エボラ出血熱――西アフリカ・シエラレオネの人々はいかに対応したのか

シエラレオネ政府と国際社会の対応

 

国際社会は、エボラ出血熱に迅速に対応した。WHOはエボラ出血熱の報告をシエラレオネ政府から受け取ると、即座にカイラフン県にオフィスを設置した。6月には国際NGO「国境なき医師団」が治療センターを設置し、血液検査のための施設も造られた(前述のようにシエラレオネでエボラ出血熱の発生が確認されたのは5月25日である)。WHOのチームリーダーは当時の様子を振り返り、以下のように語る。「当時、コミュニティからの反発は大きかった。中には調査団が村に入ることを拒むような場合もあった」(WHO, 2014)。

 

エボラ出血熱が全土へと拡大する中、大統領アーネスト・バイ・コロマは非常事態宣言を発令した。7月31日のことである。それ以降、先進国や国際機関からは医療物資が大量に送られた。検査施設、手袋や個人防護具(PPE)、体温計、救急車といったものである。援助機関に勤務するある外国人は当時の様子について、「9月頃からフリータウンの空気が変わって来た。朝から晩まで救急車のサイレンが聞こえてきた」と語っている。

 

非常事態宣言が出されたのにも関わらず、封じ込め対策はうまくいかず、エボラは拡大を続けた。2014年9月、アメリカの疾病予防管理センター(CDC)は、このまま状況が改善しなければ、20015年1月までにシエラレオネとリベリアであわせて55~140万人が感染すると推定した(ギニアは含まれていない)。しかしながら、実際の感染者はギニアを含めた3カ国をあわせて約2万8000人に収まった。当初の拡大の勢いを弱めることができたのは、感染拡大に伴って住民もエボラ出血熱に対して理解を示すようになったからである。当初は困難を極めたエボラ出血熱対策であったが、住民の協力を得られたこともあり、次第に体制が整えられていった。図4で示すようなフローが確立していったのである。

 

 

図4.エボラ出血熱対策のフロー(Yamanis et al. 2016に基づき筆者作成)

図4

 

 

こうしたフローで対処することで、新規感染者数は徐々に減少していった。本記事では、その対策において重要であった事項を、医学的な措置・社会的な措置の2つにわけて考えてみることにしたい。

 

 

隔離施設の設置が看病する家族への感染を防いだ

 

まず医学的な措置として重要であったのが、治療センター(treatment center)のほかに隔離施設(holding center)を造ったことであった。治療センターとは、血液検査によって感染が確定した者を収容し、治療する施設である(エボラ出血熱には治療薬は存在しないため、治療といっても症状を和らげる措置がなされるに限られる)。それに対して隔離施設は、発熱や嘔吐などエボラ出血熱と疑わしき症状を見せたものを一時的に隔離しておく場所である。町レベルの各地に設けられた。

 

隔離施設を作ったことで生じた大きな変化が、患者の家族への感染を防ぐことが可能となったことである。疑わしきは隔離施設へ収容したのである。隔離施設では血液サンプルを採取し、検査施設へと運ぶ。そこで陽性の結果が出れば、患者は治療センターへと運ばれる。患者を出した世帯は、軍・警察の監視下におかれ、他世帯との接触は絶たれる。エボラ出血熱の生存者に話を聞いたところ、軍と警察がひとりずつ家のそばの木陰で一日中見張っていたという。畑に出るのは許されたが、やはり他人と接触しないよう見張られていた。隔離世帯には支援物資が届けられたため、食事には困らなかったという。

 

 

繰り返される啓発活動

 

次に、社会的措置として重要であったのは、住民を巻き込んだ啓発活動が重ねられたことである。援助機関は、コミュニティや業界団体のリーダーなど影響力がある者に対して重点的に研修を実施した。その研修のメッセージは「患者に触るな」「手を洗え」「117(エボラ出血熱のホットライン)に電話しろ」というシンプルなものだ。当初、研修は、WHOが医療従事者や保健省の役人向けに始めたものであった。その後、エボラ対策のために医療専門ではないNGOや国際機関にも予算が付いた。そこで多くの援助機関が一般人向けのエボラ出血熱の啓発活動をはじめることになった(写真3)。

