2017.05.16

長時間労働に歯止めをかけるには?本当に必要な「働き方改革」

佐々木亮×常見陽平×上西充子×坂口孝則×荻上チキ

経済 #荻上チキ Session-22#長時間労働#働き方改革

政府が推進する働き方改革。今年3月末には「働き方改革実行計画」が決定された。注目を集める長時間労働に関しては、残業の上限を年間720時間とし、罰則付きの法改正を行う姿勢が明確化された一方、ひと月あたりの時間外労働は100時間未満、業界によっては改革推進まで5年間の猶予期間を設けている点などには不満の声も挙がっている。今、本当に必要な働き方改革とは。3月31日(金)放送TBSラジオ荻上チキ・Session22「長時間労働に歯止めをかけるには?本当に必要な《働き方改革》をディスカッション」より抄録。(構成/増田穂)

■ 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら →https://www.tbsradio.jp/ss954/

過労死上限を超える上限規制

荻上 本日は4人のゲストにおいでいただいております。労働問題をご専門とする弁護士の佐々木亮さん、千葉商科大学専任講師の常見陽平さん、法政大学教授の上西充子さん、そして物流業界の労働状況に詳しい調達コンサルタントの坂口孝則さんです。みなさんよろしくお願いします。

佐々木・常見・上西・坂口 よろしくお願いします。

荻上 36協定では時間外労働の条件を原則月45時間以内、かつ年360時間以内と定めているにも関わらず、罰則などの強制力がないこと、労使が合意して特別条項を設けることで、上限なく時間外労働が可能な点が指摘されてきました。

この点考慮し、今回の働き方改革実行計画に盛り込まれた長時間労働の是正では、労使が合意して協定を結ぶ場合においても、(1)時間外労働の上限を年間720時間以内にすること、(2)2ヶ月から6ヶ月のいずれの期間の平均でも、休日労働を含んで月80時間を超えないこと、(3)単月では、休日労働を含んで100時間未満とすること、(4)月45時間かつ年360時間の時間外労働を上回る特例は年6回まで、と定められました。一方で、研究開発職には、現在と同じく上限規制がかからず、運輸業や建設業は5年間の猶予を設けるとしています。また、焦点の一つとなっていた、終業と始業の間に一定の休息時間を設けるインターバル制度については努力義務として今後導入を推進するとしています。こうした是正策について、みなさんはどう評価されていますか。

佐々木 上限100時間は長すぎるというのが第一の感想です。この100時間というのは過労死基準を超えています。規制すらない現状を考えれば、規制ができるだけマシと言う人もいますが、超異常な事態が異常な状態になるくらいで、前進とは考えにくいものがあります。また、法律が100時間までなら時間外労働をさせてもOKというメッセージを発することにもなりかねず、危険をはらんでいると思います。

荻上 なぜ過労死の上限を超えるにも関わらず100時間という上限が定められてしまったのでしょうか。

佐々木 もともと連合側は100時間なんてとんでもないと主張していました。しかし100時間を上限にしたい経団連と合意ができなかった。そこで安倍首相が介入し、合意が出来なければ法案は作らないという意向を示したんです。そもそも経営側は法律なんていりませんから、100時間という上限を譲る必要がなく、連合側が折れる展開になってしまった。

連合側としては最悪の選択だったでしょう。100時間を譲らず法案ができなければ批判されるし、かといって過労死基準の100時間で合意すれば、それはそれで批判される。連合をそうした状況に追い込み、100時間という条件を飲まざるを得なくしてしまった政府の責任は重いと思います。

佐々木氏
佐々木氏

荻上 この100時間未満の時間外労働も、繁忙期に限るという規定がありますが、繁忙期がいつを指すのかは不明確ですね。

佐々木 事実上、「繁忙期だから」という条件はほとんど機能しないと考えています。そもそも先ほどの説明であったように、月45時間を超える長時間労働は年6回まではできるんです。2月に1回「繁忙期」とすればいいだけです。また、特に繁忙期がなく慢性的に忙しい会社では、休日労働などを使って、上限ギリギリまで働かされてしまうということがあるのではと懸念しています。

