2012.10.11

韓国で、あるバラエティ番組が放送初回にして一部視聴者らの抗議を受け、2回目以降の放送中止を余儀なくされ波紋を広げている。その番組とは、韓国の公共放送KBSのケーブル・衛星専門局KBS Nのバラエティ専門チャンネルKBS Joyが9月6日の深夜12時20分、韓国初の「トランスジェンダー・トークショー」として鳴り物入りでスタートさせた『XY彼女』だ。

「鳴り物入り」と書いたように、新番組『XY彼女』は放送前から注目を集めていた。同番組を含めバラエティ番組の司会で週5本のレギュラーを抱え、歯切れのいいトークで人気、実力ともにトップクラスの大物タレントであるシン・ドンヨプ、2000年に同性愛者であることをカミングアウトしたタレントで俳優のホン・ソクチョンらを司会に据え、「男性の生も知り女性の痛みも知るトランスジェンダーが、男女間の微妙な視覚の違いによって生まれる多様な悩みをテーマに、率直なトークを繰り広げる新感覚のトークショー」として企画された。

放送前の記者会見でシン・ドンヨプは「普段からセクシュアル・マイノリティの問題に関心があった。トランスジェンダーに対する偏見を解消するうえで手助けになるよう努力したい」と語り、ホン・ソクチョンは「同じセクシュアル・マイノリティの立場からトランスジェンダーとより深くコミュニケーションし、ホットでリアルなトークをお届けしたい」と抱負を述べ、期待を集めていた。この2人は以前から友人であり、シン・ドンヨプはホン・ソクチョンの苦労を知る仲でもある。こうした出演陣の意気込みの一方で、保守的な保護者団体、教育者団体、宗教団体が放送中止を強く要求し、局の視聴者掲示板にも反発の声が集まっていたのも事実だった。

そもそも筆者は韓国のメディアやエンターテインメント業界についての専門家ではないが、なかば趣味と若干の研究上の興味もあって韓国芸能をウォッチしていることから今回の件についても気になっていた。それを知った編集部の方からこの原稿の依頼を受けたのだが、事実関係を紹介するだけでも十分な意義があると思い、引き受けることにした。

17人のMtFが自己を語る

では初回の放送は、どのような内容だったのか。深夜枠のバラエティだと聞いていたので日本でよく見るようなそれを想像していた筆者は、冒頭で正直面食らった(ちなみにKBSは受信料を取る公共放送といってもCMがあり、放送内容もNHKのように「お堅い」雰囲気ではなく他の民放と大差ない)。なんとオープニングは、国連の潘基文事務総長が今年3月7日に行った、世界中の国々に同性間の性行為の合法化とLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)への差別をなくすように呼びかけたスピーチの抜粋から始まったのだ。

「すべてのLGBTに言いたいことがあります。あなたは1人ではありません」

「暴力と差別を終わらせるためのたたかいは、われわれみながともにすべきたたかいです」

「今日、私はあなたたちの側に立ちます」

「われわれは必ず暴力に打ち勝ち、差別を禁止し、大衆を教育しなければなりません」

「今、そのときが来ました」(以上、番組テロップより筆者訳。ただし、「LGBT」は英語の原文に従った。番組テロップ直訳だと「トランスジェンダー」)。

一度、スタジオに移って司会のホン・ソクチョンが華々しく番組のスタートを告げ、仮面舞踏会風の目を隠す仮面をつけてひな壇に座る17人のMtF(*1) トランスジェンダーを映し出したあと、世界のセクシュアル・マイノリティ人口が推計1億2千人以上であるというデータを示したうえで、弟と共同で映画『マトリックス』シリーズの監督を務めたことで知られ、最近、性別適合手術を行い女性として公の場に登場し話題になったラナ・ウォシャウスキーさん、東京・世田谷区の上川あや区議など、世界各国で活躍するトランスジェンダーについての短い紹介が続く。

