2015.03.23

なぜアベノミクスを否定する人の中に債券市場関係者が多いのか?

浜田宏一・安達誠司

経済 #アベノミクス#国債

アベノミクスを否定する人が債券市場関係者に多いのはなぜか

浜田 私はどちらかというと、理論経済学の角度から証券市場を見てきました。ですから現場に詳しいエコノミストの安達さんに、実際の投資の世界について伺いたいと思います。

まずお聞きしたいのは、アベノミクスの第1の矢(金融緩和政策)によって株価が上がり、円安も起こり、有効求人倍率と完全失業率が改善し続けている状況において、なぜ市場関係者のなかには、いまだアベノミクスの効果を否定したがる人がいるのかについてです。

安達 日本では長らく円高が続き、デフレが進行していましたが、それに伴って債券(国債)利回りがどんどん低下してきました。債券利回りが低下するということは、債券の価格が上昇することを意味します。円高とデフレの進行が長期間続く限り、債券を購入すれば将来の価格が上昇するのは確実なので、市場として儲けやすかったということが、まず指摘できます。

債券の取引で生計を立てている債券市場関係者は、円高になればなるほど債券価格が上がり、利益が出るわけですから、理論的にどうこうというよりも、自らの経験(特に成功体験)を基準にして、円高を支持する人たちが多いように思います。これは円安を否定したがる市場関係者が多い一因にもなっていると思います。

また、円高、デフレの局面では、金融機関の多くが、貸し出しを増やすことができず、債券の売買益で収益を稼がざるを得なくなりました。これによって、債券市場に関連する部署の組織的な地位が高まり、社内での出世等の利得に与った人も少なくなかったのではないかと想像します。

金融機関では、若手が収益拡大に貢献し、その手柄を管理職がさらって出世していくということもあります。そのため、「次は俺の番だ!」と思っている若手は少なくないはずです。ところが、自分がおいしい思いをする前に環境が激変すると、これまでの苦労が水の泡になってしまうと考える人も多いでしょう。アベノミクスによって、長年やってきた方法ではこの先食べられなくなるわけですから。彼らにはそういった危機感もあるのだと思います。

浜田 これまで円高と債券高でうまいことやってきたのだから、これからも円高でいいじゃないか、という自己本位な発想があるわけですね。

安達 よかれ悪あしかれ、そういうことです。そんな状況にもかかわらず、現在の債券市場は、日銀が新規に発行する国債の約7割超を市場から買っている構図になっています。2013年4月の黒田日銀による「異次元の金融緩和」以降、債券市場の関係者たちは取引する物自体がなくなってしまい、毎日やることなく過ごしているような状況だという話も聞きます。

浜田 アベノミクスは、債券市場の商いを細らせている一面があるということなんですね。

安達 そういうことです。また、債券市場での取引の大部分は国債取引なのですが、国債は財務省が発行しています。そのため、債券市場で働いている人たちは、市場関係者のなかでも、特に財務省とのつながりを重要視しているように思います。彼らは「財務省の意向と反対のことを言っていると、国債の入札から外されるんじゃないか」ということを恐れているので、そもそも財務省の意向に反した意見を口にしづらいようです。

最近、債券市場に関わっているエコノミストや債券アナリストのほぼ全員が、「ある程度の景気の悪化には目をつむって、消費税増税による財政再建を優先すべきだ」と主張しているのは、まさにこのような背景があると思います。ただし、個人的な経験から考えて、財務省の人たちが実際にそのような圧力をかけているのかといえば、必ずしもそうとはいえないのではないかと思いますが。

浜田 なるほど。実際に圧力があるわけではなくとも、余計なことは言わぬが吉だと考えているのが現状なのでしょうね。

マクロ経済学の専門家がほとんどいない日本

浜田 しかし、まだ納得できないことがあります。一般の人たちやマスコミの人たちに金融緩和の効果が理解されないことは、残念ではあるものの、ある程度納得できます。ただ、まがりなりにも金融関係の専門家・実務家であるはずの日本の市場関係者の人たちは、なぜこれほどまで金融政策についての理解と関心が薄いのでしょうか。

バブル崩壊以降、日銀の金融政策の失敗によって株価がどんどん下がったことは明白です。証券論の基本を知らない投資家も、にわか投資評論家になって、うんちくを語ることができるような状況でした。ですから、そういった人や証券会社の関係者たちから、これまでの日銀の政策に対する不満の声がもっと聞こえてきていいような気がするのですが。

安達 そもそも日本では、個別株の動きに、日銀の金融政策なんて関係ないととらえられていたからではないかと思います。つまり関心を向けるべきは、今後その企業の業績がどうなるかということや、その企業のキャッシュフローはどうなるか、もっと極端なケースでは、社長がいかにうまく夢を語るかといったようなミクロな話ですべてが決まると考えられているふしがあります。その結果、情報提供を受ける個人投資家も、関心事がどの企業の業績がいいかとか、どんなキャラクターの経営者かなどという、ミクロすぎる事柄に終始するようになっていました。

