長時間労働に歯止めをかけるには?本当に必要な「働き方改革」

政府が推進する働き方改革。今年3月末には「働き方改革実行計画」が決定された。注目を集める長時間労働に関しては、残業の上限を年間720時間とし、罰則付きの法改正を行う姿勢が明確化された一方、ひと月あたりの時間外労働は100時間未満、業界によっては改革推進まで5年間の猶予期間を設けている点などには不満の声も挙がっている。今、本当に必要な働き方改革とは。3月31日(金)放送TBSラジオ荻上チキ・Session22「長時間労働に歯止めをかけるには?本当に必要な《働き方改革》をディスカッション」より抄録。(構成/増田穂)

 

■ 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら →https://www.tbsradio.jp/ss954/

 

 

過労死上限を超える上限規制

 

荻上 本日は4人のゲストにおいでいただいております。労働問題をご専門とする弁護士の佐々木亮さん、千葉商科大学専任講師の常見陽平さん、法政大学教授の上西充子さん、そして物流業界の労働状況に詳しい調達コンサルタントの坂口孝則さんです。みなさんよろしくお願いします。

 

佐々木・常見・上西・坂口 よろしくお願いします。

 

荻上 36協定では時間外労働の条件を原則月45時間以内、かつ年360時間以内と定めているにも関わらず、罰則などの強制力がないこと、労使が合意して特別条項を設けることで、上限なく時間外労働が可能な点が指摘されてきました。

 

この点考慮し、今回の働き方改革実行計画に盛り込まれた長時間労働の是正では、労使が合意して協定を結ぶ場合においても、(1)時間外労働の上限を年間720時間以内にすること、(2)2ヶ月から6ヶ月のいずれの期間の平均でも、休日労働を含んで月80時間を超えないこと、(3)単月では、休日労働を含んで100時間未満とすること、(4)月45時間かつ年360時間の時間外労働を上回る特例は年6回まで、と定められました。一方で、研究開発職には、現在と同じく上限規制がかからず、運輸業や建設業は5年間の猶予を設けるとしています。また、焦点の一つとなっていた、終業と始業の間に一定の休息時間を設けるインターバル制度については努力義務として今後導入を推進するとしています。こうした是正策について、みなさんはどう評価されていますか。

 

佐々木 上限100時間は長すぎるというのが第一の感想です。この100時間というのは過労死基準を超えています。規制すらない現状を考えれば、規制ができるだけマシと言う人もいますが、超異常な事態が異常な状態になるくらいで、前進とは考えにくいものがあります。また、法律が100時間までなら時間外労働をさせてもOKというメッセージを発することにもなりかねず、危険をはらんでいると思います。

 

荻上 なぜ過労死の上限を超えるにも関わらず100時間という上限が定められてしまったのでしょうか。

 

佐々木 もともと連合側は100時間なんてとんでもないと主張していました。しかし100時間を上限にしたい経団連と合意ができなかった。そこで安倍首相が介入し、合意が出来なければ法案は作らないという意向を示したんです。そもそも経営側は法律なんていりませんから、100時間という上限を譲る必要がなく、連合側が折れる展開になってしまった。

 

連合側としては最悪の選択だったでしょう。100時間を譲らず法案ができなければ批判されるし、かといって過労死基準の100時間で合意すれば、それはそれで批判される。連合をそうした状況に追い込み、100時間という条件を飲まざるを得なくしてしまった政府の責任は重いと思います。

 

佐々木氏

佐々木氏

 

荻上 この100時間未満の時間外労働も、繁忙期に限るという規定がありますが、繁忙期がいつを指すのかは不明確ですね。

 

佐々木 事実上、「繁忙期だから」という条件はほとんど機能しないと考えています。そもそも先ほどの説明であったように、月45時間を超える長時間労働は年6回まではできるんです。2月に1回「繁忙期」とすればいいだけです。また、特に繁忙期がなく慢性的に忙しい会社では、休日労働などを使って、上限ギリギリまで働かされてしまうということがあるのではと懸念しています。

