「進化論」論争に見るアメリカの基盤――トランプ政策に煽られる文化戦争

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二つの顔/二つの勢力

 

進化論をめぐる論争

 

今年は、チャールズ・ダーウィンの『種の起源』(1959)が出版されてから160年目にあたる。よく知られているように、ここで提唱された「進化論」は、世界に大きな衝撃を与え、現在でも論争が続いている。

 

ダーウィンは、「自然選択」によって生物は進化する、と説いた。生物は時間をかけて変異し、環境に対して有利な変異をした種は保存され、不利な変異をした種は絶滅する、というのである。この自然選択説とグレゴール・メンデルの遺伝学説があわさり、そこにいくつかのアイディアが加わって、現在は「ネオダーウィニズム」として進化生物学の標準理論となっている。

 

とはいえ、まだネオダーウィニズムでは説明できない現象も少なくない。生物が進化してきたことは確かだとしても、いまだに、進化のプロセスを合理的に説明する科学的な理論は存在していないのである。こうした点をめぐる科学的論争は、DNAやゲノム編集、あるいはSTAP細胞などの問題もからんで、難しいながらも面白い(注1)。

 

(注1)池田清彦『進化論の最前線』集英社、2017年

 

しかし「進化論」は、そうした「科学における論争」だけでなく「社会における論争」をも巻き起こしている。とりわけアメリカでは、大統領選のトピックになるほど、社会的に大きな問題となっている。

 

近年では日本でも、アメリカ社会のなかの「進化論」論争を紹介する報道が増えてきた。そこには、よく知っているはずアメリカの意外な顔が見えてくる。それは、進化論と対立する創造論を、ひいては世界や人間を創った神を信じる信仰者の顔である。アメリカは「科学大国」という顔とともに「宗教大国」をいう別の顔をもっているのである。

 

この論争や二つの顔は、アメリカ社会の分裂を示すものとして紹介されることが多い。二つの顔というよりは二つの勢力の抗争として理解されるのである。これまでも、進化論をめぐる社会的論争は「文化戦争」 の一つとして捉えられてきた。文化戦争とは一般に、妊娠中絶、同性愛、公立学校における祈り、移民、銃規制などをめぐって、保守派とリベラル派が対立することをいう。とくに2016年以降、ドナルド・トランプの登場で、アメリカ社会内部の対立や分断が顕わになり、進化論もその主要な要素の一つとして理解される傾向にある。

 

たしかに文化戦争は、アメリカの分裂を表しており、根深い問題であることは間違いない。しかし、そのなかでも進化論は、少し違った見方をする必要がある。進化論をめぐる報道が増え、事実を知る機会が増えたことは、アメリカを理解するうえで一つ前進したと言えるかもしれない。しかし、事実は偏見を打ち破ることもあるが、逆に偏見を強くすることもある。事実がそれまでの見方に回収されて、むしろ偏見を補強する材料になってしまうのである。

 

進化論のばあい、アメリカ社会を二分する問題として理解したり、科学と宗教の対立と捉えたり、あるいは世俗派と信仰派の対決とみなしたりすると、肝腎な点を見落としてしまう。そうした見方では、論争における課題を見誤り、文化戦争を煽ることになりかねない。

 

しかしでは、アメリカ社会における「進化論」論争は、どのよう捉えればよいのだろうか。

 

 

創造論への熱い眼差し/冷たい視線

 

まず、「進化論」論争を示す事例からみておこう。例えば、近年よく紹介されるものとしては、ケンタッキー州ピーターズバーグで2007年にオープンした創造博物館(Creation Museum)がある。

 

宇宙の成立や生物の誕生を旧約聖書の『創世記』にもとづいて説明する博物館である。創造博物館には、社会における論争の基本図式、すなわち「進化論vs.創造論」という対立が如実に表れている。

 

ここでは、一般的に約45億年前とされる地球誕生は6000年前とされ、アダムとイヴは恐竜とともにエデンの園で暮らし、4300年前のノアの洪水によってグランドキャニオンが造られた、とされている。そうした地球と人類の歴史が、「若い地球説young earth creationism」などの理論によって科学的に説明され、それを示すための展示物が並ぶのである。創造博物館を建てたのは「アンサーズ・イン・ジェネシス(AiG:答えは創世記に)」というキリスト教団体にほかならない。

