2012.12.06
衆院選を考える ―― 民主党・自民党の経済政策から
まず本題に入る前に、各党の経済政策を考える際の判断軸を明らかにしておきましょう。それは経済政策における三つの手段、つまり「経済安定化政策」、「成長政策」、「所得再分配政策」の三つを明らかにするということです。
景気変動を安定化させる経済安定化政策
経済安定化政策はマクロ経済政策を指しています。マクロ経済政策である財政政策・金融政策の役割は、これら二つの政策手段を通じて景気の安定化をはかることです。なお財政政策は、政府支出の拡大・縮小あるいは増減税を行うことで景気の安定化をはかる政策です。金融政策は、政策金利や量的緩和といった手段を使うことで通貨の量をコントロールし、マイルドなプラスの物価上昇率(2%程度)を安定的に維持する政策です。
わが国はGDPデフレーターで見て18年、消費者物価指数で見て14年もの間、原材料価格の高騰といった一時的な物価上昇はあるものの継続して物価上昇率がマイナスであるデフレに陥っています。これは物価の安定、つまりマイルドなプラスの物価上昇率を達成するという観点からみて望ましい状況ではありません。デフレを脱するには政府の財政政策によって総需要を刺激したり、通貨の量を拡大させることが必要です。景気は好況と不況が交互に波を打つような形で循環しながら推移していきますが、好況の勢いが強すぎれば、その後訪れる不況の落ち込みは大きくなるリスクが高まります。
デフレが続く日本経済は、好況の勢いがデフレによって頭を押さえつけられる一方で、不況による落ち込みは年を経てより深刻化しているという状況です。日本経済の景気循環の推移をみる際には内閣府が公表している景気基準日付が役に立ちます。
これによると、日本経済は2009年3月から好況局面に入っていますが、その動きは極めて緩やかな状況です。そして直近時点の経済指標から判断すると、現時点では再び不況局面に入っている可能性が濃厚です。このような状況下では、長引くデフレと不況による経済の不安定化を食い止めるための経済安定化政策の役割は重要です。
潜在的な成長力を高める成長政策
成長政策は競争政策や規制緩和といった手段を通じて、生産のために用いられる資源をより効率的、無駄のない形で使用できるようにし、中長期的な経済成長の基礎となる生産性の底上げをはかる政策を指します。
いうなれば、成長政策は日本経済の潜在的な成長力を示す潜在GDPを高める政策であるとも言えます。東日本大震災が生じた時期を含む2011年1~3月期の実質GDP成長率(前期比年率)はマイナス8%となり、2011年4~6月期も同マイナス1.2%と大きく落ち込みました。2011年7~9月期は同プラス9.5%と成長率は高まりましたが、このように深刻な落ち込みから回復する過程においては高めの成長率が観察される場合があります。しかし9.5%という高めの成長率は長続きしません。なぜかといえば、潜在的な成長力を超えた実質GDP成長率を継続して達成することは困難であるためです。
よって高めの実質GDP成長率を持続的に達成していくためには、潜在的な成長力を高めていくことが求められるというわけです。ただし潜在的な成長力を高めたとしても、それが実質GDPの成長に結びつくかは、その時点の経済環境に依存することに留意する必要があります。例えば日本経済の総需要と総供給のギャップを示したGDPギャップの動きをみると、現在の状況は総需要が総供給を下回る状態です。このような状況が続く中では、いくら現時点で資源をより効率的かつ無駄がない形で利用できるようにすることで生産性を高めたとしても、総需要が不足しているために経済成長に結びつくことはないでしょう。
なお成長政策については、よくありがちな誤解について指摘しておくことが各党の経済政策を検討する際に有用です。それは「潜在的な成長力を向上させるのが成長政策である」という点が了解されたとしても、具体策となると「成長分野に対して集中的に投資を行う政策」が成長政策となってしまうことです。
