なぜ戦争はセクシーで、平和はぼんやりしているのか――戦争とプロパガンダの間に

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「戦争」のイメージをアップデートする

 

伊藤 本当は「反戦」ではないアプローチで、「平和」を可視化して見せることの必要性をすごく感じてはいるのですが、一方で伊勢崎さんが言うように、その限界も感じています。

 

ここ数年、色んな国の人たちに平和と戦争にどのようなイメージを持っているのかについて「戦争と平和の境界線」を聞く調査をしているんです。集まってきたものを見ると、やはり「平和」のイメージがぼんやりしているのは想定内だったのですが、別の傾向にも気がつきました。

 

それは、「友だちと笑い合えること」「大好きなビールが飲めること」といったような、非常に個人的なミクロな視点からの意見が平和側に多いことです。一方で、「戦争」に関しては「国と国とが戦うこと」「大量に人が殺されること」というようなマクロな視点の定義が多い。つまり、戦争と平和は、“視点”においても誤差があります。

 

そこで思ったのは、「平和」ではなく、イメージが固定化された「戦争」についての方がコミュニケーションでアプローチする余地があるのではないかということです。戦争にはミクロな視点が欠けています。「平和」が何かを定義づけるよりも「戦争」が何であるのかをミクロの視点で定義してみせる方が、今後のコミュニケーション戦略として可能性があるのではないかと。

 

日本人に関して言えば、今ぼくらが思い描く「戦争」というのは、70年前の固定化されたイメージです。あれと同じようなことが現在でも起きるのかといえば、本当は違うと思うんですよ。例えば、第一次世界大戦と第二次世界大戦では、戦争の形態がまったく異なります。

 

第一次世界大戦の勃発した当初は、馬に乗って国境線付近で塹壕戦をするような戦争でしたが、30年後の第二次世界大戦では爆撃機の登場により、兵士だけが国境で戦うものから、市民を巻き込んだ総力戦になりました。つまり、テクノロジーの進化によって、戦争のイメージは変わったわけです。

 

あの戦争から70年も経った今、テクノロジーの進化は比べものになりません。戦争も同様で、今ではロボット兵器や無人偵察機が中心となっているような時代です。そう考えると、70年前の竹やりを持って市民が戦うというような「戦争観」では古すぎると思うんです。

 

伊勢崎 よく、憲法9条がなくなると、「子どもが徴兵制に取られる」なんていう物言いがありますけど、これ、同じ護憲派として「?」と思う。これこそ、プロパガンダじゃないかと。

 

伊藤 徴兵制も、きっとぼくたちがイメージする形態とは変わっていくと思います。これだけ兵器の科学技術が高度化していると、それなりの専門性と経験を持った人じゃないと兵器を扱いきれないでしょう。

 

徴兵したとしても、結局2、3年でいなくなる人間に技術は習得させられません。民間企業で考えてみても、辞める前提のインターン生に中枢の仕事を教えるようなもので、それは非効率的です。ちゃんとトレーニングをした正社員の方がいいとなると、徴兵制ではなく軍事会社に外注することがスタンダードになる可能性もありますよね。

 

仮に、徴兵制が維持されたとしても、戦地と遠く離れた安全な部屋の中で、ゲームのコントローラを握るような遠隔操作の任務が主業務になるのであれば、腕立て伏せが何百回出来ることよりも、ゲーム技術が上手い人の方が重宝される可能性もありますよね。

 

伊勢崎 これからは、無人爆撃機をはじめロボットに殺される時代ですからね。その規制しようにも、国際法が追いついていけません。

 

伊藤 特にロボット兵器の進化は凄まじいですね。

 

伊勢崎 味方の兵士の犠牲もないし、だいいち安くつく。対テロ戦の現場ではよく問題となるのですが、性犯罪も含めて生身の人間兵士による人権侵害もないから、外交的に窮地に立たされる心配も少なくなる。想定する「戦争」の様相が、急速に様変わりしているんですね。

 

伊藤 「徴兵制」なんて選択肢は、これからの「戦争」では、経済的な観点から考えるとなかなか難しいのかもしれませんね。そう考えると、これからは一般人が戦場に行くような戦争は減って、ぼくたち一般人が受ける弊害というのは、まず情報にアクセスしにくくなるという形で表れてくるのかなと思います。

 

これからは、「平和」のアップデートが難しいとしたら、現在の「戦争」がどのようなものなのか、それをアップデートすることが必要なのかもしれません。戦争に一歩ずつ近づいている距離間に気がつくための作業というか。

 

伊勢崎 護憲派の戦争観が追いついていないですよね。ぼく、護憲派の集まりによく呼ばれて講演するんですが、彼らの戦争観とのズレをスゴく感じます。アフガンの現実なんか話すと、なんか彼らの「非戦」に反対しているように捉えられて、マズイ雰囲気になることもある。

 

伊藤 「戦争反対」と言っても、そもそもの「戦争」の認識が違っていたら難しいですよね。

 

 

