ソ連型システム崩壊から何を汲み取るか──コルナイの理論から

金融取引規制こそソ連崩壊から汲み取れる教訓

 

こんなふうに言うと、新自由主義政策に賛成してきた人たちは、「そうだそうだ」とおっしゃるかもしれません。

 

「だから、電力会社の地域独占はやめて自由化して競争させなければならない。株式持ち合いはなくして、ちゃんと株主の株主による株主のための会社になるようにしなければならない。大学でもなんでも株式会社でできるようにしなければならない。」

 

……はたしてそうでしょうか?

 

ソ連型システムの崩壊を見て、「それみろやっぱり、おカネもうけのためにいろんな企業を自由に作れるようにして、市場取引も自由にできるようにしなければいけないのだ」と言って、新自由主義政策が推進されてきました。「ソ連みたいに経済がつぶれてもいいのか」というわけですね。

 

その中の目玉みたいな政策の一つが、金融取引の自由化でした。イギリスでサッチャー政権が行った通称「ビッグ・バン」が皮切りだったと思いますが、アメリカでも、金融業を規制してきた法律が緩和されていって、やがてとうとう廃止されました。日本でもイギリスにならって「金融ビッグ・バン」と称した一連の金融自由化が進められました。まあ、いずれも要するに、銀行や証券会社の仕事はいままでお役所からいろいろ規制されてきたけど、これからは国や業界の垣根なく、自由に商売できるようにしますということです。

 

そうしたら、2008年にサブプライムローン問題をきっかけにして世界金融危機が起こりました。そこで、「金融自由化のせいで、ご立派な大手の金融機関まで、サブプライムローン証券とか何とか、新しくひねり出された怪しげな商品を取引して、自由にバクチをうって、もうけに浮かれていたからこんなことになったのだ」と、世界中で批判が起こりました。

 

このときアメリカでは、サブプライム取引の損失で経営危機に陥った大手保険会社のAIGに、巨額の公的資金が投入され、物議をかもしています。さらに、同社がその後、公金をもらっておきながら、400人の幹部社員に約160億円相当のボーナスを払ったことで、いっそう騒ぎが大きくなりました。

 

しかし、コルナイさんが指摘した、ソ連型システムがなぜうまくいかなかったのかという本当の理由をちゃんと理解していれば、こんなことにはならなかったのです。

 

金融自由化で、自由にいろいろな金融商品を取引できるようになった金融機関のディーラーの人たちは、他人から預かった「ヒトのカネ」を使ってバクチをうちます。たしかに、それでうまくいけば、金融機関ももうかるし、ディーラー本人もご褒美がもらえます。しかし失敗した場合は、しょせん「ヒトのカネ」であって、損するのは顧客。ディーラーの自腹が痛むわけではありません。

 

AIGがディーラーたちに高額のボーナスを払ったのも、そうしないとディーラーたちは沈みかかった船を見捨てて、別の会社に移ってしまうからです。どっちにせよ、失敗しても自分個人は大丈夫ということです。

 

金融機関にしても、あんまり大きいと、つぶれてしまったら国民経済に悪影響を与えてしまいます。つぶれたせいで景気がますます悪化してしまう。罪のない多くの会社がつぶれ、失業者もたくさん出てしまう。そんなことになるわけにはいきませんから、結局はつぶれないように、政府は公的資金を投入して救うほかありません。以前の日本の金融危機のときもそうでしたよね。

 

しかし政府がそんなふうにいざというとき救ってくれることは、誰でも最初から読めることです。コルナイさんの言う、「ソフトな予算制約」そのものです。

 

つまり、リスクと決定と責任が一致していないのです。リスクのある金融取引を決定しながら、その決定者は自分ではリスクをかぶらず、そのリスクがかかってくる顧客などに対して責任をとらない仕組みになっているわけです。こうなれば、どんどんと過剰にリスクの高いことに手を出していくことは、コルナイさんの理屈から言って当然のことです。

 

だから、ソ連型システムが崩壊し西側同様の資本主義に転換したことの底流にある「転換X」の課題にのっとるならば、金融取引は何でもかんでも自由化してはならず、規制が必要であるという結論が出るわけです。現実の金融自由化論は、この「転換」の意味を誤解していたと言えます。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.278 

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