「直観」で見る「美」――『柳宗悦と民藝運動の作家たち』展

美は「生まれる」

 

――「民藝」という美の概念はかなり新しいものだったと思いますが、社会には広まったのでしょうか。

 

「民藝」という言葉を造ってから約90年が経ちますが、広がったとは言い難いですね。ただ、だからこそ民藝館の存在意義があると感じています。

 

民藝はアカデミックな美の世界では異端といえるでしょう。そもそも肩書や先入観で美を捉えることへのアンチテーゼの側面もあった。その捉え方の構造は今でも変わっていないと私は感じています。現在でも博物館や美術館に行けば柳たちが疑問を持った品ものが評価されていますし、制作者とか時代背景とか逸話ばかりが注目されています。美しいものを説明するためにそうした理由付けが必要なんだ、という意識が顕著なのではないでしょうか。結果としてその品ものを観じる契機が失われているように思います。

 

来館者で由来や用途を聞かれる方はよくいらっしゃいますね。それ自体は悪いことではないですが、「由来が何々だから」「用途が何々だから」そのものが美しいわけではないですし、それを知ったからといって美しさがわかるわけでもない。逆に知ってしまうと、純粋に美しいものとして観る妨げになるかもしれない。美しいものが成り立っている理由はさておき、だた「ああ美しいな」と感心する。それがとても大切だと思います。

 

 

――具体的に柳宗悦の美の概念とはどういったものなのでしょうか。

 

美術品と民藝品を比べますと、前者は天才が苦心して作ったもので、後者は一般の工人が「美しいものをつくろう」なんて意図はなく作ったものです。しかしそうしたものの中には、先に申したように天才の渾身の一作が遠く及ばないような美しい品ものもある。これはどうしたことなのか、という問いが柳の出発点であり、彼は生涯その問いを追及し続けたと言えるでしょう。その答として、晩年には集大成となる仏教美学という思想を展開しました。ご興味があれば、柳の著作『美の法門』などを是非読んでいただきたいと思います。

 

民藝の「美」とは、たとえれば「生まれた」ものと形容できると思います。あくまで実用品として使うためにただ黙々と作られている。「美」ということを意識せずに作られています。一方の美術品と呼ばれる作品の多くは「作られた」ものといえるでしょう。天才的な個人作家の「美しいものを作りたい」「自分を表現したい」という意図のもとに「作られた」作品。両者には大きな差があります。

 

柳の思想に共感し、民藝品の美に憧れた作家たちが制作したのが今回展示してある作品です。河井寛次郎や濱田庄司、芹沢銈介、棟方志功といったこれらの作者たちも、あくまで個人作家で、もちろんその作品をつくるにあたって作為はあります。しかし彼らは「作為的な美」が「生まれた美」に劣ることをよく承知していました。彼らにとって重要だったのは、その「美しいものを作りたい」という意識をどう乗り越えるかということだったと思います。

 

 

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呉須筒描花文茶碗 河井寛次郎 鐘渓窯 昭和時代 径13.7㎝(写真提供:日本民藝館)

 

 

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黄地松竹梅文着物 芹沢銈介 1933年 丈161.0㎝(写真提供:日本民藝館)

 

 

――意識を乗り越える、ですか。

 

一度「生まれた美」の美しさを知ってしまった彼らにとって、美を考える上でそれを意識しないというのは大変なことだったと思います。「自然な呼吸をしてみてください」と言われた途端に無心で呼吸が出来なくなって、不自然な呼吸になりますよね。それくらい人間の意識は行動に制限をかけるんです。もちろん意識は大きな原動力にもなって、すばらしいことを成し遂げる力にもなります。しかしその意識によって縛られ、できなくなることも間違いなくあるんですよ。

 

民藝運動の作家たちも、作品を作る上で、作為はもっています。「民藝のような美しいものを作りたい」という作為です。作為のない美を目指してものを作ろうとしたとき、すでにそれが作為になってしまうという矛盾。この矛盾をいかに克服するかが大きなテーマだったはずです。彼らにとって大切だったのは、知ってしまった美のあるべき姿、つまり民藝のような作品を作りたいという意識や意図を、いかに工夫して乗り越えていくかだったと思います。

