わたしたちが生きる社会はどのように生まれたのか

不安定な家族の姿

 

最後は家族社会学です。現在の家族社会学は、産業化そのものというよりは、産業化のあとに起こったポスト産業化が家族に及ぼす影響に関心を持っています。ポスト産業化とは、産業の中心が製造業からサービス業、たとえば金融業、IT産業、外食産業などに変化することを指します。

 

日本は50年代から産業化が急激に進展し、経済が安定しました。それによって男性は仕事で十分な所得を手に入れるようになり、女性は専業主婦として家事を行うようになります。「近代家族」の誕生です。しかしポスト産業化が進むにつれて、このような近代家族のかたちは急速に失われていきます。

 

製造業は比較的生産性をあげる余地が多く、所得はどんどんあがっていきましたが、製造業が途上国に移転しはじめると産業の中心はサービス産業へと移っていきます。サービス産業は、高度な知識を必要とするものと誰にでもできるものと二極分化する傾向があるため、ほうっておくとアルバイトやパートなどの非正規雇用が増加していきます。非正規雇用が増えると、結婚できるほどの所得が得られない人が増加し、晩婚化・非婚化への圧力が生まれます。

 

ポスト産業化は、女性の働き方の選択肢を増やす作用も持っています。いわゆる「女性の社会進出」が進むわけですね。すると近代家族の「男は外で働き、女は家事をする」という分業が成立しにくくなる。いかに家事を分担していくかが社会的な課題になる。

 

いずれにしろ、産業化でいったん安定した家族の姿が、いまふたたび不安定になっています。家族社会学はこの点について研究をしています。

 

 

データを使った社会学・計量社会学

 

―― 筒井先生のご専門である計量社会学とはどのような学問なのでしょうか?

 

一言でいえば、数量データを使って社会学的な問いに答える学問です。

 

といっても説明になっていないかもしれないですね。計量経済学との違いを説明するとわかりやすいでしょう。

 

計量経済学は、たとえば「子ども手当を導入すれば、出生率は上がるのか」といった因果関係に興味があります。計量社会学もデータを使って分析をするものの、因果関係にはあまりこだわらず、社会が長期的にどのように変化しているのかを調べようとする傾向が強いです。

 

たとえば、戦後から50年間のマクロ統計の数字の変化をみて、社会はどのように変化してきたのか。あるいは他国のデータと比較をして、日本社会がどのような位置づけにあるのかなど、長期的なスパンと空間的に広いデータを眺めて社会の特徴をつかもうとするんですね。

 

具体的に説明しましょう。先ほどもお話しましたが「女性が社会進出してきている」とよく耳にしますよね。これだけを聞くと、まるで最近になってはじめて女性が働き始めたかのように感じてしまう人もいると思います。

 

しかし長期的にデータを見てみると、女性の労働力率(簡単にいえば、働く女性の割合)は1975年くらいにストンと下がっていて、いまはそれがまた上がりつつ状況だということに気がつきます。高度経済成長期で男性が工場やオフィスなどで働くようになり、それ以前は農業や自営業に就いていた女性が専業主婦になっていった。そのためにストンと下がっているわけです。

 

1970年代の半ば以降、この専業主婦層が、パートとして働くようになってきた。背景にはサービス産業化や、高学歴化による教育費の負担増があります。以降、女性の労働力率はすこしずつ上昇しますが、その多くはパートの増加で説明できてしまいます。これが現在につながる「女性の社会進出」の内実です。

 

このようにデータをみながら社会の長期的変化を考えるのが、計量社会学のひとつの特徴です。

 

とはいえ、因果関係、というか政策の実効性などにこだわって計量経済学と同じような研究をしている計量社会学者も多くいますよ。ぼくもどちらかといえばそちらに近い研究をしていますね。

 

 

計量社会学と計量経済学の違いとは?

 

―― データを使って分析するということは、数学ができなくちゃいけないのでしょうか?

 

計量経済学と同じように、ごりごりに分析をかけて、できるかぎり正確な因果関係を推定しようとする計量社会学者もいれば、長期的なデータをざっくりみて社会の長期的な流れを記述しようとする計量社会学者もいます。計量社会学の特徴は、どちらかというと後者にありますね。だから数学が得意じゃない人も大丈夫(笑)。

 

計量社会学は、自分たちが生活している社会を少し遠目から見渡して、現在の立ち位置をデータを使って確認しているんです。晩婚化について考えるとき、「他の条件を動かさずに所得のみが上がったとすれば、結婚は増えるだろうか」という、因果関係にこだわった問いの立て方もあります。他方で、「1970年代に一旦完成をみた近代家族が、ポスト産業化社会が進展していくなかでその成立条件を失っているのではないか」といった筋立てを検証する方向性もありえますね。前者が計量経済学的な研究の方向性、後者が計量社会学に特徴的な説明といえるかと思います。

 

風邪薬を飲めば風邪が治るかどうかを調べて、治るのであれば処方するのが計量経済学、社会の構造自体が風邪を引きやすい体制になっているのでは、と考えるのが計量社会学といえそうです。その意味では、じつは社会に対して「直接的に」役立たなければいけないというプレッシャーは、不思議なくらい持たれていないかと思います。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.277 

・坂口緑「生涯学習論にたどり着くまで──人はいかにして市民になるのか」
・平井和也「ジョージ・フロイド殺害事件から考える米国の人種差別問題」
・野村浩子「日本の女性リーダーたち」
・安達智史「「特殊」を通じて「普遍」を実現する現代イギリスの若者ムスリム」
・太田紘史「道徳脳の科学と哲学」
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