注意すべきは「成長分野」を政治家が予想できるという前提が合理的かどうかという点でしょう。政治家が政策として発表できるほど「成長分野」が明らかであるのならば、こうした分野は既に民間が参入しても利益が得られる事が分かっている訳ですから、むしろ政府は規制を緩和する等の方法によって自らの関与を減らすことが必要となります。「成長分野」はあくまで成長して初めてわかる話であって、「これからこの分野が伸びる=成長分野」という見立てに基づく産業への介入策は成長政策ではないことに留意が必要です。
平等度を高める所得再分配政策
所得再分配政策は、税や社会保障といった手段を通じて社会の公平度を高める政策です。経済安定化政策により景気を安定化させるとともに競争政策や規制緩和といった手段を通じて潜在的な成長力を高めることは、一国の平均的な所得水準を高めることにつながります。しかし一国の平均的な所得水準が高まったとしてもその恩恵に預かれない人々が増えれば、相対的な意味での貧困層が拡大します。
不平等感や不公平感を感じる人々が増えれば、経済安定化政策や成長政策そのものが民主的な手続きの中で頓挫する可能性も高まります。さらに不平等度が高まれば、市場メカニズムの前提条件である社会的な安定性が阻害されたり、総需要の停滞にも拍車をかけるという事態が生じるでしょう。
所得再分配政策は様々なものがありますが、やはり現在において注目すべきは社会保障と税の一体改革、そして生活保護制度ということになるかと思われます。
民主党・自民党の経済政策 ―― 三つの手段の視点から
さて経済政策における三つの手段-経済安定化政策、成長政策、所得再分配政策について簡単におさらいしました。以下では、執筆時点(11月28日)でマニフェストが公表されている政党の中で民主党、自民党の政策をピックアップして考えてみたいと思います。
図表は民主党・自民党の経済政策を先程の経済政策の三つの手段に即して分類したものです。復興政策は様々な側面を有すると考えられますが、経済安定化政策に含めています。http://on.fb.me/V6wVNK
さて両党の政策を検討する際には、個別の政策の是非を検討する前に、経済安定化政策、成長政策、所得再分配政策の三つの優先順位をどのように考えているかが重要な判断材料となります。
というのは、自民党政権・民主党政権で作成・公表された成長戦略が十分に機能していないことからも明らかな通り、単に詳細な政策を羅列しただけでは政策は実現せず、経済環境を考慮に入れながら、政策をどう実行していくかという「ストーリー・戦略」が重要であるためです。両党ともに喫緊の課題である東日本大震災からの復興政策が最初に書かれています。ここでは両党の違いに着目しましょう。
民主党のマニフェストを見ますと、まず指摘されているのは、社会保障の改革です。つまり所得再分配政策が最初に掲げられた上で成長を追求することが述べられています。マニフェストで最も訴えたい事が最初に述べられると考えれば、民主党の優先順位は、所得再分配政策がまず先にあって、その次に経済安定化政策もしくは成長政策が後になるという形であると考えられます。
一方で自民党のマニフェストを見ますと、記載されている政策の順序は、最初が経済情勢の立て直しということで経済安定化政策であるデフレ・円高対策や緊急経済対策(財政政策)が挙げられ、次に成長戦略の推進、最後に所得再分配政策である社会保障にふれるという流れになっています。
民主党マニフェストと自民党マニフェストのどちらが優先順位としては望ましいと言えるのでしょうか。これを考える際には、経済安定化政策、成長政策、所得再分配政策の「ラグ」を念頭におくと見通しがよくなります。
「ラグ」とはある事象が生じてから次の事象が生じるまでの時間的なずれを指しますが、経済政策では、経済情勢の把握から経済政策の実行までのラグを「内部ラグ」、政策実行から経済に効果が生じるまでのラグを「外部ラグ」と呼んで区分しています。「内部ラグ」は、経済現象を認知するまでの時間的なずれである「認知ラグ」、政策当局が経済情勢を判断し経済政策の発動の決定を行うまでの時間的なずれである「決定ラグ」、さらに決定した政策を実行に移すまでの時間的なずれである「実行ラグ」の三つに分かれます。
