2023.01.06

教育データの利活用を進めるために何が重要なのか――先進的な取り組みを行う教育長へのインタビューから見える「コツ」と課題

川口俊明 教育学・教育社会学

教育

1.教育改革のトップランナー

筆者も何度か指摘してきたように、日本の教育行政はデータを活用することが「下手」である。学力調査を例に取ると、調査を行っている自治体こそ多いのだが、学力に大きな影響を与える家庭環境の情報を把握しておらず、成績がよいのはもともと社会的経済的な立地に恵まれた学校ばかりといった事態に陥りやすいのだ【注1】。断っておくが、筆者は新しく調査を行えと言いたいわけではない。わざわざ調査をしなくても、個々の自治体は学校のみならず、子どもやその家庭環境に関する情報を持っている。だからまず解決されるべきは、ほとんどの自治体で、個々のデータが相互に結びつけられること無く「死蔵」されてしまっているという問題だ。

ここで「ほとんどの」と書いたが、逆に言えば一部の自治体はデータを整備し、教育政策に活かしている。なぜ、そんなことが可能なのか。今回筆者は、教育改革のトップランナーとして全国的に注目されている埼玉県戸田市で、教育長を務めている戸ヶ﨑勤氏に話を聞く機会を得た。戸田市の教育改革の旗振り役である戸ヶ﨑氏は、なぜ・どうやって自治体のデータ整備を進めたのか。戸ヶ﨑氏へのインタビューをもとに、教育行政がデータ利活用を進めるためのポイントと、その課題について考えたい。

埼玉県戸田市の教育改革については、既にいくつも紹介する記事が書かれているから、ご存じの方もいるだろう。戸田市では数年前からSEEPプロジェクトという産官学と連携した教育改革を行っている。SEEPとは、Subject(教科の本質を捉えた授業改善)、EdTech(Education × Technology: テクノロジーを活用した学び)、EBPM(Evidence-Based Policy Making: 証拠に基づく政策立案)、PBL(Project-Based Learning: 問題解決学習)の頭文字を繋げた言葉である。いずれも近年の日本の教育改革でキーワードになった言葉だが、それが単なる掛け声に終わらず、実際に学校現場を変えていっている点に戸田市の改革の特徴がある。

わかりやすい例がICTの活用だろう。コロナ禍で学校の休校が余儀なくされる中、その対応として、全国どこの自治体でもオンライン授業や端末の整備は進んでいる。ただ実際には、日頃の端末の活用度合いは自治体ごとに差があるのが現状だ。戸田市では、コロナ禍以前から端末の整備を進め、共有フォルダを使って理科の実験結果を学級でリアルタイムに共有したり、アップした図画・美術の作品を相互コメントしたりといった活動が、日常的に行えるようになっている。あまりにも端末の活用が「当たり前」になった結果、他市に異動になった教員の中にはこれまでどおり端末を使った授業をしようとして、周りから浮いてしまい、「戸田市に戻してほしい」と懇願する者が出てくるほどだという。

そして、このSEEPプロジェクトを実現可能にしたのが、70を超える機関との産学官連携だ。戸田市ではインテル・マイクロソフトといった企業や国立の研究所・大学のリソースや知恵を借りて、学校を変えようとしているのである。戸田市の取り組みは全国的に注目を集めているし、その内容を紹介する記事はいくつもあるので参考にしてほしい【注2】。

実は筆者も、以前から戸田市の教育改革に関心を持っていた一人である。もともと筆者は、日本の教育格差の実態を知るために、ある自治体で行われた学力調査等のデータを収集・整備して分析を行ってきたのだが、外部の研究者という立場では扱える情報に限界があるという課題を感じていた【注3】。そんな折、所有する各種データを研究者が分析可能な形に整備しようとしている自治体がある話を聞いた。それが戸田市である。戸田市は、教育委員会事務局に教育政策シンクタンクを設置し、効率的な教師の指導法等についてデータ分析を行っているという【注4】。日本の教育行政が自らの有するデータを積極的に活用する事例は珍しいので、なぜそのようなことが可能なのか、機会があれば関係者に話を聞きたいと思っていたのである。