 

しかしだからといって、この博物館は、カルト的な趣味で作られたマイナーな施設とはいえない。床面積はおよそ6000平方メートルあり、総工費は2700万ドル(約33億円)もかかっている。恐竜のレプリカは、うなり声をあげてリアルに動き、4Dシアターでは、立体映像にくわえて座席も動き、ノアの洪水のシーンでは水しぶきがかかってくる。博物館というより、特殊効果を駆使した最新のテーマパークようにみえる。

 

調べてみれば、それもそのはず、展示物を担当したのは「ユニバーサル・スタジオ(フロリダ)」のアトラクションの担当者なのである。話題になるだけでなく実際に人気もあり、開館から2018年までに350万人が来館したという。

 

勢いにのったAiGは、続いて2016年に同州のウィリアムズタウンで「アーク・エンカウンター(方舟との遭遇)」を建設した。最近では、こちらが紹介されることが多い。アーク・エンカウンターは「ノアの方舟」を実寸大で「再現」したものである。『旧約聖書』の創世記6章に記録されているとおり、長さは約155メートル、幅は26メートル、高さは16メートルもあり、世界最大級の木造建築物となっている。

 

方舟の中、つまり館内では、ノアやその家族、収容された動物(恐竜を含む)たちが実際にどのように過ごしたのか、ということが、多彩な展示物やアトラクションによって示されている。

 

また、世界中の洪水伝説が紹介され、それが事実である証拠として、洪水の爪痕や化石の記録などが、地質学などの見地から説明されている。ここでも、創造博物館と同様に、聖書の記述を基本としながら「ノアの方舟」を事実として科学的に説明しているのである。

 

総工費は一億ドル(約110億円)を超え、オープン式典には州の副知事や市長をはじめ7000人が参加し、来館者は最初の1年間だけで160万人にのぼった。

 

創造博物館もアーク・エンカウンターも、日本人の目には異様に映るだろう。いまだに「進化論」を真っ向から否定する「創造論」があること自体、日本人の認識からすれば驚くほかない。まして、科学的知見を当然とし、進化論の最前線を面白いと思う人びとにとっては、創造論と進化論の論争など、まともに受け取るのもばかばかしい、ということになるはずである。

 

しかし、アメリカ社会における「進化論」論争を、驚いたり、あきれたり、ひややかに眺めたりしてばかりはいられない。なぜなら、アメリカで進化論を信じる人の割合は、先進国のなかでもっとも少ないからである。

 

たとえば2006年、欧米の32ヶ国を中心として、そこに日本とトルコをくわえた34ヶ国で調査した研究が『サイエンス』誌に載った(注2)。「現在の人類は、より原始的な動物種から進化した」。この見方について「正しい」「分からない」「誤っている」の三択で選んでもらうものである。

 

(注2)Jon D. Miller, Eugenie C., Shinji Okamoto, “Scott Public Acceptance of Evolution,” Science, vol. 313, 2006 Aug 11.

 

アメリカで「正しい」としたのは40%しかおらず、先進国のなかでは群を抜いて低かった。というより、アメリカよりも低い国はトルコしかなかった。アイスランド、デンマーク、スウェーデン、フランスでは80%を超え、日本では78%であった。アメリカはそれらの半分でしかない。国際比較の観点からして進化論は、アメリカ独自の性質を表している、と言えるだろう。

 

ただ、2017年のギャラップの国内調査では、進化論を受け容れている人は57%であった(注3)。他の調査でも、次第に進化論を信じる割合が増えていることが確認されている。こうした数字を根拠にして、アメリカでも世俗化が進んでいる、と考える識者もいる。しかし、同じその2017年の調査では、創造論を信じる割合は38%であった。これは、西洋の先進国のなかではやはり特別に高い数値である(注4)。

 

(注3)“Belief in Creationist View of Humans at New Low,” Gallup, 2017 May 22.