 

 

写真3.啓発活動の様子

写真3

(国連のHPより。撮影者UNICEF/Tanya Bi)

 

 

こうした研修の受け皿となった組織の1つが任意団体(association)である。シエラレオネには、職業、地縁、相互扶助、コミュニティ、リクリエーションなど様々な単位の団体がある。例えば、コミュニティ団体とは、同じ地区で暮らす人々が自発的に作った町内会のようなものであり、コミュニティ内で必要な労働(掃除やドブさらいなど)をしたり、決まり事を作ったりする。また、職業団体としては漁業組合やバイクタクシー組合などが挙げられ、商売を円滑に進めるための活動をしている。こうした各種団体が研修の受け皿となった。写真4は私の友人であるが、彼らはバイクタクシー協会の職員であった。このように各種団体が受け皿となり研修を受け、さらに研修を受けた者が近隣の町や村を回り、人々を集め、自分たちが学んだことを伝えたのである。

 

 

写真4.啓発活動に参加した友人(啓発活動の際に着用していたTシャツを着てもらった)。

写真4

(2016年8月撮影。彼はバイクタクシー業の業界団体の職員であった)

 

 

さまざまな団体が町や村を回ったことにより、人々は繰り返し同じメッセージを耳にし、そのメッセージはあたかもテレビCMが耳に残るように人々に浸透している。私がエボラ出血熱を調べていると語ると、「ア…。あれだろ、患者に触るな、手を洗え…」とシエラレオネの人々は判を押したように答えるのである。

 

このメッセージは、その人がエボラ出血熱を信じているかどうかに関わりなく浸透している。ある村のリーダーにインタビューをしたところ、彼は何度も研修を受けたというが、エボラ出血熱の存在を信じていたわけではなかったという。彼は言った。

 

「私は自分の村でエボラ出血熱が発生して初めて、エボラ出血熱は本当に存在したんだと思った」。

 

ただし、彼のそのあとの行動は迅速であった。研修で受けた通りに行動したのだ。村人に患者に触ってはいけないと注意して回り、政府のコールセンターに電話を掛けたのだ。

 

 

自発的に検問を張ったコミュニティ

 

啓発活動は人々による自発的な対策へとつながった。コミュニティ団体は、コミュニティを守るために自発的に検問を張った。首都であってもコミュニティのメンバーは皆、顔見知りで、誰がどこに住んでいるか知っている。トイレや水浴び場は共同であり、女性たちは外で料理をする(写真5)。近所の子供たちも一緒に遊ぶことが多い。こうした状況のため、近所づきあいは濃いものである。こうしたコミュニティの人々が自分の生活の場をエボラ出血熱から守るために検問を敷いたのである。

 

検問では、通行人に手を洗わせて熱を測った。コミュニティによっては、若者を動員することで24時間体制で検問を敷いた場所もあった。もし高熱の者がいると「5分間座らせてまた体温を測った」といい、それでも体温が高いと、携帯電話で117(政府のエボラ・ホットライン)に電話し、救急車に迎えに来させたという。隔離施設へと運ぶのだ。

 

 

写真5.首都フリータウンのコミュニティ

写真5

(2016年8月撮影、シエラレオネの家にはこうしたテラスがあり、料理・食事、そして、リラックスの時間はここで過ごす。いわば玄関先のテラスは居間なのだ)

 

 

検問には、消毒剤入りのバケツ(写真6)、非接触式の体温計、スタッフの飲料水などが必要となるが、こうした備品は国会議員から配布されたという。国会議員が政府から臨時予算を与えられ、その一部がコミュニティへと回され、検問に使われることになったのである。

 

 

写真6.消毒剤入りのバケツ

写真6

(2016年8月撮影、聞き取り調査のために訪れたクリニックに設置されていた)

 

 

