衆院選を考える ―― 民主党・自民党の経済政策から

まず本題に入る前に、各党の経済政策を考える際の判断軸を明らかにしておきましょう。それは経済政策における三つの手段、つまり「経済安定化政策」、「成長政策」、「所得再分配政策」の三つを明らかにするということです。

 

 

景気変動を安定化させる経済安定化政策

 

経済安定化政策はマクロ経済政策を指しています。マクロ経済政策である財政政策・金融政策の役割は、これら二つの政策手段を通じて景気の安定化をはかることです。なお財政政策は、政府支出の拡大・縮小あるいは増減税を行うことで景気の安定化をはかる政策です。金融政策は、政策金利や量的緩和といった手段を使うことで通貨の量をコントロールし、マイルドなプラスの物価上昇率(2%程度)を安定的に維持する政策です。

 

わが国はGDPデフレーターで見て18年、消費者物価指数で見て14年もの間、原材料価格の高騰といった一時的な物価上昇はあるものの継続して物価上昇率がマイナスであるデフレに陥っています。これは物価の安定、つまりマイルドなプラスの物価上昇率を達成するという観点からみて望ましい状況ではありません。デフレを脱するには政府の財政政策によって総需要を刺激したり、通貨の量を拡大させることが必要です。景気は好況と不況が交互に波を打つような形で循環しながら推移していきますが、好況の勢いが強すぎれば、その後訪れる不況の落ち込みは大きくなるリスクが高まります。

 

デフレが続く日本経済は、好況の勢いがデフレによって頭を押さえつけられる一方で、不況による落ち込みは年を経てより深刻化しているという状況です。日本経済の景気循環の推移をみる際には内閣府が公表している景気基準日付が役に立ちます。

 

これによると、日本経済は2009年3月から好況局面に入っていますが、その動きは極めて緩やかな状況です。そして直近時点の経済指標から判断すると、現時点では再び不況局面に入っている可能性が濃厚です。このような状況下では、長引くデフレと不況による経済の不安定化を食い止めるための経済安定化政策の役割は重要です。

 

 

潜在的な成長力を高める成長政策

 

成長政策は競争政策や規制緩和といった手段を通じて、生産のために用いられる資源をより効率的、無駄のない形で使用できるようにし、中長期的な経済成長の基礎となる生産性の底上げをはかる政策を指します。

 

いうなれば、成長政策は日本経済の潜在的な成長力を示す潜在GDPを高める政策であるとも言えます。東日本大震災が生じた時期を含む2011年1~3月期の実質GDP成長率(前期比年率)はマイナス8%となり、2011年4~6月期も同マイナス1.2%と大きく落ち込みました。2011年7~9月期は同プラス9.5%と成長率は高まりましたが、このように深刻な落ち込みから回復する過程においては高めの成長率が観察される場合があります。しかし9.5%という高めの成長率は長続きしません。なぜかといえば、潜在的な成長力を超えた実質GDP成長率を継続して達成することは困難であるためです。

 

よって高めの実質GDP成長率を持続的に達成していくためには、潜在的な成長力を高めていくことが求められるというわけです。ただし潜在的な成長力を高めたとしても、それが実質GDPの成長に結びつくかは、その時点の経済環境に依存することに留意する必要があります。例えば日本経済の総需要と総供給のギャップを示したGDPギャップの動きをみると、現在の状況は総需要が総供給を下回る状態です。このような状況が続く中では、いくら現時点で資源をより効率的かつ無駄がない形で利用できるようにすることで生産性を高めたとしても、総需要が不足しているために経済成長に結びつくことはないでしょう。

 

なお成長政策については、よくありがちな誤解について指摘しておくことが各党の経済政策を検討する際に有用です。それは「潜在的な成長力を向上させるのが成長政策である」という点が了解されたとしても、具体策となると「成長分野に対して集中的に投資を行う政策」が成長政策となってしまうことです。

 

注意すべきは「成長分野」を政治家が予想できるという前提が合理的かどうかという点でしょう。政治家が政策として発表できるほど「成長分野」が明らかであるのならば、こうした分野は既に民間が参入しても利益が得られる事が分かっている訳ですから、むしろ政府は規制を緩和する等の方法によって自らの関与を減らすことが必要となります。「成長分野」はあくまで成長して初めてわかる話であって、「これからこの分野が伸びる=成長分野」という見立てに基づく産業への介入策は成長政策ではないことに留意が必要です。

 

 

平等度を高める所得再分配政策

所得再分配政策は、税や社会保障といった手段を通じて社会の公平度を高める政策です。経済安定化政策により景気を安定化させるとともに競争政策や規制緩和といった手段を通じて潜在的な成長力を高めることは、一国の平均的な所得水準を高めることにつながります。しかし一国の平均的な所得水準が高まったとしてもその恩恵に預かれない人々が増えれば、相対的な意味での貧困層が拡大します。

 