 

(注4)2011年の国際比較の調査によると、欧米の先進国のなかで創造論を信じる人は、アメリカで40%、カナダで22%、イタリアで21%、ドイツで12%、イギリスで12%、そして日本では10%であった。Supreme Being(s), the Afterlife and Evolution, Ipsos Global @dvisory(2011/04/25)

 

進化論と創造論が、アメリカの特徴を表すことは間違いない。とはいえ、それが何を表しているのかということは、両者が入り組み、複雑に絡み合っていて理解が難しい。そこで次に「進化論」論争の歴史的経緯をみて、この内実について社会思想の観点から考えてみよう。

 

 

スコープス裁判とその後

 

アメリカの「進化論」論争の端緒として挙げられるのは、1925年のスコープス裁判である。20世紀初頭、アメリカの中でもとくに信仰心の篤い南部では、進化論に反対する動きが出てきた。進化論は、聖書に基づく従来の教育を脅かすものとして受けとめられたからである。

 

1920年代には、進化論教育を禁止しようとする運動が活発化した。そして1925年にテネシー州で、反進化論法として「バトラー法」が成立したのである。それに対してアメリカ公民権連合(ACLU:America Civil Liberties Union)は、新聞で、実際に進化論を公立学校で教えて逮捕される志願者を募集した。裁判を起こし、バトラー法を世に問い、廃止に追い込むためである。

 

ジョン・スコープスは、二週間ほど教えただけの代用教員であったが、街の宣伝をもくろむ実業家の説得によって、これに応募した。進化論側には、有名な弁護士がつくことにもなった。それに対して検事側、すなわち創造論側に立ったのは、ウィリアム・ジェニングス・ブライアンである。ブライアンは、ウィルソン政権の国務長官を務めた有力な政治家であり、民主党の大統領候補に三度なるようなポピュリズムのリーダーであった。

 

かくして裁判の話題性は高まり、ちょうどラジオ放送の開始と重なったこともあって、裁判だけでなく、舞台となったテネシー州の田舎町も、当事者のもくろみをはるかに超えて全米中から注目を集めた。

 

裁判ではスコープスが敗訴し、創造論側が勝利した。しかし、裁判の過程でブライアンは、聖書の記述の矛盾を次々に指摘され、それにうまく答えることができなかった。その過程がラジオを通じて報道され、創造論の弱点が広く知られるようになる。創造論を支持する原理主義者も、偏狭な固定観念に縛られた人びととして認識されるようになった。ブライアンは、心労がたたったのか、判決から5日後に急死している。

 

反進化論法は、その後も各州で提案されたが、成立したものは少なかった。ただそれでも、教育現場で退いていったのは進化論教育のほうであった、ということに注意しなければならない。1930年までには、全米の教室の70%ほどで進化論が排除され、その後もさらに減っていったと言われている(注5)。

 

(注5)「進化論」論争の詳細については、Eugenie C.Scott (著)、鵜浦裕・井上徹 (訳)『聖書と科学のカルチャー・ウォー:概説 アメリカの「創造vs.生物進化」論争』東信堂、2017年を参照。なお、この本の原題は、Evolution Vs. Creationism: An Introductionで、出版は2008年である。

 

ところが1957年、アメリカ社会に「スプートニク・ショック」が走った。ソ連がアメリカより早く、世界で初めての人工衛星、スプートニクの打上げに成功したのである。冷戦の真っ只中、先を越されたアメリカ社会では、科学技術の遅れが懸念され、科学教育を重視する論調が高まった。

 

これを受けて1960年代初頭には、進化論が、ディベートの時間をはじめ教科書にも復活していく。1968年には、連邦最高裁でアーカンソー州の反進化論法(1928年制定)が憲法違反とされた。反進化論法は、特定の宗教的信念に基づいた立法であり、宗教的中立性を担保していない。ゆえに、国教樹立を禁止した憲法修正第一条に違反している、とされたのである(注6)。この後、南部の州で残っていた反進化論法も、原則的に廃止されていった。【次ページにつづく】

 

(注6)Epperson v. Arkansas, 393 U.S. 97 (1968).

 

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vol.264 

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