2026.09.25

政治の地図は一枚ではない――保守・リベラル・中道の外で市民を見る

芹沢一也 SYNODOS / SYNODOS Future 編集長

政治

社会保障は充実してほしい。でも、税金はあまり上げてほしくない。
同性婚には賛成するが、移民の受け入れには慎重だ。
防衛力は強化したほうがいい。原発についてはまだ判断できない。

こんな人がいたとします。
この人は、保守でしょうか。リベラルでしょうか。それとも中道でしょうか。

政治について語るとき、私たちはしばしば、このような大きなカテゴリーを使って人びとを分類します。

選挙になれば、「保守層を固める」「リベラル層を動かす」「中道層を取り込む」といった言葉が飛び交う。
若者が右へ動いた、労働者が左派から離れた、といった分析も繰り返されます。

けれど、冒頭の人を、左右の政治的な軸におけば、複数の政策についての考えが、ひとつの位置へと圧縮されてしまいます。
そのとき、何が見えなくなっているのでしょうか。

政治家には見える「右」と「左」

2026年、フィリップ・モングランとステファン・ウォルグレーブは、ベルギーの2024年選挙で使われた投票支援サービス「Vote Test」のデータを分析しました。

Vote Testは、政策提案への賛否を答えると、自分と各政党との政策的な近さが示される投票支援サービスです。
2024年版では、12種類のテストを通じて348の政策項目が使われ、600万回を超える利用から約2億2000万件の回答が集まりました。

モングランらが注目したのは、どの政党と近いかではなく、その回答同士がどれほど結びついているかでした。
ある政策で左寄りの立場を取る人は、別の政策でも左寄りなのか。
政策分野をまたいで、ひとつの政治的な考え方が現れるのか。

比較のため、ベルギーの13政党の党首にも、同じ348の政策項目すべてに答えてもらいました。
市民と政治家に同じ問いを投げ、その意見がどのような構造をつくるのかを比べたのです。

両者を比べると、違いは鮮明でした。

政党党首の場合、ある問題で左寄りの立場を取る人は、別の問題でも左寄りになりやすい。
複数の政策についての立場が、かなり強く結びついています。
政治家を「右」と「左」に並べると、それなりにはっきりした地図が現れました。

ところが、Vote Testの利用者では、その構造が急に弱くなります。
一本の左右軸に並ばない。
複数の軸を使えば整理できるかというと、それでも政策分野をまたいで回答全体をまとめる明瞭な構造はほとんど見つかりませんでした。

モングランらは、政治エリートとは対照的に、市民の政策意見には、ごく弱いイデオロギー的な構造しか確認できなかったと報告しています。

同じ政策について答えているのに、政治家を見ると「右」と「左」が見える。
市民の側へ降りていくと、その輪郭がぼやけていく。

もちろん、これはどの国にもそのまま当てはまる結果ではありません。

フィリップ・ワーンケは、2002年から2020年までの欧州38か国の市民を対象とする大規模な調査を比較しました。

すると、市民の政治的な意見が強く結びついている国もあれば、そうではない国もあり、その程度にはかなり大きな違いがありました。

違いは、政党政治のあり方とも関係していました。
政党と有権者の関係が政策やイデオロギーを軸に強く組織されている国ほど、市民の政治的な意見にも強いまとまりが見られたのです。

いずれにしても、左右という政治的な地図が、市民の側にも同じようなかたちで現れるとはかぎりません。
その地図がどこまで市民の意見を組織しているかは、政治のあり方によってかなり違います。

地図から外れても、意見は残る

では、右や左にきれいに並ばないのは、人びとが政策について確かな考えを持っていないからでしょうか。

ニック・ヴィヴィアン、ベンジャミン・ローダーデイル、クリス・ハンレティは、英国で34の政策について人びとの意見を調べ、同じ回答者を、時間をあけて追跡しました。

彼らの分析では、人びとの政策意見の37%が、左右などのイデオロギーでは説明できない一方で、時間がたっても変わらないものでした。

たとえば、移民の受け入れには厳しい立場を取りながら、EU残留には賛成し、死刑には反対する。
これは、右か左かという軸ではうまく整理できません。

しかし、その人の意見が曖昧なわけではない。
時間をおいてもう一度尋ねても、それぞれの答えは変わりません。

ヴィヴィアンらは、こうした「安定しているけれど、イデオロギーでは予測できない意見」を、「個人固有の政策意見」と呼んでいます。

つまり、人びとの意見が左右にきれいに並ばないからといって、意見そのものが定まっていないとはかぎらない。
本人のなかでは安定しているのに、既存の政治カテゴリーからは予測できない意見があるのです。