2.「3K(経験・勘・気合い)」からの脱却

さて、戸田市の教育改革を先導するのが、先に触れた教育長の戸ヶ﨑氏である。なぜ氏は、教育に関する各種データを整備しようと思ったのか。そこには、氏が「3K」と呼ぶ教育現場の悪癖がある。一般に、日本の教育現場では「経験・勘・気合い」が重視されがちである。昨今の教育改革も過去の改革の成果を検証して立案されたと言うよりは、関係者の「思いつき」「思い込み」で進められてきた側面が強い。教育社会学者の松岡亮二氏は、この点を「教育改革やりっ放し」という言葉で批判している【注5】。

戸ヶ﨑氏は教育長に就任して以来、教育委員や校長に「思いを語るなとは言わないが、根拠となるデータを示すこと、科学的・専門的な知見を導入すること」を常々求めてきた。警察や医療の分野では、捜査や医療行為を補助するために当たり前のようにデータが使われているのに、なぜ教育ではデータが使われないのか、というのが氏の問題意識である。

一つ具体例を挙げてみよう。近年の教育改革では、コミュニケーション能力の育成が重要だと言われている。ただ、普段の授業の中で、それも複数のグループに分かれて行われる子どもたちの話し合いの様子を捉えることは容易ではない。そこで戸田市では、ハイラブル社のたまご型レコーダー【注6】を使用し、子どもたちの会話の様子を可視化するという試みを行っている。子どもたちの会話を可視化することで、個々の子どもの発言の傾向(話す量や、相づちの頻度など)を定量的に知ることができ、指導の手がかりになるそうだ。

もっとも日本の教育現場では、教育を数値化して語るべきではないという声も根強いし、保護者の中にも行政が子どもの詳細な情報を管理することを警戒する人もいるという。そこで戸ヶ﨑氏は、学校現場や保護者に対して、常々データの有用性を示すことを心がけてきたそうだ。氏はインタビューの中で、これを「データのシャワーを浴びせる」と表現している。

ところで、データを重視する改革に対して、すぐに挙がる反論の一つが学校現場の負担である。とくに教員の長時間労働が問題になる昨今、負担増に繋がる政策は嫌われやすい。しかし戸ヶ﨑氏は、ICTを活用できるようになった今、データ利活用による教員の働き方への「負の影響はない」と断言する。むしろデータによって取り組みの成果が可視化される分、あまり有効ではない取り組みを止めることで働き方改革にプラスになる可能性さえあると言う。

負の影響があるとは、私はまったく考えていません。マイナスは無いと思っています。というのは、何かの調査をやるときも、今までだったら紙を渡して、集計担当の教員等が集計してということで、大変な思いをしたことはありました。しかし今はすべてクラウド上で完結しますので、子どもが入力したものを先生方が加工したりとか、そういうことはありません。データを収集するために、先生方に負担が生じることはほぼ皆無です。逆にデータとして、この取り組みをやったからといって成果が出るわけじゃないといったことが見えてくるので、そういう取り組みは止めちゃおうということで。データを元にして、働き方改革にプラスになるって可能性はありますね。

3.データは「手段」に過ぎない

それでは教育委員会がデータ利活用を進める上での勘所は何か。インタビューの中で、戸ヶ﨑氏が繰り返していたのは、データは「手段」に過ぎないということだ。氏によると、現在の戸田市の教育改革が目指すことの一つに、日本の学校教育における形式的平等主義の打破がある。

教育研究の世界でも指摘されることがあるが、日本の学校教育は「皆が同じ」であることが重視される傾向がある【注7】。たとえばコロナ禍で休校時の対策としてオンライン教育が必要だという声がある一方で、すべての家庭にWi-Fi環境が整っていないのにオンラインに切り替えるのは時期尚早だといった声も小さくないのである。後者の根底にあるのが、「皆が同じ」という発想である。戸田市は積極的にオンライン授業を取り入れた自治体の一つだが、戸ヶ﨑氏自身、議会ではオンライン授業に対する懐疑的な質問を受けたこともあるそうだ。氏は、こうした「全体が揃ってから始める」という発想から脱却することが重要であると語る。

全体が揃ってないからやるべきではないという発想ではなくて、教育委員会としては、困っている家庭があるんだったら、そこをピンポイントで支援していく。それがプッシュ型支援ということです。

