2018.03.16

変わりゆく社会に、教育はどう呼応するか

山田哲也氏インタビュー/α-Synodos vol.240

情報 #ジェントリフィケーション#結婚差別#αシノドス#岸政彦#齋藤直子#Yeah!めっちゃ平日#山田哲也#貞包英之#メリトクラシー

はじめに

皆様こんにちは。シノドス編集部です。

今回のテーマは「未来の社会を考える」です。

巻頭インタビューでは、未来社会の構想に欠かせない教育について考えます。21世紀を生きるために必要な能力と、その育成のための学校教育の在り方、その現状について、教育社会学者の山田哲也氏に伺いました。

第2稿は、立教大学准教授の貞包英之氏に「ジェントリフィケーション」についてご解説いただきました。「都市再生」や「町おこし」などといったスローガンのもと、都市の再開発が進んでいます。都市の再開発は、そこに住まう人々にどのような影響を与えるのでしょうか。

続いては、Yeah!めっちゃ平日の絵でおなじみの齋藤直子氏によるポジ出しです。誰かを守るつもりでいった言葉が、別の誰かを傷つけてしまう。そんな経験はないでしょうか。はげます言葉の難しさ、そして丁寧に言葉を紡ぐ必要性について、齋藤氏のご経験を踏まえてご執筆いただきました。

最後は、おなじみ連載Yeah! めっちゃ平日第12回です。今回のテーマは「ほんとはここにいない」です。

下記に巻頭インタビューの冒頭を転載しております。

ぜひ、ご覧ください。

山田哲也氏インタビュー「変わりゆく社会に、教育はどう呼応するか」

社会が目まぐるしく変化する21世紀。時代に適応し生きるため、「学び」が欠かせなくなっている。自発的に学ぶ力、そしてその学びを文脈にそって活かす力。これこそが今後の社会を生き抜く鍵になる。新時代の能力に基づき、21世紀型のメリトクラシーが始まっている。変化の時代、学校教育はどのようにかわっているのか。山田哲也先生に伺った。(聞き手・構成/増田穂)

◇生涯に渡って学び続けることの重要性

――メリトクラシーとは何を意味するのでしょうか。

「メリトクラシー」という言葉自体はイギリスの社会学者、マイケル・ヤングの造語で、能力や業績に基づいて人々に資源を配分していく考え方のことを言います。デモクラシーdemocracyが民衆による統制(支配)を意味するように、メリトクラシーmeritocracyは、能力あるいは業績(merit)を基準にした社会統合の原理です。

家柄のような生まれつき定まった属性ではなく、その人が持つ能力やそれをもとに成し遂げた業績によって社会的な地位を配分すべきだという考えです。近代以降の学校教育は、メリトクラシーの理念を支えに、普及拡大していきました。

しかし、現実に純粋なメリトクラシーが実現してきたのかというと、そうではありません。メリトクラシーを実現するためには、メリット、つまり能力をなんらかのかたちで測定することが必要ですが、能力それ自体を把握することはきわめて困難です。実績のみを評価することもできますが、ある時点に示された業績が今後も同様に見込めるかは不確定です(プロスポーツ選手の報酬が来期の活躍を確実に保証するものではないことを想起してみてください)。

とりわけ、子どものように将来どのような業績をあげるのかが予測しづらい人びとを対象にメリトクラティックな選抜を行う際には、その人の潜在能力を代理指標で測定せざるを得ません。現状は、代理指標としてペーパーテストを実施する、あるいは知識を活用して特定の課題に取り組む際のパフォーマンスを見ることで、その人の持つメリットを予測して、未来のライフチャンスの幅を規定する地位や資源の配分を行っています。

――現在このメリトクラシーが「21世紀型」に移行しつつあるといわれていますが、この「21世紀型」のメリトクラシーとはどのようなものなのですか。

1970〜80年代には、日本でもいわゆる「生涯教育」や「生涯学習」という言葉が強調されるようになってきました。変化する社会のなかで継続的に学び続け、その変化に対応するという課題が重視されはじめました。そこで必要とされる能力自体は、21世紀以前から指摘されていたものとみてよいでしょう。社会の変化のサイクルが加速化する中で、教育よりも学習を強調し、変化に対応できる人材を育てようという議論はかなり前からなされていました。

それをあえて21世紀型というのは、「新しい」時代を生き抜く能力を測定する試みや、これらの能力の度合いを基準にした選抜が本格化してきたことに起因します。つまり、近年になって「時代の変化に対応する能力」を何らかのかたちで可視化していく動きが進んでいるのです。具体的にはOECDのPISAのような、新しい能力の可視化を試みるテストの実施が、教育の世界で近年に生じた動向として指摘できます。こうした動きは、やはり21世紀以降のものです。