さらに、韓国国内のトランスジェンダー人口が2万5千人と推定されることに触れ、90年代に性別適合手術を行い2002年に韓国で初めて戸籍上の性別変更が認められた、韓国初のトランスジェンダー芸能人として有名なタレント・歌手のハリスが紹介され、「世間の偏見とたたかってきた世界のトランスジェンダーたち」「偏見の壁を打ち破る韓国のトランスジェンダーたちのトークが始まる」というテロップ、ナレーションで再びスタジオに戻る。

スタジオのセットや番組の構成は、日本の番組に例えれば、『恋のから騒ぎ』(日本テレビ系列)のような雰囲気と言えばわかってもらえるだろうか。司会は前述の2人にモデル出身の若手の男性タレントを加えた3人。前半は、新番組の初回とあってまずは17人ひとりひとりがタレントで言えば誰に似ているかをお題に、仮面を取りながらの自己紹介トーク。

後半は、「50人の女性と付き合ってきたが、まだ初恋をしていない気がする」という20代男性の相談に答えるというスタイルで番組は進行した。トークは当然ながら、自然に各自のこれまでの恋愛経験から人生全般について語る流れになり、性的なアイデンティティの自覚、恋愛、家族や周囲との関係、海外での性別適合手術等における葛藤や失敗談を含む、MtFトランスジェンダーと言えども一様ではない多様な経験、また韓国における偏見の強さや被差別の体験等についても率直に語られた。

(*1)身体を基準に付与された生物学的な性別(セックス)が男性で、性自認(ジェンダー・アイデンティティ)が女性

制作側の配慮

こうしたトークの過程で印象的だったのは、多少異なった経験はしているものの彼女たちも恋愛や家族のことで悩む「普通の人」であるという立場に立っていること、同時に基本的にはトランスジェンダーについてはもちろん、セクシュアル・マイノリティについての「正しい」知識と理解を広めようと制作側が心がけていることがうかがえたことだ。「いじる」ことで笑いを取ろうとすることはほとんどなく、基本的に無知を自覚したうえで違いを尊重して学び、理解と共感を広げようという姿勢、そのために番組に登場してくれた彼女たちを尊重しようという姿勢で一貫しているように見えた。

たとえば、司会者で同性愛者のホン・ソクチョンが、自分は男性が好きなだけで女性になりたいわけではないと、誤解されがちなMtFトランスジェンダーとゲイの違いについてさらっと説明すると、シン・ドンヨプが「誤解はよく知らないところから始まる。年配の方などは慣れていないから不快に思ったり受け入れるのが難しい部分もあるかもしれないが、正しく知ることが大事。だからこうした話をたくさん聞かせてほしい」と出演者に投げる。

するとある出演者が、「男が好きなのはホン・ソクチョンさんと同じだけど、それはただ生まれたときから女だったから。トランスジェンダーになりたくて手術したのではなく女になりたくて手術をした。恋愛対象が男性で男性の姿のままのホン・ソクチョンさんのような方とはそこが違う」と応じる。

やはり、「なぜうちの息子だけが、うちの娘だけが、何が足りなくて……と嘆いて、説教したり治療すれば『治る』と思う親御さんが少なくないが、そうではない。もともと自然な性向なのだ。強制しても子どもが不幸になるだけ」といった話を随時はさむなど、セクシュアル・マイノリティ当事者であるホン・ソクチョンが司会陣にいることが効いている。

さらにある出演者が「女として生きようと思ったとき、ハリスさんのようになりたくてもなれない、トランスジェンダーはみな美人じゃないといけないのかと悩んだ。でも、女の人の中にもきれいな人もいれば普通の人もいるし、太った人もいる。私はただの太った女でいいんだと思えるようになった」と語り、MtFトランスジェンダーへの視線はもちろん、当事者の中にもある「女性の美」についての固定観念に異議をとなえる場面や、この番組自体が「韓国初のトランスジェンダー・トークショー」と銘打ちつつも、出演者がMtFばかりであることへの配慮でもあろう、シン・ドンヨプが、1991年に韓国で初の女性から男性への性別適合手術が行われて以降、MtFとFtM (*2)の比率がほぼ同等になったという事実を紹介しながらFtMについての話題をふって、トランスジェンダーといえばMtFばかりだと思われがちな誤解を解こうとする場面など、バラエティの枠内での努力がうかがえる場面は少なくなかった。