新しいことを進めながら、なかなかレールに乗れない人たちを見つけて、そこに積極的にサポートしていくっていうやり方に変えないといけない。今の学校教育は形式的な平等主義というか、全体が揃っていないのにやるべきではないっていう考え方が根強いんですけど、そこは変えなくてはならないと思っています。

本当に困っているところにピンポイントで公正に支援していくという考え方は、学習もまったく同じだと思うんですよね。全員が同じようにはなかなかできないから、(できる子どもとできない子どもの差が目につきやすい)課題解決型学習の学びなんかやるべきじゃないっていうことも言われるんですけど。そういう考え方ではなくて、一人一人に目を向けて、落ちこぼれている子もふきこぼれている子も(できない子もできる子も全ての子どもを公正に)支援していくという発想が必要です。

現在戸田市は、教育委員会の枠を超えて、行政が有する子どもに関する各種のデータ(学力調査の結果や、就学援助の有無、出欠記録、健診の記録、各種のアンケート調査など)を整備し、教育データベースを構築しようとしている。その根底にも「プッシュ型支援」の考え方がある。

戸ヶ﨑氏によると、戸田市では、国と同様この9年間不登校の児童生徒が増加している。そこで子どもに関わる各種のデータを整理し、不登校の兆候をキャッチする仕組みを作れないかというのが、教育データベース構築の背後にある発想の一つだという。現時点では、子どもに関する情報は教育委員会や市長部局の各所に分散している。しかも紙の情報も含まれているため、容易に分析することさえできない。そこで「誰一人取り残されない、子どもたち一人一人に応じた支援」という「プッシュ型支援」を実現するために、各種データの整備が必要になったのである。これまでのように何か問題が起こってから対応する「後手」の対応ではなく、問題が起こる兆候を捉え「先手」の対応に変えていくことができないか、あるいはデータから政策や実践を改善する手立てや、これまで見落としてきた課題を明らかにできないか、というのが戸ヶ﨑氏の目論見である。

こうした発想を聞くと、戸田市で行われている教育データの整備とは、教育委員会が目標を実現するための手段であって、目的ではないということがよくわかる。戸ヶ﨑氏自身、データを集めることが目的になってしまうと本末転倒であり、何のために情報を取得するのかという目的意識を学校も含めて共有していくが重要だと考えている。それはこれまで行ってきた教育委員会内部のデータ連携もまったく同じだったという。とくに個人情報の保護には十分に配慮してきたそうだ。

データを集めることが目的化すると、さまざまなところから反発が来たり、個人情報保護条例に抵触したりといった可能性もあります。ここに来るまで個人情報保護については十分留意してきました。戸田市でEBPMを推進するために、一番最初にやったのは教育委員会の中で課ごとの子どものデータと教員のデータを繋げることなんです。隣同士の課なんですけど、2つを結合するだけで個人情報保護に抵触してしまいますので、個人情報保護法の委員会の中で理由を説明して、承認を得るだけでも大変なエネルギーでした。当然、他の教育委員会以外の部局のデータを繋げることになればもっと大変です。そういうことを積み重ねて、やっと現在のところにこぎ着けてきています。

冒頭で戸田市の教育政策シンクタンクに触れたが、同シンクタンクの外部アドバイザーには、教育研究者はもちろん、個人情報保護を専門とする弁護士も名を連ねている【注8】。そして、データ整備のイニシアティブを握るのは、あくまで教育委員会である。研究者が前面に出るのではなく、あくまで教育委員会が何をやりたいか理解していないと、データ連携はうまくいかないというのが氏の考えだ。

教育委員会として、これをやりたいんだと。今だったら不登校対策をやりたい、授業改善にデータを使いたい。こういう主目的を持って、そこにぜひ研究者の知見をいただきたいっていうやり方をしているんです。そうしないと、説得力というか、自分たちの言葉で関係者を説得できないんですよ。研究者の説明ではなくて、担当者が自分の言葉で説得できる形になっていないといけない。たぶん日本全国同じだと思います。教育委員会が何をやりたいかという、しっかりとした目的意識を持って進めないと、説得力のある言葉にはならない。

