2016.03.18

「アジア・ヨーロッパ関係史」という視座【PR】

細谷雄一 外交史

国際

慶應義塾大学の細谷です。今日は、他の先生方とは違った視点で東アジアの国際関係を考えたいと思います。

新潟県立大学が新しく大学院を創られたということで、新潟県という場所で国際関係を考える方が増えるのはたいへん嬉しいことです。いま世界は流動化しています。また、これまでわれわれ日本人は、国際政治をある意味ではあまり真剣に考えなくてもよい時代におりましたが、それが変わりつつあります。

冷戦時代、国際政治は非常に静的で固定的なものでした。つまり世界は東西対立の中で分断されており、日本が何かしても、あるいは何もしなくても、この状況に大きな変化が起きる可能性は少なかったんですね。しかし現在、毎年のように情勢が変わっています。「イスラム国」の問題をめぐってシリアは大変な状況になっています。そして多くの難民が国外に出ており、ヨーロッパでは大きな問題になっています。

日本は今年、伊勢志摩サミットを主催します。議長国として難民問題にどのように取り組むのか。また7月は国連安保理の議長を務める議長月でもあります。その際に北朝鮮が今回のような核実験やミサイル発射実験のような挑発的な行動を取ったとき、日本はどのような態度を取るのか。抑制的であるべきか。強い制裁を行うべきか。日本人であるわれわれ自らが世界秩序の変化を理解し、主体的に何らかの見解を示す必要があるわけですね。日本は民主主義国です。指導者や政府が出す意見に対して、われわれ一人ひとりが、選挙などで賛否を表明することになる。このように現代は、われわれ一人ひとりが国際政治を考えなくてはいけない、難しい時代になってきているのです。

写真(報告4)

「国際秩序の三類型」に当てはまらない東アジアの不安定

なぜ難しい時代になっているのでしょう。そして時代の変化の性質はどのようなものなのでしょうか。

過去200~300年にかけて国際政治の中心は大西洋、ヨーロッパが中心でした。ヨーロッパの大国がどのような行動を取るかが、そのまま世界全体の国際政治に影響を及ぼしていたんですね。冷静時代においては、アメリカとソ連という超大国が大西洋をまたいで向き合っており、弾道ミサイル、核ミサイルの抑止のもとで、安定的な体制を維持してきたわけです。

かつて大西洋、ヨーロッパは国際政治の中心でした。しかし現代は、太平洋、アジアが中心となっている。そして意図せず、好まずして、日本がその最前線に立っている。米軍の基地が日本にあります。アメリカと中国が向き合う中で、日本は緊張の一番前にいます。たとえ日米同盟を破棄したとしても、中国の活発な海洋活動のもとで日本は緊張の中に日々晒されることになります。北朝鮮も同様です。分断が続いている中で、目と鼻の先で緊張状態が続く中、日本政府は何らかのかたちでこの地域の安定をつくる努力をしなくてはいけません。

つまり、日本は否応なく現代の国際政治の最前線に立たされ、主体的に問題の本質を考えなくてはいけなくなっているんです。

それでは東アジア、太平洋でどのように平和をつくることができるのでしょうか。私は『国際秩序』という本の中で、「国際秩序の三類型」を提示しています。第一の体系は「均衡の体系」です。これは力と力が均衡することで平和がつくられる、とするものです。第二の体系が「協調の体系」。これは主要国の間で外交協議、交渉を行うことで問題を解決するという枠組みです。そして第三の体系が「共同体の体系」。その地域において共同体をつくり、その中で一体化し統合を進める、というものになります。

この「国際秩序の三類型」を手がかりに東アジアを見ていきましょう。まず東アジアでは、まだ共同体は確立していません。2002年1月に小泉首相は、シンガポールで開かれた日・ASEAN首脳会談の際に、「共に歩み共に進むコミュニティ」を構築するというかたちで、東アジア共同体をつくるためのイニシアチブを発揮しています。これを受けて2005年からはASEAN+3が中心となり、東アジアサミットを開き、東アジアの問題を協議するようになりました。当時、国際政治学者の間でも、実際の政策においても、「東アジア共同体」という言葉はしばしば使われていました。ところがその後、ご存知のとおり、この地域においては、価値観、認識の違い、歴史問題をめぐる対立・摩擦というかたちで、過去10年を超えて緊張が高まっているのが現状です。東アジアにおいて共同体をつくるのがいかに難しいのかをこのことが示しています。

では「協調の体系」はどうか。そもそも日中、日韓関係ですら首脳会談さえ開けない状況が続いていました。そしてASEAN、東アジアサミットで南シナ海の問題を協議することを、中国は「これは二国間で解決する問題であり、多国間で協議するものではない」として拒絶し続けています。このような中で、東アジアにおける様々な問題を外交交渉で解決することは困難でしょう。

残されたのは「均衡の体系」しかありません。ところがこの地域ではかつてないほど勢力均衡の巨大な変化が起きています。簡単に申し上げますと、中国の国防費は過去26年間で約40倍、過去10年間で約4倍となっています。日本はアメリカと戦争する際に、軍事費を対米7割にするか6割にするかを大きな問題としていました。6割か7割かでも大きな違いなのに、今では中国の国防費は実質的に日本の4~5倍となっていて、圧倒的な差が開きつつあるわけです。戦前の日本とアメリカの軍事バランスと比べても、巨大な格差が日本と中国の間に生まれつつあります。いかに大きなパワーバランスの変化だということがご理解いただけるかと思います。

