2013.01.11

政府と日本銀行の政策協定(アコード)はどうあるべきか

片岡剛士 応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

経済 #金融政策#日銀#日銀政策決定会合

政府と日銀との政策協定(アコード)に関する報道が活発化している。報道によれば、1月21日・22日に開催される日銀政策決定会合にて政策協定の公表がなされるのではないかとの観測もあるようだ。政府と日銀が共同で文書を公表するということで思い出されるのが、昨年10月30日に当時の財務大臣、経済財政担当大臣、日銀総裁の連名で公表された「デフレ脱却に向けた取組について」(http://www.boj.or.jp/announcements/release_2012/k121030a.pdf 以下「共同文書」と略す)だろう。以下ではこの文書を題材にしながら、政府と日銀が新たに政策協定を結ぶのならばどのような内容を折り込むべきかを考えてみたい。

共同文書の問題点

まず共同文書についてみておこう(共同文書および10月30日の日銀の金融政策に関しては、synodos journalに掲載した拙稿をあわせて参照いただきたい https://synodos.jp/economy/1437)。共同文書は、1.で課題の表明と政府および日銀の意思表示がなされ、つづいて2.で日銀の政策スタンスの表明、最後に3.で政府の取組の表明というみっつの内容から構成されている。

1.における課題の表明と政府及び日銀の意思表示をより具体的に記すと、「デフレから早期に脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰すること」が課題であり、この課題に対して一体となって政府と日銀が努力するというものである。一見すると何ら問題がないように思える。だが、2.以降を読んでいくと、問題点が明らかになってくる。

どういうことか。2.では日銀の政策スタンスが記載されており、最初に1.の課題について日銀の認識が示されている。これを読むと、デフレから早期に脱するためには、政府による成長力の強化と金融面からの後押しのふたつの要素が必要だと日銀は解釈しており、その認識に沿って強力な金融緩和を行っていくと表明していることがわかる。ただし、以上の日銀の認識は従来と変わらず、強力な金融緩和の中身は「実質的なゼロ金利政策と金融資産の買入れ等の措置」であって、これも従来と変わりがない。つまり「共同文書」における日銀のスタンスは従来と同じであるということだ。

3.の政府のスタンスの表明についてはどうだろうか。政府は、以上の日銀の方針に従って強力な金融緩和を行うことを日銀に期待している。これは日銀が従来路線に従うことを政府は是としていることを意味する。そして政府は適切なマクロ経済運営に加えて成長力強化の取組として、「モノ」「人」「お金」をダイナミックに動かすために、規制・制度改革、予算・財政投融資、税制など最適な政策手段を動員するとしている。

だが規制・制度改革を行い、予算・財政投融資や税制を変えることでデフレから脱却できた事例を寡聞にも筆者は知らない。さらに政府は「デフレ脱却等経済状況検討会議」で点検し、日銀は同会議で定期的に報告するとのことだが、「デフレ脱却等経済状況検討会議」はなんら法的な権限をもたない。仮に政府が今後の物価動向の報告に影響を与えた日銀の金融政策に不満を述べ、具体的な対応策を迫ったとしても、日銀が対応策を講じるインセンティブは皆無に等しいのである。

再度、共同文書の問題点をまとめておこう。筆者は大きくふたつの問題点があると考える。

ひとつ目の問題は、日銀が現状維持のスタンスを改めて表明する一方で、政府の取組の表明が追加されたことで、共同文書が結果的に「デフレ脱却に対する政府の責任と役割を明文化する文書」になってしまったことである。こうなってしまったのは、共同文書における課題を「デフレ脱却」と設定したことに原因があるのではないか。

政府が行う財政政策や成長政策、日銀が行う金融政策を総動員することが「デフレ脱却」に必要と捉えれば、政府の役割を明記することになる。「日銀は十分に金融政策を行っている」と考えれば、デフレ脱却に向けて一歩前に進めるためには政府の責任と役割を明文化することが必要になるだろう。政府と日銀の政策手段についての割り当てが曖昧ならば、互いの政策責任を回避するということにもつながり、本来の共同文書としての意味をなさなくなってしまうことにもつながるというわけだ。

そしてふたつ目の問題は、政府と日銀の取組を担保するのが「デフレ脱却等経済状況検討会議」という法的な権限をもたない会議であったということである。共同文書が公表された後に開催された会議は11月12日開催の1回のみだが、会議の議事要旨(http://www5.cao.go.jp/keizai1/deflation/2012/1112_youshi.pdf)をみると、政府および日銀が行う政策の説明にとどまっているようである。恐らくこのままのかたちで続いたとしても実のある成果はなかっただろう。目的を達成するためにどういう場で何を議論するのかをはっきりさせておく必要があるということだ。

府と日銀の政策協定(アコード)はどうあるべきか

周知のとおり安倍首相の積極的な金融緩和発言の影響もあって、円安・株高が進んでいる。政府と日銀との政策協定(アコード)に関する報道が活発化しているのは、具体的な政策手段がとられていないなかで、安倍首相の発言に沿った政策が本当に打ち出されるのかが大きな関心を集めているということだろう。

このようななかで政府と日銀の政策協定はどうあるべきなのだろうか。先ほど指摘した共同文書のひとつ目の問題点を考慮すると、まず政策協定として何を課題とするか、何についての政策協定を結ぶのか、という点が重要になる。

筆者は共同文書のように「デフレ脱却」についてではなく「金融政策」についての政策協定を結ぶことを提案したい。こうすれば課題がより明確となり、政策手段について政府と日銀の役割分担が曖昧になるといった可能性は排除できるはずだ。

