日本の彫師はいつから認められてきたのか

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原稿のテーマ「日本の彫師はいつから認められてきたのか」は、編集部から寄せられたものだ。執筆に乗り気になったのは、お題のあいまいさに惹かれたからだ。編集部は、「彫師は認められている」と思いこんでいるが、結論をいえば、「日本の彫師は認められてきた。でも、認められていない」である。

 

二つの側面に分けて考えないと、この問題は混沌としてしまう。ひとつは海外からの視点であり、もうひとつは日本の歴史や社会のなかでの彫師やイレズミの位置づけだ。海外の彫師や彫りたい人々にとっては、日本の彫師やその技術、作品は羨望の的である。だが、日本社会において、現代美術ではともかく、イレズミは社会的には認められていない。いや、美術として本当に認められているのかどうかも怪しく、研究すらキワモノ扱いされている。「海外からの熱い視線」と「日本での位置づけのあいまいさ」という二つの側面には、大きな亀裂がある。その裂け目を埋めるはずの情報が、これまで不足してきたのだ。

 

 

世の中の動きから

 

筆者は、90年代初頭から今までイレズミについて研究してきた。当初は沖縄女性や台湾の原住民族(先住民族)のイレズミの文化人類学的調査をおこなっていた。当時、その地域で習慣としておこなわれていたイレズミは風前のともしびで、いわば最後の記録を取ろうとの「SOS調査」だった。筆者はその調査や文献をもとに、修士・博士論文を書いたのだが、しだいに日本の社会とイレズミの関係について関心をもつようになった。というよりも、関心をもたざるを得なくなった。

 

なぜなら、21世紀も10年を過ぎたあたりから、基礎的研究や対話を飛びこえて、「タトゥーを受け入れるか、否か」の議論に日本社会が突入してしまったからだ。日本のイレズミはつい最近まで日陰の存在であり、趣味人が主に接近してくる世界だった。イレズミに関する著作は何冊か表わされているが、日本のイレズミを専門的に研究する人はほとんどいないうえ、議論の場もない。

 

しかし、2011年以降、風雲急をよぶ事態がおこってきた。例えば、同年に神戸市の須磨海岸でイレズミをTシャツやタオルなどで隠すことをもとめる規制が「須磨海岸を守り育てる条例」に追加された。そして神戸市を皮切りに、逗子市や鎌倉市などでも同様の条例が定められた。

 

2012年には、大阪の橋下徹市長(当時)が3万人以上の市職員のイレズミ有無や大きさ、図案などをアンケート調査した。結果をもとに人事異動させたが、回答自体をこばんだ人々が受けた戒告処分などが不当労働行為にあたると裁判をおこした。第一審では大阪市側が敗訴、しかし、第二審では原告が逆転敗訴し、さらに裁判がつづく予定である。

 

2015年には、別件で事情聴取されているうちに「医師免許を持たずに医業をおこなった」として彫師さんが大阪で複数逮捕された。うち一人の男性彫師は、略式起訴されたものの略式命令で下された罰金30万円を払うことをこばみ、「果たして医師免許はタトゥーに必要か?」を問うため2017年から正式裁判をおこなうべく準備をしている。(裁判のもととなった事件や日本のタトゥーをめぐる状況に関する情報は、http://savetattoo.jp/を参照してほしい)

 

彫師自身が彫師という仕事の社会的な位置づけについて問いかけるこの裁判は、日本の裁判ではじめてのケースで、それだけに注目すべき裁判である。逮捕理由からすれば、イレズミを彫るのに医師免許が必要とされることになる。しかし、逮捕理由を真に受けて「イレズミをしたいのです」と客がお医者さんに求めても、ほとんどの医者は絵心がなくて困ってしまうのではないか。

 

仮に裁判に負けてしまえば、「タトゥーは、医業の領域の仕事である」との判例が残されることにもつながる。逮捕の報道がされたことで、これまで問題なく大阪の仕事場が借りられていたのに、「逮捕されるような職業と知らなかった」と契約解除を物件のオーナーから申し渡されたという関東在住の彫師さんの話も聞いた。この裁判とそれに至るまでの経緯は、すでに関係者にさまざまな波紋を呼んでいることは確かだ。

 

