ゲーム理論による制度分析と「予想」

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なぜ「男が外で女が内」か

 

もう一つだけ。私がかかわった研究も例としてあげておきましょう。「男は外で稼ぎ、女は内で家事をする」という性役割分業が、なぜ発生するのかを説明したゲーム理論モデルです。「男は外で稼ぐのに向き、女は内で家事をするのに向く」というような合理的根拠は何もなくても、このような均衡が発生することを示したものです。

 

これは、川口章さんが私より先にモデルを作っている[*12]のですが、川口さんのモデルでは、男女がペアになることによって効用を得る設定から組み立てています。それに対して私のもの[*13]は、「効用」ではなくて、家事労働によって質の高い労働力が生産される設定に基づいています。日本型の場合は、主婦が家事労働をするおかげで夫が長時間労働にはげんで、企業特殊的技能を形成できるというようなイメージを持っていただければいいです。これによって、私のモデルでは、男女の別だけではなくて、白人と黒人といった民族差でも同じことが発生することを示せますし、技術条件が変わることで制度均衡が変わることも示せました。

 

以下では日本型の技能形成をイメージした言い方をします。企業としては、労働者が長時間労働にはげんで、すすんで企業特殊的技能形成をしてくれるならば、責任ある仕事をまかせたり比較的高めの給料を払ったりして、技能養成のためのコストをかけようと思います。しかし労働者側にその気がないならば、コストのかけ損になりますので、責任ある仕事もさせず給料も安めにします。ところが労働者側から見ても同じで、企業が責任ある仕事を任せてくれて技能養成のためのコストをかけてくれるならば、すすんで長期的に企業特殊的技能を形成していこうと思いますが、企業側にその気がなければ、適当に手を抜いて仕事をして、もっといい機会があればいつでも辞める方がトクです。

 

そうするとここでは、企業が労働者に技能養成コストをかけて、労働者もみずから技能形成にはげむという均衡と、企業が労働者に技能養成コストをかけず、労働者も技能形成にはげまないという均衡の二種類の均衡が発生します。

 

他方で、労働者は、技能形成をしようとしたら、誰かに家事労働をしてもらう必要があるものとします。家事労働をするパートナーが見つからなければ、単純労働者にしかなれず、それよりは家事労働をした方がましですが、家事労働をするよりは技能形成した方がメリットがあるという設定にします。

 

すると、この世界であり得る一つの均衡は、全員が技能労働者をめざすために、誰も家事労働者のパートナーを得られずに結局単純労働者になり、企業はそれがわかっているために全員に技能養成コストをかけないという均衡です。

 

しかし別の均衡もあり得ます。それは、何でもいいから外見でわかる特徴によって人口を二分し、片方を最初から技能労働者になれないことにしてしまうというやり方です。実際にはそれが「女」だったわけですが、男女が入れ替わった均衡だってあり得ます。「白人」と「黒人」に人口が二分されているならば、例えば「黒人は技能労働者になれない」ということになるかもしれません。

 

例えば女性が技能労働者になれないという予想があれば、本人は技能形成のためにやる気まんまんだったとしても、企業側は女だから適当に手を抜いて働いてそのうち辞めると予想して、技能養成コストをかけずに責任のない仕事ばかり安い給料でさせます。企業がそういうテをとると予想される以上は、女性としては技能形成にはげむと損になります。したがって、この両者の予想は相手の行動で自己実現されて均衡として維持されます。そうである以上は、女性は働こうにも単純労働者にしかなれないので、家事労働者になった方がましになります。

 

男性は同様の推論により、自ら技能形成にはげみ、企業から養成コストをかけられることが均衡になりますので、家事労働のパートナーを求め、かくして男女が互いにパートナーを見つけて世の中全体が均衡します。

 

この均衡では、女性はなんの合理的根拠もないことのために、男性よりも割を食ってしまいます。たまたま前時代からひきずった性役割の行動予想があるために、それに基づく均衡が固まってしまったのです。しかし条件によっては、この均衡のおかげで、全員が単純労働者になる均衡よりもパレート優越した状態が実現できることになります。高度成長時代の日本はそういう状況にあったのだと言えるでしょう。

 

しかしこれが成り立つのは、形成された技能で実現される生産性が、単純労働の生産性と比べてどのくらい高いかという倍率が、ある程度より高い場合です。工場や事務の自動化が進めば、企業にとって旧来の熟練のメリットは減っていき、単純労働でも十分オッケーになるかもしれません。そうなると、企業にとっては、性役割分業の均衡よりも、全員単純労働者の均衡の方がトクになるかもしれません。