 

それを行うのはとても難しいでしょう。しかし彼らは、その作為のない美を目指したのです。

 

 

――実は展示を見る時、柳宗悦が「直観」を大事にしていると聞いていたので、とても「直観」を意識していました。本当に「直観」でものを観れていたのか、自信がないです……。

 

本当に直観でものを見れているのかは難しい問題だと思います。私ももちろんそうですが、誰にとっても難しいと思いますよ。ただ、そうやって意識や作為を超えようとすることを意識したわけですよね。それはとても大事なことだと思います。そういう意識をしないと先入観は超えられない。やっぱり事柄で観てしまいますからね。

 

 

――民藝館の展示や陳列の構成を考える時も、そうした作為が混じりそうになったりしませんか。

 

私たちも当然、作為はあります。ですが、極力、作為をそぎ落とせるように努力はしています。何より「作為で展示してはいけない」という認識はしっかり持って構成をするようにしています。

 

 

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展示風景

 

 

――今後の民藝の役割についてはどうお考えですか?

 

美は社会の豊かさを測る指標にもなり得ると思います。柳の視点で美を見ると、その美の中には自然や風土や伝統など、人の力の及ばないさまざまな要素が絡み合っているのがわかります。そうした大きな力で「美しくさせられた」ものが生まれてくる。

 

考えてみればその通りです。たとえば、自分が焼物を作ったといっても、窯で焼く時は酸素や薪が必要です。さらに粘土を作ったのは誰なのか、釉薬を作ったのは誰なのか、そういう素材の起源を考えれば人間が作ったなんていうのはおこがましい話で、自然や風土、時間、環境や民族文化など、人間がどうこうできる範疇を超えた部分で、さまざまな要素が絡み合い、その品ものは美しくなっている。美しくさせられている。

 

逆に言えば、美しいものが存在しないというのは、そうした外の大きな力から切り離されているということです。

 

美を生み出す力は時代と共に衰えてきているように私には見えます。現代より江戸時代、江戸より桃山や室町、鎌倉時代に作られたものの方がより美しい。平安時代の作物は鎌倉のものの美しさよりさらに深いと思います。そして時代をさかのぼれば醜いものはあきらかに減少する。この観じ方に誤りがなければ、美しいものが生まれずらくなった現代とはいったい何なのでしょう。近代化という名のもとで飛躍的に便利な世の中になりました。しかし人間の暮らしは本当に豊かなのか。美を失ったのと同様、何か大切なものも失ってしまったように感じます。

 

東洋には論理ではなく、論理を超えたところで何かと向かい合う、西洋とは異なった文化が存在します。民藝もそうした捉え方のひとつであり、それは東洋だからこそ生まれてきた観点だと思います。柳自身もそうした意識を持っていて、民藝の概念を「西洋への贈り物」と表現しています。確かに論理的に考えることは重要なことですが、それだけでは限界もある。民藝という視点で美を観ることは、現代においてもこうした端緒を持っているのではないでしょうか。

 

民藝とは、平凡な茶碗や日用品が「美しくさせられている」ことを通じ、自然や外のさまざまな力のおかげで「我々が我々にさせられている」ことを思い返させてくれる存在だと思います。便利になっている現代の生活だからこそ、民藝という見地で我々のあり方を問い直す。そうした示唆を与えてくれる視座として、民藝を知っていただけたらと思っています。

 

 

――私も先入観なく「直観」でものを観る力を育てていきたいと思いました。月森さん、お忙しいところありがとうございました。

 

 

■展覧会情報

創設80周年特別展 柳宗悦と民藝運動の作家たち

会期:2017年1月8日(日)~3月26日(日)

会場:日本民藝館 全室

開館時:10:00-17:00(入館は16:30まで)

休館日:月曜(祝日の場合は開館し、翌日休館)

観覧料:一般 1,100円 大高生 600円 中小学生 200円

 

西館公開日(2/11、2/15、2/18、3/8、3/11、 3/15、3/18 入館は16:00まで)には映像「Leach、河井寛次郎、濱田庄司、柳宗悦司会座談会」を上映。

 

展覧会ホームページ

http://mingeikan.or.jp/events/special/201701.html

 

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