「イレズミを認める、認めない」論争や規制は江戸時代にさかのぼるのだが、このように2011年以降は、肯定派・否定派とも、条例や裁判で法的に決着をつけることに特色がある。

 

さらに、2013年に2020年の東京オリンピック開催が決まったことも、事態を複雑化した。海外からの観光客誘致に日本政府が本腰を入れだしたことから、温泉や入浴施設でイレズミ・タトゥーをした人の入場を禁じる貼り紙や看板をおくことの是非が問題になっている。筆者も「温泉に行ったら、二人の男性から両脇をかかえられて、浴室から追いだされた」等々、締めだされたご本人からお話を聞いたことがある。

 

観光庁が2015年に入浴施設やホテルなどを対象に、イレズミのある人々への入場規制の有無についてアンケート調査に乗りだしたこともあって、筆者が新聞や雑誌からうけた取材は、ほとんどがこの問題に終始している。最近の新聞記事では、一部の入浴施設が貼り紙や看板をはずしたことを指して、すでに認めている施設が大半になっているかのように文章を結んでいる。

 

しかし、本当に雪解け状態かどうかは疑問だ。2015年に群馬県太田市にある「ぐんま国際アカデミー高校」の1年生4人組が、映像制作の授業「グローブ」の一環で、温泉とタトゥーをテーマにドキュメンタリーを制作するため、温泉施設に取材を申し込んだ。2016年3月に同高校で催された映像発表会に参加してわかったのだが、生徒たちは温泉でタトゥーを入れた人を受け入れているのか否かについてコメントを求めようと22軒の施設に電話をかけたが、そのすべてに断られたのだという。うかつに発言すると、経営に良くも悪くも影響があるのではないかと施設側が心配したのでは、と生徒たちは推測していた。

 

「モノいえば唇さむし」と思う施設が大半ならば、世の中が本当にイレズミを認める方向に動いていると判断するのは早計だ。生徒たちがつくった約10分の映像「湯けむりタトゥー」では、国内外の取材対象にあたった結果「外国対日本の問題だと考えていたけれど、日本にもさまざまな意見の分裂があるのだ」と今の状況をまとめていた。

 

混乱に拍車をかけているのが、政府がはっきりとした方針や提言を示していないことにあったと、共栄大学客員教授の鈴木勝先生(観光学)は指摘する。しかし、この原稿を脱稿する直前の2016年3月16日に観光庁から「入れ墨(タトゥー)がある外国人旅行者の入浴に関する対応について」と題して「入れ墨がある外国人旅行者の入浴に関する留意点や対応事例」を提示して対応改善を求める文章が発表されたことを、鈴木勝先生よりご教授いただいた。さらに、観光庁の発表を受けて、厚生労働省厚生労働省医薬・生活衛生局 生活衛生・食品安全部生活衛生課が、3月18日に「入れ墨(タトゥー)がある外国人旅行者の入浴に関する対応について」との文章を入浴施設の営業者向けに提示している。

 

これらの文章は、一般的には観光庁が温泉での規制緩和を促したと受け止められ、BBCほか内外のメディアでも同様な形で報道された。この文章を受けて、福島県庁ホームページでは3月25日付で「入浴施設の営業者様へ ~入浴施設における入れ墨(タトゥー)がある外国人旅行者の入浴について~」と題して、

 

「近年、日本を訪れる外国人旅行者が増加していますが、入れ墨(タトゥー)のある方もおられます。入れ墨は、宗教、文化、ファッション等の様々な理由で行っている場合があり、観光庁及び厚生労働省より入れ墨をしていることのみをもって入浴を拒否することは適切ではないとの通知がされています。しかし、日本人の入れ墨に対する認識からトラブルの発生も懸念されております。旅館や公衆浴場等をできるだけ多くの外国人旅行者に入浴を楽しんでいただくため、各施設における対応方法のご検討をお願いいたします」

 

との呼びかけをおこなっている。

 

2016年3月17日にThe Japan TimesがJapan Tourism Agency asks spa operators to accept tattooed foreign touristsと題した記事で報じたところによると、観光庁の担当者は、呼びかけは外国人旅行者を対象としたものであり、イレズミ・タトゥーのある日本人の入場を認めるよう促すものではないと説明したという。筆者は「外国人のみが対象」との報道が気になったこともあり、2016年6月に、現在の担当官である観光地域振興観光資源課の中島氏に呼びかけの内容や趣旨、運用について改めて確認してみた。

