「小さな政府」という誤解

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政府が管理介入する体制の行き詰まりと崩壊

 

これが、70年代から80年代を通じて、みんな行き詰まっていったのです。

 

ケインズ政策は「スタグフレーション」で行き詰まったと言われています。「スタグフレーション」というのは、「スタグネーション」(停滞)と「インフレーション」(物価上昇)を合わせてできた言葉で、「不況下のインフレ」のことです。普通は不況のときは「デフレ」、つまり物価の下落が起こり、インフレになるのは景気のいいときです。だけどこのときには、不況なのにひどいインフレになったのです。

 

不況だからというわけで、景気を好くしようとして、「それならケインズ政策だ」と言って政府支出をバンバンやってたら、一向に景気はよくならないのに、インフレばかりひどくなってしまった……というわけで、ケインズ経済学の人気は落っこちてしまいました。

 

まあ、とは言っても、いまから振り返って当時の日本経済のデータを眺めてみたら、これのどこが「不況」だ! って気になりますけどね。実質成長率で4%とか5%とかが普通、完全失業率は2%前後ですよ。いまは、完全失業率が5%台から4%台になったって言って喜んでいる。いま当時みたいな経済状態になったら、みんなハッピーでハッピーでたまりませんよね。いったい何が不満だったんだか。「南京大虐殺はなかった」とか言う人がいるくらいですから、「スタグフレーションはなかった」とか言いたくなる。こっちの方がよっぽど信憑性があります。

 

ともかく当時はこれでも大変と思っていたんですね。そのうえ、革新自治体は住民福祉サービスの手を広げているうちに、どんどん財政赤字が膨らんでいっちゃった。本家本元の北欧福祉国家も、財政赤字が膨らんでいきました。インフレもひどくなっていって、福祉国家はもうオシマイだと言われました。

 

さらに、ソ連・東欧体制は、70年代、80年代を通じて停滞を強めていきます。食糧や燃料はじめ生活必需品がいつも不足。一般国民は生きていくだけでも苦しいのに、先進資本主義諸国の豊かな暮らしの様子が知れ渡るようになり、人々の不満が高まっていきました。そして、最終的に1989年に東ヨーロッパの国々で人々が共産党独裁を打倒する革命を起こし、91年には共産党保守派のクーデタを市民が粉砕し、ほどなくソ連は崩壊します。

 

このかん、ソ連型をお手本にしていた多くの発展途上国でも、経済が行き詰まってしまい、マルクス=レーニン主義を看板に掲げる政権がこぞって崩壊したり、看板替えしたりして、国有指令経済をやめました。マルクス=レーニン主義の看板を掲げていなかった政権も、同じようにみんな国有指令経済をやめて、市場経済を導入していきました。

 

中国では、国有経済や集団農場を守ろうという独裁者の毛沢東が、ちょっとでも市場経済的なことを目指す幹部は許さないと、「文化大革命」と称する大粛清運動を起こして大量の人々を死に追いやったのですが、その結果1970年代には国中が荒廃しきって崩壊寸前までいっちゃいます。そして毛沢東の死後、独裁政党は依然「共産党」と名乗りながらも、1980年前後から大幅に市場経済を導入して、国を建て直していくことになります。

 

 

政府が管理介入する体制からの転換は必然

 

さて、このような一連のことの結果、政府が経済のことに管理介入してくる70年代までのやり方からの脱却の動きが、世界中で起こることになります。私が「誤解」と言ったのは、この動きを「小さな政府へ」と解釈したことについてなのです。

 

国家介入体制が、いろいろなバージョンはあるけど、みんなこぞって行き詰まって、何か転換しなければならなかった、これは経済学的にきっちり説明できる、ちゃんとした理由があることです。昔の社会主義者風に言えば、「鉄をも貫く物質的必然法則」(笑)です。

 

この転換の正体はなんだったのか。これをこの連載でお話ししたいと思っているのですが、とりあえず何と呼んでおきましょうか。以前、講演や論文では「脱70年代転換」と呼びましたが、ちょっとこなれてませんね。十年以上前に私が碓井敏正さんや大西広さんたちと書いた本(*1)では、「自由主義的転換」と呼びました。もっとも、当時の段階では、この転換の正体を正確に把握していたわけではなかったですが。

 

(*1)碓井敏正、大西広編『ポスト戦後体制への政治経済学』大月書店、2001年。

 

まあこの呼び方でもいいのですけど、とりあえずいまは、ネタバレにならないように、正体は謎のまま「転換X」とでもしておきましょう。「小さな政府」路線を推進する側の人たちは、「転換X=小さな政府」と誤解して「小さな政府」こそ歴史の進む道と思ったのですが、それに反対する側の人たちも同じく「転換X=小さな政府」と誤解して、こちらは「転換X」自体に反対してしまったわけです。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.264 

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