トーク終了後、番組の最後は、民主統合党のチン・ソンミ国会議員(民主社会のための弁護士の会女性人権委員会委員長)が、セクシュアル・マイノリティのおかれた状況について理解、共有する出発点となって社会に変化をもたらすことに期待を寄せつつ、番組の門出を祝うメッセージVTRだった。

(*2)身体を基準に付与された生物学的な性別が女性で、性自認(ジェンダー・アイデンティティ)が男性

保守団体から抗議が殺到

番組内容についての芸能メディアの反応はおおむね好評だったようだが、「抗議」の声は放送後もやまなかった。

報道によると、「真の教育母親全国集会」「国を愛する学父母会」「正しい教育教授連合」「ESTHER祈祷運動」などの237の保守的な教育者・市民・宗教団体は「トランスジェンダー・性転換者を喧伝するKBS反対国民連合」を結成。「同性愛者のホン・ソクチョン氏を司会に据えトランスジェンダーを大挙出演させ男女の心理を扱うのは、青少年の性的アイデンティティに混乱を与える」「トランスジェンダーと同性愛がメディアを通じて青少年に拡散されたら社会問題を引き起こす」として、放送前から繰り返し放送中止を要求してきた。

3日には有力日刊紙に全面広告を出し、放送当日の6日には、KBS本社正門前とKBS Joy正門前で記者会見を行い、(1)KBS視聴料納付拒否運動(2)KBS視聴拒否運動(3)KBSキム・インギュ社長、KBS Joyキム・ヨングク社長の退陣要求運動――を内容とする「1千万学父母・教育者・国民署名運動」を展開すると明らかにした。第2回目の放送を翌日に控えた13日にも再びKBSとKBS Nの前で反対集会と記者会見を開いた。

この団体の主張は、ある会員のものとして報じられた次のような発言に集約されているだろう。

「最近、社会で頻繁に起きている幼児性暴行などの犯罪は、性的な刺激につねにさらされている人々を中心に引き起こされている。国民情緒を純化し、明るい社会を作ることに貢献すべき公共放送が、倫理道徳的に正しい基準を提示できず、20人の性転換者と同性愛者ホン・ソクチョン氏を国民的司会者シン・ドンヨプ氏とともに出演させ、『非正常的な性的状況』を放送メディア上で美化するのは、児童生徒たちの正しい性意識を歪ませるだけでなく、子どもたちの将来に致命的な悪影響と一生の不幸をもたらしかねない」。

こうした主張の是非についてここで説明する必要はないだろう。日本で暮らす私たちにも見慣れた、世界中のどこにでもよくあるような、非科学的で偏見に満ちた思い込みだ。

こうした向きにとっては、傘下のケーブル局とはいえ同番組が公共放送であるKBS系列であったこと、また子どもに人気のあるファミリー向け番組にも多数出演している国民的司会者シン・ドンヨプが司会を引き受けたことも気に入らなかったらしい。同局の掲示板はもちろん、彼が出演する他局の掲示板にまで抗議の声が飛び火している(同時に、それをいさめる声も投稿されているのだが)。

もしかすると、このように一部の保守的な団体が騒ぐというのは制作側にとっても想定内だったかもしれないが、こうした「公の抗議の声」は、韓国社会にいまだ根強いホモフォビア、トランスフォビア、セクシュアル・マイノリティに対する差別意識を後押しした。局の掲示板には番組出演者に対する脅迫まがいのヘイトスピーチがあふれ、局には非難のメールや電話が殺到したという。