荻上 常見さんはどうお考えですか。

常見 方々に気を使った妥協の産物だと考えています。「国家をあげた最大のチャレンジ」とまで言われた改革ですが、結果を見てみると茶番だったな、と。経団連も連合も政府も議論が深まっていない。残念な意味で記憶に残る改革になりそうです。

ただ、個人的に1番気になっているのは、そもそもの議論に36協定が全く機能していないという批判にあることです。私は36協定にも一定の規制要素があると考えています。36協定には「労使の合意があれば」と定められています。つまり長時間労働になることには労働者側が合意してしまっているんです。そういう意味で、36協定さえなければ、という議論の誘導はおかしいのではないかと思います。

長時間労働の是正といって打ち出された上限が100時間というのも気になりますね。これでは実効性の面で100時間前後の労働にお墨付きを与える法案ともいえるし、公式には記録されないサービス残業を誘発する可能性もある。そもそもこの法案が施行されるのが最短でも2019年ですが、その時の、そしてその後の労働市場のことを考えているのかという疑問があります。ただし、努力義務とはいえインターバル規制などが組み込まれたことは大きな変化であると同時に、意味のあるものだと思います。

荻上 常見さんは自民党のプロジェクトチームで専門家として提言もされていますが、各党の働き方改革に向けた姿勢の違いなどはどうお感じですか。

常見 昨年の参院選でも各党が選挙公約で労働政策を掲げましたが、字面だけみると横並び感はありました。もちろんよくよく見ると内容は異なるのですが、特に自民党は参院選前後から野党の労働政策を強く意識した方針を取っていますね。

規制強化の中で規制緩和

荻上 上西さん、いかがでしょうか。

上西 働き方改革実行計画という「枠」で考えると、100時間の上限だけに注目するのは危険だと思います。と言いますのも、今回の実行計画には、これまで連合や労働団体、弁護士の団体などが反対してきた、高度プロフェッショナル制度の導入や裁量労働制の拡大などを含む労働基準法の改正案(いわゆる「残業代ゼロ法案」)の国会での早期成立を図る旨が書き込まれているんです。それらは、36協定の100時間規制といった規制が及ばない働き方です。こうした例外の部分が広がってしまうと、仮に100時間にしろ80時間にしろ規制ができても、その規制が働く範囲が非常に限定的になってしまう。つまり、規制強化の中に巧妙に規制緩和が盛り込まれているのです。

しかも、高度プロフェッショナル制度の導入や裁量労働制の拡大に関して連合側は同意していません。実際、計画が発表されてすぐ、連合は裁量労働制の拡充などについては同意していない、是正されなければならないと明確に表明しました(「働き方改革実行計画についての談話」(事務局長談話)、3月28日)。しかし実行計画では、まるで経団連と連合という労使のトップがその点についても合意したかのように書かれてしまっている。この点については、合意されていないことを指摘し、法改正案については是正するよう求め続けなければならないと思います。

上西氏
上西氏

荻上 上西さんは会議の議論の様子を追い続けていらっしゃいますが、議論の進行として、労働側の意見は取り入れられているのでしょうか。

上西 会議には政府関係者を含め構成員が24名いますが、有識者のうち7名は産業界の出身です。対して労働界からは、連合の会長である神津里季生氏の1名のみです。双方の意見を吸い上げるには、全くバランスが取れていません。こんなアンバランスにも関わらず、労使のトップが合意した、という位置づけがされています。安倍首相は「働く人の視点に立った働き方改革」を謳っていますが、会議の実態は、それとはかけ離れています。この人選では「働かせ方改革」でしょう。

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「働き方改革実現会議」構成員名簿(資料提供:上西充子氏)

荻上 その他の有識者も研究者が3人、シンクタンクから2人、1人は女優といった構成でした。なかなか「労働者」という目線を持つ人が少ない印象です。

上西 しかも、会議は10回開催されましたが、1回につき1時間しかありません。24人も参加者がいますから、1回の会合で1人あたり2分ずつ順に話したらそれで終わりです。内容のある議論ができる環境ではありません。議事録にも各メンバーの問題提起に他のメンバーが応じる、と言ったやり取りは見受けられません。働き方改革実行計画には会議の中で各自が主張した内容が事務局によって上手く取捨選択されて収まっている状態です。議論の末に合意された内容とはとても言えません。

