反ケインズ派マクロ経済学が着目したもの──フリードマンとルーカスと「予想」

政策無効になる前提は合理的期待以外にある

 

さてここで注意してほしいのですが、このモデルでは最初から失業というものがありません。そもそも雇うとか雇われるとかいう労働市場というものがなく、各自が自営業者として「財」を生産しているイメージを持つべきです。そして、この財の需要と供給は、価格がスムーズに動いて毎期きれいにバランスすることが最初から想定されています。だから、政策が有効とか無効とか言っても、財の売れ行きが増して失業が減るかどうかという話は、最初から想定していないのです。

 

ここで景気の拡大のようにみなされている事態は、人々が自らたくさん働くようになって財の生産が増えることです。総需要の拡大に合わせて、売れる分だけ生産が増えることではありません。総需要拡大政策の有効性など、そもそもの初めからあり得ないモデルの想定になっているのです[*9]。この点には、合理的期待の想定などまったく関係ありません。

 

そしてその上に後年みんなわかってきたことは、ルーカスさんは、つじつまのあった物価の決まり方の式として、特定の式を、天降り的に持ち込んでいるということです。それが「貨幣数量説」型の式、つまり、貨幣の量が二倍になったら物価も二倍になるというように、貨幣の量と物価が比例するとみなす式です。

 

ルーカスさんが難しい数学を使って証明しているのは、こういう物価の決まり方の式を使えば、モデル全体とつじつまが合うということです。つまり、人々がある将来価格の予想のもとで各自最適に行動したら、それが合成されて決まる将来の価格が、平均的に当初人々が予想していた価格とホントに一致する、そのような物価の決まり方の式が存在するということです。

 

その証明はともかく、このような物価の決まり方を前提すれば、貨幣をどれだけ増やそうが、実際の生産や消費に関係なくなるのはあたりまえです。なぜなら、人々が生産や消費の計画を決めるにあたって、貨幣が影響するのは、それでどれだけ財が買えるかということですから、人々の行動を決める式の中に、貨幣は必ず「実質量」の形で入ってきます。つまり、貨幣が財何個分にあたるかを表すために、名目貨幣量を物価でわった形で入っているわけです。ところが、その割る数である物価が貨幣に比例していたならば、貨幣は割る数と割られる数の両方に出てきて約分されて消えてなくなり、人々の行動を決める式の中には名目貨幣量は出てこないことになります。これではそもそも貨幣が生産や消費に影響できるはずはありません。

 

 

ルーカスモデルに発見された複数均衡

 

だから、ルーカスさんの論文の政策無効の結論は、実は「合理的期待」という新しい手法に原因があったわけではなかったのです。

 

このことが認識されたのは、ルーカスモデルでつじつまの合った物価の決まり方の式は、ルーカスさんが使った貨幣数量説型の式だけでなく、いろんな式があり得るということが発見されていったからです。松井さんの論文によれば、1990年代の初めには、ルーカスモデルの中に出てくるいろいろな式を、計算のしやすい簡単な式に特定化した上で、貨幣が生産や消費に影響するような解が無限に出てくることが示されている[*10]そうです。

 

松井さん自身のされたことは、計算のしやすいように特定化したりせず、ルーカスさんのもとのモデルとまったく同じ一般的な式のもとで、貨幣数量説型以外の物価の決まり方の式を持ち込んでみて、それがちゃんとモデル全体とつじつまが合うことを証明されたことです。その式というのは、価格と貨幣量はきれいに正比例するわけではないけど、何かの関係はあるという式です(きれいに正比例する貨幣数量説は、一特殊ケースとして扱えます)。きれいに正比例するのでなければ、人々の行動を決める式の中に貨幣量が変数として残ります。つまり、金融政策は生産や消費に影響を与えるということです。

 

また、ルーカスモデルにおいては、政府による貨幣発行ルールの式を変えても、貨幣を出す量が生産や消費に影響するようにモデルを作ることができることが指摘されています。松井さんによれば、1985年にすでに小谷清さんがこれを見つけていた[*11]そうです。

 

ルーカスモデルでは、何らかの利率の利子を政府が貨幣発行して配ることになっていましたから、当然それは各自の持ち越した貨幣量に比例してもらえるわけです。ところが、小谷さんは、そうした利子に加えて、引退世代一人頭一定のベーシックインカムのような貨幣をばらまくことにしても、モデルはつじつまが合って成り立ち、しかも貨幣は生産や消費に影響するようになることを見つけました。この場合、各自の持ち越した貨幣量に引退後使える貨幣量が比例しないために、きれいに割り算されずに貨幣量が式に残ってしまう効果が出るわけです。

 

注意すべきは、これらはすべて合理的期待による予想形成を前提して成り立っているということです。たしかに、これらの研究はルーカスモデルの設定をそのまま使って分析していますので、「政策有効になった」と言っても、もともと総需要不足の失業があったわけではなく、人々がもっと働きたくなって働くことを増やしたら生産が増えたというだけです。現実の不況対策に役に立つことを言っているわけではありません。ですけれども、合理的期待で予想形成するかどうかと政策無効命題とは関係がないということが、これらによってはっきりと示されたわけです。

 

なおルーカスモデルの枠組みを引き継ぎながら、雇い雇われるの関係をモデルに盛り込み、合理的期待による予想形成を前提しても、総需要不足で失業が発生し得るようにすることはできます。そのときには、政府が貨幣発行を増やすことで総需要が拡大して失業を減らせることが示せます。大瀧雅之さんの『貨幣・雇用理論の基礎』[*12]第1章のモデルはその試みと言えます。これは、不確実性がないモデルで、万事キッチリ決まることが前提されていますので、合理的期待どころか、人々は将来の価格を完全予見することになっているのですが、それでもこのような結論が導けるわけです。このモデルに、貨幣数量説的な物価決定と、ルーカス型の貨幣発行ルールを持ち込めば、完全雇用のもとで本質的にルーカスモデルと同じものが再現されることが示されています。

 

[*9]むしろルーカスの真意は、誰もが政策無効になると確信するような前提でモデルを立てておいて、しかし、予期されざる政策が取られれば実体経済に影響するということを示すことの方に目的があったと言える。「1972年論文でルーカスが目指したのも、一般の理解のように貨幣の短期的・長期的な中立性を示すということではなく、むしろ、それがどのような現実的条件の下で破れるかを考えることであったのだと見なされうる。」山崎好裕「ルーカスの始源から──マクロ合理的期待モデルの誕生と屈折するシカゴ」『経済学史研究』第54巻第2号、2013年。

 

[*10]P. A. Chiappori and R. Guesnerie, “The Lucas equation, indeterminancy, and non-neutrality: an example,” Economic Analysis of Mardets and Games, ed. P. Dasgupta, D. Gale, O. Hart and E. Maskin, The MIT Press, Cambridge, 1992.

 

[*11]K. Otani, “Rational Expectations and Non-Neutrality of Money,” Weltwirtschaftliches Archiev, Vol. 121, 1985.http://download.springer.com/static/pdf/594/art%253A10.1007%252FBF02705820.pdf?auth66=1390480040_8bd2ae38c8d30d57eec25a69c315ecb1&ext=.pdf

 

[*12]勁草書房、2011年。

 

[*13]この二つの前提を、大瀧は「デノミ」と解釈している。手持ち貨幣の額が比例的に増え、それで買えるものが不変ということは、これまでの千円を新二千円と呼ぶことにすることと同じだというわけである。何事も起こらないのは当然だとされる。同上書38ページ。

 

 

 

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vol.2019.4.15 

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