「普遍性」を持つ演目なんてない――古典を現代化するということ

この秋、「心中天の網島」が上演された。歌舞伎座でも文楽劇場でもなく、小劇場である。小劇場で見る近松心中ものは、テンガロンハットをかぶってジーパンのベルトに脇差しを差した治兵衛やワンピースを着た小春が義太夫ならぬミュージカル音楽を歌い上げるもので、こうして文字にするとミスマッチなのだが、絶妙に見せるし聞かせる。古典とミュージカルを掛け合わせて抜群に面白い現代演劇ができるなんて、何か秘策を使っているに違いない。主宰の木ノ下裕一氏に話をうかがった。(取材・構成/長瀬千雅)

 

 

僕の仕事は、古典の作家と現代の演出家の仲人なんです

 

――「心中天の網島」を拝見して、「近松ってこんなに面白かったんだ!?」と思いました。歌舞伎は好きで「河庄」(注)なんかも見ているけれど、小劇場にはほとんど足を運んだことがないという知人を誘って行ったのですが、すごく面白かったと言っていました。心中物で感極まったことはなかったかも、って。

 

そう言っていただけたらうれしいですが、やはりなんと言っても、糸井(幸之介)さんの力です。

 

(注)「〜天の網島」原作の上巻をもとに改作された演目

 

 

――木ノ下歌舞伎は、主宰の木ノ下さんが、演目ごとに、気鋭の演出家を招いて作品を作りますが、今回の「心中天の網島」では、「FUKAIPRODUCE羽衣」の座付き作家・演出家の糸井幸之介さんとタッグを組まれました。

 

僕の仕事をざっくり言うと、糸井さんと作者の近松門左衛門の仲人をしたということです。「この二人、出会わしてみたらきっと面白いんじゃないかな」と思ったのがそもそもの始まり。稽古自体は2カ月ほどですが、糸井さんとは2年ぐらいかけて上演プランを練ったり、台本を作る作業をしました。「ちゃんと出会ってもらう」ということですね。

 

 

――近松と糸井幸之介さん、どんなところが合うと思ったのでしょう。

 

今の歌舞伎や文楽で上演されている「心中天の網島」のホンは、近松の原作とけっこう遠いんですよね。遠いというのは、長い上演の歴史の中でどんどん改作されているし、のちの作家が書き直したものが現在、底本になっていたりするんです。だから、原作を読むと、違った近松像が現れてくるんですね。その部分と糸井さんは、すごく合うなと思った。

 

近松が行った偉業はいろいろありますが、中でも大きな革命は、日本ではじめて庶民を主人公に芝居を書いたということです。松岡和子さんなどは「世界ではじめて」とおっしゃっているようですが。

 

 

――近松は1700年前後の人ですよね。

 

そうです。「心中天の網島」(注)の初演は、享保五年(1720年)です。世界ではじめてかどうかは僕はわからないのでいちおう日本でとしておきますが、日本ではじめて庶民を主人公にした芝居を書いたのが近松なんです。

 

かたや糸井さんは、社会の隅っこで生きている人々の喜怒哀楽をすくいとれる人。人間は孤独だということを前提にして、温かいまなざしを注ぐ人。それだけでなく、主人公たちを包み込んでいる社会と、さらにもう一つ大きな宇宙規模のものまで同時に描くんです。しかも言葉の力で、レトリックを駆使してどんどん世界を広げていく。近松もそうなんです。

 

「心中天の網島」なら、水の町・大阪の川の網、人間関係というしがらみの網、そして人間たちを操る「天の網(運命・神意)」……と「網」というキーワードで世界をえがききっています。しかも、近松は浄瑠璃、糸井さんは「妙ージカル」というふうに、音曲の力を借りる。そういうところが、すごく共通するなと思ったんですね。

 

でもやはり僕らの時代と近松が生きていた時代は違う時代ですので、近松の原作をそのまま一言一句変えずにやったところで、当時の人が見ていたであろう感覚はわからない。じゃあ、そのギャップをどういうふうに埋めていったら、近松と同時代の観客が見ていたであろう感覚に近づけるか。

 

それは「であろう」ということでしかありえないんですが、そこには糸井さんの同時代に対する感覚や問題意識が不可欠で、いかに時代や感覚の差をつなぎ、今に生きる近松劇にするかということが大きなテーマでした。

 

 

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「心中天の網島」舞台写真 撮影:東直子

 

 

(注)【あらすじ】大坂天満の紙屋主人・治兵衛は、妻子ある身ながら、遊女・小春と深く馴染み、ひそかに心中の約束をしていた。しかしある日、治兵衛は、小春が「死にたくない」と告白するのを耳にする。治兵衛は激怒して小春に別れを言い渡すが、実は小春は、治兵衛の女房・おさんに頼まれてわざと愛想づかしをしていたのだった。その事実を知った治兵衛は、小春がひとり死ぬつもりであることを悟る。治兵衛とおさんは小春を殺すまいとするが、おさんの実父・五左衛門が現れ、おさんは実家へ連れ戻されてしまった。その夜、治兵衛は小春を連れ出し、死への道行を歩みはじめる……。(木ノ下歌舞伎公式サイトより http://kinoshita-kabuki.org/amishima/