――これまでの感覚だと、「教育=教える」もので、スキルのように1回習得してしまえばそれでその後の人生を生き抜ききれた。しかし変化のサイクルが早まった現代では、自発的に「学ぶ」力を鍛えてかなければならない、ということでしょうか。

単純化していうとそういうことです。近代以前の教育では、宗教的な教義やその人が所属するローカルなコミュニティで必要とされることがらを伝えることが教育の目的でした。しかし、近代以降の教育におけるゴールは、人格の形成や個性を育てることです。特定の共同体の一員として生きるのではなく、それぞれが個人として自らの人生を全うする手助けが、教育に求められるようになるのです。

ただしそこでのポイントは、自立した「個人」の育成が近代的な国民国家を形成するプロジェクトの一環としてなされたということです。近代的な公教育制度においては、その人が自分自身で自分の人生を作って行くために、民主的な意思決定ができ、自らの特性を活かして経済活動に従事する主体、ここでの文脈では「国民」として生活できる基礎的な能力を身につけさせることが学校で何かを学ぶ目的となる、と言い換えることができるでしょう。

義務教育制度は、端的にいえば各人が国民として生きるために最低限必要なスキルや価値観を身につけさせる場として機能してきたのです。それさえ済めば、その後の学びはその人次第というのが、これまでの流れでした。

一方で、時代が進むにつれて、世界的に教育の年限が延長されていきます。日本では戦前6年間だった義務教育が、戦後の改革で9年間に延長されました。さらに、特に70年代後半までに、義務教育後の後期中等教育、日本でいえば高校への進学率が上がり、皆学に近い状況になりました。義務教育の年限延長・その後の学校在籍期間の長期化は、いわゆる先進諸国で共通に認められるトレンドでした。言い換えれば、今日の社会においては、制度化されたかたちで教育を受け続けることが必要なのだという社会的な認識が高まったといえます。

この頃から、学校教育を終えたあとにも、必要であれば外の社会と学校を行き来しながら学び直すリカレント教育の必要性なども議論されるようになりました。「生涯に渡って学ぶ」重要性が広く理解されてきたのです。先ほど述べた生涯学習論はこのような状況で提起された議論でした。

この時点では、学校教育の中心的な内容や枠組みは維持したままでいいという考えが一般的でした。しかし21世紀に入ると、そうしたベーシックな部分も場合によっては組み替えていかなければならなのではないかという議論が出てきます。

これからの社会で必要とされる「新しい能力」を身につけさせる教育体制を新たに築くためには、まずそれが何なのかを定義し、現状の教育がその目標にどの程度呼応しているのかを確かめる必要があります。そして、必要であれば現行の教育体制を補正していく。PISAはそのような目的で実施された試みのひとつです。

――こうした動きが、21世紀に入って進んできたと。

はい。変化する社会に柔軟に対応しなければならないという議論はこれまでもなされていましたが、学校教育の外側から社会に必要な能力を規定して、それをもとに学校自体が変わらなければならないというメッセージを発する議論の構図が、前世紀と比べた時の大きな違いだと思います。

◇国際比較をもとに教育体制を改善

――21世紀型の能力は、これまでの能力と比較して、どのような違いがあるのでしょうか。

 

21世紀型の能力とは、「よい学習者であり続ける」能力です。具体的には自己学習力、コミュニケーション能力だったり、問題解決能力であったり、他者を理解する能力であったり、自分の伝えたいことをさまざまな道具を使って伝えていくような能力、そしてそれを多様な文脈で発揮する力を指します。

こうした力は個人のパーソナリティと密接に結びついています。教育学者の松下佳代さんはこの能力をかつての能力より深さの次元(人格との結びつき)でも広さの次元(文脈を越えた汎用性)でもより拡張されていると言っています。また、特定の個体が保有するとみるだけでなく関係論的に能力を把握する必要があります。これまでの学校教育が伝えてきた基礎的な力と比べると、より複合的で広い能力ということです。……つづきはα-Synodos vol.240で!

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2018.3.15 vol.239 特集:未来の社会を考える

1.山田哲也氏インタビュー「変わりゆく社会に、教育はどう呼応するか」

2.【ジェントリフィケーション Q&A】貞包英之(解説)「『排除』と『公平化』――ジェントリフィケーションのふたつの側面」

3.【今月のポジ出し!】齋藤直子「丁寧な言葉、というお守り」

4.齋藤直子(絵)×岸政彦(文)「『Yeah! めっちゃ平日』第十二回」

プロフィール

シノドス編集部

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