コミュニティ団体による検問は、警察や軍が幹線道路上で行うものとは異なり、コミュニティを守るためであった。首都フリータウンでは50か所以上も検問が設けられたというが、大通りには検問はなく、大通りから脇に入ったコミュニティの入り口に設置された。そのため、コミュニティに出入りしない外国人(援助機関の関係者)の中には検問の存在に気付かない者も多数いた。

 

あるコミュニティでは若者が自警団を組み、夜中にパトロールをし、よそ者がいたら追い出したのだという。

 

 

エボラの撲滅は成功した。反省点は…

 

シエラレオネでは、政府の行政能力が限られ、インフラも十分に整っていない。また、メディアも十分に発達しておらず、農村の人々に情報を浸透させるのは困難であったはずである。それでもなお、一度広がった感染は抑えられ、結果的にはエボラ出血熱を撲滅することができた。

 

それが可能となったのは、援助機関やシエラレオネ政府が、住民を巻き込むことでエボラ撲滅体制を構築したことである。政府は、国会議員、首長、ローカルNGOなどローカルな場所で発言力のある人物を使って住民に対する啓発活動を実施した。シエラレオネでは年上の者を尊敬する傾向が強い。く、知識人の中には、年上の言うことを疑いなく聞くという人々の姿勢に問題があると考える人もいるほどである。しかし今回は、そうした考え方そうした人々の態度が利用されたのである功を奏した。発言力を持つ人物が啓発活動に加わることにより、人々は「偉い人が言っているのだから本当なのだろう」、あるいは「偉い人には従わなければならない」と思ったのである。こうしたいった人々人びとの心理をうまく利用し、住民をエボラ出血熱対策に巻き込んでいったのである。

 

ただし、反省点がないわけではない。第一に、そもそも1万4000人もの感染者を出したこと自体が政府の対策の不備によるものだったといえなくもない。また、専門知識のない住民を動員したことにより、ずさんな対策になったことも否めない。住民に検問を任せた結果、エボラかどうかもわからずに隔離施設に入れられた者も数多くいたという(東京新聞,2015)。

 

第二に、国際社会からは大量の支援がよせられたが、供給が過剰になったものがないとはいえない。例えば、救急車である。各国から救急車が送られた結果、救急車の台数が過剰になり、遺体を運ぶためにもつかわれた。救急車はエボラ出血熱の終息後も使用されて,救急車不足が解消されたという良い面もあるが、エボラ出血熱の際に司令塔となった軍本部の敷地には、使われなくなった救急車がずらりと並んでいる。

 

また、研修をやりすぎではないのかという声もある。現地の国際機関で働く日本人は、啓発キャンペーンに対してこのように語った。

「みんな〔すべてのNGOや国際機関〕がWHOと同じようにやったんですよ。お金がついてきたから、どの機関もWHOと同じように啓発活動を実施した。うち〔彼の働く国際機関〕なんか保健の「ほ」の字もないのに、啓発事業とかやっちゃったんです。そして、その研修には何度も何度も同じ人が参加して、参加手当を受け取っている。ある意味、小遣い稼ぎになっていた。本当にあれに意味があったんですかね。」

 

彼の言葉のとおり、国際機関やNGOが同じ内容で繰り返し研修を開いており、彼の疑問ももっともかもしれない。ただし、私が現地で見聞きしたかぎり、研修には一定の効果があったようにも思える。テレビのCMのように単純なメッセージを繰り返し聞くことになったからこそ効果があったともいえるのだ。

 

救急車の事例にしろ、啓発活動の事例にしろ、大量の支援を送ることがかならずしも無駄かどうかはわからない。人類の脅威となる感染症を抑え込むためには、過剰なくらいの支援があってもいいと思う。ただし、今回の経験から考えると、支援を効率的に分配する制度を構築することも必要なのかもしれない。

 

 

おわりに:人々の持つ「潜在力」を無視してはいけない

 

本記事では、エボラ出血熱の際、シエラレオネの人々がエボラ出血熱にどのように対応したのか、そして、どのような対策が封じ込めに効果をあげたのかについて見てきた。この記事から明らかになったのは、人々はエボラ出血熱が流行する中で自発的な試みを行ってきたことである。

 