韓国社会の現状を憂える声

結局2回目の放送を翌日に控えた13日になり、同番組を放送したKBS Joyを運営するKBS Nが公式サイトを通じ、「6日に初放送されたKBS Joyの自社制作番組、『XY彼女』に対する視聴者の皆様の意見を受け入れ、しばらくの間、放送を保留することが決まりました。視聴者の皆様の愛情のこもる関心と助言に感謝いたします」と公示を出した。毎週木曜深夜の予定で始まり4回分まで収録を終えていたが、10月1日現在、番組は再開されておらず、今後についての公式なコメントはない。報道によるとKBS Nの関係者は「視聴者の反発を考慮した決定」で、「放送再開の時期は決まっていない」と説明したという。

この決定に対し抗議している団体はなおも、保留ではなく番組の完全な打ち切りを求めているが、放送を見た視聴者からは、中止を惜しんだり、中止すべきではなかったとの声も上がっている。局の視聴者掲示板への書き込みも打ち切り要求と放送再開要求で二分されているが、当初より、日を追うごとに応援のメッセージが増えているように見える。

こうした中、番組にも出演していたチン・ソンミ議員をはじめ最大野党である民主統合党の国会議員7人は14日、KBS Joyの放送保留決定を糾弾する声明を発表した。声明は、「放送法によって保障された放送の多様性保障と少数者に対する差別禁止に反し、普遍的人権を守るべき公共放送としての責務を放棄したもの」と指摘、「不当な放送保留決定を取り消し、勇気を出して番組に出演したトランスジェンダーの出演者たちとセクシュアル・マイノリティの視聴者たちに謝罪せよ」と主張した。

議員らの意見は、「トランスジェンダーや同性愛者が精神病や非正常ではないということは、医学的、社会学的に常識化された主張である。現代ではむしろセクシュアル・マイノリティに対する極端なヘイト(憎悪)が社会的に危険なものとみなされている。

またメディアを通じた性的アイデンティティに関する情報の取得は、セクシュアル・マイノリティの青少年にとっては自身のアイデンティティを受け入れ、安定した生活をしていくうえでの一助となり、異性愛者にとっても社会的な多様性を学ぶ機会を提供する」というものであり、「『XY彼女』の放送保留決定は、私たちの社会の多様性と人権を保障すべき公営放送としての責務の放棄に他ならない。一部の極端な反対世論だけで放送を中止するのならば、人権に対する苦悩もなくただネタだけのためにトランスジェンダーの勇気を利用したのだと自ら認めることになる。『XY彼女』を企画した本来の勇気を最後まで通し、社会的偏見より普遍的人権を追求する放送になってくれるよう願う」と要望した(NEWSis 9月14日付)。

また同性愛者の団体「ゲイ有権者パーティ」は25日、「保守団体の殺気立った脅迫に放送出演者たちが恐怖を感じている」として、「今週中にソウル地方警察庁に放送に出演したトランスジェンダー10余人に対する身辺保護を要請する」と明らかにした。

先の民主統合党議員の放送中止糾弾声明に対する回答でKBS Nは、「日刊紙に全面広告を掲載するほどに資金力と組織力を持つ団体であり、今後も抗議の度合いを強めてくる可能性が高い」とし、「番組の司会者、出演者を保護するため、放送の保留という困難な決断を下した」と説明したが、実際に一部の保守団体関係者がKBSに電話をかけ「番組の司会を務めるシン・ドンヨプを(業界から)抹殺する」という脅迫をかけているとも伝えられている。「ゲイ有権者パーティ」のイ・インソプ事務局長は「韓国が人権先進国になるためには、今回の保守団体に見られるような反人権的、差別的な社会的雰囲気を改善しなくてはならない」と述べた(聯合ニュース 9月25日付)。