氏の発言からは、あくまでデータ整備の主体が教育委員会にあることがわかる。ここまで見てきたように、戸ヶ﨑氏はデータを重視すると語る一方で、数値化できるデータがすべてといった極端な考えは持っていない。むしろインタビューの中では、今後は数値化できない学校現場の実践をどうやって意義づけていくかという点も考えているという話もあった。

エビデンスっていう考え方は大事にしたいんだけど、教育実践も大事にしたい。学校現場に近づいていけばいくほど、数値化できるものではなくて、数値化できないデータっていうのも大事にしてやっていかないとうまくいかないっていうのはわかるんです。ただ、今現在はそもそもデータは教育に馴染まないという文化が根強いですね。そこに風穴を開ける必要を感じます。実際はデータなんか冗談じゃないみたいなことも、まだまだ多い気はしています。

4.他の自治体でもできる

それでは、戸田市のデータ利活用の取り組みは、他の自治体でもできるのだろうか。戸ヶ﨑氏は、他の自治体でもできるし、むしろ取り組んでほしいと語る。なぜなら戸田市以外の自治体が取り組むことで、戸田市の強みや弱みもはっきりし、より効果的な施策を生み出せると考えるからだ。

私たちも仲間がほしいんです。先ほどデータを整備するという話をしましたけど、同じようなことを他の自治体でもやってみたら、違った分析結果が出たよといったことが進むと、もっともっと効果的な施策に繋がって行くと思うんです。だから、広げたいなって思っているんですが、なかなか声をかけても、広がっていかないのがちょっと寂しい気はしています。

そして全国に広めていくためにも、情報発信が重要だと戸ヶ﨑氏は語る。氏が、さまざまな取材に積極的に応じる理由も、そこにあるのだろう。今のところ、ほとんどの自治体はデータ利活用を進めなければならないという意識さえ持っていない。だからこそ、データの利活用が教育委員会や学校現場にとって「よいことだ」「必要だ」という理解を醸成することにエネルギーを注がなければならないという。

データを利活用すると良いことがあるんだよっていう理解が、教育委員会にないといけません。そうでないと今だって大変なのに、なぜさらにデータを使わなくちゃならないのか。全国学力・学習状況調査だってあるし、独自にやっている民間のテストもあるし、体力テストだってあるし、それで十分でしょうということになってしまうと思うんです。全然データがないわけじゃないんだから、なぜそれ以上やらなくちゃいけないのって。たぶん 8割か9割の自治体はそう思ってるんです。

だからデータ利活用によって、さまざまなサポートが得られるっていう良さを伝えていかなくちゃいけないし、それを他の自治体に理解してもらうことが一番先かなと思っていますね。そもそも多くの自治体はデータが無くて全然困ってないわけですから。そこに風穴を開けるっていうのは簡単なことではない。

データ利活用というと、大きな課題として個人情報の保護を挙げる人は多い。学力調査を始めとする各種調査のデータだけでなく、就学援助を受給しているかどうかといった家庭に関わる情報も扱うのだから、個人情報が気になるのは当然だ。ただ、戸田市の個人情報保護条例を見た識者の方からは、全国的に見てもかなり厳しい方になるとのことなので、戸ヶ﨑氏は、「戸田市でできることは、ほとんどの自治体にはできるはずだ」という。

5.「誰」が教育格差を明らかにすべきなのか

断っておくが、今回の記事はあくまで教育長の語りが基になっている。そもそも筆者は戸田市の教育政策を評価できるほど戸田市の学校教育に詳しくなく、その教育政策の是非を論じる立場にない。ただ、戸田市が他に類を見ない産官学の連携体制を築き全国の教育関係者の注目を集めてきたこと、行政の持つ各種データを整備しようと取り組んできた(かつ現在も取り組んでいる)ことは確かである。その中心となった戸ヶ﨑氏の考え方は、今後他の教育委員会が同様の取り組みを進めていこうと思ったときに参考になるはずだ。戸田市の教育政策の是非については、数年あるいは十数年後に、現在蓄積されているデータから自ずと明らかになっていくだろう。個人的には「やりっ放し」の教育改革ではなく、自らの施策の成否をデータで検証可能にしているというだけでも、戸田市の教育政策は素晴らしいと思う。