経済安定化政策、成長政策、所得再分配政策を以上のラグに即してみていくと、決定ラグが最も短いのは経済安定化政策、実行ラグが最も短いのも経済安定化政策ということになり、民主党もしくは自民党が政権を取った場合に即座に実行できるのは経済安定化政策ということになります。
経済安定化政策の中で「外部ラグ」が最も短い政策は財政支出の増加です。マニフェストを見ますと両党ともに当面の景気悪化への対応として補正予算を編成しての経済対策を主張していますが、ラグの側面から考えた場合でも合理的な政策であると言えます。
しかし過去実行された経済対策を考えてみれば明らかな通り、補正予算を通じての経済対策は当面の景気悪化の下支えには役立つとしても、デフレが続く日本経済の現状を考えれば力強い景気回復のきっかけになるとは考えられない状況です。
補正予算を実行した後に民主党が所得再分配政策を優先すれば、経済成長の成果としての国民所得の増加が十分でない状況で再分配政策を強行する、財源が足りないからマニフェストで掲げた再分配政策は頓挫し、一方で財源を確保するために歳出カットや増税を行う、結果としてマニフェストで書かれていなかった政策のみを実行する羽目に陥る、といったこれまでの民主党政権の失敗を再び繰り返す可能性が高いと考えられます。なお再分配政策には利害が伴うために決定までに時間がかかることにも留意すべきです。
こうみていくと、まずデフレ・円高・景気後退といった状況を経済安定化政策で対応した上で、経済安定化を担保しながら成長政策により経済成長をより確実なものとして、拡大した経済成長のパイを所得再分配政策という形で分配するという自民党のマニフェストの流れは理にかなっていると考えられるのです。
民主党・自民党の経済政策-経済安定化政策の視点から
以上のように、経済安定化政策、成長政策、所得再分配政策といった政策の優先順位の観点に即してみると、自民党のマニフェストの方が理にかなっていると筆者は考えます。次に経済安定化政策、成長政策、所得再分配政策に含まれる個別の政策について検討してみましょう。
まず経済安定化政策についてです。図表では復興政策、当面の景気悪化への対応、デフレ対策の三つに分けて整理しています。
復興政策についての両党の共通点は復興予算の適正な執行です。
復興政策について両党の違いを見ていくと、民主党は復興庁・復興特区・復興交付金といった仕組みを強化することでまちづくりや高台移転、雇用創出に取り組むとしています。ただしどう強化するか、そのことで雇用創出が可能なのかについては明らかになっていません。
一方で自民党の場合は、集中復興期間(5年間)の事業費19兆円の想定が過小であり、平成25年度概算要求ベースで既に2兆円以上想定を上回っている状況を考慮の上で復興計画の総点検を行い、必要な事業費を手当てすると明記されています。復興政策については自民党マニフェストの方が具体性はあり、復興計画の見直しや追加費用の金額、及び追加費用のファイナンスの方法が争点になると考えられます。
原発事故に関する対応については、民主党の方が中間貯蔵施設の設置は国の責任で実施するといった具体的な記載があり好感が持てます。自民党の場合はより広い観点から原発事故や原子力災害への対応を述べている点が違いでしょう。
自民党マニフェストの大きな特徴は、復興政策として今後の災害を念頭に置いた「国土強靭化」が大きく取り上げられている点です。国土強靭化については10年間で200兆円という数字のみが大きくクローズアップされている状況ですが、具体策として挙げられている物流ネットワーク複線化、基幹道路整備、老朽化インフラの計画的維持更新、住宅・建築物の耐震化、コンパクトシティー推進といった政策は事業の効率性、無駄な事業の排除に留意しながら進めていくべきでしょう。
財政政策としての「国土強靭化」は、デフレと経済停滞を続けている現在の経済政策のレジームを転換させる材料にはなるかもしれませんが、財政政策そのものが経済に与える影響にはあまり期待できないと考えられます。自民党は財政健全化中期計画の策定を謳っていますが、中長期的な財政健全化への道筋を制約条件として、少子高齢化を踏まえたインフラ整備として何を行うかという視点からの議論が望まれると感じます。
