たちである。現在、ガーナ国内には60万人の移民がいるとされ、そのうち40万人が西アフリカ各国からの移民労働者であり、その数は増加傾向にある(Ghana Statistical Service 2013)。移民が増加しているガーナでは、かつてのコートジボワールのように、移民と地元民のあいだに軋轢は生じていないのだろうか。

 

ガーナ南部の森林地帯では、カカオとともにコーラナッツが生産されている。カカオ産業を経済基盤とし、その生産を移民の労働力に依存しているガーナにおいて、移民と地元民をつなぐ重要な作物が、このコーラナッツである。

 

 

西アフリカの重要な交易品、コーラナッツ

 

「コーラナッツ」を知っている読者は少ないかもしれないが、初期のコカ・コーラの原料であったという話を聞いたことがある人はいるのではないだろうか。コカ・コーラという名称の「コカ」はコカの葉、「コーラ」はコーラナッツからとっている。

 

コーラナッツは熱帯西アフリカ原産のアオイ科コラノキ属コラノキ(Cola nitida)の種子で、西アフリカ北部のサバンナ地帯の人びとが嗜好品としている。サバンナ地帯では社会的な価値が高く、儀礼などにも欠かせない。

 

たとえばハウサと呼ばれる民族の社会では、首長への貢物や訪問先に送る品、出産の祝いの品、祭りや儀式の供物として重宝され、新生児の命名式などに用いられるほか、結婚に関するやりとりにも用いられる。結婚に関するやりとりでは、男性が意中の女性にコーラナッツを送り、女性は結婚の申し込みを受けるときには白いコーラナッツ、拒むときには赤いコーラナッツを男性に渡して返事をするのだという(Abaka 2005)。

 

 

ニジェールのハウサの農村では、子どもの命名式でコーラナッツが参列者に配られる (写真提供:大山修一)

ニジェールのハウサの農村では、子どもの命名式でコーラナッツが参列者に配られる
(写真提供:大山修一)

 

 

祭りや儀礼の場だけでなく、日常生活のなかでもコーラナッツが消費される。コーラナッツにはカフェインやテオブロミンといった成分が含まれており、指で小さく刻んだものを口に入れ、10~30分ほどかけて噛むことで眠気覚ましや興奮剤になる(Burdock et al. 2009)。西アフリカの学生たちは、試験勉強のときにコーラナッツを噛んで眠気を抑え、集中力を高める。コーラナッツは日本でいうところの栄養ドリンクのような役割も果たしている。

 

独特の苦味と渋みがあって、日本人にとっては馴染みのない味であるが、サバンナ地帯の人びとは男女ともに好んで毎日コーラナッツを購入し、噛みながら仕事に向かう。ときには40度以上の猛暑となることもあるこの地域では、人びとが炎天下で仕事をするときに、商用共通語であるハウサ語を使って「水を飲み,コーラナッツを噛め(ka sha ruwa, ka ci goro)」と声をかけ合う。コーラナッツを噛むことで空腹が和らぐから、食事がなくても水とコーラナッツさえあれば働けるという意味だ。

 

このように、西アフリカのサバンナ地帯の人びとにとってなくてはならないコーラナッツだが、その最大の特徴は生産地と消費地が異なるところにある。消費地であるサバンナ地帯では日常的に消費されているのに対して、生産地である森林地帯では日常的に消費されることはまずない。

 

森林地帯で生産されたコーラナッツは、長ければ2,000キロメートル以上の道のりを経て、サバンナ地帯やその北のサヘル地帯、ときにサハラ砂漠にまで輸送される。しかも生のまま消費されるので、鮮度を保ちながら迅速に輸送しなければならない。鮮度を維持するために日が当たらないように厳重に木の葉で包み、湿度を保つために道中で水をかけることが必要とされる。

 

このように輸送に相当の手間とコストがかかるために高い付加価値がつき、貴族しか手に入れることができない高級品として扱われていたこともあるなど、コーラナッツは何世紀にもわたって西アフリカの重要な交易品とされてきたのである。

 

 

コーラナッツとカカオの関係

 

19世紀末、それまで西アフリカ域内で流通していたコーラナッツは、ヨーロッパや北アメリカに海上輸送されるようになった。西アフリカの人びとが畑仕事や戦争の際にコーラナッツを噛んで空腹を抑えていたことに、ヨーロッパの科学者が注目したからだといわれている。1885年には患者への投与実験によってリウマチや呼吸困難、頭痛に効果があることが確かめられ、同じように医療効果があるとされるカカオと混ぜることで消耗性疾患の補助療法としても有効であるとされた(Abaka 2005)。この頃からコーラナッツはカカオと対をなす存在になっていった。

 

ゴールドコースト(現在のガーナ)産のコーラナッツは、カカオよりも少し早く1867年にはじめてイギリスへ海上輸送された。科学的な関心の高まりとは別に、コカ・コーラの原料などとしての需要もあり、輸出量を伸ばした。しかし、1921年をピークに海上輸送量は減少した。このときからコカ・コーラなどの製造では、コーラナッツの成分の代わりとなる人工の防腐剤が使われるようになったからである。

 

こうしてヨーロッパや北アメリカにおけるコーラナッツの市場拡大は失敗に終わったのだが、コーラナッツに取ってかわるようにしてカカオの海上輸送量が増加していった。それまではヨーロッパの貴族階級の人びとしか口にすることのできなかった飲み物の「チョコレート」が、産業革命後の19世紀にひろく労働階級にも普及したからである(武田 2010)。ゴールドコーストのカカオ産業は20世紀に入って生産量を急速にのばし、1965年にピークを迎えた。その後、一時的に減少傾向を示したものの、現在にいたるまでガーナの基幹産業として生産量を維持している。

 

交易の歴史にみられる関係だけでなく、生産の現場でもコーラナッツとカカオは密接に関わっている。カカオノキ(Theobroma cacao)はコラノキと同じアオイ科で、このふたつの樹木はなにかと相性がいい。コラノキはカカオノキの幼樹を日光から守るのに最適であるとされ、ゴールドコーストの人びとは野生のコラノキの根元にカカオノキの苗木を植えた。コーラナッツの生産に使われた農具はそのままカカオ生産に転用可能であったし、コーラナッツ交易で蓄えた資金がカカオ生産を発展させた(Mitomi 1982)。

 

北部のサバンナ地帯から来た移民労働者たちは、南部の森林地帯でカカオの栽培や収穫に従事し、その収益でコーラナッツを購入して故郷のサバンナ地帯へ輸送した(Abaka 2005)。カカオ生産の重要性が高まるにつれて多くの労働力が必要になったが、コーラナッツを必要とするサバンナ地帯の人びとによって労働力が補われ、現在にいたるまで生産量が維持されてきた。

 

このように、私たちにも馴染み深いチョコレートの原料であるカカオの生産は、私たちにはあまり馴染みのないコーラナッツの交易と寄り添うように発展してきた。カカオ畑にはコーラナッツが植えられており、サバンナ地帯から森林地帯にやって来た移民労働者たちが、カカオ生産に従事するかたわらでコーラナッツの生産や流通にも関わっている。【次ページにつづく】

 

 

移民労働者の若者は品質の悪いコーラナッツを取り除いて輸送用の袋に詰める

移民労働者の若者は品質の悪いコーラナッツを取り除いて輸送用の袋に詰める


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