荻上 今回の改革では女性の労働も話の肝だったはずですが、労働者側の代表は会長の神津氏1人となり、男性のみの参加となりました。ジェンダー目線でも偏りがありそうですね。

上西 ええ。派遣や非正規雇用の労働問題に詳しい中野麻美弁護士のような女性の専門家もいらっしゃるのですが、こうした方は人選されていないのも問題ですね。

荻上 研究者の人選はいかがだったのでしょうか。

上西 参加されている方はいずれも、見識の高い方だと思います。ただ、先ほども申し上げたように、発言時間は1回の会議で1人につき2分しかありません。とても有益な議論ができる時間ではない。「ちゃんとした研究者もメンバーに入っていますよ」というアピールのようになってしまいましたね。

荻上 坂口さんは、今回の実効計画、どのようにご覧になっていますか。

 

坂口 取引条件の改善に関する項目に一定の評価をしています。日本企業の多くは中小企業です。今回の実行計画では、これらの中小企業が大企業から仕事を下請けする際の契約条件を改善するよう定めています。特に運送事業と建設業ではかなり厳しく定められている。大企業からの依頼と顧客の都合の合間で、中小企業が無理をしなければならなくなる状況に一石を投じています。

例えばこれまでは、下請けに対して市況と比較して著しく低い金額を要求することを買い叩きとしていました。しかし今回の実行計画では、市況が上がっていく中で、以前取り決めた価格を据え置くだけでも買い叩き認定がされます。現状に対して対策を打とうという姿勢は感じられます。

ただ、この下請法の厳格化には現場から不安の声も上がっています。というのも、ここまで規制が厳しくなると、大企業は海外の安い下請け業者に発注してしまうかもしれないからです。もちろんこの厳格化もやらないよりはマシなのですが、現場からのヒアリングでは、ここまでの厳格化は、国内中小企業が海外受注業者より高い生産性や、付加価値のある商品を提供できる前提がなければ、逆効果になってしまうのではないかと懸念する声が上がっています。

荻上 下請法の改善案に関しては運輸業や建設業の現場の声は届いたといえるのでしょうか。

坂口 先ほど申し上げたように、元受との契約をしっかりするよう定めた点は現場として評価できます。ただ、長期的な労働状況の変化を踏まえた上で効果のある対策なのかというと、不安視する声が残ります。今申し上げたように付加価値の問題がありますし、そのほかにも運送業界は慢性的な人材不足になっています。5年の間に人材不足を解消し、長時間労働規制ができるようになるのかというと、現実的には難しいのではないかというのが現場の印象です。

荻上 個別の産業の状況や将来的な労働人口の変化なども見据えた上で対策しなければならないわけですね。

坂口 ええ。現場の視点で言うと、1番多く聞かれるのは法規制を緩和して欲しいということです。例えば、現行の法律では、特殊な免許がないとタクシーは荷物を運搬することができません。そして今、200~300万人存在するといわれる買い物難民といわれる人たちが、宅配サービスを利用する。法が緩和され、タクシーによる荷物の運搬が可能になれば、現状10万人と言われる運送業界の人材不足も、一定の負担軽減がされるはずです。【次ページに続く】

「残業代ゼロ」は自己実現のため?

荻上 みなさんに今回の実行計画の印象を伺いましたが、佐々木さん、他の方のご意見いかがでしたか。

佐々木 上西先生がおっしゃったように、高度プロフェッショナル制度、つまり残業代ゼロ法案がしれっとはいっていることには注意しなければならないと思います。しかもこれ、まるで労働時間が短くなるような表現で入ってるんです。

上西 「意欲と能力ある労働者の自己実現の支援」(働き方改革実行計画、p.15)ですね。

佐々木 それです。国はこの法案を「(労働者の)意欲や能力を発揮できる新しい労働制度の選択を可能にする」と謳っていますが、現在の残業代ゼロ法案は労働時間規制の適用除外の制度なんです。今さっき上限が100時間は長すぎる云々言いましたが、それすら適用されないということです。そしてそれが、この「自己実現」という表現で、なんだか労働とは関係なく自分のために時間を使える、というようなフレーズでいれられてる。大変、問題があると思います。