当面の景気悪化への対応については両党ともに大規模な補正予算編成、第1弾緊急経済対策の実行が明記されているため、選挙後に補正予算が編成されるのは確実な状況です。恐らく過去の経済対策で効果があったエコカー減税の再延長といった政策が再投入されるのではないかと予想されます。
デフレ・円高対策については、民主党と自民党の政策には明確な違いがでています。
民主党の場合は、10月30日の日銀政策決定会合で政府と日銀による共同文書(「デフレ脱却に向けた取組について」)に基づき政府・日銀一体で努力するとしており、2014年度にデフレ脱却をめざすとしています。ただし共同文書の内容から判断する限り、デフレ脱却の可能性は薄いでしょう。
共同文書への批判点についてはsynodos journalに掲載頂いた拙稿「Too Little, Too Late, Again」で具体的に述べました。デフレ対策にはまず日銀が適切な金融政策を行うことが必要ですが、「当面1%の目途」に向けて十分な金融緩和策を行わず、かつ「目途」未達状態での2014年度の政策運営をどうするかについても具体的な言及がないという日銀の現状を放置している限り、デフレ脱却の可能性は限りなく小さいと言わざるをえません。
民主党はデフレを克服するために政府が行うべきこととして、モノ、ヒト、お金をダイナミックに動かすための規制・制度改革や予算・財政投融資、税制などの最適な政策手段の動員を掲げていますが、これらはデフレ脱却というよりは、日本の潜在成長率を高めていくための成長政策として位置づけられるべきものでしょう。
一方、自民党の場合は、デフレ対策にはまず日銀が適切な金融政策を行うことが必要であることを認識しているように思われます。物価目標(2%)の設定及びその達成に向けた日銀法の改正を視野にいれ、政府・日銀の連携強化と大胆な金融緩和策の実行が謳われている点は評価できます。
日銀法改正に際しては、現行法で理念として位置づけられている「物価の安定」を目的として明確に位置づけること、同時に最大雇用の達成を目的におりこむこと、以上の目的を達成できない場合の日銀の責任の取り方、といった点を明記することが必要だと考えます。こうした部分も踏まえた改革が進むことを期待したいところです。
以上の金融緩和策の重視については自民党の政策は好ましいと思われますが、官民協調外債ファンドの創設や、日米欧中を中心とした国際マクロ経済協調(平成のルーブル合意)は愚策だと考えます。
特に国際マクロ経済協調(平成のルーブル合意)については、80年代に国際マクロ経済協調を行うことで国内経済動向を無視した金融政策を行ってしまい、そのことがバブルを生み、その後の「失われた20年」へのきっかけを作ってしまったという苦い経験を考えると意味のない政策です。
わが国のように為替レートが外国為替市場で決定される変動相場制のもとでは、国内経済安定化のための金融政策を為替レート維持に割り当ててしまうと、そのことが国内経済を不安定化させることに寄与してしまう事に留意すべきです。
民主党・自民党の経済政策 ―― 成長政策の視点から
成長政策の視点からは、民主党・自民党の経済政策はどう考えることができるでしょうか。先にも述べたように、成長政策というと具体的な分野を指定したターゲティング・ポリシーが出てくる傾向がありますが、民主党・自民党ともに特定分野へのターゲティング・ポリシーを行うことが明記されています。個別産業への介入策は成長政策に値せず、むしろ様々な非効率の温床になりうることに留意すべきでしょう。
対外政策に関しては、民主党は日本の農業、食の安全、国民皆保険などを守ることを前提にTPP、日中韓FTA、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)を進めることとしています。これらのEPA/FTAがアジア太平洋地域の貿易・投資のルール作りの一貫であることを踏まえれば、早期に交渉のテーブルにつくことが必要です。
