2022.07.15

「子ども時間」を取り戻す――映画『ゆめパのじかん』と「川崎市子ども夢パーク」

重江良樹×西野博之

文化

この7月に劇場公開が始まった映画『ゆめパのじかん』は、神奈川県川崎市にある子どもたちの遊び場「川崎市子ども夢パーク(ゆめパ)」の日常をとらえたドキュメンタリー。こうした「子どもの居場所」がなぜ必要なのか、そこに求められることとは何なのか──監督の重江良樹さん、ゆめパの創設に関わり、現在も総合アドバイザーを務める西野博之さんのおふたりにお話を伺った。

「子どもの居場所」のあり方を、全国の人たちと共有したかった

──『ゆめパのじかん』は、川崎市にある「川崎市子ども夢パーク」、通称「ゆめパ」に集う子どもたちを追ったドキュメンタリーですが、まず重江監督から、ここを舞台に映画を撮ろうと思われた経緯をお聞かせください。

重江 前作の『さとにきたらええやん』は、大阪・西成区で子どもとその保護者の支援をしている児童館「こどもの里」に密着したドキュメンタリーでした。それを全国で公開したときに、見てくれた人から「私の地域にもこんな『子どもの居場所』があればよかったのに」という声をいくつも聞いたんですね。

こうした場を必要としているのに、届いていない人たちがいる。それはとても不平等なことだと思ったし、その人たちに「こういう場があるよ」と知ってほしい。そう考えて、もう一度「子どもの居場所」をテーマに映画を作ろうと思ったんです。

それで、全国の「子どもの居場所」をいくつか見て回ったのですが、その一つがここ、ゆめパでした。こどもの里と活動内容は少し違うけれど、根っこの部分──常に子どもを中心に置いてものごとを考えていくという姿勢が共通していると感じて。ここを撮りたいと思うようになりました。

最初は、数カ所の居場所を同時に取材して、オムニバスのような作りにしようかとも考えていたのですが、ゆめパで実際に撮影を始めたら、ここだけでも撮りたいことがいっぱいあって。「オムニバスは無理だな」と思いましたね(笑)。

──西野さんは、「ここで映画を撮りたい」という相談を受けたときは、どのように?

西野 もう二つ返事で「やろうよ」と答えました。もちろん、そのあとすぐに、スタッフや子どもたち、保護者の皆さんにも相談しましたけどね。『さとにきたらええやん』も見せてもらっていて、「こどもの里」の子どもに対する目線、「子どもの命を真ん中に置く」という姿勢がすごくよく映し出されていると感じていたんです。

同時にそれは、監督も言ってくれたように、僕らが大事にしているものとも重なります。もともとこのゆめパは、子どもたちが「やりたいことに思い切り挑戦できる」場を作りたいという思いで始めた場所。やりたいことに全力で取り組む子どもたち、それに寄り添い、見守る大人たち──そういう場のあり方を全国の人たちと共有できたら、もうちょっと子どもも大人も生きやすい社会を作ることにつながるんじゃないかなと思いました。

一つだけ気がかりだったのは、ゆめパの中にあるフリースペース「えん」にやってくる、不登校の子どもたちのこと。映画にしたことで来づらくなってしまう子がいたりしたら本末転倒だな、という懸念はあったのですが、『さとにきたらええやん』で、あれだけ難しい背景のある子どもやその家族たちが安心してカメラの前で話しているのを見ていたので。この監督なら、子どもの思いを無視して「やらせ」のようなムリな撮影はしないだろう、という直感がありました。

重江 でも、通い始めて3カ月くらいは、カメラは回さずに子どもたちと遊んでましたね。子どもの隣にぼけーっと座ってたり喋ったり、一緒にサッカーや将棋をしたり。

西野 最初はみんな「あの人、なんだろう」という感じだったよね。「もしかしてOB? 誰かの父ちゃん?」みたいな。サッカーはうまいけど指導者っぽくはないし、「よく分からないけど面白そうなおっちゃんがサッカーやりに来てるよ」というので(笑)、あっという間に子どもたちの中に溶け込んでいったという印象でした。

