反ケインズ派マクロ経済学が着目したもの──フリードマンとルーカスと「予想」

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ケインズ派とフリードマンの主張の違い

 

と、まあこんなことをわざわざ書いたのも、フリードマンと言えば、左派系の人たちの間では怨嗟の的で、世界に新自由主義の惨禍をもたらした悪魔の学説の教祖みたいな扱いですので、ちょっとでもその学説の中にプラスのものを見いだそうとしたらボコボコ叩かれそうだからなのですが、さて、では念のためにケインズ派の人たちと、フリードマンでは、どんな主張の対立があったのか、ちょっとまとめておきましょうか。

 

ケインズ派と言えば、欧米では労働組合側に支持されているものです。ヨーロッパではイギリス労働党やドイツ社会民主党などの左派政党、アメリカではアメリカリベラル派の民主党が取入れてきました。資本主義経済とは欠陥のあるものだから、働く大衆や社会的弱者のために公的な責任で適切な介入がなされるべきだと考える人たちです。

 

それに対してフリードマンの考えは、世界の財界に支持されて、イギリス保守党、アメリカ共和党などの保守派の政党が取入れてきたものです。資本主義の市場経済はすばらしいものだから、原則として役所は口出しせずに、民間人の自由なビジネスにまかせなさいという立場ですね。

 

はいでは、次の二つの主張のうち、どちらがケインズ派の主張で、どちらがフリードマンの主張でしょうか。

 

 

A.不況になったら、中央銀行がおカネをどんどん発行すること(金融緩和)や、政府が財政支出の拡大をするべきである。そうすると、経済全体のモノやサービスを買おうとする力(総需要)が増えて、景気がよくなる。

 

B.金融緩和や財政支出拡大をしたら、一時的には生産や雇用が増えるが、それは長続きせず、やがては元の木阿弥になってしまう。結局、インフレや財政赤字が悪化するだけ損で、有害無益だ。

 

 

もちろん、Aがケインズ派、Bがフリードマンの主張です。最近の日本にいると勘違いしそうですが、間違えないで下さいよ。Bは、左翼の怨嗟の的で、世界に新自由主義の惨禍をもたらしたとして悪魔の学説の教祖扱いされているフリードマンの主張です。胸に手を当てて近頃の自分の言動を思い返してほしい人が左派系にもたくさんいるのですが……。心当たりのある人は、少なくとも、フリードマンから何かプラスの論点を引き出そうとしたカドだけでヒトを叩いたりすることは、できれば遠慮してほしいと思います。

 

(ちなみに余談ついでに言えば、社会民主主義みたいなヘタレじゃダメと言うならば、もっと急進的な共産主義は、中央銀行を国有化して労働者政権がコントロールすることを主張するものなのです。例えばマルクスの『フランスにおける内乱』を読んでみて下さい)

 

 

ケインズ政策批判の要点=インフレ予想を加速させる

 

もちろん、私たちがフリードマンから取入れるべきものは、こんな論点なのではありません。フリードマンがBのような主張をするにあたっては、そもそも、働きたいのに働き口がなくて働けない失業者なんていないことが、お話の前提になっています。もっとも、技能と求人のミスマッチで人手不足と失業が同時にある事態は認識しているのですが、世の中の総需要が不足して大半の職種で人が余る事態は最初から考えていないのです[*1]。

 

実は、ケインズ登場以前の、古いタイプの新古典派経済学でも同じように考えられていました。フリードマンがただの先祖返りではなくて、そこに新しいものを付け加えた点は、一時的には景気対策が効くことを表現できたことにあります。古いタイプの新古典派の想定では、人手がみんな雇われてしまっているので、総需要拡大政策をとってももう雇用は増やせません。だから生産も増えない。生産が増えないのに需要だけ増えるのですから、いろんなものがみんな品不足になって値上がりします。つまり、最初からただインフレになるだけで、何の効果もありません。

 

それに対してフリードマンの想定の場合は、総需要拡大政策の結果、さしあたり人手不足になって名目賃金が上がったら、人々が実質賃金も上がったものと勘違いして、これはもうかるぞと、いままで働こうとしなかった人も働きに出るようになるとされているのです。本当は物価も同じくらい上がっているので、実質賃金は変わっていないのですが、人々はそれを正確には認識できず、当初そんなには物価が上昇しない予想をしているというわけです。

 

こうして労働需要が増えるのに追いついて労働供給も増えるので、生産も増えます。雇用量も増えます。これが、一時的に景気対策が効いた状態です。

 

しかしやがて、実は物価が予想以上に上がっていて実質賃金が増えていないことに人々が気づき出します。すると、働くのがばかばかしくなって働きに出るのをやめる人が出ます。結局最終的にはもとの雇用量と生産量に戻り、ただインフレがひどくなっているだけ。古いタイプの新古典派の見立てと同じ結末になります。

 

フリードマンに言わせれば、ケインズ派の人たちは、雇用がまた減ってしまったのを見て、景気対策が足りなかったと判断して、ますます総需要を拡大する政策をとってしまう。そうすると、人々のインフレ予想を上回るインフレになってはじめて、実質賃金が増えたと勘違いして労働供給が増えて生産が増える効果が復活しますが、それもまた人々のインフレ予想が現実に追いついて高まることで、元の木阿弥になってしまう。そしてますます総需要を拡大する政策がとられ……と悪循環が続き、インフレがどんどん悪化していくのだということになります。

 