 

観光庁は2014年12月頃にはすでに状況に気づいており、2015年に温泉やホテルに対して実施したアンケートや聞き取り調査をもとにして、指針をまとめようと動いたようである。2013年9月に、アイヌの団体に招かれたマオリの教師が北海道の入浴施設で入場を断られたことが世界的に大きく報じられたことも、アンケート調査を実施する動機づけとなったことを認めた。

 

観光庁が発表した「入れ墨(タトゥー)がある外国人旅行者の入浴に関する対応について」では、「入れ墨(表記ママ)がある方の入浴については、外国人と日本人で入れ墨に対する考え方に文化的な違いがあり、すべての方を満足させる一律の基準を設けることは困難であると考えています」としつつも、「宗教・文化・ファッション等の様々な理由で入れ墨をしている場合があることに留意する」ように施設側に求めている。また、イレズミが衛生上の支障があるものではないと言明し、タトゥーのある外国人旅行者への対応策を施設側に次のように勧めている。

 

 [1]シール等で入れ墨の部分を覆うなど、一定の対応を求める方法 [2]入浴する時間帯を工夫する方法 [3]貸切風呂等を案内する方法

[1]シール等で入れ墨の部分を覆うなど、一定の対応を求める方法
[2]入浴する時間帯を工夫する方法
[3]貸切風呂等を案内する方法

 

観光庁では今後、外国人旅行者への働きかけとして、JNTOや各旅行会社のHP、パンフレット等、さまざまなチャンネルを通じて、以下の情報提供をしていくとしている。

 

・我が国においては、入れ墨に対する独特なイメージがあること

・入れ墨をしている場合は、一定の対応を求められる場合があること

(詳しくは、観光庁「入れ墨(タトゥー)がある外国人旅行者の入浴に際し留意すべきポイントと対応事例」を参照のことhttp://www.mlit.go.jp/common/001123194.pdf

 

現在の担当者である中島氏によると、この「入れ墨(タトゥー)がある外国人旅行者の入浴に関する対応について」は、観光庁では「指針」ではなく、入浴や宿泊施設の経営者に向けた「情報提供」と位置づけている。法的拘束力を持つ性格ではもちろんなく、「こうした事例があるから、やってみてはどうですか?」と紹介する意味があるという。外国人と日本人の扱いには違いがあり、日本人と日本人の間に摩擦はないので、情報提供は外国人旅行者に関するものに限った。「対応」で勧められているシールについては、「ドラッグストアやスポーツ用品店で各種シールやサポーターが販売されているので、それを利用してほしい。気にならない程度に隠れるならば、絆創膏も使用できる」と考えているそうである。

 

筆者は一読して、観光庁が打ち出した「対応」案は、まずは柔軟で穏当なところだと感じた。確かに日本社会では、イレズミを見ることすらこわがり、嫌う人々がいることを忘れてはならない。国際的なタトゥー流行の潮流からみれば、「タトゥー完全にお断り」は全く状況を理解していない頑迷な判断としか世界の人々に映らないはずだ。役所の出した文章だけあって、全体的に慎重な言い回しだが、単純な「郷に入れば郷に従え」的指針にならなかったことは評価できる。

 

しかしながら、シールなどでイレズミ部分を覆うことを勧めている点が気になる。シールはホテル側の苦肉の策のはずなのだが、シールを導入することによって、かえって現場が混乱する可能性がある。筆者が勤務している大学の卒業生があるホテルに勤めているが、そのホテルグループでは、入浴時にシールを国内、海外に問わずタトゥーのある利用客に配布してきたという。

 

シールからタトゥーがはみ出ることもよくあり、トラブルが絶えないそうである。シールを貼ること自体に抵抗を示す人もいるだろうし、なぜタトゥーをした人のみが我慢しなければならないのだろうか。また、施設側が「イレズミに対する独特なイメージ」を説明するにも、それなりの語学力がいる。観光庁が勧めているほかの方法も、よく読めば実質「隔離」である。まだまだ、せめぎあいは続くはずである。【次ページにつづく】

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.264 

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