一方で自民党はWTOドーハ・ラウンドの早期妥結への取組みを行うという記載がされています。現状のEPA/FTAの動きがなぜ生じたのか、その理由が先進国と新興国の対立によりWTOでの交渉が頓挫していることにあることを念頭におけば、WTOドーハ・ラウンドの早期妥結はほぼ不可能な状況です。これでは対外政策は進めないと取られても仕方ないでしょう。
EPA/FTAに関して自民党は打撃を受ける産業への国境措置(関税)を維持しつつ、国内対策を講じることを前提に判断するとしています。しかし国境措置による保護と国内対策を併用するのは非効率です。貿易自由化により国境措置を撤廃することの意味は、国境措置によって消費者が直接負担していたコストを撤廃し、経済厚生を高めることにあります。
国境措置を撤廃することで短期的に特定産業がデメリットを被るのであれば、国内補助金という対策を講じることで、消費者の厚生増加と生産者への負の影響軽減を同時に達成することが望ましいでしょう(以上の詳細はsynodos journal掲載の拙稿「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)はなぜ必要なのか」、「TPPを考える」をご覧ください)。
原子力・エネルギー政策、環境政策についてはどうでしょうか。民主党と自民党の政策の大きな違いは、民主党が2030年代に原発稼働ゼロとすることを明言している一方で、自民党は原発ゼロではなく10年以内に持続可能な電源構成のベストミックスを構築するとしている点です。
電源構成に関する政府試算の結果(詳細はsynodos journal掲載の拙稿「「原発ゼロ」をどう考えるか-政府試算からみた影響」をご覧ください)から判断すれば、原発ゼロを早期に達成することにコミットするほど、そうでない場合と比較して経済へのマイナス効果が大きく、かつその影響は世代間・産業間・地域間の所得再分配を伴いながら進むことがわかります。
ただし「原発ゼロを早期にコミットする方が経済へのマイナスの影響が大きい」という試算結果の根拠は、原発事故の被害額や補償額を十分に考慮していないエネルギーコストの算定に基づくものです。今後の事故リスク対策費用の上昇を踏まえると、原発ゼロの方が経済へのマイナスの影響が大きいとは言い切れない事に注意が必要です。
環境政策については、民主党は2030年時点に温室効果ガス90年比2割削減を目指し基本法を制定することを明記する一方で、自民党は現実可能性を考慮した目標を別途設定するとしています。
電源構成に関する政府試算の結果を踏まえると、経済へのインパクトが深刻となるのは脱原発といった電源構成の変化ではなく、むしろ電源構成変化と同時に考慮されている温室効果ガス削減策(CO2制約)のためであることを考慮すべきです。経済へのマイナスの影響を和らげるという意味では、自民党の政策がより現実的でしょう。
その他の成長政策では、規制緩和や中小企業支援、イノベーション基盤強化、法人税の大胆な引き下げ、国際資源戦略、インフラ輸出といった政策が挙げられています。これらの政策は景気の安定化に配慮しつつ行うことが必要です。
民主党・自民党の経済政策 ―― 所得再分配政策の視点から
最後に所得再分配政策について検討してみましょう。これは大きく社会保障と税の一体改革をどう進めていくのかといった点と、その他の部分に分かれるでしょう。
まず社会保障に関して民主党は「公助」路線であり、自民党は「自助」路線を基本に据えているという明確な違いがあります。「公助」を重視することは、社会保障に関する公的関与を維持もしくは高めるということを意味しますので、公助路線を達成するためには財源をいかに担保するか、経済成長をいかに達成するかが鍵となってきます。民主党の場合は特に経済安定化策(デフレ脱却)がうまく進むかがポイントですが、マニフェストからは期待薄と言わざるをえません。個別の政策をみていくと、税制の所得再分配機能の強化(所得税の累進性の強化、相続税の改正)は景気動向に配慮しつつ行う必要があるでしょう。
一方で自民党の場合は「自助」路線を基本に据えているため、民主党と比較して社会保障に関する公的関与を低めることになります。マニフェスト通りの政策を行えばデフレ脱却への道は近づくでしょう。この路線で行けば、財政再建への道筋も自民党と比較してより現実的であると言えます。
