2019.06.06

兵器化される情動反応――2019年インドネシア大統領選挙にみる選挙テクノロジーの影

本名純 インドネシア政治・東南アジア地域研究・比較政治学

国際 #インドネシア

直接選挙で国家リーダーを選ぶ国は少なくないが、世界でもっとも巨大な直接選挙を行う国は、アメリカでもインドでもなく、じつはインドネシアである。この国では1億9千万の有権者が直接大統領を選ぶ。世界最大の民主選挙の祭典だ。この5年に一度の大統領選挙が4月17日に実施された。その結果、現職のジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)の再選が決まった。国際社会は、文民大統領による初の長期安定政権の誕生に、祝福のエールを送った。

それには歴史的な意味がある。同国は30年以上のスハルト独裁時代(1966年〜98年)を経て民主化し、20年を迎えた。しかし民主化後に長期政権を実現したのはユドヨノ大統領時代(2004年〜2014年)だけで、それ以前はずっと短命政権だった。ただ、ユドヨノはスハルト時代のエリート軍人であり、旧体制の産物とも言える人だ。その意味で、今回のジョコウィの再選によって、現政権は2024年までの長期政権となる展望で、これは新しい時代の幕開けとなる。

ジョコウィは2005年にジャワ島中部のソロという小さい街の市長に直接選挙で選ばれ、初めて政治の世界に足を踏み入れた。いわば民主化の申し子である。その彼が今回の大統領選で再選し、初の文民長期政権を実現しようとしている。ここに歴史的な意義を見いだせよう。

しかし、その民主政治の「安定」と「質」は必ずしも一致しない。むしろ反比例することもある。今回の大統領選挙ほど、インドネシアでその問題が浮き彫りになったことはない。「世界最大の直接民主選挙の成功」と、「初の文民長期政権の誕生」という2つの「功績」の影で、民主選挙の根幹を崩しかねない問題が深刻化している。本稿はそこに注目したい。具体的にはSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)時代の選挙キャンペーンに代表される大規模なサイバー戦であり、不安や嫌悪や怒りを煽って脳の情動反応を刺激する兵器としてSNSが組織的に動員される選挙政治の実態である。

ジョコウィの選挙キャンペーンの様子(ジョコウィのフェイスブックから)

宗教アイデンティティと社会分断

インドネシアは多民族・多宗教国家だ。長年その多様性を尊重し、「多様性のなかの統一(Bhinneka Tunggal Ika)」を国是としてきた。とはいえ、宗教や民族のアイデンティティーが政治動員され、マイノリティー集団が暴力の被害にあうこともしばしばあった。それでも、アイデンティティーが政治化されるのを極力抑えようとしてきた。しかし近年、そのタガが外れる事例が増えるようになった。象徴的なのが2017年のジャカルタ州知事選挙だ。当時のアホック州知事は華人でクリスチャンで、業績評価も高かった。その彼を落選させたのが、イスラム勢力による反アホック・キャンペーンだった(詳しくはここ)。

こういうアイデンティティの政治は、インドネシアに限らず、世界各地の選挙トレンドでもある。たとえばハンガリーでオルバン首相を返り咲かせた2010年総選挙、イギリスの2016年欧州連合(EU)離脱選挙、同年のトランプ米大統領選挙、さらにはゼマン大統領の再選を決めたチェコの2018年選挙や、同年にボルソナロの勝利を決めたブラジル大統領選挙などは、アイデンティティの動員で社会分断が深刻化した例だ。2019年のインドネシア大統領選挙も、そういう国際的な文脈を無視できるものではない。

今回の大統領選は、5年前のリターンマッチとなった。つまりジョコウィとプラボウォ(野党第一党のグリンドラ党首)の一騎打ちである(詳しくはここ)。得票率でみれば、ジョコウィが55%でプラボウォが44%。これは5年前の選挙結果(53%対46%)とさほど変わらない。問題は票の割れ方である。

ジョコウィ支持とプラボウォ支持で、宗教的な亀裂がくっきり出た。前者を支持する「穏健的」なイスラムと非イスラムの人たち、後者を支持する「保守的」なイスラムの人たちという分断である。投票日の出口調査を見ても、イスラム教徒の約6割がプラボウォ支持で、非イスラムの9割以上がジョコウィ支持であった。つまりジョコウィは、非イスラムの圧倒的な支持があって今回の勝利を手にしたといえる。逆に言えば、この支持がなければ負けていた。

総選挙委員会が発表した票集計結果(赤がジョコウィで黄色がプラボウォ)