ここまで戸ヶ﨑氏の話をもとに、戸田市がデータ利活用を進めてきたポイントをまとめてきた。要するに重要なことは、EBPMやデータ整備といった表層的な掛け声に終わるのではなく、「何のためのデータ整備か」という共通理解を教育委員会が持っていることだ。「何のためのデータ整備か」という軸がぶれないからこそ、さまざまなハードルを乗り越えてデータ利活用が可能なのであろう。

その一方で、戸ヶ﨑氏が語るデータ整備の在り方に筆者が違和感を覚えたことも事実である。それは氏のインタビューで、「教育格差」がほとんど語られなかったという点だ。よく知られているように親の学歴や年収が高い子どもの方が、幼い頃にさまざまな習い事を経験でき、学校の成績も高くなりがちで、大卒になる可能性も高い。松岡亮二氏は、こうした「生まれ」によって教育が左右される現象を「教育格差」と呼び、格差の実態把握や対策の必要性を呼びかけている【注9】。筆者もまったく同感である。そもそも教育格差とは、学校教育だけで解決できる問題ではない。教育格差が生まれるのは、私たちの社会に不平等(富める者とそうでない者など)が存在するからである。教育格差を語るなら、まずデータをとって、どのような格差が生じているのか、その格差は年齢を経るごとに拡大するのかどうかなど、詳しい実態を調査・分析しなければならない。その上で、格差にどう向き合うか社会全体で議論していく必要がある【注10】。

確かに戸田市教育委員会は、子どもたちの家庭環境に関する情報をデータとして把握し、分析に利用している。にもかかわらずインタビューでは、保護者の学歴や年収と子どもの学力に関連があるという話題はほとんど語られなかったのである。なぜなのか。率直に尋ねてみると、教育格差の分析でよく使われる保護者の学歴などの情報は、現時点では調べる優先度が低いという返事が返ってきた。

教育委員会以外の福祉に関わる部署が持っている家庭環境の状況や、乳幼児健診のデータ等は、分析に利用できるようになっています。ただ、なかなかSES【注11】に関わる親の学歴だとか、そういうところまでは第一段階としては踏み込んではいないんですね。そういうデータも必要だよねという話は現在も出ているんですが、一気にそこまで踏み込んでいくとデータを集める側も分析する側も大変ですし、いろいろなことをやり過ぎると肝心なものが見えてこなくなる可能性もある。データ利活用が市民権を得るためにも、今本当に必要なデータは何だろうかっていう精選をしていく中で、優先度としてはSESはまだ低いという判断をしているのが現状ですね。

戸ヶ﨑氏によると、SESを調べる優先度が低い理由には、学校現場へのフィードバックのしやすさが関連しているという。つまり、生活保護や就学援助といったデータを取得して、学力調査と繋げて分析し、教育格差の実態を提示することは可能である。だが、家庭環境と学力に関連があるという分析結果を学校現場に提示しても、その事実だけでは目の前の子どもに対する具体的な指導改善や政策に繋がりにくく、データを取得する労力に見合わないということだ。もう少し言うと、不登校や虐待といった子どものSOSを掴むという戸田市教育委員会の目的からすれば、保護者の学歴や職業にまで踏み込む必要は無いのである。戸ヶ﨑氏は、次のように語る。

やっぱりデータ整備の目的を明確にすることが一番大事です。なんとなくデータ集めてみましたではなく、何をやりたいかということを一番優先的に考えないといけない。今年度は、子どものSOSを総合的にさまざまなデータの中から早めに見つけ出すということを主目的にしていますので、そのときに必要なものは何かと優先度を考えてデータを収集しています。今後、第二段階というか、別な目的があればSESに関わる詳細なデータを集めることもできます。しかし、一度にいろんなものを分析しようとしても、できることは限られていますから。

戸ヶ﨑氏の判断は、具体的な政策や実践を示さなければならない教育委員会としては正しい。特段の理由もなく親の職業や学歴といったセンシティブな情報を集めることは、学校現場や保護者の信頼も失いかねない。就学援助を受給しているかどうかを知ることで、一定程度、家庭環境のことはわかるのだから、それ以上のことに踏み込むべきではないと考えるのは自然である。