普通の「女子高生」が巻き込まれた

 

伊藤 「平和」をコミュニケーションすることは難しいことが分かったので、これからは「戦争」を伝えるところにチャレンジしたいと今日改めて思いました。もっと戦争をミクロの話にまで落とし込めればいいのかなと。

 

ぼくがすでにやってきた戦争体験記録の手法として、「WAR EVE」という活動をしてきましたが、そこにようやく繋がった気がします。WAR EVEとは、日本語に訳すと「戦争前夜」ですが、意味合いとしては「戦時下の日常生活」を記録しています。被爆体験者やひめゆり学徒隊の人たちが語るリアルな戦争体験談は、歴史的に貴重な記録としてさまざまな団体がアーカイブしてくれています。それらがちゃんと残る前提で、ぼくは違うアプローチでやろうと思って、戦時下の日常生活を残しているんです。

 

伊勢崎 いいですね。

 

伊藤 特に聞いていて面白いのは、恋愛の話ですね。大体みんな「あの頃は軍国少年だったから、恋愛などありませんでした」なんて最初は言うんですが、決して嘘をついているわけじゃない。今まで聞かれたことがないんです。だから思い出せないんですね。

 

広島の被爆者の方で言えば、彼らは8月6日までは普通に生きてきた人のはずなのに、「被爆者」になってからの話しか周りに聞かれないわけです。ある意味で、ぼくらが彼らを「被爆者」にし続けてきたとも言えます。

 

取材の初めの頃は、恋愛なんて無かったと言う人も、「他の方はこんな話をしていましたよ」とぼくが聞いた話をすると、まるで記憶の鍵が開くような感じで、こんなこともあった、あんなこともあったと思い出し始めます。

 

そうすると色々出て来るんですね。例えば、大好きな先生がいて、その人が風呂屋の友達のところに毎日くるので、そこの天井にのぼって先生を覗いていたとか。

 

伊勢崎 (笑)。

 

伊藤 他にも、学徒動員されて働いていた軍事工場で、倉庫に積まれていた荷物を外からは見えないように中をすっぽり空洞にして、みんなで逢い引き部屋にしていたとか(笑)。興味深い話がいっぱい出てきたんですよ。

 

恋愛の話だけじゃありません。長崎のある被爆者の方は野球が大好きな少年で、後楽園球場まで観戦に行っていたらしいのですが、それが1943年とかなんです。

 

伊勢崎 43年ですか。そのころまで野球を観ていたんですね。

 

伊藤 ぼくたちは、41年の真珠湾攻撃以降は、いわゆる娯楽もない戦争状態のイメージを持っていますが、スポーツ観戦も映画鑑賞も日常としてあるんですね。ある意味で、ぼくらと同じ日常生活を送っています。

 

「被爆者」の上に原爆が落ちたのではなく、現代と同じように恋をしたり日常を享受していた人たちの上に落ちたんだと知ると、急にリアリティが湧いてきます。

 

また、今まで教科書で習った通説と違った事実もいろいろ出てきます。例えば、「ベイスボール」を「野球」に変えていったと授業で学んでいたので、当時の学校教育では敵国の英語を全部廃止したと思っていました。ところが、実際に話を聞いてみると、学校ごとに、先生によっても全然違っていたようです。ある学校では、「君たちはアメリカに勝っていずれ占領するんだから、英語を学ばなければいけない」といって教えていたりするんですよ。

 

伊勢崎 そりゃぁ、そうだ(笑)。道理ですね。

 

伊藤 ミクロの視点に立つと、ぼくたちが知っている戦争とは全然違う姿が浮かびあがってくるんです。

 

実は、「WAR EVE」の企画のヒントになったのは、沖縄のひめゆり学徒隊のおばあちゃんたちへの取材だったんです。彼女たちは戦争体験をとても流暢に話します。毎日毎日、修学旅行生などを相手に話しているため、まるで「語り部」という職業があるかのように、本当に淀みなく話されます。

 

そこで、もう少し崩して話を聞けないかと、当時の同級生の数人に集まってもらい、座談会形式でやったんです。ところが、やっぱりいつものような流暢な話が順番に続いていきました。どうしたものかなぁと思って、休憩を入れてぼくはトイレに立ったんです。帰ってきたら、ちょうど3人で雑談をしていました。雑談の内容は、当時は学校に新入生が入ってくると、女子寮の中の先輩で誰が一番かわいいかの“美人投票”をする習慣があったようなんですが、「なぜ、私が選ばれなかったのか」と3人とも白熱した議論をしていたんです(笑)。

 

伊勢崎 (笑)。

 

伊藤 それを見て「これだ」と思いました。本当に新鮮だったんです。それまでも、彼女たちが着たセーラー服姿のモノクロ写真も見ていましたし、頭では高校生であることは分かっていました。けれど、本当に「女子高生」だったんだと、実感として理解できたんです。

 

伊勢崎 普通の「女子高生」たちの姿が、「戦争」を身近に感じさせるということですよね。等身大さが増すことで。

 