映画監督で、2006年に自身が同性愛者であることをカミングアウトしているキム・ジョ・グァンスさんは13日、ツイッターに「KBS Joyで放送された『XY彼女』が、名ばかりは教育がどうのこうのというホモフォビア団体の圧力で中止に追い込まれたという。『トランスジェンダーを喧伝する…』だなんて、彼らはいまだLGBTを病気扱いしている様子。怒りレベル上昇中」と書き込み怒りをあらわにした。

また実際に番組に出演していたMtFトランスジェンダーのポポさんは14日、自身のブログで保守団体の主張について次のように反論した。

「私たちは生まれつきこのようなジェンダー・アイデンティティを持って生まれてきました。お宅のお子さんが異性愛者の指向を持って生まれたり、例えばもろもろの生まれつきの障害があるように、私はそのように生まれたのです。私たちはお宅のお子さんたちに私たちを特別視したり、好きになってくれるよう望んでいるわけではありません。ただ、私の個人的な考えですが、私が小さかった頃、うちの両親は、貧しかったり、かわいそうな境遇にあったり、障害があったりする友達を、苦しめたり傷つけてはいけない、あたたかく接してあげるようと、そう教えられてきました。私は両親の教えに従って、学校で様々な友達と分け隔てなく仲良くするように、そう努めてきました。お宅ではどのような教育をしているのでしょうか…」

「こんな文章を書きながら胸が痛むし、トランスジェンダーを悪く言う方々が憎らしいです。泣きながら書いているので何を書いているのかよくわからなくなっていますが、『XY彼女』が放送されたとき、私は本当にうれしかった。社会でごく少数の人々も認められる日が来たのだと思って、うきうきして、うれしい日でした。でも、本当に悲しいです…」

彼女のみならず、番組出演者らの気持ちを思うと胸が痛む。こうした当事者だけでなく、ネットニュースのコラムや個人のブログ等でも、番組に好意的で、中止を惜しみ、偏見が根強い韓国社会の現状を憂える声が多く見られている。

過去の類似騒動

『XY彼女』の司会も務めたタレント・俳優のホン・ソクチョンが同性愛者であることをカミングアウトしてから12年、トランスジェンダーのタレント・歌手のハリスは今年デビュー11周年を迎えたが、その道のりは決して平たんじゃなかった。とくに、それまでシットコム や子ども番組の司会などで人気だったホン・ソクチョンは番組でのカミングアウト後、すべてのテレビ番組を降板する憂き目にあった。

それからしばらくはテレビの仕事を失ったが、3年後にテレビドラマで復帰、現在はミュージカル等で活躍しながらセクシュアル・マイノリティの人権団体の活動や講演なども行い、テレビのトーク番組等でも積極的に啓蒙に努めている。

『XY彼女』の放送開始前にはメディアに対し、「私がカミングアウトをして騒動になってから12年後の今、私を見て、同性愛者に対する視線が以前より柔らかいものになったと感じるのならば、(トランスジェンダーをはじめセクシュアル・マイノリティの)話に耳を傾ける余裕が社会に生まれたということではないだろうか。リラックスしたショーになるだろう。憂慮すべき要素はないと思う」と語っていたのだが(イーデイリー スターin 9月4日付)、放送中止になった今、その胸中はいかばかりだろうか。

昨年放送された、主人公がレズビアンという設定のKBS 2TVのドラマスペシャル『クラブビリティスの娘たち』は、放送後、やはり反発する一部の強い声に押されてネット上のオンデマンド放送が取り消された。また男性同士の同性愛を取り上げ名作と名高いSBSの連続ドラマ『人生は美しい』(2010年)に対しては、放送中止を求める団体の抗議活動が放送後1年以上も続いたという。

『人生は美しい』のチーフ・プロデューサーだったキム・ヨンソプSBSドラマ特別企画総括局長は今回の事態を受け、「『人生は美しい』がマイノリティに対する人々の視線を多少なりとも改善するうえで役割を果たせたと自負はしているが、当時においても反感は強かった。若い世代の思考は大きく変化しているが、既存の40~50代の思考は簡単に変わらない。正しい価値ならば大衆の情緒より放送が一歩先に進むことができると考えてはいるが、最近は全般的な社会の雰囲気として保守的な傾向が強まっているように思う」と語った。

