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2021.01.15

「リベラル」なリベラリズムの再生に向けて

三牧聖子

教育を通じた「勤勉さ」により分断されたアメリカの過去・現在・未来

畠山勝太

同性婚論争――「家族」をめぐるアメリカの文化戦争

小泉明子

この世界はどんな味がする?――消費概念を核とした教育のリビルド

神代健彦

オーバーツーリズムの都市と過疎地ではじまる新しい「観光」の形――アムステルダムとルーマニアの南カルパティア地方から

穂鷹知美

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新年あけましておめでとうございます。編集長の芹沢一也です。今年最初のαシノドスをお届けします。

先日、興味深い本が出版されました。ヘレナ・ローゼンブラットの『リベラリズム 失われた歴史と現在』です。ぼくもさっそく読んだのですが、「リベラル」あるいは「リベラリズム」という言葉が歴史的にどのように使われてきたのか、古代ローマから現在に至る2000年の来歴を問うた意欲作です。そこで訳者の三牧聖子さんに本書のご解説をお願いしました。現在、リベラリズムがさまざまにチャレンジを受けています。そうしたなか、「リベラル」であることの歴史的系譜をたどった本書は、その新たな可能性を模索するうえで大変示唆的だと思います。

「分断されたアメリカ」。昨今、この言葉を耳にする機会が増えました。そうしたなか、リベラルに対してしばしば「ダブルスタンダード」という批判が投げかけられます。マイノリティに対しては寛容であるのに、低所得にあえぐ「普通の人」に対しては冷淡だというものです。そうした傾向があるのは否めないし、ぼくも不思議に思っていました。しかし、この問題に教育政策からこの迫った畠山勝太さんの文章を読み、なるほどと得心しました。そこで畠山さんに、より詳細な分析をお願いしました。アメリカの分断を生み出し、強化している教育に起因する構造とは何か?

さらに、リベラルの話題がつづきます。アメリカのイデオロギー対立の舞台として最高裁判所があります。リベラルはそこでさまざまな歴史的勝利を勝ち得てきたのですが、そのうちのひとつが2015年に同性婚が認められたことです。先日、これも注目すべき書籍である『同性婚論争 「家族」をめぐるアメリカの文化戦争』を出版した小泉明子さんに、アメリカ社会の価値観を二分する争点となった同性婚が、法的に認められるにいたった経緯についてご説明いただきました。同時に、日本国憲法と同性婚についてもご解説いただいています。

さて、教育といえば日本でもつねにホットイシューであり続けています。なにか問題が起こると、往々にして教育に原因が求められますし、解決策を模索するときも、教育によって解決しようという動きが必ず出てきます。教育という領域は過剰な負荷をかけられ続けているのですが、そうしたなか、教育はますます高度な洗練を求められています。しかし、次のような問いをふと口にしたくなりはしないでしょうか。「そうした教育の高度化、それを実装しようとする現下の教育改革の試みは、人々を幸せにするのだろうか?」 神代健彦さんが唱える「教育(学)の消費社会論的転回」は、こうした問いへのとても刺激的なアプローチとなっています。

世界的なコロナ・パンデミックに終わりは見えませんが、アフターコロナの時代にあって一体「観光」はどうなるのだろうか、というのは多くのひとが抱く疑問だと思います。そうした未来の観光の方向性を考えるために、穂鷹知美さんがオーバーツーリズムの都市「アムステルダム」と、新しい観光の形を模索する過疎地である「南カルパティア地方」に見られる新しいトレンドをレポートしてくれました。個人的にはとくに、過疎地であることを逆手にとって、ヨーロッパバイソンの生息を観光資源としたエコツーリズムを構築しようとしている南カルバティア地方に興味を持ちました。ヨーロッパの原生的な自然の中でヨーロッパバイソンを観に行く、というのはとても贅沢な観光ですよね。

次号は2月15日配信予定です。どうぞお楽しみに!

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