報告5 ロシア・ウクライナ問題と日本の対露政策

ウクライナ問題の背景

 

ロシアによるクリミア併合問題が起きた背景を説明したいと思います。

 

直接的には、一見偶然的と思える2014年2月の親露派ヤヌコビッチ政権崩壊が原因です。しかし、その背後にはもっと深い歴史の流れがあります。プーチン大統領は、「ユーラシア同盟」という理念を掲げ、旧ソ連諸国をロシア主導の下に再統合しようという大国主義の野望を抱いています。

 

ソ連邦崩壊後、ロシアの指導者は何よりも新国家の分解を恐れていました。したがって、対外政策でも「領土保全」を最優先しました。チェチェンなどの独立運動で国家が瓦解するのを恐れたためです。しかし、プーチン時代にオイル・マネーなどで経済力が回復し大国としての自信を取り戻すと、ロシア政府は2006年6月から、領土保全とは正反対の「自決権」を強調し始めた。これは、自国についてではなく、近隣諸国の一部地域が分離独立してロシアと一体化する権利を尊重するということです。その延長線上に、2008年のグルジア事件や2014年のクリミア併合があります。

 

2008年には、グルジアとの戦争の後、ロシアは同国の南オセチア自治州とアブハジア自治共和国を事実上ロシアの保護領にしました。世界中がそれを批判しましたが、翌年に就任したオバマ大統領は、ロシアとの関係改善の「リセット」政策を打ち出し、事実上、両地域のロシア保護領化を黙認してしまった。欧州諸国も同様の態度をとりました。これによってプーチンは、欧米はロシアによる近隣諸国の領土併合を本気で阻止する気力も実力もないと判断したのです。

 

またロシア国内の要因もあります。2013年にプーチンは外交で大きな白星をあげました。しかし、2014年には逆に外交で大失策をして、国内のシロビキ(軍、治安関係者)など彼の支持基盤から厳しい批判を浴びました。そこで、この大失策を挽回する逆転の大技が必要となりました。それがクリミア併合だったのです。簡単に説明しましょう。

 

シリア問題で、オバマ大統領が2012年8月に「シリアで化学兵器が使われたら武力介入する」と宣言した後、2013年8月にサリン使用が判明しました。しかしオバマは世界に約束した行動を躊躇して判断を議会に振り、責任を回避してうろたえました。そのときプーチンが「化学兵器の国際管理」案を提案してこれにオバマがすがりつき、面子を救われたのです。このことで、プーチンは国際政治において、オバマより自分の方がはるかに実力者だとの自信を持ちました。

 

ただその後、ウクライナのヤヌコビッチ大統領を取り込もうとして失敗し、この親露派政権を崩壊させてしまった。プーチンはこれによって、国内の彼の支持基盤から強い批判を受けました。そこでこの大黒星を逆転する大技が必要となり、それが2014年3月のクリミア併合でした。思惑通り、ロシア国内では「プーチンは凄い」ということで、彼の支持率は50~60%から一挙に87%にまで跳ね上がりました。

 

 

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ロシアと中国の間で

 

さて、クリミア併合について、安倍首相は「力による現状変更は許されない」としてロシアを批判しました。これは当然のことなのですが、ただ日本の対露外交はジレンマを抱えています。中国、韓国、北朝鮮などとの関係が緊張する中で、安倍首相はロシアとの関係改善に努めてきました。長期的な戦略としてこれは正しい政策です。しかしウクライナの主権侵害に対しては、きちんと批判をしないと、前述のようにわが国の他の外交・安全保障問題に影響が出てしまう。

 

ロシア批判を強めると、中露接近を促進するので批判は控えるべき、との見解もあります。たしかに、戦略的観点から中露が欧米に対抗して接近するという側面もあります。しかし同時に、中露間には強い不信感もあり、ロシアには中国に対する根強い脅威感もあります。また中国経済は欧米や日本とも密接に結びついています。したがって、中露両国が欧米に対抗して本当の同盟関係を結ぶ可能性はありません。つまり、ロシアを批判すると中露が結束を強めてそれが脅威となる、といった単純なものではない。

 

ですから私は、日本は長期戦略として、ロシアとの間では平和条約を締結して真に正常かつ良好な関係を構築するよう、最大限努力すべきだと考えます。しかしこのことは、個々の問題についてロシアを批判すべきではない、ということではありません。大きな枠組みとして良好な関係構築を目指しながら、批判すべきときにはきちんと批判するというメリハリのある対露政策が必要なのです。ロシアはむしろ、そのような日本にかえって一目置きますし、単なる宥和政策は「弱さ」としか見ません。

 

メリハリのある対露政策というのは、実際の外交交渉では、デリケートで難しい対応となります。しかし、これ以外に道はなく、そして長期的にはこれこそが日露関係の真の改善の道だと信じています。(「地殻変動する東アジアと日本の役割/新潟県立大学大学院開設記念シンポジウム」より)

 

⇒「報告6 日韓2つの「ふつう」――「不通」から「普通」へ/浅羽祐樹」へ

 

 

 

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