また『XY彼女』のイム・ヨンヒョンプロデューサーは、「これまで、トランスジェンダーや同性愛者にスポットを当てた番組はマイノリティの特異性と笑いという要素からアプローチしていた側面が大きかったが、今回、私たちは一般人と同じ位置において見ようとした。それによって一部の視聴者の拒否感がより強くなったようだ」(以上、PDジャーナル 9月18日付)、「今回のような反発は、私たちの社会の閉鎖的で排他的な面を示しているだろう」(聯合ニュース9月23日付)などと述べている。

変革への意志、支持する世論

日韓のセクシュアル・マイノリティの現状全般について比較するのは筆者の手に余るので、参考までに関連する一事例だけに触れておこう。

日本では2004年に性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律が施行され、性同一性障害者のうち特定の要件を満たす者については、家庭裁判所の審判により法令上および戸籍上の性別を変更できるようになった。

一方の韓国では、それまで各裁判部で判断基準が異なっていたが(前述したタレントのハリスは2002年に、韓国で初めて仁川地裁が性別変更を認めた)、2006年に最高裁判所がトランスジェンダーの戸籍変更を認める決定を下した。

決定文は「性の概念は生物学的要素と社会・心理学的要素をともに考慮しなければならない」とし、「外観だけでなく、社会的領域で反対の性で活動するトランスジェンダーの場合、人間らしい生活をする権利を認められなければならない」と明らかにした。こうして最高裁が判例を作った意義、インパクトは大きかったが、たった6年前のことでもある。それも儒教の影響が強く、性的な面においてもとより日本以上に保守的な韓国社会において、だ。

政治性や社会性を商業性とうまく融合させることで、世界に通じるわかりやすいエンターテインメント性を獲得するとともに社会を変えうる訴求力を持つ作品作りは、80年代の民主化闘争に参加した学生運動世代が作り手として台頭し、世界で頭角を現すようになった2000年代以降の韓国映画のひとつの特徴でもある。例えば最近では、聾学校で実際に起きた性的暴行事件をもとにした映画『トガニ』(2011年、現在日本公開中)が、事件の再捜査だけでなく「トガニ法」と呼ばれる子どもや障がい者への性暴力の時効廃止と厳罰化をはかる法改正をうながした。

こうした姿勢は、報道番組はもちろん、ドラマやバラエティなどテレビのエンターテインメント番組にも共通する。日本で話題になることはそう多くないが光州事件を真正面から描いた『砂時計』(1995年、SBS)など社会派のドラマは少なくない。「ポリティカル・コレクトネス」を正面に掲げ、メディアが社会変革に果たせる役割を(いまだ)信じ、それを実践しようとする気持ちが作り手側の根底にあるのだろう。前述した『人生は美しい』や『XY彼女』のプロデューサーの言葉にもそうした思いはにじむ。

今回の反発や抗議活動にも見られたように変化が急速であるゆえだろうか社会の抵抗も根強いが、変革への意思や支持する世論も今のところそれに負けずに強いように見える。今回の件の経緯を見守りつつ、まだまだ困難や挫折もあるだろうが、今後もエンターテインメントにおいてこのようなチャレンジが続くことに期待したい。

 

プロフィール

韓東賢社会学

日本映画大学准教授。専攻は社会学。テーマは在日外国人問題、とくに在日朝鮮人のナショナリズムや文化など。1968年東京生まれ。朝鮮大学校卒業後、朝鮮新報記者を経て東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。著書に『チマ・チョゴリ制服の民族誌(エスノグラフィー)―その誕生と朝鮮学校の女性たち』(双風舎,2006.*現在はPitch Communicationsから電子版発売中)、『平成史【増補新版】』(共著,河出書房新社,2014)など。

この執筆者の記事