しかし自民党の場合、所得再分配政策に含まれる個別政策を見ていくと疑問となる点が多々あります。社会保障と税の一体改革に関しては、社会保障番号制度の早期導入を謳う一方で、歳入庁構想には反対するという点や、低所得者対策としての消費税の複数税率の実施という点は問題です。
低所得者対策に消費税の複数税率を考慮すれば、「どの品目の税率を軽減すべきか」という問題が別途生じてしまいます。これは市場の価格メカニズムを歪めることにもつながりますし、軽減税率の恩恵に浴する産業を決める過程で不正や利権が生じることにもつながります。
生活保護に関しては民主党・自民党ともに、生活保護の不正受給の防止策が挙げられています。詳細については筆者がまとめた資料(http://bit.ly/LhLABL (PDF))を参照頂ければと存じますが、報告されている不正受給額は生活保護の増加額と比較して非常に小さい規模(2010年度の場合、生活保護費3兆3300億円に対して不正受給額は129億円:不正受給額の割合は0.4%)であり、不正受給を改善するメリットと追加的にかかるコスト(不正を取り締まるために必要な審査にかかる人件費等)を考慮すると、メリットがコストを上回るとは考えにくい状況です。むしろ近年の生活保護費の急増を抑制するという文脈のもとで不正受給の防止が挙げられているのであれば、景気悪化を食い止めることの方が有効な対策です。
民主党は第二のセーフティネットである求職者支援制度の活用を、自民党は勤労者の所得水準・物価・年金とのバランスを考慮した給付水準の10%切り下げを明言しています。セーフティネットがうまく張られておらず、そのことのしわ寄せが生活保護制度に影響を及ぼしているという現状を考えれば、生活保護制度を利用している人々の特性(稼働年齢層、高齢者層等の区分)に対応したセーフティネットの充実を図ることが必要です。
この意味では孤立化した生活保護制度を社会保障制度の中にどう位置づけていくかが必要となります。民主党が指摘する求職者支援制度の活用により実際に職を得ることが可能なのかは疑問です。また自民党が指摘する給付水準の10%切り下げは、現行の生活保護の水準を下げるということです。生活保護を受けている人々の実態を調査した上で判断すべきでしょう。
まとめ
以上、経済政策の枠組みを明示し、民主党と自民党のマニフェストに記載されている政策を分類した上で、特徴的な政策について筆者の考えを述べてきました。2009年の民主党政権誕生の際の経緯を踏まえれば、単に政策を羅列したマニフェストでは駄目で、個別政策を統合した全体として見た場合に個々の政策が現実的に実行可能か、もしくは整合的なのかという点が問われるべきではないかと思います。
経済政策の場合には、各種政策に必要となる金額がどの程度であり、それらを考慮した場合に日本経済はどうなるのかという事が判断できることも必要です。民主党・自民党のマニフェストを見ると数字の記載が少ないために踏み込んだ判断がしにくいのが現状であり、政策論争が深まる事でより具体的な論拠が出てくることを期待したいところです。
プロフィール
片岡剛士
1972年愛知県生まれ。1996年三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2001年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程(計量経済学専攻)修了。現在三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済政策部上席主任研究員。早稲田大学経済学研究科非常勤講師(2012年度~)。専門は応用計量経済学、マクロ経済学、経済政策論。著作に、『日本の「失われた20年」-デフレを超える経済政策に向けて』(藤原書店、2010年2月、第4回河上肇賞本賞受賞、第2回政策分析ネットワークシンクタンク賞受賞、単著)、「日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点」(幻冬舎)などがある。