荻上 常見さんはいいかがですか。

常見 みなさん指摘されていますが、高度プロフェッショナル制度やその他の規制に伴い、労働時間の「見えない化」が進むのではないかと思います。「残業代ゼロ法案」のような労働時間と給与を切り離す制度の是非自体も考えなければならないでしょう。国内外の研究でも、成果主義を導入すると、逆に労働時間が増える可能性が示されています。マネジメントの面に配慮しないと、成果主義は逆効果になりかねません。

「残業代ゼロ法案」はそもそも10年前に1回見送られた経緯があります。議論が10年前の状況に基づいているんですよ。雇用の流動化なども議論されていますが、深刻な人材不足にも関わらず企業が未だに新卒採用に力を入れているのは、幹部候補を確保して囲い込みたいというニーズがあるからなんです。政策がそうした実情を把握仕切れていない。実態と法案のずれを感じています。

常見氏
常見氏

坂口 法案とは少し離れますが、労働時間の見えない化に関しては商習慣があるのではないかと思います。例えば日本では、広告代理店はシステムの総額のうち何パーセントを払う、といったコミッション方式が多くとられています。これだと成果報酬なので時間労働を見える化するインセンティブが働かないわけです。

これが欧米の広告代理店だと、タイムチャージ式とかフィー方式といって、労働時間当たりいくらを請求する、というシステムが主流になってきています。そうすると経営側も労働者を何時間働かせたのか見える化したほうが明確に顧客に請求できすのでインセンティブが働く。労働時間を見える化するためには、そうした商習慣にも踏み込む必要があるかもしれません。

荻上 上西さん、まだ出ていない論点などありましたらお願いします。

上西 常見さんの話に、環境の変化と政策がずれているというお話がありましたが、実は実現したい政策はずっと変わらずにねらわれているわけです。雇用は流動化したい、時間当たりの賃金は払いたくない、といった本質的な部分は変わっていない。底流として変わっていない中で、政策として通りやすくするために時代に合わせて「自己実現」のようなフレーズが出てくるのでしょう。

荻上 流動化といっても、働く側が柔軟に職を選べる流動性と、雇用の不安定性を表す流動性がありますよね。しっかりしたセーフティネットが存在して、失職しても再就職の見込みがあればいい意味での流動性が働くのでしょうか、現在の法体制を見るとクビにしやすくすれば効率性が上がる、といった偏った経済観が前提にあるような気がします。

上西 3月末に成立した雇用保険法の改正をめぐる議論の中では、自己都合退職者への基本手当の給付制限期間が3ヶ月のままでよいのかと、石橋通宏議員が問いかけていました。1984年の雇用保険法の改正前は給付制限期間は1か月だったんです。離職後3ヶ月間収入がないということになると、問題のある会社でも生活のために留まらざるを得ない。雇用の流動性を謳うなら、問題のある会社からは転職できるように、こうした生活面での保障に関しても、もう少し対策すべきではないかと思います。

また今回の実行計画は、多様な働き方の実現のために、長時間労働も短時間労働も可能にする、という枠組みですが、このやり方だと結局短時間労働者は肩身の狭い思いをする。短時間労働を可能にするためにも、女性の就業継続のためにも、長時間労働の部分をしっかり是正しなければならないと思います。

長時間労働の是正、必要な改革とは

荻上 リスナーからは「ノー残業デーやプレミアムフライデーなど、よく労働時間の抑制案を見かけるが全く効果がない」といった声も届いています。長時間労働を改善するために、どんな手立てがあるのでしょうか。佐々木さん、いかがですか。

佐々木 制度論になってしまいますが、まずは100時間という上限をもっと短くするべきです。いきなりは出来ないというのであれば段階的でもかまいません。10年後には月45時間までにする、と目標を定めて徐々に減らしていく。そのためにも、労働時間の記録を使用者側に義務付ける必要があると思います。違反した場合は処罰の対象として、規制するべきです。そのためには、労働基準監督署の監督員の純増も必要でしょう。