つまりこの地域においては、「共同体」もつくれず、「協調」の体制も整わず、さらに勢力均衡も崩壊しています。ヨーロッパと比べてみてください。ヨーロッパはEUというかたちで地域の統合が進みました。欧州審議会などで多国間協議の場を設けています。NATOとロシアの軍事力が勢力均衡を維持してきました。いかに東アジアが不安定な状態にあるのか、いかに平和をつくるのが難しいか、ということがおわかりいただけるでしょう。そして、先ほどお話したように、日本はこの不安定さにどのように対応するのかという大きな問いが突きつけられています。

東アジアを不安定化させている3つの理由

いまの東アジアの不安定化の源泉は、大きく分けて3つあります。

1つ目は、いま申し上げたとおり、パワーバランスの変化が起きていること。私は外交史を専門としていますが、歴史上、急激なパワーバランスの変化があったときに戦争が起こりやすいんですね。17、18世紀のルイ14世の時代であれば、フランスが軍事力を増強し、さらにナポレオンがフランスを軍事大国化したことで勢力均衡が壊れました。19世紀後半ですと、ドイツが急激に力を増したことで不安定な時代へと突入しています。オスマン帝国が衰退したとき、バルカン半島で力の真空ができています。さらに20世紀前半では、オーストリア=ハンガリー帝国が解体したときに巨大な力の真空ができ、それをナチスドイツのヒトラーが埋めている。第二次世界大戦後のアジアでも同様のことが言えます。アジアで起きた戦争は、国民党と共産党の内戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争ですが、すべて大日本帝国が崩壊した後に起きた力の真空によって起きています。

いまのパワーバランスの変化は、単なる中国の急激な台頭によるものではありません。アメリカが軍事費を減らし、そして日本が失われた20年で東アジア地域への影響力を弱めていることも要因となっています。

そんな不安定な時代にこの地域の国々はどうすればいいのか。外交交渉で問題を解決できない、あるいはその機会すらないのであれば、独自の軍事力に依存するしかありません。たとえば孤立した国家である北朝鮮が、よりいっそう軍事力に依存して自らのレジームを守ろうとしています。今回の核実験、ミサイル発射はその傾向のひとつなのかもしれません。一方、韓国は日本との関係を弱め、従来とは大きく異なる外交を展開し、台頭する中国に急激に接近し繁栄や安全を確保しようとしています。それぞれの国が急激な不安定化に対して、バラバラの対応をすることで、さらに不安定化を加速化させているわけですね。

不安定化の理由の2つ目は、覇権国が存在しないことです。

かつてアメリカは、東アジア地域に圧倒的な軍事力を駐留させていました。ところが、例えば日本が保有している戦闘機の数と、アメリカが保有している在日米軍およびアジアに駐在する戦闘機の数の合計よりも、中国一国が保有している戦闘機の数がいよいよ上回っています。軍事費だけでなく、軍事バランスという点でも、中国が強いという見方が出てきてしまっている。これからアメリカが改めてこの地域に力を注ぎ、覇権国の地位を取り戻すのか、それとも中国がこの地域の覇権国になるかによって、この地域の将来も変わってくるでしょう。

3つ目の理由が、「価値を共有していない」ことです。ヨーロッパでは民主主義や資本主義などの価値を共有した国が地域の安定化をはかっていますが、アジアにおいては、歴史問題、政治体制をはじめとして、それぞれの国が価値を共有していません。そのことが、地位の不安定化を著しくしているのです。

地政学の復活と、国際政治における日本の重要性

東アジアの変化の性質を考えると、新しい現象が起きていることがわかります。その特徴が、「地政学の復活」です。冷戦の時代においても、地理が重要であることがしばしば指摘されました。しかし、グローバル化が進み、インターネットなどの通信技術が発展して、人々が自由に移動し、国境が関係ない世界になったとき、地政学はもはや無効だとされていたんですね。ところが最近では、再び地政学的な視座が復活しつつあると言われています。例えば4年前にロバート・カプランが『地政学の逆襲』という本で、地政学が再び重要になっている、と書いています。

地政学が復活しているのであれば、われわれはどのように自らの戦略を規定する必要があるのでしょうか。

地政学の観点からすると、半島が重要なポイントになります。地政学では、大陸国家と海洋国家が対立し、半島で対立や戦争が起きる、という考え方があるんですね。例えば伝統的な大陸国家はロシアや中国、伝統的な海洋国家はかつてのイギリス、いまのアメリカですが、大陸国家は陸から勢力を広げようとし、海洋国家は海から勢力を広げようとするため、この膨張がぶつかる地点が半島になるわけです。かつての中東、第一次世界大戦のバルカン半島、冷戦時代の朝鮮半島、インドシナと、いずれも大陸国家と海洋国家が影響力を膨張させ、半島で衝突しています。現代では、大陸国家の中国が影響力を膨張させている中で、いま一度、朝鮮半島の重要性が高まっていると言えるのではないでしょうか。

最後に改めて日本の役割を確認しましょう。地政学が復活したことで、大陸の沿岸にある日本の地政学的な価値が高まっています。日本が何をするかによって、アジア太平洋地域の安定を大きく左右することになっている。日本がアメリカとの同盟を強化するのか。それとも日米同盟を弱め中国と接近するのか。このことが、日本だけの問題ではなく、アジア全体にも影響を及ぼすことになっている。

われわれ日本人が、どれだけ国際政治の理解の度合い、そして行動が重要となっている時代です。今日、先生方がお話された問題は、朝鮮半島、アジアだけでなく、今後の世界の行方を占う上でも極めて大きな意味になっていると私は考えています。

プロフィール

細谷雄一外交史

慶應義塾大学法学部教授。主著に『戦後史の解放I 歴史認識とは何か』(新潮選書、2015年)『戦後アジア・ヨーロッパ関係史』(慶應義塾大学出版会、2015年)など。

この執筆者の記事