ただそれでも筆者が気になるのは、それでは日本の教育格差の実態把握は、いったい誰の責任で行うべきなのだろう?という点である。それこそ研究者の仕事だという声が聞こえてきそうだが、あいにく日本では教育格差に関心を持つ研究者に十分な予算が与えられているわけではないし、そもそも学校現場や保護者を調査する十分な権限もない。そして今回の戸ヶ﨑氏へのインタビューでわかったことは、たとえ先進的な取り組みをする教育委員会であっても、教育格差の実態を把握する動機はそれほど存在しないということだ。研究者にも教育委員会にもできないのであれば、教育格差の把握が進まないのも無理はない【注12】。予算と権限と動機を兼ね備えた存在がいない以上、今後も状況は大きく変わらないことが予想される。

月並みな見解ではあるが、このような状況だからこそ私たち一人一人が教育格差に関心を持つことが重要であるように思われる。SESというセンシティブな情報を示すには、やはりそれを受け止める市民の側にもそれなりの準備が必要なのだ。先進的な取り組みをしている教育委員会であっても、教育格差が主題とならない現状を踏まえると、教育格差について教育関係者を超えた幅広い議論が求められていると言えるだろう。

【注1】学力調査の何が問題なのかについては、以下の記事を参照。
思いつきや俗説でなく、データに基づいた教育格差の議論を(https://synodos.jp/opinion/education/28314/
全国学力テストの失敗は日本社会の縮図である
https://synodos.jp/opinion/info/23796/
日本の「全国学力テスト」は失敗…? 専門家が指摘する“知られざる”実態(https://gendai.media/articles/-/81693
「肝心なことがわからない」学力調査、専門家が憂う“あまりに課題が大きい”現実(https://gendai.media/articles/-/93443
「日本の学力調査は世界の“30年遅れ”」、専門家が言い切る“深刻なワケ”…!(https://gendai.media/articles/-/82625

【注2】戸田市の教育改革に関心のある方は、以下のような記事を参照してほしい。
【教育改革のリアル】「ありえない」企業や大学との連携を牽引した教育長(https://kidsna.com/magazine/entertainment-report-20091-11315
1人1台時代の良い使い手を育む「デジタル・シティズンシップ教育」とは(https://www.watch.impress.co.jp/kodomo_it/news/1333926.html
埼玉県戸田市教育委員会教育長が語る「AIに負けない教師の条件」(https://toyokeizai.net/articles/-/370202

課題見つけ、解決策を考える力を子どもたちに  戸田市・戸ケ﨑教育長、ICT教育を語る(https://www.asahi.com/sdgs/article/14401688
教育改革のファーストペンギン~戸ヶ崎勤・戸田市教育長に訊く~(https://news.yahoo.co.jp/byline/maeyatsuyoshi/20190313-00118040

【注3】筆者らの研究グループの取り組みに就いては、川口俊明編著,2022,『教育格差の診断書』岩波書店を参照してほしい。

【注4】教育政策シンクタンク(https://www.city.toda.saitama.jp/soshiki/373/kyo-seisaku-thinktank.html

【注5】松岡亮二編著,2022,『教育論の新常識』中公新書ラクレ。

【注6】https://www.pc-webzine.com/entry/2022/06/hylable.html

【注7】苅谷剛彦,2009,『教育と平等』中公新書。

【注8】https://www.city.toda.saitama.jp/soshiki/373/thinktank-advisoryboard.html

【注9】松岡亮二,2019,『教育格差』ちくま新書。

【注10】川口俊明,2022,「「教育改革やりっ放し」のループを抜け出すために」川口俊明編著,『教育格差の診断書』岩波書店,pp.195-218.

【注11】Socio-economic statusの略。教育研究では、主に保護者の学歴・年収・職業を指す。

【注12】日本の現状については、たとえば川口(2022)・前掲注(x)を参照してほしい。

プロフィール

川口俊明教育学・教育社会学

福岡教育大学教育学部准教授。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。専門は教育学・教育社会学。日本の学力格差の実態を明らかにするため、学力調査の分析や学校での参与観察調査をしています。

著書に『全国学力テストはなぜ失敗したのか』(岩波書店)、主な論文に、「教育学における混合研究法の可能性」『教育学研究』78(4)、 pp.386-397、「日本の学力研究の現状と課題」『日本労働研究雑誌』53(9)、 pp.6-15など。

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