私は、景気の拡大というのは、働きたい人が増えて生産が増えるというよりは、働きたいのに働き口がなかった人が新たに雇われて生産が増えるものだと思いますので、以上解説したフリードマンの議論はそもそも想定が間違っていると思います。しかし、ここで重要なことは、人々の予想が経済の動きに影響することが指摘されたことです。人々の予想を超えるインフレを起こし続けて、人々のインフレ予想がどんどん上がっていくからこそ、現実のインフレも歯止めなく加速していく。生産は長期的には停滞したまま増やせないのに。こう言って、スタグフレーションのメカニズムを説明したわけです。

 

だからフリードマンによれば、ケインズ政策の何が悪いのかと言えば、人々のインフレ予想を不安定にする(どんどん上がっていく)ところがダメだということになります。それに対してフリードマンがインフレを抑えるために提唱したことは、人々のインフレ予想を抑え込むことです。一時的に失業が増えるかもしれないけど、焦らずブレず、中央銀行のおカネの発行を引き締め続ければいいのだということです。

 

 

不況では金融緩和の景気対策は必要

 

したがって、フリードマン理論の革新点もまた、前回見たハイエクの議論と同じということになります。政府は民間の人々の予想を不確実にすることに手を出してはならない。人々の予想を確実ならしめるのがその役割でなければならない。──こういうわけです。

 

ですから、これは、「不況になっても景気対策も何もせずほったらかしておくべきだ」という主張ではないわけです。

 

実際、フリードマンは、1930年代の「大不況」が長くてひどいものになった原因を、中央銀行がとるべき政策をとらなかったことに見ています。アメリカの中央銀行である連邦準備制度理事会は、本来、もっと大胆におカネを出すべきだったにもかかわらずそれをせず、かえっておカネの発行を減らしてしまったと言って批判しているのです[*2]。

 

では、どんな政策をとればいいのか。これもやはりハイエクと同じです。人々の予想を確定させる政策、すなわち政策担当者のその都度その都度の胸先三寸の判断で左右されることのない「ルール」です。フリードマンが提唱した有名なルールは、世の中に出回っているおカネの量を一定の率で増やしていく政策です。世に言う「k%ルール」ですね。フリードマンの一般向けの主著である『資本主義と自由』では、Xを記号に使っていますので、「X%ルール」とも言ってもいいです[*3]。

 

これは、何も考えずに機械的にX%でおカネを出し続けるというお話ではありません。『資本主義と自由』でも、ここで言っている、世の中に出回っているおカネの定義は、民間の銀行の外にある現金と、民間の銀行にある預金の合計のことだとされています[*4]。銀行がおカネを貸すときには、現金で貸すことはほとんどなくて、貸し出す相手の預金を作って口座に数字を書くだけですよね。借りた人がそのおカネを使うときも、支払先の預金口座に振り込むだけです。だから預金というのはおカネの一部なのです。

 

ということは、景気がいいときには、銀行は貸出を増やしますので、世の中で出回るおカネの量は増えます。不況のときは逆で、銀行は貸出を減らしますので、世の中で出回るおカネの量は減ります。世の中に出回るおカネの量というものは、景気に合わせて自動的に変動するものなのです。

 

だから、フリードマンは「預金準備率100%」という、どう考えても無理なことも理想としていたようですが[*5]、現実にはそういうわけにはいきません。一定の率X%で世の中に出回るおカネの量を増やしつづけるためには、景気がよすぎて貸出の伸び率が高いときには、中央銀行はおカネの発行を引き締めなければならないことになります。景気が悪くて貸出が減っているときには、中央銀行はおカネの発行を増やさなければなりません。景気の状況に合わせた金融政策は必要だということになります。フリードマンが、1930年代のアメリカの中央銀行が本来とるべきだったとしているのは、明らかにそのような姿勢です。

 

つまり、一旦ルールを決めたならば、それを守るために、政策当局者によるその都度その都度の状況を見た機敏な判断が必要になるということです。

 

ハイエクの場合も、判決が繰り返される中で形成される不文のルールたる「ノモスとしての法」は、それがあるというだけではダメで、その都度その都度の状況に合わせた権力機関の判断による「テシスとしての法」によって守らせなければならないということでした。ただ、あくまで後者が前者に下位のものとして従属するという点が重要なのです。それと同じで、その都度その都度の状況に合わせて金融政策の加減をする判断は、現実には必要なんだけど、それはあくまで、一定のX%というルールを守るためなんだということです。

 

とはいえ、中央銀行がおカネを出す量をコントロールしても、世の中に出回っているおカネの量が思った通りに増減できるかというと、そう簡単にはいかないです。フリードマンは、両者の関係をわりとリジッドに考えて楽観的だったかもしれませんが、実際にはその関係はかなりルーズです。結局、世の中に出回るおカネを一定率で伸ばそうとしても、中央銀行の判断に委ねられる部分はかなり大きくなり、民間人にとっての政策の不確実性はたいしてなくならないじゃないか……ということになってしまいます。だから、今日ではこのフリードマンの提案自体は、ほぼダメだということになっています。

 

[*1]以下の総需要拡大政策についての議論は、主に置塩信雄がフリードマンの議論を数学モデルにして分析しているものに基づいている。置塩信雄『現代経済学II』(筑摩書房, 1988年)第6章。

 

[*2]フリードマン『資本主義と自由』村井章子訳、日経BP社、2008年、103-110ページ。もっと詳しくは、フリードマン、シュウォーツ『大収縮1929-1933「米国金融史」第7章』久保恵美子訳、日経BP社、2009年。

 

[*3]前掲『資本主義と自由』116-118ページ。

 

[*4]同上書116ページ。

 

[*5]Bennett T. McCallum, “Monetarism”(The Concise Encyclopedia of Economics, Library of Economics and Liberty)、voxwatcher訳「マネタリズムの経済学」、2012年6月19日、「VOXを訳す!」サイト内。http://voxwatcher.blogspot.jp/2012/06/bennett-mccallum.html

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

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