重江 よく分からない大人がいても誰も気にしない空気があるというのは、ゆめパの魅力の一つだと思います。

といっても一応、最初にミーティングの場で「大阪からみんなの映画を撮りに来ました」って挨拶はしたんですけどね。そのときも「ふーん、映画って何?」みたいな感じで、2年くらい経ってから1人の子に「で、そのカメラ何撮ってんの?」って言われました。「だから映画だって言ってんじゃん!」っていう(笑)。

【コピーライト】gara film/nondelaico

コロナ危機のときこそ「開けなくてはならない」と思った

──映画の中にも出てきますが、撮影中には新型コロナウイルスの感染拡大がありました。ゆめパも運営を続けるのかなど、かなり悩まれたのではないでしょうか。

西野 学校の一斉休校指示があった時点で、「もちろん開けないよね」という空気感が一気に広がりました。川崎市でも青少年施設は軒並み閉まりましたし、スタッフも当初は僕以外、開けるという考えはなかったように思います。

でも、僕は絶対にゆめパを閉めちゃいけないと思っていました。というのは、「子どもたちの居場所がなくなれば、家庭内で虐待が増える」とすぐに思い浮かんだからです。

一斉休校指示で学校は休み。でも、親のほうはコロナで仕事がなくなったりして、「生活できなくなるかも」とイライラしている。あるいは、仕事はあるけど子どもが家にいるから休むしかないという親もいたでしょう。どちらにしても、子どもが家で脳天気に遊んでいるのを見たら、腹が立ちますよね。そういう状況では、間違いなく虐待が増える。さらに、用もないのに出歩くなと言われているような状況では、叩かれて青あざを作ってる子がいても、誰も気づきません。

だから、こんなときこそ子どもの居場所をなくしては絶対にいけないと思いました。こんなときだからこそ、いつもと変わらずスタッフはここにいて、「どうした、元気ないな」とか「何か困ってるんじゃないの?」とか声をかけていかないといけないと考えたんです。

それで、市役所に出向いて「夢パークは閉めません、開けます」と伝えました。最初は「えっ」と驚かれたけれど、ふだんからの行政との関係性もあって、割合すぐに合意してもらうことができましたね。学童も保育園も開けているのに、ゆめパが閉めなきゃいけない科学的な根拠はあるんですか、という話をして。それに、ゆめパは川崎市の「子どもの権利に関する条例」に基づいて作られた施設ですから、「子どもの居場所をなくすことで、子どもの権利が侵害される危険がある」という懸念を共有してもらえたと思います。

重江 僕も撮影しながら見ていましたが、スタッフのみなさんと子どもたちは、「どうやったら密を避けて、安全にボールで遊べるか」「どうしてこの遊びは駄目なのか」などと、ごく当たり前のように話し合いをしていて。それが素晴らしいなと思いました。

西野 子どもの声を聞いて運営していくっていうのは、ゆめパの大前提だからね。あのときは、いったん「ボール遊びはやめよう」という話になったけれど、「ボールは触っちゃいけないのにどうしてロープやノコギリは使っていいのか」と、子どもたちから抗議の声が出て。何と答えるべきなのか、スタッフの間でも何度も議論しました。僕らもこれまで遭遇したことのない事態だったから、何が正解なのかは分からない。ただ子どもたちに「こう決まったから守りなさい」という一方的なスタンスはとりたくなかったですね。

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やりたいことをやりたいだけやれる「子どもの時間」を取り戻す

──ゆめパが「子どもがやりたいことをやれる場」として生まれたというお話についても、もう少しお聞かせください。

西野 私は不登校の子どもたちの居場所づくりに長く関わってきたのですが、その活動を続ける中で、「学校に行っていない子たちだけを支援していても駄目なんじゃないか」と感じるようになったんですね。

たとえば、2020年のUNICEF の調査データでは、日本の子どもの精神的幸福度が、調査対象の38カ国中37位。学校に行っているかどうかにかかわらず、多くの子どもたちが非常にストレスをためている。それはなぜかといえば、やりたいことをやれる空間、好きなことに好きなだけ取り組める時間がないからじゃないかと思うのです。