マクロの経済政策の効果を正しく理解している市場関係者は稀であるどころか、ほぼ皆無なため、日本はマクロ経済に対する後進国になってしまっているのです。とはいえ、さすがに最近は、株式投資まわりの市場関係者たちの認識も変わってきているようです。

浜田 それはソロスを筆頭とした大きなヘッジファンドが、マクロ経済を分析したうえで投資を行い、しっかり利益を上げているということが広まってきたからですか?

安達 そうですね。加えて実際にアベノミクスで株価が一気に上がるさまを見たというのが大きいのではないでしょうか。特に為替市場では、金融政策による影響は非常に大きいとの認識が、一般的なこととして人口に膾炙(かいしゃ)し始めているように思います。ただし、日本の“一流”といわれる経済学者は、為替の円安は偶然に起きたことで、日銀の金融政策とは何の関係もないと言っていますが。

アメリカ人に利益を奪われないために

安達 日本では、投資は競馬やボートレースと同じようなものと考えている人がまだまだ多いという状況ですから、株式投資などで資産を増やすとか貯蓄を増やすという発想にはなかなか至らないでしょう。

浜田 日本の人たちがそういった感覚を持っていることはよくわかります。競馬やカジノは、運営費を引けば、ギャンブラーにとって完璧なマイナスサムになる構造を持っているからです。日本の株価は、これまで長期にわたって下がり続けてきたわけですから、ゼロサムゲーム以下の収益しか生まなかった構造です。多くの人にとっては、下手すれば賭け事よりも利益を上げられないものとして映っていたかもしれません。

他方、海外における株価は、基本的に国の経済成長にあわせて上昇し続けるもの。賭けなどとは違い、うまくやれば確実に利益をもたらすことのできるプラスサムのゲームだったわけです。そういう認識のもと、投資に慣れている海外の人が、アベノミクスの初期の頃に日本株で利益を持っていったのは、非常に合点のいく話です。

だとすれば、これから日本人が株で利益を上げていけるようにするには、この本でお話ししてきた、マクロ経済に対する理解が役に立ちます。そのうえで今回の金融緩和の効果が永続的に続くという信頼感を醸成する必要があります。

安達 はい。私もそう思います。

■本記事は、『世界が日本経済をうらやむ日』(浜田宏一・安達誠司著、幻冬舎)の第7章「株と為替で確実に稼ぐことは可能なのか」より抜粋です(一部省略あり)。

 「以前、『将棋再入門』(米長邦雄・ひかりのくに)という本を読んで、「再入門」の意義を理解し、感動した記憶があるが、そういう意味で私は本書を『社会人のためのマクロ経済学再入門』だと思っている。政治家、官僚、経済人、報道人だけでなく、経済学の研究者にも本書のメッセージは有益ではないかと考えている。 浜田宏一」(本書「あとがき」より――)

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プロフィール

浜田宏一内閣官房参与、イエール大学名誉教授

1936年東京都生まれ。内閣官房参与。イェール大学名誉教授。経済学博士。1954年東京大学法学部に入学、1957年司法試験第二次試験合格。1958年東京大学経済学部に入学。1965年経済学博士取得(イェール大学)。1969年東京大学経済学部助教授。1981年東京大学経済学部教授。1986年イェール大学経済学部教授。2001年からは内閣府経済社会総合研究所長を務める。法と経済学会の初代会長。著書には、『世界が日本経済をうらやむ日』(共著、幻冬舎)、ベストセラーになった『アメリカは日本経済の復活を知っている』『アベノミクスとTPPが創る日本』(講談社)など多数。

この執筆者の記事

安達誠司エコノミスト

1965年生まれ。エコノミスト。東京大学経済学部卒業。大和総研経済調査部、富士投信投資顧問、クレディ・スイスファーストボストン証券会社経済調査部、ドイツ証券経済調査部シニアエコノミストを経て、丸三証券経済調査部長。著書に『世界が日本経済をうらやむ日』(共著、幻冬舎)、『昭和恐慌の研究』(共著、東洋経済新報社、2004年日経・経済図書文化賞受賞)、『脱デフレの歴史分析――「政策レジーム」転換でたどる近代日本』(藤原書店、2006年河上肇章受賞)、『恐慌脱出――危機克服は歴史に学べ』(東洋経済新報社、2009年政策分析ネットワーク章受賞)、『円高の正体』(光文社新書)、『ユーロの正体――通貨がわかれば、世界がみえる』(幻冬舎新書)などがある。

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