 

 

――小春を身請けするためにありったけの着物を質に入れようとする場面では、着物ではなく洋服、しかもジャージや手編みのマフラー、バッグや婚約指輪といったものになっていて、現代の夫婦らしさが出ていました。

 

そういう細かい工夫もそうなんですが、私は、性根をつかんだ上で飛躍している、というふうに感じたんです。劇中で5曲、糸井さんが書き下ろしていますが、たとえば「錆びた時計」という曲で歌われる「生まれた時から死ぬまで/心の時計は動く 生まれた時から死ぬまで/どんなに錆びてても/動いている」とかは、すごく現代的な感覚なんじゃないかなと思ったんですが。

 

「時計」というキーワードは糸井さんから出てきたものですね。当然、ごく限られた人しか時計を目にしなかった江戸時代の近松の原作にはないんです。でも、辛い中でもとにかく生き続けなきゃいけない小春の心情がよく出ていますよね。

 

その反面、原文を踏襲している部分もあって、後半の「田舎の母さん元気かしら?/手内職して裏屋住まい」という部分は原文からもってきています。原文はもっと文語体ですが。

 

「半分寝ぼけてご飯食べる/半分寝ぼけて抱かれてみる」も本当にいい歌詞だと思います。小春は廓で生きているわけです。今の風俗産業とは全然違って、廓はもっと縛りがあるし、本当にその中でしか生きられない。すごく狭い世界、しかも色町というバーチャルな世界でしか生きてない人ですからね、小春ちゃんは。そんなおぼろげで儚い小春の存在を「寝ぼけて」という言葉で浮かび上がらせているのだと思います。

 

「錆びた時計」は、原作でいえば「小春のくどき」という有名なくだりに相当します。小春の置かれている状況や心情を、彼女自身がオペラのアリアのように歌い上げる箇所なのですが、ようは小春という女性の背景が歌と共に垣間見えればいいんですよね。そういう意味で、この「錆びた時計」は近松の原作とそう遠くはないんです。近いどころか、かなり原作に忠実だと思う。いわば、近松の「糸井語訳」です。

 

一方でおさんは、夫が愛人と死んでも生き続けなきゃいけない。糸井さんはわりとはじめから、残された人の視点もちゃんと描きたいとおっしゃっていました。演出家としていちばん興味があるのはじつはおさんと息子の勘太郎だって。

 

そういうことを聞いていたので、この歌詞を見たときは、息苦しくてハードな世界しか生きられない小春ちゃんの心情を見せつつ、死ぬまでは生き続けなきゃいけないということ、残された人たちが生き続けるということ、という三つのテーマが入っていて、なるほどなと思いました。

 

 

――行き場を失って心中するって悲劇なんですが、いちゃつきながら歌うのを見ると「このバカップルめ」みたいな、ちょっとせつなさ混じりのおかしみも感じます。

 

糸井さんは僕よりも、近松とアーティスト同士として付き合える人なんですね。糸井さんは劇作家でもあるから、古典という変な気負いもフィルターもなく近松に素手で触れにいく。だって、そうじゃないと、「ねえ あなた/まだ私を見てる?」なんて、あの原文からは出てこないじゃないですか。

 

 

――紙屋内でおさんと治兵衛が歌う「簞笥の思い出」ですね。あれも名曲でした。

 

 

まずは、300年分の上演の歴史を概観する

 

――木ノ下さんは「補綴」を綿密にされるということですが、演出家との共同作業に入る前は、どういうことをするんですか。

 

作品を作るときに何をするかというと、まずはじめに演出家と演目を選びます。そのあとは、その演目が、初演から現在までのあいだにどれだけ上演されてきて、どこで解釈が大きく変わって、どこで違う意味を持って、ということを1年ぐらいかけてずっと追っていくんです。

 

 

――まず研究するということですね。資料を集めるだけでも膨大な作業量ですよね。

 

「心中天の網島」なら享保からですから、300年ぐらいありますからね。全部はさすがに目を通しきれないので、だいたい10個ぐらいにその演目のターニングポイントを絞るんです。

 

 

――たとえばどんなふうに?