なぜ非イスラムはプラボウォを嫌うのか。それはプラボウォの選挙キャンペーンが、イスラム保守勢力の強硬路線を象徴しているからだ。イスラム保守勢力は、国家の政治や法律に、より厳格なイスラム的価値を反映させるべきで、経済政策も国民の大多数であるイスラム教徒を優遇すべきだというマジョリタリアンの意識が強い。当然、非イスラムの人たちは、この主張を脅威と考える。またイスラムでも穏健的な人たちは保守派を嫌う。多宗教の共存を脅かすべきではない――そう考える穏健イスラムの人たちが、非イスラムと一緒にジョコウィ支持で結束した。この「保守イスラム」対「穏健イスラム(プラス非イスラム)」という分断が、選挙結果に露骨に表れた。これが今までにない、今回の大統領選挙の大きな特徴である。

誹謗中傷・陰謀論の選挙戦

なぜ分断が深刻化したのか。それは選挙政治の負の産物だ。両陣営の選挙戦略に責任がある。まずプラボウォのほうから見ると、彼のセールスポイントは、スハルト時代の国軍幹部として培った「強いナショナリズムと指導力」しかない。これをどう活かすか。今こそナショナリズムを爆発させるときだと訴えないといけない。そのための陰謀論を展開する。つまり、ジョコウィ政権は、外資に頼った経済政策やインフラ開発を進めているが、これは危険だと訴える。

なぜなら、国の豊かな資源を外国に切り売りしているだけでなく、ネオリベ(新自由主義)の影響で職を失う人たちや、インフラ開発の現場で中国人労働者の大量流入で職場が奪われている地元の人たちがいるからだと説く。こういう外国勢力の手先となっているのが現政権であり、それと戦うのが愛国者プラボウォの使命だと主張する。

プラボウォのキャンペーンの様子(グリンドラ党のフェイスブックから)

この陰謀論を強化するのがイスラム保守勢力である。西欧や中国は、たんに投資するだけでなく、個人主義や同性愛や共産主義といった価値を浸透しようとしており、イスラム的価値の弱体化を狙っているとアピールする。この忍び寄る脅威に立ち向かうためにも、プラボウォの下でイスラムは結集すべきだと訴えてきた。要するに、排外的ナショナリズムと保守イスラムの陰謀論を合体させたのが、今回のプラボウォの選挙戦略だった。

逆にジョコウィ陣営も、カウンターの陰謀論を撒いてきた。プラボウォが勝ったらイスラム法が導入され、宗教的多様性は脅かされ、マイノリティーは迫害され、民主主義も危機に瀕する――こういう偽情報の拡散である。当然、この種の不安を煽るネタは、非イスラムや穏健イスラムの人たちに効果的であり、彼らはジョコウィ支持を強めていった。このように両陣営が繰り広げた誹謗中傷・陰謀論の選挙戦が、宗教的なアイデンティティーの亀裂を軸とした社会分断を深めてしまった。改めて、その責任は両陣営にあると言えよう。

SNSと脳のハッキング

こういう選挙戦略の効果を最大限に高めたのがSNSだ。5年前の大統領選挙でもSNSは利用されたが、今回の比ではない。きっかけは、2016年の米国のトランプ選挙やイギリスのEU離脱選挙で暗躍した選挙コンサル会社のケンブリッジ・アナリティカ(CA)である。

CAは、有権者の情動反応を引き出すメッセージをSNSで拡散することで投票行動を誘導する心理戦で一躍有名になった。これにインドネシアの政治エリートも飛びついた。とくに反ジョコウィ勢力はIT専門家たちにCAの手法を学ばせ、サイバー部隊を次々と準備した。選挙直前、ジョコウィの補佐官は、次のように筆者に嘆いていた。「数多くの勢力が、それぞれサイバー部隊を動かしている。彼らは同床異夢だが、狙いはひとつ。大統領の交代だ。」

実際、ジョコウィの選対本部には、SNSによる情報拡散をIPアドレスの足跡をたどってネットワーク分析のマッピングを常に行っている班があり、そのデータを見せてもらったところ、4つほどのクラスターからフェイク・ニュースや偽情報が拡散されていた。それらは、プラボウォ率いるグリンドラ党の関係者が発信するもの、イスラム保守党である福祉正義党(PKS)関係者が発信するもの、武闘派のイスラム強硬派団体であるイスラム擁護戦線(FPI)関係者が流すもの、そして越境的イスラム急進団体である解放党(HTI)関係者が拡散するものである。

各々のクラスターが、それぞれサイバー部隊を多数準備し、SNS発信のエンジンを各地に置き、ジョコウィ攻撃のメッセージを組織的・体系的にプログラミングして大量に放射してきた。国家官房のメディア対策担当補佐は、「ウクライナなどの国外にエンジンを置く場合もあり、拠点を分散化させることで摘発を困難にしている」と解説する。