そうした人々の自発的な試みを理解するには、「アフリカ潜在力」という概念が有効かもしれない。この潜在力という考え方は、京都大学を中心とするアフリカ地域研究者のグループが提唱しているものである。アフリカの人びとは、みずから創造・蓄積し、運用してきた知識や制度(=潜在力)を持っている。潜在力は紛争解決や共生を実現するために有効であるし、紛争処理や人びとの和解、紛争後社会の修復にも活用できる。政府が信用できず、時として危害を加える存在となるアフリカ諸国家においては、こうした人々が自ら培ってきた知識や制度が問題解決にとって重要だという(太田,2016)。

 

私はエボラ出血熱の流行下で起きたことを調べてきて、シエラレオネの人々が潜在力のようなものを発揮したのだと思うようになってきた。国際社会やシエラレオネ政府は、エボラ出血熱流行の当初、人々の自発的な試みを考慮せずにエボラ対策に乗り出した。しかし、それはうまくいかなかった。その反省を踏まえ、国際社会やシエラレオネ政府は、途中から現地コミュニティとの協力関係を構築することにした。それが功を奏した。

 

当初、エボラ出血熱の存在を信じることができないまま、政府や国際社会による対策を拒否することしかできなかった人々に対して、「地元で尊敬される人」を動員して、人づてでエボラ出血熱の知識を伝えていった。それにより、人々は次第にエボラ出血熱の存在について信じるようになり、対策も的を射たものに落ち着いていった。国際社会やシエラレオネ政府は、人々の「潜在力」を味方につけたからこそ、エボラ出血熱を封じ込めることができたといえよう。

 

感染症による危機は、人類史の中で何度も経験された。人類は近代になって初めて感染症の拡大を防止するための知識を獲得した。しかし、上からの一方的な介入では、人々を感染症対策から拒否させる結果になりかねない。西アフリカでの経験は、そのことを物語っている。

 

参考文献

・CDC (Centers for Disease Control and Prevention) “Outbreak Chronology: Ebola Virus Disease,” [最終閲覧日:2017年9月18日] https://www.cdc.gov/vhf/ebola/outbreaks/history/chronology.html

・Bolten, Catharine E., Articulating the Invisible: Ebola Beyond Witchcraft in Sierra Leone. Cultural Anthropology website, 7 October, 2014, Available at: http://www.culanth.org/fieldsights/596-articulating-theinvisible-ebola-beyond-witchcraft-in-sierra-leone [最終閲覧日:2016年1月7日]

・Health and Education Advice and Resource Team (HEART) (2014) “Ebola: Local Briefs and Behavior Change.” 22 October. HEART.

・McNeil, Donald G. Jr. (2014) “Fewer Ebola Cases Go Unreported Than Thought, Study Finds,” New York Times Online, 16 December. <https://www.nytimes.com/2014/12/16/science/fewer-ebola-cases-go-unreported-than-thought-study-finds-.html>

・Yamanis, Thespina, Elisabeth Nolan, and Susan Shepler (2016) “Fears and Misperceptions of the Ebola Response System during the 2014-2015: Outbreak in Sierra Leone,” PLOS Neglected Tropical Diseases 10(10).

・The World Health Organization (WHO) (2014)”Sierra Leone: How Kailahun District Kicked Ebola out,” December <http://www.who.int/features/2014/kailahun-beats-ebola/en/>

・国立感染研究所(2014)「エボラ出血熱とは」国立感染研究所ホームページ、8月15日改定< https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/a/vhf/ebora/392-encyclopedia/342-ebora-intro.html>

・太田至(2016)「「アフリカ潜在力」の探求-紛争解決と共生の実現にむけて」松田素二・平野(野元)美佐編『紛争をおさめる文化―俯瞰税制とブリコラージュの実践―』京都大学学術出版会。

・東京新聞、2015年1月22日朝刊、「エボラ熱 対応不十分」

・中川千草 (2015) 「日常に埋め込まれたエボラ出血熱――流行地ギニアに生きる人びとのリアリティ」シノドス、11月5日 <https://synodos.jp/international/15509>

 

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