つまり、「穴が掘りたい」「アリンコを観察したい」という子どもがいても、大人は「そんなことやってる場合じゃないでしょ」とやめさせてしまう。決められたカリキュラムをこなせるようになりなさい、怠惰に過ごしているとどんどん落ちこぼれていくよ──そういうメッセージに世の中が縛られているんです。

大人は、子どもの将来のために言ってあげているんだ、と言うでしょう。でも、子どもには将来じゃなくて、明日でもなくて、「今」やりたいことがある。その「今」を保障する環境が、現代社会には見事なほどないんですよ。

やりたいことをやりたいだけやれる時間と、それを見守ってくれる大人のまなざし。この二つによって、「子ども時間」を取り戻す。ゆめパがやってきたそういうことを、重江監督はしっかりと撮ってくれたと思います。

どちらかといえば、派手さはない映画かもしれません。でも、実はすごく大事な、普遍的なテーマがそこに映し出されている。今の大人たちが忘れかけている、人が育つとは、幸せとはどういうことなのかを、正面から問い直す内容になっていると思います。

重江 今回の映画は、個々の子どもたちの事情に深く突っ込むよりも、多世代の多様な子どもたちが集う様子を描くことで、ゆめパという場の「広さ」を表したいと考えていました。だから子どもたち一人ひとりの描写にはっきりした起承転結はないし、おっしゃるとおり派手ではないんですが、「じわる」映画だと思っています。『さとにきたらええやん』がガツンとうまみの来る中トロなら、こっちは噛みしめれば噛みしめるほど奥深いうまみが広がる真鯛かエンガワなんじゃないかと(笑)。

西野 描かれているのは変化のない何気ない日常のように見えますが、実はその中でも、子どもたちは子どもたちなりの迷いや悩みを抱えている。それがすっきりと解決するわけでもないのが、今を生きているっていうことなんじゃないかと思います。今、何でも速く、分かりやすく解決するのがいいことだというような風潮があるけれど、実際には子ども時代、青春時代なんて、迷い続けてばかりですよね。それがしっかりと描き出されていると感じました。

重江 僕、「解決する」ドキュメンタリーって好きじゃないんですよ。中学時代は荒れていろいろ大変だったけど一流大学に合格しました、とか(笑)。もちろん、それ自体はいいことかもしれないけれど、本人にとっては人生の通過点に過ぎないわけで。そういうことを必要以上に美化するような映画には絶対したくないという思いはありました。

この映画に出ている子どもたちの人生も、この映画で終わりなのではなくて、まだまだずっと続いていく。そこまでイメージして見てもらえたらいいなと思っています。

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「こどもまんなか社会」とは何か

西野 もう一つ、「子育てを一人で抱え込んで苦しい思いをしなくてもいいよ」というのも、この映画が発信しているメッセージではないかと思います。

今は、安心して子どもを育てられない社会だといわれますよね。その背景としてよく経済的貧困が話題になるし、もちろんそれは大きな問題ですが、究極の問題は関係性の貧困ではないかと思います。人と人が分断されて、子育て中の人も孤立しやすい。その中で、ゆめパにはグループで自主保育をしている人たちも来るし、ボランティアの人たちもたくさんいます。地域の人たちも一緒になって、みんなで育て合おうというのがゆめパなんです。 

重江 ゆめパとつながれている子どもたちは、孤立することがないですよね。年頃になって悩みが出てきたときにも、近くに信頼できる大人が必ずいる。子どもも大人もいろんな人がいる中で、たくさん刺激をもらいながら、自分自身で考えて歩んでいけるというのは大きいと思います。

西野 頼れる相手、依存先を増やせているというのはすごいことですよね。普段からその子どもを知っている大人がたくさんいれば、放っておかれることはないし、いざというときは誰かに頼れる。『ゆめパのじかん』は、そういう社会を作ろうよ、という映画でもあると思うんです。