先にカテゴリーを置かない

もちろん、右と左、保守とリベラルといった政治的な地図に意味がないわけではありません。
政党や政治家は、多数の政策について一定の立場をまとめて示します。
その位置関係を捉えるうえでは、こうした地図は役に立ちます。

問題は、その地図と、市民の政策意見のまとまり方が、必ずしも一致していないことです。
だとすれば、市民の政治的な意見を捉えるときの出発点を変える必要があります。

近年、大量の市民の意見を、できるだけ具体的に捉えようとする試みがはじまっています。

東京都は「2050東京戦略」をつくる過程で、「ブロードリスニング」と呼ばれる方法を使いました。

分析対象になったデータは2万7915件です。
AIは、そこから一つひとつの具体的な意見を取り出し、内容の近いものどうしをまとめていきます。

たとえば産業分野では654件、デジタル分野では2145件の意見が抽出されました。
その結果、画面上には、一つひとつの意見が点として配置され、同じ政策分野や事象に関するものがグループとして示された「意見の地図」ができます。

一つひとつの意見を読むこともできれば、どんな考えがまとまりをつくっているのかを全体から見ることもできます。
グループごとの特徴は、AIが要約します。

個々の意見から全体のまとまりを探る試みは、フランスでも行われています。

2025年、Make.orgを使って、「AIはリスクを抑えながら、フランス人の生活をどのように改善できるか」を問う大規模な市民協議が行われました。

参加したのは3万3922人。
市民から1025件の提案が寄せられ、それに対して10万2236票が投じられました。

仕組みはシンプルです。
まず参加者が、自分の言葉で「こうすべきだ」という提案を出す。
ほかの参加者がそれを読み、賛成か反対か、実現可能だと思うかなどを評価します。

すると、どの提案に広い支持が集まり、どこで意見が割れているのかが見えてきます。
Make.orgはその結果をもとに、多くの提案を七つの大きなテーマに整理しました。

東京都とフランス、共通しているのは、出発点です。
最初に「保守」「リベラル」「中道」といった集団をおくのではなく、まず一人ひとりの具体的な意見や提案を集める。
そのあとで、どこに共通点があり、どこで意見が分かれているのかを探していきます。

分類は、最初に設定するのではなく、意見を見たあとに現れるものになるのです。

ひとつの人間に、ひとつの政治的位置は必要か

ここから先は、争点ごとに人びとのまとまりを見ていくことです。

移民については、ある人たちの意見が近い。
社会保障では、別の人たちがまとまりをつくる。
安全保障に移れば、また違う組み合わせが現れる。

ひとつの社会のなかに、固定された集団が並んでいるのではありません。
争点が変わるたびに、人びとの結びつき方も変わっていきます。

ある問題では近くにいる人たちが、別の問題では離れる。
逆に、普段は遠く見えていた人たちが、特定の争点では同じ側に立つこともあります。

市民の考えを細かく見ていけば、政治は、いくつもの異なるまとまりが重なり合うものとして見えてきます。

もちろん、最後には政策を決めなければなりません。

政党は複数の政策を束ね、選挙ではひとつの選択肢として提示します。
保守、リベラル、中道といったカテゴリーも、政党や政治勢力の位置関係を捉えるうえでは、これからも役に立つでしょう。

AIによって、そうした政治的な集約がなくなるわけではありません。
変わりうるのは、その手前です。

市民の政治的な意見を捉えるとき、最初からひとつの政治的な地図を置く必要があるのか。

これまで政治は、市民をひとつの地図の上に配置してきました。
これからは、争点ごとに異なる結びつきをたどりながら、市民の側から何枚もの地図を描くことができます。

そうなれば政治は、「誰が右へ動いたか」だけではなく、人びとがどの問題で結びつき、どの問題で離れていくのかを見るようになります。

そこには、一枚の政治地図では見えなかった社会のかたちが現れるはずです。

プロフィール

芹沢一也SYNODOS / SYNODOS Future 編集長

1968年東京都生まれ。株式会社シノドス代表取締役。

言論プラットフォーム「SYNODOS」を立ち上げ、編集・運営に携わる。研究者や専門家とともに、政治、社会、科学技術などの複雑な問題を、社会にひらかれた言葉で伝える活動を続けてきた。

現在は、私たちが生きる世界を新たな視点から捉え直す「SYNODOS Future」を展開。また「シノドス英会話」を主宰し、「分かっているのに話せない」がなぜ起こるのかを起点に、大人のための英語教育にも取り組んでいる。

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