 

荻上 常見さんはどうお考えですか。

 

常見 方々に気を使った妥協の産物だと考えています。「国家をあげた最大のチャレンジ」とまで言われた改革ですが、結果を見てみると茶番だったな、と。経団連も連合も政府も議論が深まっていない。残念な意味で記憶に残る改革になりそうです。

 

ただ、個人的に1番気になっているのは、そもそもの議論に36協定が全く機能していないという批判にあることです。私は36協定にも一定の規制要素があると考えています。36協定には「労使の合意があれば」と定められています。つまり長時間労働になることには労働者側が合意してしまっているんです。そういう意味で、36協定さえなければ、という議論の誘導はおかしいのではないかと思います。

 

長時間労働の是正といって打ち出された上限が100時間というのも気になりますね。これでは実効性の面で100時間前後の労働にお墨付きを与える法案ともいえるし、公式には記録されないサービス残業を誘発する可能性もある。そもそもこの法案が施行されるのが最短でも2019年ですが、その時の、そしてその後の労働市場のことを考えているのかという疑問があります。ただし、努力義務とはいえインターバル規制などが組み込まれたことは大きな変化であると同時に、意味のあるものだと思います。

 

荻上 常見さんは自民党のプロジェクトチームで専門家として提言もされていますが、各党の働き方改革に向けた姿勢の違いなどはどうお感じですか。

 

常見 昨年の参院選でも各党が選挙公約で労働政策を掲げましたが、字面だけみると横並び感はありました。もちろんよくよく見ると内容は異なるのですが、特に自民党は参院選前後から野党の労働政策を強く意識した方針を取っていますね。

 

 

規制強化の中で規制緩和

 

荻上 上西さん、いかがでしょうか。

 

上西 働き方改革実行計画という「枠」で考えると、100時間の上限だけに注目するのは危険だと思います。と言いますのも、今回の実行計画には、これまで連合や労働団体、弁護士の団体などが反対してきた、高度プロフェッショナル制度の導入や裁量労働制の拡大などを含む労働基準法の改正案(いわゆる「残業代ゼロ法案」)の国会での早期成立を図る旨が書き込まれているんです。それらは、36協定の100時間規制といった規制が及ばない働き方です。こうした例外の部分が広がってしまうと、仮に100時間にしろ80時間にしろ規制ができても、その規制が働く範囲が非常に限定的になってしまう。つまり、規制強化の中に巧妙に規制緩和が盛り込まれているのです。

 

しかも、高度プロフェッショナル制度の導入や裁量労働制の拡大に関して連合側は同意していません。実際、計画が発表されてすぐ、連合は裁量労働制の拡充などについては同意していない、是正されなければならないと明確に表明しました(「働き方改革実行計画についての談話」(事務局長談話)、3月28日)。しかし実行計画では、まるで経団連と連合という労使のトップがその点についても合意したかのように書かれてしまっている。この点については、合意されていないことを指摘し、法改正案については是正するよう求め続けなければならないと思います。

 

上西氏

上西氏

 

荻上 上西さんは会議の議論の様子を追い続けていらっしゃいますが、議論の進行として、労働側の意見は取り入れられているのでしょうか。

 

上西 会議には政府関係者を含め構成員が24名いますが、有識者のうち7名は産業界の出身です。対して労働界からは、連合の会長である神津里季生氏の1名のみです。双方の意見を吸い上げるには、全くバランスが取れていません。こんなアンバランスにも関わらず、労使のトップが合意した、という位置づけがされています。安倍首相は「働く人の視点に立った働き方改革」を謳っていますが、会議の実態は、それとはかけ離れています。この人選では「働かせ方改革」でしょう。

 

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「働き方改革実現会議」構成員名簿(資料提供:上西充子氏)

 