不平等感や不公平感を感じる人々が増えれば、経済安定化政策や成長政策そのものが民主的な手続きの中で頓挫する可能性も高まります。さらに不平等度が高まれば、市場メカニズムの前提条件である社会的な安定性が阻害されたり、総需要の停滞にも拍車をかけるという事態が生じるでしょう。

 

所得再分配政策は様々なものがありますが、やはり現在において注目すべきは社会保障と税の一体改革、そして生活保護制度ということになるかと思われます。

 

 

民主党・自民党の経済政策 ―― 三つの手段の視点から

 

さて経済政策における三つの手段-経済安定化政策、成長政策、所得再分配政策について簡単におさらいしました。以下では、執筆時点(11月28日)でマニフェストが公表されている政党の中で民主党、自民党の政策をピックアップして考えてみたいと思います。

 

図表は民主党・自民党の経済政策を先程の経済政策の三つの手段に即して分類したものです。復興政策は様々な側面を有すると考えられますが、経済安定化政策に含めています。http://on.fb.me/V6wVNK

 

 

図表 民主党・自民党の経済政策 (資料)民主党・自民党マニフェストより筆者作成

図表 民主党・自民党の経済政策
(資料)民主党・自民党マニフェストより筆者作成

 

 

さて両党の政策を検討する際には、個別の政策の是非を検討する前に、経済安定化政策、成長政策、所得再分配政策の三つの優先順位をどのように考えているかが重要な判断材料となります。

 

というのは、自民党政権・民主党政権で作成・公表された成長戦略が十分に機能していないことからも明らかな通り、単に詳細な政策を羅列しただけでは政策は実現せず、経済環境を考慮に入れながら、政策をどう実行していくかという「ストーリー・戦略」が重要であるためです。両党ともに喫緊の課題である東日本大震災からの復興政策が最初に書かれています。ここでは両党の違いに着目しましょう。

 

民主党のマニフェストを見ますと、まず指摘されているのは、社会保障の改革です。つまり所得再分配政策が最初に掲げられた上で成長を追求することが述べられています。マニフェストで最も訴えたい事が最初に述べられると考えれば、民主党の優先順位は、所得再分配政策がまず先にあって、その次に経済安定化政策もしくは成長政策が後になるという形であると考えられます。

 

一方で自民党のマニフェストを見ますと、記載されている政策の順序は、最初が経済情勢の立て直しということで経済安定化政策であるデフレ・円高対策や緊急経済対策(財政政策)が挙げられ、次に成長戦略の推進、最後に所得再分配政策である社会保障にふれるという流れになっています。

 

民主党マニフェストと自民党マニフェストのどちらが優先順位としては望ましいと言えるのでしょうか。これを考える際には、経済安定化政策、成長政策、所得再分配政策の「ラグ」を念頭におくと見通しがよくなります。

 

「ラグ」とはある事象が生じてから次の事象が生じるまでの時間的なずれを指しますが、経済政策では、経済情勢の把握から経済政策の実行までのラグを「内部ラグ」、政策実行から経済に効果が生じるまでのラグを「外部ラグ」と呼んで区分しています。「内部ラグ」は、経済現象を認知するまでの時間的なずれである「認知ラグ」、政策当局が経済情勢を判断し経済政策の発動の決定を行うまでの時間的なずれである「決定ラグ」、さらに決定した政策を実行に移すまでの時間的なずれである「実行ラグ」の三つに分かれます。

 

経済安定化政策、成長政策、所得再分配政策を以上のラグに即してみていくと、決定ラグが最も短いのは経済安定化政策、実行ラグが最も短いのも経済安定化政策ということになり、民主党もしくは自民党が政権を取った場合に即座に実行できるのは経済安定化政策ということになります。

 

経済安定化政策の中で「外部ラグ」が最も短い政策は財政支出の増加です。マニフェストを見ますと両党ともに当面の景気悪化への対応として補正予算を編成しての経済対策を主張していますが、ラグの側面から考えた場合でも合理的な政策であると言えます。

 

しかし過去実行された経済対策を考えてみれば明らかな通り、補正予算を通じての経済対策は当面の景気悪化の下支えには役立つとしても、デフレが続く日本経済の現状を考えれば力強い景気回復のきっかけになるとは考えられない状況です。

 

補正予算を実行した後に民主党が所得再分配政策を優先すれば、経済成長の成果としての国民所得の増加が十分でない状況で再分配政策を強行する、財源が足りないからマニフェストで掲げた再分配政策は頓挫し、一方で財源を確保するために歳出カットや増税を行う、結果としてマニフェストで書かれていなかった政策のみを実行する羽目に陥る、といったこれまでの民主党政権の失敗を再び繰り返す可能性が高いと考えられます。なお再分配政策には利害が伴うために決定までに時間がかかることにも留意すべきです。

 

こうみていくと、まずデフレ・円高・景気後退といった状況を経済安定化政策で対応した上で、経済安定化を担保しながら成長政策により経済成長をより確実なものとして、拡大した経済成長のパイを所得再分配政策という形で分配するという自民党のマニフェストの流れは理にかなっていると考えられるのです。

 

 

 

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無題

 

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