 

演劇史の中でですが、もちろんまずは初演ですね。「心中天の網島」は近松の晩年の作品で、元禄バブルがはじけて、そのあとの享保という文化も経済も冷え込んだ低迷期に入ったときに書かれたホンだということは、やはり念頭に置いておきたい。それから、近松が活躍した元禄期の大坂は、文芸復興の時代で、庶民の識字率がぐっと上がったんだそうです。出版も盛んになって、同時代人には井原西鶴や松尾芭蕉がいます。

 

 

――町人が文化の担い手になったと言われる時代ですね。

 

ですが、文芸復興ブームが去って、70年ぐらい経つと、学力が低下するんです。そこで近松の原作が難しくなってしまう。だから、70年後ぐらいの作家が近松のホンにどんどん手を加えてしまいます。わかりやすくするために。

 

 

――今で言うと、20世紀初頭の文学が新訳で出るみたいな感じでしょうか。

 

そんな感じですね。その後、明治維新を経て近代になって、やはり近松の原作に戻すべきだという運動が起こります。他にも細かく見ていけばたくさん変遷はあるんですが、たとえばそういうふうに、歴史を追っていきます。

 

 

――なるほど。私は、50年後100年後に、木ノ下さんのような古典好きな人が現れたら、きっと、今回の上演台本や記録映像を探し出して、「2015年の木ノ下裕一さんという人は、『心中天の網島』をこう解釈してこうやったんだな」というふうに参照するんじゃないかなと、勝手に妄想してました。

 

いやいや、今はまだ規模が大きくないですからね。木ノ下歌舞伎なんて、歴史に埋もれちゃいますよ(笑)。いずれそういう存在になれたら嬉しいですね!

 

 

――でも、「木ノ下歌舞伎叢書」(注)があるじゃないですか。たとえ1部でも2部でも、紙の本が残っていれば、きっと誰かが見つけ出すと思うんです。

 

(注)作品ごとに、フィールドワークの成果や戯曲の解釈などの研究と、演出プランや演出家の論考などの創作の、両面の資料をおさめた木ノ下歌舞伎オリジナルの刊行物

 

そうなれるように精進します! 叢書はそのために作っているようなものですから。

 

でも、思ったより多くのお客様がお買い求めくださるんですよ。それは、古典についてもっと知りたいと思ってくださったからだと思うんですね。

 

たまたまですが、僕たちが「三人吉三」(2014年初演)をやる少し前に、コクーン歌舞伎で「三人吉三」が上演されたんですね。それがNEWシネマ歌舞伎という映画になって、ちょうど僕たちが東京で再演したのと同じ時期に上映されていました。

 

「黒塚」(2013年初演)をやったときも、文楽で「奥州安達原(おうしゅうあだちがはら)」があって、さらにその少し前には歌舞伎で市川猿之助さんがやってらして。同時期に同じ演目が伝統芸能で上演されることが多かったので、それを見てきましたという人も多かったです。

 

反対に、木ノ下歌舞伎の「三人吉三」を見た人が歌舞伎に行ってくれたらうれしいし、「心中天の網島」を見た人が文楽に行ってくれたらうれしいし。そうやってどんどん、芋づる式に広がっていく楽しさってありますよね。その芋づるを仕掛けたいという気持ちはあります。だから、木ノ下歌舞伎って、もちろん演劇を作りたい団体ですが、大きく何がしたいのって聞かれたら、大層になってしまいますが、「知的好奇心の復権」ということだと思うんです。

 

 

アーティストにアーティストをぶつける

 

――「三人吉三」では、初演以来150年間、上演されたことがなかったという「地獄の場」を含めた、通し上演に挑戦されました(注)。全三幕、休憩含めて5時間という大作でした。

 

(注)河竹黙阿弥の「三人吉三」は、安政七年(1860年)に「三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)」として初演されたがあまり評判にならず、いったん上演が途絶える。黙阿弥の死後、明治になって、廓の話をカットした「三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)」として上演され、人気を博す。2014年に初演された木ノ下歌舞伎の「三人吉三」の演出は杉原邦生。

参考)「三人吉三」特設サイトの木ノ下さんによる音声ガイダンス

 

 

「三人吉三」舞台写真 撮影:鈴木竜一朗(日光堂)

「三人吉三」舞台写真 撮影:鈴木竜一朗(日光堂)

 

 

木ノ下歌舞伎の大きな特徴のひとつは、テキストのことで言えば、普段あまり日のあたらない場面やエピソードにこそじつは力点があるのだということを、しっかりと読み解くということですね。「三人吉三」で言えばほとんど上演されない場面を上演して全貌を取り上げるということだし、「黒塚」では老婆の過去を挿入することで勧善懲悪のステレオタイプに陥らずに描く。

 

今回の「心中天の網島」で言えばやはり紙屋内の場面ですよね。あそこは、お茶屋で小春と治兵衛が縁を切る場面と比べて上演頻度が低いんですが、そこを取り上げて、おさんと治兵衛の関係をちゃんと描くからドラマになる。これもちょっと大げさな言葉になりますが、それが木ノ下歌舞伎のドラマトゥルギーだということです。【次ページにつづく】

 

 

 

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vol.2019.4.15 

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