2015.03.05

中国の中東戦略

三船恵美 中国の外交・国際関係

国際 #中国#中東

はじめに

従来、中国の中東地域への関心は、もっぱらエネルギー資源の調達、貿易・インフラ整備、労働市場などについてであった。しかし、現在の中国は安全保障、外交、金融など、より広い領域における中東諸国との協力関係を発展させ、中東地域でより重要な役割を果たそうとしている。本報告では、まず、習近平体制下の中国外交における中東の位置付けを述べ、続いて、中国にとって拡大している対中東関係における利益について論じる。

習近平体制下の中国外交にとっての中東

1.「新シルクロード」構想における「重要な協力パートナー」としての中東

2014 年 6 月 5 日、「中国-アラブ諸国協力フォーラム(China-arab States CooperationForum)」第6回閣僚級会議において、中東は、「新シルクロード(一帯一路、one belt, oneroad)」構想における「重要な協力パートナー」として位置付けられた。「新シルクロード」構想とは、2013 年に習近平・国家主席が提唱した地域協力構想で、「シルクロード経済ベルト(中国~南アジア~ユーラシア~西アジア~欧州)」と「21 世紀の海上シルクロード(中国~ASEAN~インド洋~中東・アフリカ)」の 2 つを統合させた構想である。これら2 つの「新シルクロード(一帯一路)」構想は、習近平体制下の中国において、「新たな対外発展戦略」の国家戦略として位置付けられている。

2.エネルギーを主軸、インフラ・貿易を両翼、3 大ハイテク分野を「突破口」

同会議において、中国の王毅外交部長は、中国と中東の双方が「一帯一路」を共に築くことを今後 10 年の関係発展の基本的柱とすることを強調し、中国と中東諸国が「一帯一路」を共に構築するための「1+2+3協力枠組み」を提唱した。「1+2+3協力枠組み」とは、(1) エネルギー協力を主軸とし、(2)インフラ整備、貿易と投資の円滑化を両翼とし、(3)原子力、宇宙開発、新エネルギーの 3 大ハイテク分野を「突破口」にするという枠組みである。従来の(1)と(2)の領域に加え、(3)の 3 大ハイテク分野にまで関係拡大をねらっている。これにともない、「中国・アラブ技術移転センター」の設立が検討されている。

国内で原発増設が続く中国には、原発輸出国を目指し、中東との原子力協力を強化したい、というねらいがある。中国はイギリスのヒンクリーポイント原発に出資・運営に参入するなど、外資との提携を進めている。2014 年 6 月の「中国・アラブ諸国協力フォーラム」で原子力協力に合意しており、中東地域への原発輸出の意欲がうかがえる。また、宇宙開発などをめぐっては、宇宙庁を設立したUAEとどのような関係を築くのかが注目される。 「一帯一路」は 2016 年までの「戦略動員期」、2021 年までの「戦略計画期」、2049 年までの「戦略実施期」の 3 段階戦略で進められる。つまり、習近平が引退する 2022 年の前年に向けて、戦略計画が策定され、中東との関係発展をさせようとしているのである。

中東における中国の利益拡大

中国が従来よりも中東政策をより重視するようになった要因として、中東における中国の利益が拡大している以下 5 点を挙げる。

1.中東からのエネルギー供給安定と貿易・投資の拡大

2013 年にアメリカを抜いて世界最大の原油輸入国となった中国は、中東からの原油輸入額で、2009 年に既にアメリカを抜いて一位になっていた。中国にとって、中東からのエネルギー資源の供給安定と輸送安全の確保は、国家発展のために益々重要な国策となっている。中国によるシェールガス開発が注目されながらも、地質などの条件で課題を抱えているため、本格的なシェール開発には困難が予想されている。そのようななか、現在、中国の石油の対外依存度は 6 割にのぼる。2004 年から 2013 年にかけて、中東から中国への原油輸入は平均して年間 12%以上増加し、現在のペースでいけば、中国は 2030 年までに年間 8 億トンの石油を消費し、石油の 75%を輸入することになる、と言われている。

貿易をめぐっては、湾岸協力会議(GCC)との自由貿易協定(FTA)の交渉を加速し、早期調印を果たそうとしている。中国から中東への投資については、インフラ建設投資の重要な市場となっている。また、米欧日主導のブレトンウッズ体制へ挑戦する中国には、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)へ中東の産油諸国からの参加を促進し、オイル・マネーの投資を呼び込みたいという期待がある。

2.中東における「新介入主義」への抵抗

中国外交の基本理念の 1 つは「内政不干渉主義」である。中東諸国に対する欧米諸国からの介入を容認すれば、台湾問題・新疆問題・チベット問題への介入の前例を作ることになる。したがって、中国はイラン、イラク、リビアなどに対する米欧諸国からの「新介入主義」へ批判的な立場をとり、断固として反対するのである。

ただし、本節4で挙げる ISIS に対する有志連合参加は、新疆ウイグル自治区におけるテロと密接な関係があるため、例外である。その点は、本節4を参照されたい。

3.中東問題の交渉の場を利用した大国間協調

米露 EU の「3 強」が主導する中東政治の秩序構築に対して、中国は、国連安全保障理事会常任理事国の「5 大国(P5)」として加わり、中東をめぐる大国間協調の政治プロセスに積極的に参画していきたいと考えている。米露 EU 中国の「4 強」が主要なパワーとなり、共同で中東地域の地政学的変化を牽引していこうというねらいがある。