 

さらにこの技術進歩の傾向が続けば、企業にとって技能の養成コストをかけるメリット自体がそもそもなくなり、労働者カップルにとってもあえて片方の収入を失うメリットがなくなって、性役割分業の均衡そのものが消えてなくなってしまうかもしれません。

 

あるいは、高度なIT技術などの新しいタイプの技能がこれから重宝されるかもしれませんが、こういったタイプの技能は、家事労働の助力で形成されるものではなくて、あらかじめ身につけているものです。するとやはりゲームの構造が変わります。この場合、高給取りは高給取りどうしで結婚して共働きした方がメリットがあるかもしれません。企業としても、性役割分業が続くと優秀な女性の技能が利用できないので困ったことになります。

 

このように、いまある秩序が不都合であったり、崩れ去るものであったりすることを、客観的条件を根拠に語ることができるところに、ゲーム理論による制度分析の大きな意義があると思います。

 

現在、従来の性役割分業の均衡を維持するよりも、多くの人にとってもっと境遇が改善される均衡が別途存在するようになっているものと思われます。この均衡の移行のために必要なことは、他者の行動についての人々の予想が切り替わることです。つまり、「企業は女性だからというだけで従業員の待遇を男性より不利に扱うことはない」「従業員は女性だからというだけで仕事の手を抜いて寿退職するわけではない」ということが、人々の共有予想になることです。この予想の切り替えのために、いわゆる「男女共同参画政策」のような公的な政策介入の意義があるのだと思います。

 

[*12]川口章『ジェンダー経済格差』(勁草書房, 2008年)。

 

[*13]数理モデル分析そのものは、「性役割分業の存立条件──ゲーム理論モデルによる分析」『現代経済学研究』第12号(2005年)。利得表を使った一般向き説明は、保坂恵美子編『比較ジェンダー論──ジェンダー学への多角的アプローチ』 (ミネルヴァ書房, 2005年)第8章「賃労働・家事労働とジェンダー」。

 

*  *  *

 

この例にも見られますように、ここまでの論考から、1980年代に広まった経済学の新展開が本当に示していることは、何でも「小さな政府」にすればいいというものではなかったことがわかりました。

 

政府の介入が批判されるのは、政府が、現場の情報が届かない高みで、人々の予想のできない決定をすることで、人々にリスクを押し付けて、その結果について責任をとらないかぎりのことでした。だから、リスクのある決定は、それにかかわる情報が一番あって、決定の結果の責任が取りきれる民間の現場にまかせ、公的な政策は、人々のリスクを減らし、よりよい均衡を実現するために、人々の予想を確定させることに徹するべきだということになるのでした。

 

次回からしばらく、このような観点から、あるべき公的政策にはどのようなものがあるか、いろいろな例を考えてみることにします。

 

(次回は、4月下旬掲載の予定です)

 

 

連載『リスク・責任・決定、そして自由!』

第一回:「『小さな政府』という誤解

第二回:「ソ連型システム崩壊から何を汲み取るか──コルナイの理論から

第三回:「ハイエクは何を目指したのか ―― 一般的ルールかさじ加減の判断か

第四回:「反ケインズ派マクロ経済学が着目したもの──フリードマンとルーカスと『予想』

第五回:「ゲーム理論による制度分析と「予想」

第六回:「なぜベーシックインカムは賛否両論を巻き起こすのか――「転換X」にのっとる政策その1

第七回:「ケインズ復権とインフレ目標政策──「転換X」にのっとる政策その2

第八回:「新スウェーデンモデルに見る協同組合と政府──「転換X」にのっとる政策その3

 

(本連載はPHP研究所より書籍化される予定です)

 

サムネイル「Extensive form game 1.JPG」

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シノドス国際社会動向研究所

vol.267 

・堅田香緒里「ベーシック・インカムとジェンダー」
・有馬斉「安楽死と尊厳死」

・山本章子「誤解だらけの日米地位協定」
・桜井啓太「こうすれば日本の貧困対策はよくなる――貧困を測定して公表する」
・福原正人「ウォルツァー政治理論の全体像――価値多元論を手がかりとして」
・鈴木崇弘「自民党シンクタンク史(11)――シンクタンク人生から思うこと」
・杉原里美「掃除で、美しい日本人の心を育てる?」