荻上 その他の有識者も研究者が3人、シンクタンクから2人、1人は女優といった構成でした。なかなか「労働者」という目線を持つ人が少ない印象です。

 

上西 しかも、会議は10回開催されましたが、1回につき1時間しかありません。24人も参加者がいますから、1回の会合で1人あたり2分ずつ順に話したらそれで終わりです。内容のある議論ができる環境ではありません。議事録にも各メンバーの問題提起に他のメンバーが応じる、と言ったやり取りは見受けられません。働き方改革実行計画には会議の中で各自が主張した内容が事務局によって上手く取捨選択されて収まっている状態です。議論の末に合意された内容とはとても言えません。

 

荻上 今回の改革では女性の労働も話の肝だったはずですが、労働者側の代表は会長の神津氏1人となり、男性のみの参加となりました。ジェンダー目線でも偏りがありそうですね。

 

上西 ええ。派遣や非正規雇用の労働問題に詳しい中野麻美弁護士のような女性の専門家もいらっしゃるのですが、こうした方は人選されていないのも問題ですね。

 

荻上 研究者の人選はいかがだったのでしょうか。

 

上西 参加されている方はいずれも、見識の高い方だと思います。ただ、先ほども申し上げたように、発言時間は1回の会議で1人につき2分しかありません。とても有益な議論ができる時間ではない。「ちゃんとした研究者もメンバーに入っていますよ」というアピールのようになってしまいましたね。

 

荻上 坂口さんは、今回の実効計画、どのようにご覧になっていますか。

 

坂口 取引条件の改善に関する項目に一定の評価をしています。日本企業の多くは中小企業です。今回の実行計画では、これらの中小企業が大企業から仕事を下請けする際の契約条件を改善するよう定めています。特に運送事業と建設業ではかなり厳しく定められている。大企業からの依頼と顧客の都合の合間で、中小企業が無理をしなければならなくなる状況に一石を投じています。

 

例えばこれまでは、下請けに対して市況と比較して著しく低い金額を要求することを買い叩きとしていました。しかし今回の実行計画では、市況が上がっていく中で、以前取り決めた価格を据え置くだけでも買い叩き認定がされます。現状に対して対策を打とうという姿勢は感じられます。

 

ただ、この下請法の厳格化には現場から不安の声も上がっています。というのも、ここまで規制が厳しくなると、大企業は海外の安い下請け業者に発注してしまうかもしれないからです。もちろんこの厳格化もやらないよりはマシなのですが、現場からのヒアリングでは、ここまでの厳格化は、国内中小企業が海外受注業者より高い生産性や、付加価値のある商品を提供できる前提がなければ、逆効果になってしまうのではないかと懸念する声が上がっています。

 

荻上 下請法の改善案に関しては運輸業や建設業の現場の声は届いたといえるのでしょうか。

 

坂口 先ほど申し上げたように、元受との契約をしっかりするよう定めた点は現場として評価できます。ただ、長期的な労働状況の変化を踏まえた上で効果のある対策なのかというと、不安視する声が残ります。今申し上げたように付加価値の問題がありますし、そのほかにも運送業界は慢性的な人材不足になっています。5年の間に人材不足を解消し、長時間労働規制ができるようになるのかというと、現実的には難しいのではないかというのが現場の印象です。

 

荻上 個別の産業の状況や将来的な労働人口の変化なども見据えた上で対策しなければならないわけですね。

 

坂口 ええ。現場の視点で言うと、1番多く聞かれるのは法規制を緩和して欲しいということです。例えば、現行の法律では、特殊な免許がないとタクシーは荷物を運搬することができません。そして今、200~300万人存在するといわれる買い物難民といわれる人たちが、宅配サービスを利用する。法が緩和され、タクシーによる荷物の運搬が可能になれば、現状10万人と言われる運送業界の人材不足も、一定の負担軽減がされるはずです。【次ページに続く】

 

 

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