その主な背景は、以下 2 点である。第 1 に、欧米で台頭しているパワー・シフト論と中国脅威論に対して、実務的協力を通じて、アメリカの「アジア回帰」政策(pivot/リバランス政策)における中国牽制への緩和を図りたいという中国のねらいである。第 2 に、「世界の大国」としての中国外交の地位や威信を向上させたいというねらいである。それらの国々へ欧米諸国のみが介入することに批判的である中国には、欧米と中東の主要国・機構による多国間交渉に「P5 としての中国」が参加することが、中国に「グローバルな大国」としての外交交渉参加の機会を与えることになるという認識がある。

4.テロ勢力の波及防止:「イスラーム国」と新疆

中国中央は、イスラーム過激派武装組織の「イスラーム国(ISIS)」を始めとするイスラーム系過激派勢力と中国新疆ウイグル自治区の分離独立勢力との関係、そして、それによる中国国内への影響に強い危惧を抱いている。「内政不干渉主義」を掲げてきた中国ではあるが、新疆の分離独立勢力にテロ訓練を行っていると言われている ISIS からの攻撃へ対抗するために、アメリカと中東諸国などとの国際的な協力を必要としている。

中国政府は、2014 年 9 月 10 日、アメリカのシリア空爆声明を支持した。これは、アメリカが ISIS に対する有志連合への参加を中国に要請したことをアメリカ政府高官が明らかにした翌日のことである。中国の呉思科・中東問題特使は 2014 年 7 月の記者会見で、ウイグル族の過激派がシリアで軍事訓練を受け、イラクでの戦闘に参加している、と指摘していた。近年、中国当局は、新疆ウイグル自治区における暴力事件を「国際テロ組織の仕業」と主張し続けてきた。『鳳凰週刊』は、2014 年 8 月、ISIS が数年後に新疆を占領する計画を立てており、中国を「復讐相手」の首位に位置づけている、と報道した。

有志連合に「協力」する背景には、イスラームのテロ勢力が新疆へ及ぼす影響の波及防止というねらいと同時に、「中国もイスラーム過激派やテロの被害国」であると強調することで、中国の少数民族政策に国際社会から同情を得ようというねらいもうかがえる。

5.「責任ある大国」としての役割

経済領域において目覚ましく台頭している中国は、「責任ある大国の役割」を世界政治で担おうとせず、また担っておらず、外交や安全保障の領域においては、グローバル・パワーとして台頭していると言えない。中東政治が大きく変化しても、中東問題で中国は影響力をほとんど行使できないでいる。中国の人民解放軍には遠く離れた中東地域で軍事影響力を発揮する能力がまだない。外交的にも軍事的にも、中東政治をめぐり「大国としての役割」を果たせない中国であるが、「従来よりも大きな役割」も担おうとしている。シリアの化学兵器問題では、2013 年、中国はロシア・デンマーク・ノルウェーとともに 4 カ国合同の軍艦によるシリア化学兵器海上輸送の護衛活動を展開した。また、同年 12 月には、中東和平に関する「4 者協議(Middle East Quartet:露+EU+米+UN)」へ中国も参加したいという意向を、中国外交部がアメリカ政府へ伝えた。

その背景には、中東政治への関与を増やしていくことで、「新植民地主義」のマイナス・イメージを緩和し、中国が国際的な安全秩序を構築するために努力しているという「外交宣伝」の意味がある。また、イラン核問題に関する「6+1 会議(P5+ドイツ+イラン)」などに P5 として参加することで、アジアにおけるアメリカの同盟国・友好国と対立する中国が、アメリカと協調外交関係を模索する機会を増やそうとうしているのである。

おわりに

以上分析してきたように、中東地域における中国の利益は、(1) 経済・社会の持続可能な発展、(2)国家主権、(3)国家の安全、(4)領土の完全性、(5)国家統一、(6)中国の国家政治制度と社会大局の安定、という中国にとって極めて重要な領域で拡大している。したがって、中国は中東への関与を、中国・中東間の相互の地域関係や二国間関係、そして大国間関係の多方向から益々深めていくことになるであろう。

■本記事は日本国際問題研究所「グローバル戦略課題としての中東―2030 年の見通しと対応」からの転載です。

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プロフィール

三船恵美中国の外交・国際関係

駒澤大学法学部教授。専門は中国の外交・国際関係。早稲田大学第一文学部卒。Boston University(MA in International Relations)。博士(政治学、学習院大学)。日本学術振興会特別研究員(DC2)、中部大学専任講師、同助教授、駒澤大学准教授などを経て現職。

主な共編著に、天児慧・三船恵美編『膨張する中国の対外関係』頸草書房、2010年。Srikanth Kondapalli and Emi Mifune (eds.), China and its Neighbors, New Delhi, Pentagon Press, 2010 がある。主な論文に、’Japan’s policy toward China’, Takashi Inoguchi and G. John Ikenberry (eds.), The Troubled Triangle: Economic and Security Concerns for United States, Japan and China, NY: Macmillan, May 2013. 「中国から見たインドと日印関係」日印協会『現代インド・フォーラム』2014年春季号 №21(2014年4月)、「ウクライナ危機で“政治的解決”をもとめる中国」『外交』25号(2014年5月)など。単著『基礎から学ぶ国際関係論』泉文堂、2013年。近年、中国研究所『中国年鑑』で対ヨーロッパ外交、アジア経済研究所『アジア動向年報』で香港特別行政区を執筆担当している。

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