荻上 常見さんのご提案はいかがですか。

常見 僕はボトムアップ型働き方改革を提案します。一連の改革はトップダウン型なんですよ。政府とか経済団体が中心になって計画されている。なんで彼らが働き方改革を進めるのかといったら、これをやらずに過労死者を出したらバッシングを受けるからなんです。それって改革のモチベーションとしてよくないと思うんですよね。だからやっぱり現場から改革していかないといけないんじゃないかと。働き方改革会議を各社で行ってみてはいかがでしょうか。

例えばある広告代理店では、毎月、局ごとに会議を行っているのですが、先日僕が講師として招かれ、働き方改革会議をしてきました。みんなで悩みを共有したあと、チームにわかれて自由闊達に議論が行われる。自分たちで提案して実行していこうということなんです。

ただ、ここで気をつけなければならないのが、ある社でできたからどの会社でもできると思わないことです。モデルケースを見つけたときは、なぜその会社には可能だったのか、その改革で考えられる副作用はなんなのか、見極めなければならない。例えばある商社は夜遅くまで従業員が働いている状態を改革しようと朝オフィスを早くあける改革をしました。その会社ではうまくいくかも知れませんが、夜できない仕事を朝にやるだけで労働時間自体は変わらないかもしれない。結局十何時間会社にいることを許容してしまいかねないんです。

また、改革には人事部やトップ以外の部署の協力も欠かせません。特に総務部ですね。新しい働き方改革を実現するようなオフィス作りを進めて欲しいです。総務部には社内でも信頼の厚い人が多いので、こうした人たちが精力的に改革を推し進めることで、会社全体が変わっていくと思います。

荻上 社内働き方改革会議、いいですね。上西さんはいかがですか。

上西 勤務間インターバル制度の普及に力を入れるべきだと思います。徐々に認知されてきましたが、勤務間インターバル制度というのは毎日、前日の終業時間から翌日の始業時間までに一定の休息時間を設ける制度です。

月当たりの残業時間をいくら規制しても、何日か連続して徹夜をすれば身体を壊してしまう。それに残業時間の上限を決めると、じゃあ違反にならないように残業時間を過少申告するとか、持ち帰り残業をするとか、そういう抜け穴探しになる可能性がある。そういうことではなくて、日々しっかり休息をとることが重要なんです。

勤務間インターバル制度だと、自分でちゃんと一定時間の休息時間が取れているか否かがわかります。月あたりの残業規制だと、人事はその累積労働時間を把握していても、本人はよくわかっていないなんてこともありますよね。でも、その日に何時間眠れたか、休めたかなら、本人が把握できる。そうした意味でも労働者側が主体的に休息の権利を意識して希求していくことができるんです。残業時間規制などの「労働時間の制限」という視点だけではなく「休息時間の確保」という観点が、改革を進める上で非常に重要だと思います。

荻上 坂口さんからはいかがでしょうか。

坂口 ずばり、有価証券報告書に従業員の総労働時間を掲載することです。日本には今3600社ほど上場企業がありますが、こうした企業は会社業績や財務状況を有価証券報告書で報告することが義務付けられています。現時点でも従業員の人数や平均勤務年数などは記載できるのですが、ここに総労働時間や、その内の残業時間などを記載するんです。実現可能性は別として、これが出来ればCSRを重視した会社として投資家や就活生へのアピールにもなりますし、あからさまな嘘ならわかるようにもなります。

今でも年次報告で一人当たりの売上高などを記載する会社は多いのですが、一人の時間当たりの売上げを記載している会社はほとんどない。こうした点が公になるようになれば、投資家のリスクマネジメントにも繋がるので、労働時間を減らすインセンティブになるのではないかと考えています。

