私たちが欲しいのは「理解」か、「人権」か? ――東アジアとLGBTの人権保障

ジェンダー平等教育法の成立

 

こうして「男女平等」から「ジェンダー平等」へと転換を遂げたジェンダー平等教育法は、2004年4月に立法院へ送られた。その後、わずか2ヶ月という驚異的な速さで三読を終え、6月に交付・施行された。立法院の議事録をみても、草案内容が目立った批判を受けた経緯は確認されず、ジェンダー平等教育法はきわめて順調に成立したことがわかる。

 

このような立法過程を日本に生きる私たちがイメージするのは難しいかもしれない。というのも、日本でも同性愛を含む「多様な性教育」は学校教育の現場でさまざまに試みられてきたが、そうした現場の試みは「過激な性教育」としてきびしいバックラッシュを受けてきた歴史があるからだ。

 

それでは、台湾のジェンダー平等教育法はなぜこれほど順調に成立したのだろうか? まず、2004年当時の新聞紙面から世論の動向を調べたかぎりでは、ジェンダー平等教育法の成立は大きな関心を集めておらず、とりわけ性的少数者の権利保障の実現にかんしてはほとんど着目されていなかったことを指摘することができる。また、台湾において性的少数者運動の領域で学校教育の問題が可視化され、問題意識を裏づけるための社会調査が始まったのは2010年頃であった。つまり、ジェンダー平等教育法は運動や世論を先行するかたちで成立した立法であったといえる。

 

前回の記事(「『蔡英文は同性婚を支持します』: LGBT政治からみる台湾総統選挙」)でも論じたように、台湾で(とくに)同性愛者にたいするバックラッシュが本格化するのは2000年代後半であり、ジェンダー平等教育法はバックラッシュが大きく展開する以前に成立したのである。これらの意味において、1999年に起草され、2004年に成立したジェンダー平等教育法は当時としては先進的な内容を含む立法であり、バックラッシュ勢力が可視化する以前であったからこそ、順調に成立したと言うことができるだろう。

 

 

ジェンダー平等教育法の内容

 

さいごに、ジェンダー平等教育法にかんして重要事項を中心に要約しよう(本稿の巻末に日本語訳全文へのリンクを掲載した)。

 

まず、「立法の目的」を記した第1条によると、「この法律は、ジェンダーの地位の実質的平等を促進し、ジェンダー差別を解消し、人格の尊厳を保護し、ジェンダー平等の教育資源および環境を確立することを目的とする」と定められた。ここでいう「ジェンダーの地位の実質的平等」とは、「いかなる人もその生物学的性、性的指向、ジェンダーの気質、ジェンダー・アイデンティティ(性自認)などの違いにより、差別的待遇を受けてはならないこと」を指すと定義された(施行細則第2条。なお、「ジェンダーの気質」とは「男らしさ」や「女らしさ」のこと)。

 

すなわち、立法は「性的指向」や「ジェンダー気質」や「ジェンダー・アイデンティティなど」を理由とする「ジェンダー差別の解消」を目的とし、同性愛者やトランスジェンダーを含むあらゆる「性」にたいする差別的待遇を禁止したのである。

 

つぎに、第1章総則では、中央政府の教育部(文科省にあたる)や地方行政(県・市)、および同法が対象とするすべての学校(小学校から大学まで、公私の別を問わない)にジェンダー平等教育委員会の設置を義務づけ、関連業務の遂行を命じた(第4・5・6条)。これにより全国各地にジェンダー平等教育委員会が設置され、これが各学校におけるジェンダー平等教育の推進や、校内のセクシュアル・ハラスメントや性暴力や「性的いじめ」(後述)への対処をおこなう主管機関とされたのである。

 

そして、ジェンダー平等教育委員会はレベルの別を問わず、委員のうち2分の1以上を女性とすることと定め、教育部のジェンダー平等教育委員会は専門の学者や民間団体の代表を3分の2以上含むものとし、地方行政は3分の1以上、学校は外部から招へいした者を委員とすることができると定めた(第7・8・9条)。

 

第2章「学習環境および資源」は、学校による生徒募集や入学許可、教職員および生徒の評価や待遇にさいして、性別やジェンダー気質、性的指向などを理由とする差別的待遇を禁止した(第12・13・14条)。生徒だけでなく教職員も法的保護の対象と定めたのである。さらに、妊娠した学生への特別措置を規定し、教育を継続する権利を保障するための必要な援助提供を学校に義務づけた(第14条第1項)。

 

第3章「カリキュラム、教材および共学」では、全国の小中高校にジェンダー平等教育課程の実施を義務づけた(第17条)。くわえて、学校教材の編纂や審査・選定にさいしては「ジェンダー平等教育の原則に則る」ことを命じた(第18条)。ここでいう「ジェンダー平等教育の原則」が「性的指向」や「性自認」を含む「多様な性」を前提にしていることは言うまでもない。

 

第4章は、校内で「性的いじめ」や性暴力やセクシュアル・ハラスメントが発生したときの学校の対応を規定し、学校は事件の調査と処理を学内のジェンダー平等教育委員会の判断に委ねなければならないとした(第21条)。さらに、生徒への重複尋問や情報漏洩を禁止し(第22条)、生徒が被害者や加害者である場合は、被害生徒の学習権の保障や加害生徒への懲罰・指導(専門家によるカウンセリングや特別なジェンダー平等教育の受講など)を定めた(第25条)。