伊藤 でも、戦後は誰もそんなことを彼女たちに尋ねなかったんです。

 

伊勢崎 効果的な悲劇の記憶の残し方ですよね。現代人が日常生活に引き寄せて感じられる。

 

伊藤 そうなんです。だからこそ、戦時下の日常を今のうちに残しておかないと、彼女たちが亡くなってしまったら、きっと戦争体験者を今まで以上に「神格化」してしまうと思ったんです。

 

「戦争」と聞くと、ぼくたちの頭の中ではモノクロ写真で想起されます。でも、モノクロの世界は存在しません。いつの時代だって、空は青い。同じように、戦争体験もモノクロ化してしまっているので、それをカラー化するためには日常とセットにすることが必要だと思います。その作業を出来るうちにやっておきたいんです。

 

 

「戦争はダメ」の限界

 

伊勢崎 戦争を記憶に留めるやり方の一つに、ミュージアムを建てる方法がありますよね。あれも必要なことだとは思います。歴史は風化しますので、教育カリキュラムの中でミュージアムを見学することは大事なことです。

 

そう言えば、うちの息子が原爆ドームに修学旅行にいって、教師に広場のようなところで強制的に「平和音頭」を踊らされたようで、「すごく恥ずかしかった」と言っていましたね(笑)。

 

伊藤 戦争体験の継承は、決して「平和音頭」を踊ることではないですね(笑)。一方で、多くの学校が平和教育の一環で広島や沖縄に行って、何人もの語り部が戦争体験談を語って、生徒が一方的に聞くという形式で行われていますが、聞かされれば聞かされるほど「あなたたちは戦争のこわさが、平和の意味が分かっていないでしょ」と言われている気になってしまう気がします。

 

伊勢崎 その感覚は良くわかります。どんなに正論でも、「説教」はいやですよね。

 

伊藤 今まで、戦争については戦争体験者しか語ってきませんでした。ひめゆりの歴史は、ひめゆり学徒隊の人しか語れない。原爆のことは被爆者しか語れない。ですが、本来は、もっと科学的でないといけないとも思います。

 

例えば、飛行機事故で考えると、もし大事故で数名の生存者がいた場合、彼らの体験を聞くことは大事ですし、聞きたくもなると思います。でもそれと同時に、なぜ飛行機事故が起きたのか、航空会社に「事故原因の究明」を求めると思うんです。

 

一方、戦争の場合は、生存者の話を聞いて涙することに留まってしまいがちです。なぜ戦争が起きてしまったのか、これから起こさないためにどうしたらいいのか、体験者以外の視点で議論していく必要がありますよね。

 

おそらく、飛行機事故の方は、いずれ自分も巻き込まれるかもしれないという「当事者意識」があるわけです。でも、戦争のことは当事者にはならないと思っているからこそ、体験談を聞くだけに留まっていることができるのではないでしょうか。でも、体験者じゃなくても、当事者にはなれます。

 

これは、体験者自身のことを軽んじているわけではありません。しかし、体験者は体験したことしか分からないわけです。包括的に分かるためには科学的なアプローチが必要です。

 

伊勢崎 体験した悲劇だけを切り取って伝えることで、二度と同じことがおこらないと思うのは、単なる思い込み、ということですね。

 

伊藤 そうです。そういう意味では、「自然災害」の分野の方が進んでいると思います。被災者に話を聞くだけではなく、災害が起きる前提に立って、地震を防ぐのは無理でも、どうにか減災しようと考えています。つまり、「防災」という概念が一般の人にも根づいています。もしも戦争を無くすのが現実的ではないなら、せめてどうやって被害を最小限にすることができるのか、それを考えたい。

 

「戦争はダメ」という教育アプローチはあってもいいと思いますし、大切なことだとも思います。でも、「戦争」か「平和」のどちらかを選べと言われたら、「平和」を選ぶに決まっています。それでも、戦争が起きてしまうからこそ問題があるわけで。だとしたら、なぜそれでも起こってしまうのかを考えないと意味がない。単に反戦を刷り込むだけが「平和教育」なら、教育としては貧弱であると思います。

 

伊勢崎 これは、平和教育のあり方に対してのアンチテーゼですよね。ぼくは100%賛同できます。

 

伊藤 着眼点さえ見つかれば、やれることはまだまだあると思っています。伊勢崎さんの協力も頂きながら、これから具体的にやっていきたいと思います。

 

伊勢崎 やらなきゃいけないことが沢山ありますね。

 

(2013年11月16日 新宿にて)

 

●本記事は「戦争とプロパガンダの間に」後編となっています。

前編はこちら

伊勢崎賢治×伊藤剛「なぜ、運動で社会は変わらずに、権力によって流されてしまうのか――戦争とプロパガンダの間に」

 

●本記事は「α-Synodos vol.137」からの転載です。α-synodosはこちらからご購読いただけます。 ⇒ https://synodos.jp/a-synodos

 

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