坂口氏
坂口氏

荻上 あとはそこで嘘の記載がないように注意していかなければならないですね。

佐々木 やっぱり嘘を記載した時はしっかりペナルティを課さないといけないでしょうね。実は企業同士のM&Aでも、労働者の労働時間というのは必ずチェックされる項目なんです。万一過労死で従業員が亡くなるようなことがあれば、1億円近い損害賠償債務を負うことになりますし、企業イメージも下がって、企業価値も急落しますからね。その意味では企業にとっても労働時間を正確に記録し、過労死が起きないように労務管理をすることはメリットがあることなのです。このように重要な情報になる労働時間を公表するのであれば、やはり嘘の記載がないように監督する必要あります。そうなると監督官の人員をしっかり整えなければならないと思います。

常見 みなさんのお話を聞いて改めて思うのが、やはり記録と開示の重要性ですね。ホワイトカラー労働は把握できないなどという声が聞こえますが、そんなことはありません。1990年ごろ、優秀と言われた営業部の人たちは、営業マンの行動パターンをそれぞれ何件訪問したのか、訪問に対する受注率だとか、全部記録していたんですよ。そういうことができるんですよ。その上で、坂口さんの言うようにサービスのレベルと考え直すことも必要だと思います。顧客からの要望だからといって、無茶を引き受けない。

極端な例ですが、改革のインセンティブを上げるという点で、長時間労働の是正が進んでいる企業は法人税を減額するといった対応もあるかもしれません。みんな労働時間を減らせと言うけれど、株主から求められるパフォーマンスは変わらないわけです。実際、人件費を増やそうという話がでると株主から批判がきたりする。そういう中で理解を得るためにも、税金の優遇措置などは一考に値すると思います。

上西 実は労働時間の見える化の話は、徐々にですが進んでいます。女性活躍推進企業データベースというものがあるのですが、そこにはコース別の残業時間を開示する項目もあるんです。現在は若者と女性関係のデータベースのみですが、さらに拡大し統一したデータベース(仮称:総合的職場情報提供サイト)を2017年度内につくる予定もあると聞いています。情報開示にメリットがあるようになれば、見える化もどんどん進み、自己改革にもつながるのではないかと思います。

荻上 こうした論点を踏まえて、今後の働き方改革がどう進んでいくのか、動向に注目していきたいですね。みなさんありがとうございました!

【参考記事】

「働かせ方改革」ならぬ「働き方改革」のためには、「残業代ゼロ法案」の撤廃と「休息時間確保権」の保障を(上西充子) – Y!ニュース (2017年4月2日)

【SYNODOS】なぜ、残業はなくならないのか?/労働社会学・常見陽平 氏インタビュー

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プロフィール

佐々木亮弁護士

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団常任幹事。ブラック企業被害対策弁護団代表。ブラック企業大賞実行委員。首都圏青年ユニオン顧問弁護団。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。

この執筆者の記事

坂口孝則未来調達研究所株式会社

大学卒業後、メーカーの調達部門に配属される。調達・購買、原価企画を担当。バイヤーとして担当したのは200社以上。コスト削減、原価、仕入れ等の専門家としてテレビ、ラジオ等でも活躍。企業での講演も行う。著書に『調達力・購買力の基礎を身につける本』『調達・購買実践塾』『だったら、世界一の購買部をつくってみろ!』『The調達・仕入れの基本帳77』『結局どうすりゃ、コストは下がるんですか?』(ともに日刊工業新聞社刊)『牛丼一杯の儲けは9円』『営業と詐欺のあいだ』『1円家電のカラクリ0円iPhoneの正体』(ともに幻冬舎刊)『会社が黒字になるしくみ』『思考停止ビジネス』(ともに徳間書店刊)など20冊を超える。

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常見陽平労働社会学

千葉商科大学国際教養学部専任講師/いしかわUIターン応援団長。北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、ベンチャー企業、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。専攻は労働社会学、スポーツ社会学。働き方をテーマに執筆、講演に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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上西充子若年労働問題、社会政策

法政大学キャリアデザイン学部教授。1965年生まれ。日本労働研究機構 (現:労働政策研究・研修機構)研究員を経て、2003年から法政大学キャリアデザイン学部教員。共著に『大学のキャリア支援』『就職活動から一人前の組織人まで』など。日経カレッジカフェに「ブラック企業との向き合い方」20回連載(2016年)。2017年3月に石田眞・浅倉むつ子との共著『大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A』(旬報社)を刊行。

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荻上チキ評論家

「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。

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