なぜかといえば、政策手段の独立性を有している組織が日銀であるのは自明であるためである。言い換えれば、政策手段の次元で政府と日銀の役割分担を明記するという政策協定ではなく、金融政策に含まれる「目標」と「手段」の役割分担を明記するという政策協定を結ぶことが必要であるということだ。

そして「金融政策」についての政策協定を結ぶことは、政府が日銀にデフレ脱却の責任を転嫁することを意味しない。自民党は政権公約(総合政策集)において名目3%以上の経済成長を達成することを明記している。これまでのようにGDPデフレーターの伸びがマイナスであれば名目3%以上の経済成長など不可能である。日銀と政策協定を結ぶまでもなく、すでに政府は国民とデフレ脱却について約束を結んでいるのである。

以上のように政府と日銀の政策協定として締結すべきは「金融政策」についての政策協定であると認識すれば、選挙で信任を得た安倍政権が責任を持って約束すべきは、一定の物価上昇率の目標値を設定することである。つまり金融政策に含まれる「目標」は政府が設定することを明らかにすることだ。たとえば「政府は、物価上昇率の目標値を2%と定める」という文言を政策協定に書き込むことであろう。

目標値については、目標となる物価上昇率の値をどうするのかという論点に加え、ポイントで指定するのか、範囲で指定するのかという論点がある。目標となる物価上昇率に関しては他の先進国と同じく2%が望ましいだろう。そして明確な姿勢を打ち出すのであれば、2%といったポイントで指定することが望ましいと考える。

なお、最大雇用についても政策協定に書き込むとの観測報道がある。たしかにインパクトは大きいだろう。だが、日銀法に最大雇用についての目標が明記されていない現状では無用の混乱をもたらす可能性が高い。実際に成立する物価上昇率を、目標として設定した物価上昇率に安定化させることができれば、目標とする物価上昇率に見合った失業率が定まることになる。最大雇用を明記するのであれば、日銀法を改正した後にふたたび政策協定を見直すことで対応するのが望ましい。

そして政策協定には、物価上昇率の目標値を達成するための「期限」を明確に書き込むことが必要だ。この点は各国中央銀行で温度差があるが、長年デフレを続けているわが国の現状を考えると明確なコミットメントが必要である点や、金融政策の効果のタイム・ラグを考慮すると2年程度とするのが望ましいのではないか。

日銀が公表している展望レポートは2014年までの物価の動向を記載している。達成期間を2年後とすれば、2014年の物価上昇率は政策委員の予想値ではなく、2%という目標値に書き改められることになるだろう。物価上昇率の目標値と政策委員の予想との関係がより明瞭となり、日銀が行う金融政策の理解も得やすくなるだろう。

また共同文書のふたつ目の問題点を考慮すると、日銀は法的権限を持った会議にて説明をする義務を負うことが望ましい。この点については経済財政諮問会議の場で検討すれば良いだろう。日銀法改正に関しては別の機会に論じたいが、政策協定の信認を高めるには、日銀の行動を規定する日銀法の改正を行って、政府と日銀が締結する政策協定の位置づけを条文に明記することが必須だろう。

最後に、共同文書は、前原経済財政担当大臣(当時)、城島財務大臣(当時)と白川総裁の連名での公表であった。普通に考えれば麻生財務大臣と白川総裁との連名での公表となるだろう。だが一連の流れが安倍首相の積極的な発言に端を発しており、安倍首相の発言に沿った政策が公約どおり打ち出されるのかが国民の注視するところである現状を考慮すれば、新たに締結する政府と日銀の政策協定は安倍首相と白川総裁の連名とすることが好ましいだろう。これは大きなインパクトを与えるはずだ。

政府と日銀の政策協定(アコード)に必要な7つのポイント

再度、筆者が含めるべきと考える政府と日銀の政策協定のポイントをまとめておこう。それは以下の7点である。

1.「金融政策」について政府と日銀が締結する政策協定とすること

2.国民からの信認を得た政府の責任において物価上昇率の目標値を2%と定めること

3.日銀は政策手段に関する独立性のもとで目標を達成するために金融政策をおこなうこと

4.目標値の達成期限は2年間とすること

5.日銀は展望レポートの公表、国会における説明責任の義務を負うこと

6.あわせて経済財政諮問会議で質問を受けた場合には、物価動向と金融政策について説明を行う義務を負うこと

7.安倍首相と白川総裁の連名で公表すること

望ましい政策協定の締結はデフレ脱却のための重要な一歩である。安倍首相が一貫して主張している金融政策が実現すれば、現在生じている円安・株価の上昇はさらに進み、それらはさまざまな経路を通じて日本経済に好影響を与え、確実にデフレ脱却へとつながるものになる。安倍政権がデフレ脱却への期待を自ら潰すような政策協定を結ばないことを切に希望する次第である。

プロフィール

片岡剛士応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

1972年愛知県生まれ。1996年三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2001年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程(計量経済学専攻)修了。現在三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済政策部上席主任研究員。早稲田大学経済学研究科非常勤講師(2012年度~)。専門は応用計量経済学、マクロ経済学、経済政策論。著作に、『日本の「失われた20年」-デフレを超える経済政策に向けて』(藤原書店、2010年2月、第4回河上肇賞本賞受賞、第2回政策分析ネットワークシンクタンク賞受賞、単著)、「日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点」(幻冬舎)などがある。

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