──この映画を見て、自分の家の近くにもゆめパがあれば……と思う人は多そうです。これから、同じような場所はできていくでしょうか。

西野 ゆめパはいろんな幸運が重なって生まれたある種の奇跡のような場所なので、まったく同じような場所は簡単には作れないかもしれません。でも、重要なのは場所ではなく「時間」と居場所を生みだす「まなざし」なんですよね。どんな広い場所、立派な設備があっても、大人たちの考え方が変わらない限り、子どもの居場所は広がりません。先に言ったような「子どもの時間」を取り戻す、やりたいことをやれる場を守る。子どもたちの生きる力や好奇心、道を切り開く力を信じることが第一歩です。

そこから小さな活動が始まって、それを行政の人が見に来る、市会議員や国会議員、企業の人が見に来る……そうして「こういう『子どもの居場所』は社会として用意する必要があるよね」という認識を共有できるようになればいいなと思います。 

重江 おっしゃるように、ハード面だけを充実させて、指導員を置いて、子どもたちに「さあ、この時間はこれをやれ、教えてやる」みたいな場になったら最悪だなあと思います。それでは、本当の「居場所」にはならないんじゃないでしょうか。

そうではなくて、この映画を通じて、ゆめパがやっていることのエッセンスを現場で活かしてくれる人が出てきてほしい。プレーパーク、学習支援、子ども食堂……形は何でもいいと思います。そして何より、上からではなく同じ目線の高さで、子どもたちを同じ人間として見ることのできる大人が増えていってほしいですね。

西野 ちょうど今、政府が「子ども家庭庁」の創設にあたって、「こどもまんなか社会」を掲げています。だからこそ、「こどもまんなか」とはどういうことなのか、どんな施策が必要なのかを、この映画から学んでほしい。僕たちも、大人がやらせたいことをやらせるんじゃない、子どもたち自身がやりたいことをやれる時間と空間をみんなで大事にしなくちゃいけないんだと、言い続けようと思います。

西野博之さん(左)、重江良樹さん(右)

『ゆめパのじかん』(http://yumepa-no-jikan.com/)ポレポレ東中野にて公開中、ほか全国順次

「ゆめパ」は子どもたちみんなの遊び場。約1万㎡の広大な敷地には、子どもたちの「やってみたい」がたくさん詰まっています。その一角には「フリースペースえん」があり、学校に行っていない子どもたちが自分の「好き」をあたためています。安心して、ありのままの自分で過ごせる場所で、虫や鳥を観察したり、木工細工に熱中したり、ゴロゴロ休息したり。でも、時には学校や勉強のことが気になる子も…。子どもも大人もみんなが作り手となって生み出される「居場所の力」と、時に悩みながらも、自ら考え歩もうとする「子どもの力」を描き出したドキュメンタリー。

プロフィール

西野博之フリースペースたまりば理事長

認定NPO法人フリースペースたまりば理事長。1960年生まれ。86年から学校に行きづらい子どもたちの居場所づくりにかかわり、91年川崎市高津区に「フリースペースたまりば」を開設。以来、ひきこもりなど生きづらさを抱えた若者たち、さまざまな障がいをもつ人たちとも出会い、ともに地域で育ちあう場を続けてきた。98年から川崎市子ども権利条例調査研究員会の世話人として条例策定に携わり、条例制定後はその具現化を目指した川崎市子ども夢パークの開設に尽力。2021年まで15年間その所長を務めた。現在総合アドバイザー。

この執筆者の記事

重江良樹映画監督

大阪府出身。映像制作・企画「ガーラフィルム」の屋号で活動中。大阪市西成区・釜ヶ崎を拠点に、映画やウェブにてドキュメンタリー作品を発表すると共に、VPやネット動画など、幅広く映像制作を行う。子ども、若者、非正規労働、福祉などが主なテーマ。2016年公開のドキュメンタリー映画『さとにきたらええやん』は全国で約7万人が鑑賞、平成28年度文化庁映画賞・文化記録映画部門 優秀賞、第90回キネマ旬報ベストテン・文化映画第7位。

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