福島レポート

2021.03.25

原子力事故後の甲状腺「モニタリングプログラム」とは?――福島の甲状腺検査との違い

基礎知識

2021年3月に、「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR)が、東京電力福島第一原子力発電所の事故(以下福島第一原発事故)後の放射線の影響について、報告書を公開しました。(参考リンク①)

この報告書は、福島県「県民健康調査」の一環として行われている甲状腺検査(原発事故当時18歳以下だった全県民を対象とする甲状腺がんの超音波検査)について、「スクリーニング」(甲状腺がんスクリーニング)と表記しました。

2018年10月に、世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)が、今後、原子力災害後に懸念される甲状腺がんについて、集団に対するスクリーニングを行わないことと共に、原子力災害後、100~500mSv以上の放射線被ばくをした胎児から若年層の個人に対する「モニタリングプログラム」を行うことを勧告しました。(参考リンク②)

UNSCEARは、現在行われている福島の甲状腺検査について、モニタリングプログラムではなく、スクリーニングであると判断したということになります。

では、福島の甲状腺検査は、IARCの提言するモニタリングプログラムと、どのような点で異なるのでしょうか。

少なくとも以下に挙げる3つの点が、福島の甲状腺検査とIARCの提言するモニタリングプログラムとでは異なります。

1.甲状腺検査を受けるかどうか、またその検査方法などについて決める際に、本人、家族、臨床医が話し合っているかどうか

モニタリングプログラムは、甲状腺被ばく線量が健康影響を心配するレベルであると考えられる人や、甲状腺がんについて不安を感じる人が、甲状腺検査を受けるかどうかも含めて個別に相談ができるような仕組みです。

モニタリングプログラムの例としては、遺伝カウンセリングが挙げられるでしょう。遺伝カウンセリングとは、染色体や遺伝子がかかわる生まれつきの病気や特性、体質について不安を感じた人が、個別に医療機関などに問い合わせて相談することができる仕組みです。遺伝カウンセリングの内容は、「自分や家族の病気が子供に遺伝しないか」「血縁者が遺伝しやすいがんと診断されたので、遺伝子検査を受けたい」「血縁者が何人もがんになっていて、自分の同じがんになった。遺伝性のがんか知りたい」など多岐にわたります。(参考リンク③)

IARCは、原子力災害後の甲状腺がんの検査について、この遺伝カウンセリングに代表されるようなモニタリングプログラムが望ましいとしています。

がんの検査は、その結果によっては、当事者やその家族の人生に大きな影響を及ぼしかねません。そのため、IARCは、モニタリングプログラムには、甲状腺検査を受診するかしないか、またその検査の方法に関して、「本人、家族、臨床医が共有する意思決定プロセスを含めるべきである」としています。

つまり、甲状腺検査を受けるかどうか、またその検査方法などについて決める際には、本人、家族、臨床医の話し合いが不可欠であるということです。

では、福島の甲状腺検査の場合はどうでしょうか。

まず、福島の甲状腺検査は、高校生までの子どもの場合、学校の授業時間を使って学校内で行われています(以下学校検査)。そして、この学校検査では、 説明文書や数分のビデオ映像などで簡単な説明がなされるだけで、事前にも事後にも、甲状腺検査の有益性や有害性についての説明が十分に行われているとはいえません。

この時点で、少なくとも高校生までの対象者については、モニタリングプログラムであるとは言えません。また、学校検査を受ける対象者の受診率は9割近く、甲状腺検査受診者全体に占める割合も高い状況です。

高校を卒業した甲状腺検査の対象者は、一般会場で甲状腺検査を受けます。一般会場では、甲状腺検査の有益性と有害性について、検査の前に5~10人ごとに簡単なレクチャーが行われています。

ただ、このレクチャーを受ける人は、すでに検査の同意書を提出した人、つまり「甲状腺検査を受ける」という意思決定をした人です。したがって、高校を卒業した検査対象者についても、意思決定プロセスに本人、家族、臨床医の話し合いが行われているとはいえません。また、5~10人をまとめての一方的なレクチャーは、個別の相談とは異なります。

以上の理由から、福島の甲状腺検査は、IARCの提唱するモニタリングプログラムの要件を満たしておらず、よってモニタリングプログラムではないということがわかります。

2.対象者を積極的に募集しているかどうか

さらに、モニタリングプログラムでは、対象者の募集を積極的に行ないません(消極的募集)。検査の受診までに積極的な促しがあれば、積極的募集ということになります。

福島の甲状腺検査では、対象者に検査の通知や同意書が福島県立医科大学から郵送されます。しかし、同意書の提出が遅れた場合、学校から同意書の提出を促されます。したがって、少なくとも学校検査を受ける対象者については、積極的募集を行なっているということになります。

この点でも、福島の甲状腺検査は、モニタリングプログラムとは異なります。

3.本人が十分な情報に基づく意思決定を行えているかどうか

IARCは、モニタリングプログラムについて、「人々中心のヘルスサービス」の原則の下に、十分な情報に基づく意志決定を、本人の価値観、希望、事情に合わせて最良のかたちで行うことが重要であるとしています。

2021年1月の福島県県民健康調査検討委員会での福島県の担当者の報告によれば、県が学校検査の実態調査を実施した3校のうち、2校では、検査時間中に不同意者は教室に残っていたことがわかっています。(参考リンク④)

当時高校生だった対象者への取材によれば、生徒たちは会場である体育館まで並んでいって検査を受けるという状況であり、検査の内容も本人は理解していなかったとのことです。また、福島県立医科大学が2018年に実施したアンケートでは、受診者の家族の8割が甲状腺検査にデメリットがあることを知らなかったことが示されています(参考リンク⑤)。

したがって、福島の甲状腺検査では、受診者本人が十分な情報に基づく意思決定をしているとは言えません。

少なくとも以上の3点は、福島の甲状腺検査とIARCの提言するモニタリングプログラムとの違いとして挙げられます。

福島第一原発事故後の福島における甲状腺被ばく線量は、UNSCEAR2020年報告によると、1歳児の事故後1年間では平均2.2~30mSvと、IARCがモニタリングプログラムを検討すべき参考の値として示した100~500mSvよりも大幅に低かったと推計されています。

参考リンク

①UNSCEAR2020年報告(英語)
https://www.unscear.org/unscear/en/publications/2020b.html

②原子力災害後の甲状腺モニタリングに関する提言

国際がん研究機関(IARC) http://www.env.go.jp/chemi/chemi/rhm/Report1_Japanese.pdf

③日本遺伝カウンセラー協会 http://plaza.umin.ac.jp/~cgc/index.html

④第40回福島県「県民健康調査」検討委員会資料:甲状腺検査における学校での検査の現状調査結果について https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/422936.pdf

⑤福島レポート「福島の甲状腺検査のリスクとベネフィットの認知度はどのくらい?」

https://synodos.jp/fukushima_report/22520