昆虫は痛みを感じているか?――小さな「手乗り家畜」の動物福祉

他種の痛みを考える時代へ

 

昆虫と同じ無脊椎動物であるタコやイカなどの軟体動物、エビやカニなどの甲殻類においても、痛みを感じるか否かの研究が進められている。アメリカの実験動物資源協会(ILAR)の発行する科学雑誌では無脊椎動物の痛みに関する報告が多く存在する。また、カナダの動物管理協会(CCAC)などでも軟体動物の痛みの議論が進められている。

 

1980年代まで世界は新生児に対して痛みを感じないとしてきたことを考えると、人類は同種を超え他種の主観的な痛みを考えていく時代になってきたと言える。近年日本でも「魚は痛みを感じるか?」(ヴィクトリア・ブレイスウェイト著、紀伊國屋書店)という本が出版されたが、脊椎動物である魚ですら痛みを感じるか否かの議論はチャレンジングである。無脊椎動物の昆虫となれば、なおさらといえる。

 

 

軟体動物も痛みを感じるのだろうか(CATAG|フリー画像・写真素材集3.0より)

軟体動物も痛みを感じるのだろうか(CATAG|フリー画像・写真素材集3.0より)

 

 

「痛み」と動物との関係

 

筆者らe-ismの関心は、将来昆虫を人間の生活のために利用する際、昆虫にどう配慮していくべきかを、痛みを切り口に考える事であった。つまり、「昆虫の福祉」をいかに設定していくべきかである。

 

昨年改正された日本の動物愛護管理法を調べてみると、動物は命あるものであることを認識し、みだりに動物を虐待することのないようにと謳っている。しかし、興味深いことにここで取り上げられる動物とは、哺乳類、鳥類、爬虫類となっている。両生類や魚類の他、昆虫をはじめとする無脊椎動物も除外されている。同様に、文部科学省による「研究機関等における実験動物の基本指針」に指定されている実験動物は、哺乳類、鳥類、爬虫類となっている。昆虫は実験動物としても広く使用されているが、これらの動物に限られている理由は、「3R原則に基づき、専門家の意見から苦痛を感じていることが明らかな動物であるため(文科省ライフサイエンス課)」ということであった。

 

3R原則とは、

 

Refinement(できる限り動物に苦痛を与えない方法で行うこと)

Replacement(できる限り動物を供する方法に代わり得るものを利用すること)

Reduction(できる限りその利用に供される動物の数を少なくすること)

 

という、実験動物等の取り扱いに際し世界で広く普及している考え方である。このうち「Refinement」は苦痛の軽減を謳っているが、動物の扱いを決める上で痛みを感じるか否かは重要な要素になってくるようだ。

 

 

注目される「昆虫の福祉」

 

本来、動物の福祉は愛玩用、食肉用、実験用といった人間に利用される動物全般に対して広く適用すべき理念である。昆虫は研究試料として使われるほか、ペットショップやスーパーでは愛玩動物として売られている。昆虫の福祉はこれまでほとんど注目されておらず、今後科学的知見に基づいた考察を進めていく必要がある。

 

筆者は昆虫の福祉を考える契機の一つは昆虫食の普及であると考える。近年世界で食用昆虫の養殖が進められているためだ。大量生産技術の普及とともに動物の福祉が向上していくことは、牛や豚の例でも知られている。

 

昨年より国連食料農業機関(FAO)が中心となり、食用昆虫の養殖に関しての研究や実践活動が複数の報告書にまとめられてきた。東南アジアにおいてここ15年ほどの間にヨーロッパイエコオロギの養殖が始まり、現在もヤシオオオサゾウムシやミールワーム等の養殖技術の開発が進められている。美食の国フランスでは、ここ数年130を超える事業者がビジネスとして昆虫食に関心を寄せ、一部では昆虫の養殖や加工販売を進めている。

 

人類は古くからカイコやミツバチなどを家畜化してきたが、昆虫の個体自体を食する目的の家畜化はなされてこなかった。現代は家畜化された食用昆虫――“手乗り家畜 mini livestock”――の作出が目指されている時代といえる。

 

オランダでは2008年より食用昆虫を扱う事業者の組合VENIKが結成された。現在、家畜化候補の昆虫の飼育法、殺処理法などのガイドライン作成を進めている。ここで特に注目がおかれている昆虫は、ヨーロッパイエコオロギ、トノサマバッタ、ミールワーム、イエバエ、アメリカミズアブの5種である。これらは飼育が容易であると同時に高密度で飼育可能であり、既にトノサマバッタを除く4種で大規模養殖が行われている。

 

VENIKでは「5つの自由(Five Freedoms)」

 

1. 飢えと渇きからの自由(給餌、給水の確保)

2. 不快からの自由(適切な飼養環境の確保)

3. 痛み、障害、疾病からの自由(予防、診断、治療の提供)

4. 恐怖や苦脳からの自由(精神的な苦痛に対する適切な取り扱い)

5. 正常な行動をする自由(適切な空間、刺激、仲間)

 

を土台に昆虫の福祉を検討している。

 

EU法の動物福祉に関わる部分も、この5つの自由に基づいて制定されている。かつてヨーロッパでは畜産物の効率生産を進めるあまり、家畜に苦痛やストレスが生じ、逆に生産性の低下を招いた。こういったVENIKの活動は、その教訓を活かそうという意識の一つともとれる。

 

 

小さな“手乗り家畜mini livestock”たち(左上:ヨーロッパイエコオロギ、wikipediaより、左下:トノサマバッタ、蟲ソムリエへの道、右:ミールワーム wikipediaより)

小さな“手乗り家畜mini livestock”たち(左上:ヨーロッパイエコオロギ、wikipediaより、左下:トノサマバッタ、蟲ソムリエへの道、右:ミールワーム wikipediaより)

 

 

未来の小さな手乗り家畜たちは、新たな食料生産を担う一員として認識されつつある。今後昆虫が広く食材として利用される場合、昆虫の福祉への議論は避けられないものになるだろう。依然として昆虫食は気持ち悪いものとして敬遠されがちだが、日本はイナゴや蜂の子は現在も伝統食として根付いている。昆虫の福祉で先陣を切るヨーロッパに対し、今後日本がどのような対応をしていくのか、注視していきたい。

 

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