ハイエクは何を目指したのか ―― 一般的ルールかさじ加減の判断か

あれこれの現場の知識は外から把握できない

 

ハイエクはその後1945年にこの論争をふりかえって自分の考えを論文にまとめています。これが、1949年出版の『個人主義と経済秩序』の第4章に収められていて、私たちはこれを日本語版の『ハイエク全集』(春秋社)の第3巻で読むことができます。

 

ハイエクはそこで、次のように書いています(ページ番号は、日本語版全集のページを表すことにします)。

 

 

……合理的経済秩序の問題のもつ独特な性格は、まさに次の事実によって決定される。すなわち我々が利用しなければならない状況についての知識は、集中され、もしくは統合された形で存在することは決してないのであり、むしろすべての個々別々の個人が持っている不完全で、かつしばしば相互に矛盾する知識の切れ切れの断片としてのみ存在するという事実がそれである。従って社会についての経済問題は……誰にとっても完全な形では与えられていない知識を、いかに利用するかという問題である。(同書108ページ)

 

 

このような知識のことを、ハイエクは「ある特定の時と場所における特定の状況についての知識」(*1)と言っています。それは例えば、教科書に書いてあるわけではなくて、現場で習熟して会得するしかない知識です。あるいは、具体的な誰彼の人間関係についての知識とか、そこここの土地勘とか、あれこれの具体的な事情のことです。

 

ハイエクは、この種の知識は「その性質からして統計にはならない」(*2)と言います。中央当局は経済計画を立てようとしたら、統計的情報に基づいて立てるほかないので、これらの知識は中央当局に伝えることがもともと不可能だということになります(*3)。だからこれらの情報が役に立つ使い方ができるのは、それを把握している現場の人が、すすんで決定に関与する場合だけです(*4)。

 

ハイエクによれば、社会の経済問題というものは、「ある時間と場所における特定の状況の変化に対する敏速な適応の問題」(*5)だと言います。「事件は現場で起こってるんだ!」というわけですね。そこで……

 

 

そのことから当然に、最終的な決定は、これらの状況をよく知っている人々に、関連する諸変化とこれらの諸変化に対応するためにただちに利用し得る資源について直接知っている人々に、任せられなければならないということになるであろう。我々はこの問題が、この種の知識のすべてをまず中央委員会に伝達し、その委員会がすべての知識を統合した後に指令を発するという形で解決されるであろうと期待することはできない。(同上書116ページ)

 

 

それを無理に中央で決めると、現場の事情を離れた勝手気ままな決定によって人々が振り回されてしまいます(*6)。それは、全体主義への道であるだけでなくて、文明を破壊し、将来の進歩を不可能にしてしまう(*7)と言います。

 

変化というものがなくて、前もってはっきりした長期計画を立てることができて、みんなそれを忠実に守って、それ以降は重大な経済決定をしなくてもいいというのならば、中央計画経済でもやっていけるけど、実際には、しょっちゅう無数の予期しない出来事が起こるものです(*8)。それらは統計的に相殺される性格のものではないのだから、その都度現場で適切な判断をするほかありません(*9)。

 

 

ハイエクが必要とみなした国家の役割

 

それゆえ、国有中央計画経済ではなく、経済活動は民間企業の自由にまかせなさいということがハイエクの主張になります。しかしハイエクだって、何もかも民間にまかせてしまうことを主張したわけではありません。国家の役割もあると考えていました。それでは、ハイエクの考える国家の役割とは何だったのでしょうか。

 

『隷属への道』(新版『ハイエク全集』第I期別巻、春秋社)では、第3章にそのことが書いてあります(*10)。後の1960年に出版された『自由の条件』第2部第15章(*11)(『ハイエク全集』第6巻、春秋社、1987年)でも詳しくまとめています。

 

ハイエクは、競争が有効に働くためには、よく考え抜かれた法的枠組みと政府の介入が必要だとして、私有財産制度や契約の自由を保証し、詐欺やごまかしを防止する役割を取り上げています。要するに民法などの取引ルールの体系のことですね。そして、通貨制度や情報伝達網、度量衡基準の設定、測量や土地登記の情報の提供、教育の支援、公衆衛生や保健サービスの提供、道路標識や信号の設置、道路の建設、労働時間の制限や働く環境の維持向上、公害や環境破壊を防ぐための生産方法の規制などの役割をあげています。

 

とくに、この中に労働時間などの労働基準を守らせるための規制が入っていることに注意して下さい。『隷属への道』の第9章では、国が人々に最低所得を保障することや、病気や事故や災害に備えるための保険を国家がお膳立てすることも認めています(*12)。従業員こき使い放題の自由とか、稼ぎの無い者食うべからずとか、そんな種類の「自由主義」はハイエク思想とは無縁のものです。

 

(*1)同上書111ページ

 

(*2)同上書113ページ

 

(*3)同上書113ページ

 

(*4)同上書111ページ

 

(*5)同上書115ページ

 

(*6)ハイエク『隷属への道』(新版『ハイエク全集』第I期別巻、西山千明訳、春秋社、新装版2008年、280ページ)

 

(*7)同上書281ページ

 

(*8)前掲『個人主義と経済秩序』113-114ページ

 

(*9)同上書114-115ページ

 

(*10)特に、前掲『隷属への道』41-46ページ

 

(*11)同書124-141ページ

 

(*12)同書154-155ページ

 

 

 

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vol.2019.4.15 

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