エジプトの反政権デモの旧ソ連諸国への影響  

エジプト反政府デモ ―― 東欧革命、「色革命」を彷彿?

 

チュニジアの「ジャスミン革命」の影響は、ヨルダンやイエメンにも波及し、そして、1月25日以来エジプト全土に広がっていた反政権運動は、激しい弾圧などもあり趨勢が懸念されていたものの、現地時間の2月10日夜にホスニー・ムバラク大統領が辞任を表明し、ついに民衆側が勝利した。

 

アラブ諸国での革命の連鎖は、ソ連圏とソ連の解体を促進した東欧革命と2003年のグルジアにおける「バラ革命」、2004年のウクライナにおける「オレンジ革命」などを総称する「色革命」(2005年のキルギスにおける「チューリップ革命」を含める場合も多いが、筆者は、キルギスのケースは他の二つの「革命」と性格が若干異なると考えている)を彷彿させるといくつかのメディアで報じられた。

 

たとえば、東欧革命がソ連の国力・影響力が低下したことによって発生したのに対し、今回のアラブ諸国での政変はアメリカの国力・影響力が低下したことによって発生したというような分析が見られたり、「色革命」も今回の政変も民衆の力によって発生したというような類似性を指摘する分析がみられたりした。

 

専門外の筆者はアラブ諸国の政変に関する分析を行う力はないが、東欧革命の中心人物であったヴァーツラフ・ハヴェル元チェコ大統領は東欧革命との類似性を指摘しており、実際に、チュニジアで運動に参加した人々も、東欧革命との類似性を感じているという。それら類似性については、メルケル独首相や欧米の多くの知識人も指摘している。ただ、エドゥアルド・シェワルナゼ元グルジア大統領・元ソ連外相は、東欧革命とアラブの政変はそれほど類似していないと指摘しつつも、「システムの破壊プロセス」は同じだという見解を示している。

 

他方、筆者は少なくとも「色革命」とアラブの政変とのあいだには類似性を感じていない。もちろん、民主化を求める国民の力がひとつになったという共通点があることは事実であるが、「色革命」についていえば、(1)米国政府や欧米のNGOなどの支援があった、(2)不正選挙が直接の引き金になっている、(3)「革命」を率いる明確な指導者がいた、という特徴があり、それらは今回のアラブ諸国での出来事にはみられないと考えているからである。地理的にも離れているだけでなく、政治の権力基盤にも、文化的にもかなり差異がある両地域を簡単に結びつけるべきではないだろう。

 

このように、旧ソ連・東欧の民主化の動きと現在のアラブ諸国の動きについては、単純にその類似性を強調するべきではないだろう。また、旧ソ連の多くの権威主義的な諸国では、力のある野党勢力は存在していない。

 

しかし、決定的にいえることは、旧ソ連諸国の独裁的な指導者たちは、今回のアラブの一連の動きの余波に脅威を感じているということだ。中国ではインターネットでエジプトに関する情報が読めなくなっているなど、かなり厳しい情報統制が敷かれているらしいが、旧ソ連諸国ではそのようなことまでは聞かれない。それでも、さまざまな影響がみてとれる。以下に、主だった動きを指摘していきたい。

 

 

旧ソ連諸国への影響 ―― ロシア

 

ロシアでは、アラブの政変に対する神経質な反応はあまりみられないが、エジプトで連日民衆が集結している姿は、2004年のウクライナの「オレンジ革命」を彷彿させ、ロシア首脳陣も若干の懸念は感じているようである。

 

プーチン首相は、「オレンジ革命」後、警察や内務省軍などに優先的な投資を行い、民衆をコントロールするための体制を強化してきた。それに加え、「オレンジ革命」ではユーシチェンコ元大統領がシンボル的存在となっていたが、ロシアにはプーチンを超えうるカリスマ的ヒーローがいない。これらのことから、ロシアでは「革命」の波及可能性は低いと考えられてきた。

 

しかし、今回のエジプトでの動きは、ロシア首脳陣の危機感を高める要素をもっているという。第一に、カリスマ的ヒーローが不在だった点である。ヒーローがいなくても、民衆の政府打倒の波は起こりうることが証明された。第二に、イスラームの連帯の力が示されたことだ。そのことは、北コーカサスのイスラームファクターへの影響に対する脅威論の高まりと連動し、ロシア首脳陣は危機感を強めているという。

 

前回の拙稿「ロシア空港テロ事件 ―― その背後にあるもの」(https://synodos.jp/international/2545)で述べたように、北コーカサスはテロが日常化しているが、それらのテロの多くにイスラーム過激派やアラブ系の支援者が関わっているといわれている。そのため、ロシアでは、エジプトの政変において、ムスリム同胞団が大きな役割を果たしたということに懸念を表明するものもいる。

 

アフガニスタン紛争の際にも多くのイスラーム義勇軍が戦闘に参加したが、そのうち40%がエジプト人だったといわれている。彼らはモスクワに対して反感をもっているという背景もあり、北コーカサスの破壊行動に、イスラームの連帯を基盤にアラブ系の人々が協力を強める可能性を指摘する専門家もいる。

 

 

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