 

また、通報者の保護を義務づけるとともに、ジェンダー平等教育委員会には通報者への調査結果の報告を命じ、通報者や関係者にたいして調査結果への不服申立などの権利を保障した。さらに、裁判所はジェンダー平等教育委員会の調査報告による事実認定を斟酌することを規定した(第35条)。「性的いじめ」やセクシュアル・ハラスメントや性暴力の定義にはジェンダーに中立的な表現がもちいられ(第2条)、だれもが被害者および加害者になりうることが前提とされた。

 

第6章はジェンダー平等教育法に違反したときの罰則を定め、校長や教師や職員にたいする罰金や解雇、免職規定などを定めた(第36・36条1項)。

 

以上の内容を含むジェンダー平等教育法の成立をうけて、全国の地方行政および8千を超えるすべての学校にジェンダー平等教育委員会が設置された。民間人の起用を義務づけた法令にしたがって、全国各地に相次いで設立されたジェンダー平等教育委員会には、各地で長期にわたってジェンダー平等教育に関心を寄せていた民間の活動家や学者の参与が実現したといわれている(陳恵馨, 2013,「台湾におけるジェンダー平等教育法の制定と発展」『ジェンダーと法』vol.10)。

 

さらに2010年の改正を受けて、「性的いじめ」という用語が導入された。セクシュアル・ハラスメントや性暴力とは別に、「言葉や身体またはその他の暴力によって、他人のジェンダーの特徴や気質、性的指向またはジェンダー・アイデンティティを貶め、攻撃または脅かす行為」が「性的いじめ」にあたるとして(第2条)、被害者の保護と加害者への処罰を課した。

 

「性的いじめ」の導入の背景には、校内の「性」をめぐる事件については学生どうしの間で発生する事例がもっとも多いことが調査から明らかになり、「セクシュアル・ハラスメント」や「性暴力」とは別の概念を導入することによって、「性」を理由とした「いじめ」を根絶するという意図があった。とりわけ「オカマ」(娘娘腔)などの「言葉の暴力」の被害事例が指摘され、こうした問題意識を受けて修正が加えられたのである。

 

 

私たちが欲しいのは「理解」か、「権利」か?

 

本稿では、台湾のジェンダー平等教育法に着目し、その成立の経緯や内容を検証してきた。ここでは論じなかったが、さいごに、90年代の政治環境の変動を背景として台湾政府が「ジェンダー平等」へと政策の舵を取った点も指摘しておきたい。そうした政治状況の変化が女性運動の要求と呼応した点は台湾に特徴的な点であったと言えるだろう。

 

その結果、政府は民間人フェミニストらに草案の起草作業を委託し、彼女たちの外部に開かれた起草過程をとおして当時の当事者運動がまだ言語化しえなかった問題意識を立法に包摂しえたのである。言い換えれば、ジェンダー平等教育法はLGBTや性的少数者のための立法としてではなく、女性の権利保障を実現するための作業過程で、「性」概念の分節化が要求され、あらゆる「性」に平等な教育へと方針転換を遂げたのである。

 

さて、冒頭でも述べたように日本ではLGBTの差別解消に向けた立法論議が急速に進行しつつある。女性差別が深刻に根をはる日本において、「性」に困難を抱える私たちが取り組まなければならない課題が「LGBT」だけでないことは明らかであり、その点において台湾の事例は示唆を与えてくれるだろう。

 

自民党の古田圭司(性的指向・性自認にかんする特命委員会委員長)は、あるテレビ番組で「LGBTを正しく、正確に理解して、容認して、カミングアウトをしなくても済むような社会をつくって」いくために「(LGBT)理解促進法」が必要であると強調したが、急いでつけ加えて「一部の団体がやっているような同性婚の容認とか罰則規定をつけるとか、まるで人権擁護法案のやったようなことと同じようなことをやっているので(そうした団体や主張に)危機感をもっている」という懸念を表明した。

 

私たちが欲しいのは「理解」なのか、それとも「権利」なのか。そもそもそれは、そうした二者択一でしか選びとれないものなのか。本稿で着目したジェンダー平等教育法の事例から言えるのは、台湾の人びとが選びとったのは耳障りの良い(しかしバックラッシュの風が吹けば容易に消え去る)「理解」などでなかったということであろう。日本に生きる私たちはこれまで同じ東アジアに位置する隣国にあまりに無関心であったが、それらの事例から学ぶべき点は多いにあるはずだ。

 

★ジェンダー平等教育法の全文日本語訳へのリンク

https://drive.google.com/file/d/0ByB5ZL58_FVALTNmLXlhVHFVN3c/view?usp=sharing

 

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.277 

・坂口緑「生涯学習論にたどり着くまで──人はいかにして市民になるのか」
・平井和也「ジョージ・フロイド殺害事件から考える米国の人種差別問題」
・野村浩子「日本の女性リーダーたち」
・安達智史「「特殊」を通じて「普遍」を実現する現代イギリスの若者ムスリム」
・太田紘史「道徳脳の科学と哲学」
・石川義正「「少女たちは存在しない」のか?──現代日本「動物」文学案内(2)」