ソ連型システム崩壊から何を汲み取るか──コルナイの理論から

投資決定者が責任をとらない「ソフトな予算制約」

 

さて、ではなぜ歯止めなく設備投資したり、生産資材を貯め込んだり、どんどん輸出したりするのでしょうか。コルナイさんがあげている根本的な原因は、「ソフトな予算制約」ということです(*16)。

 

西側の資本主義企業で、採算の合わない設備投資にまで際限なく手を出したり、実際に生産に使われる可能性が乏しいところまでたくさん生産資材を貯め込んだり、もうけ度外視で量だけ輸出したりしたら、企業は赤字を出してしまいます。誰も助けてくれません。しまいには倒産してしまうでしょう。コルナイさんは、こういうのを「ハードな予算制約」と呼んでいます。

 

しかしソ連や東ヨーロッパの国有企業は違います。企業が赤字になっても潰れることはありません。赤字になっても、製品価格の引き上げが認められたり、国のおカネが突っ込まれたり、免税されたり、銀行から融資されたりします。予算制約が緩すぎて融通がききまくるということで、「ソフト」だと言うのです。

 

コルナイさんは、西側の企業では、企業のオーナー自身が設備投資決定すれば、「彼自身のお金にかかわる」と言います。つまり、失敗したら自分の損ということです。株式会社の雇われ経営者の場合も、「間違った決定は職業上の威信や経歴を傷つける」と言います(*17)。私から補足すれば、株式会社でも、日本の中小企業の場合、経営者は借金するとき個人保証を求められますので、損したら自腹で責任をとります。大企業でも、会社の業績が悪いと、安くなった株を買い占められて、経営者は追い出されるかもしれません。間違った経営判断のために会社が大損したら、株主代表訴訟を起こされる可能性もあります。

 

しかし、東側の国有企業経営者は違います。コルナイさんによれば、投資判断がうまく当たれば、昇給やボーナスが得られ、名誉も得られるけど、投資判断に失敗しても、「前よりもさほど低くない地位の別の機関や職場へ左遷させられるだけ」ということです(*18)。

 

つまり、国有企業経営者は、企業長単独責任制のもとで、資材購入や労働雇用の決定権を持っていました。ハンガリーやポーランドでは、設備投資の決定権まで持っていました。ところが彼らは、決定の結果おこることについては、責任をとる必要がなかったわけです。本当に社会のニーズに合うかどうかわからないリスクのある決定をする人は、本来そのリスクに応じて責任をとらなければならないと思います。しかし、その責任をとる必要がなく、うまくいった場合のメリットばかりがあるならば、資材のため込みにも設備投資にも歯止めがかからないのは当然です。

 

この問題を解決するためにはどうすればいいか。設備投資や資材購入や新規雇用の決定をする人が、その決定の結果について責任をとるようにしなければならないということです。つまり、失敗したら自腹で補償する。あるいは、倒産して地位を失う憂き目にあう。しかし、責任を取らされるばかりなら誰も決定する地位に着こうという人はでてきませんから、決定の結果うまくいったときの成果は、「利潤」としてある程度決定者に帰属するようにする……これは、要するに「私有」ということにほかなりません。

 

だからコルナイさんは、ソ連型システムは改革不可能で、西側同様の私有資本主義になるほかないという結論に至ったわけです。

 

(*16)以下の議論は、コルナイ同上書40-58ページ。

 

(*17)コルナイ同上書120ページ。

 

(*18)コルナイ同上書122ページ。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.278 

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