このサイバー空間で、どういうメッセージが効果的に流されてきたのか。もっとも広がったのが、「ジョコウィは共産主義者であり、異教徒の操り人形であり、彼が再選したらアザーンが禁止になりLGBTも合法化される」という類のメッセージである。このネタには複数のバージョンがあり、手を変え品を変え、機関銃のごとく撃ち込まれた。こういう情報は、聞く耳を持たない人たちには効果はあまりない。しかし、保守イスラムの支持者たちにとっては、そういう情報こそが、政権が今まで隠してきた「不都合な真実」であると考える。こうして反ジョコウィ勢力の結束力を高めていった。

アザーン禁止やLGBT合法化を伝えるフェイクニュース(通信情報省の報告書より)

もちろん、こういう情報はフェイクである。しかし、何がフェイクで何が真実か。その境界に果たして意味があるのか。じつはさほど真実には価値はないのかもしれない。筆者はそのことを今回の選挙で痛感した。大事なのは自分が信じているかどうかである。イスラム保守勢力の多くの人たちは、仲間から送られてくるSNSのメッセージを信じている。そこには感情の力が大きく働いている。理性ではなく感情が政治意識を規定するのである。

とくに「キモい」「コワい」「ヤバい」という脳の情動反応を直接刺激するメッセージを大量に受容することによって、「こんな大統領は嫌だ」「怖い時代が到来する」といった嫌悪と不安が脳内をハッキングする。これを脳神経学では扁桃体のハイジャックと呼んでいる。選挙でのSNS戦略は、まさにこの効果を狙ったものである。有権者は、不安から解放されるためにも積極的にプラボウォを支持するという投票行動に誘導されていく。

もう読者は気づいていよう。このような展開は、民主選挙にとって危険信号を発している。それは、感情が支配する選挙の危うさとも言える。候補者の業績や政策、ビジョンなどの情報にもとづいて、合理的・論理的に投票行動を決めるという、我々がこれまで「常識」としてきた民主選挙のあり方が大きく問われている。

宗教や民族のアイデンティティーが前面に出て、「好きか嫌いか」という感情が投票を決定づける時代に突入しつつあるとするならば、社会分断は深刻化することはあっても緩和することはない。そのことは、他者への不信感を高め、社会的な寛容性を低下させ、マイノリティーのスケープゴート化を助長し、結果的に民主的な政治空間を圧縮させるだけだ。その意味で、選挙テクノロジーの発展は、皮肉にも民主政治を脅かす危険性をはらんでいる。

「新しい選挙戦」の未来?

ジョコウィが所属する闘争民主党の幹部は、今回の大統領選挙がサイバー戦に乗っ取られて史上もっとも醜い選挙になったと回顧する。そして将来はもっと酷くなると展望する。理由は、一部の国で模索されているバイオメトリクス技術の選挙利用であり、遠くない未来にインドネシアにも入ってくるであろうという懸念だ。

とくにコンピュータの情報処理能力の飛躍的な向上によって、顔認証がより高精度化すると、表情の変化に表れる嫌悪や不安といった情動反応をもっと正確にデータとして記録できるようになる。そうなると、いかなるメッセージが人に嫌悪感や不安を与えやすいのかについてもビックデータが集積しやすくなる。その膨大なデータをAI(人工知能)が解析し、コミュニティーごとに効果的な扇動情報を作り出し、SNSで大規模に拡散する。その効果が選挙で猛威を振るう。そういう時代が来るかもしれない。そのことに大きな懸念を抱いている。

AIによる感情認識(写真はここここ

たしかに、今回の選挙では、キャンペーンの中核にITやサイバーの専門家が大量に動員されていた。彼らは、政治に詳しいわけでも民主選挙に思い入れがあるわけでもない。その彼らが繰り広げる「新しい」選挙戦は、高度な技術の専門知識の塊で、おそらく多くの政治学者や地域研究者とは異次元のレベルで会話が成される世界である。

ここに脳神経学やバイオメトリクスといった分野が、これから重要になっていくのであれば、筆者のような伝統的な地域研究者は、ますます選挙という政治競争の重要な場面でプレゼンスが薄れていくかもしれない。そういう「不安」に扁桃体がハイジャックされないよう、地域研究の「復権」を妄想しつつ日々の勉強に励むしかない。

そんな私的なことよりも、ひるがえって日本の選挙政治は大丈夫かという心配も当然出てくる。これ以上は筆者のキャパシティーを超えるが、早かれ遅かれ、選挙テクノロジーの進化は、目に見えるかたちで日本の政治にも影響を及ぼしかねない。

今は、沖縄など、地域限定的に分断の選挙は存在するが、全国規模ではまだ起きていない。しかし、人口減少や、移民政策、福祉政策などの変化が社会亀裂を深めたとき、情動反応の政治動員が誘発されない保証はどこにもない。世界の多くの民主主義国を蝕む病理に際して、日本はいつまでフリーでいられるのか。同じアジアの一員であるインドネシアの行方を注意深く観察していくことで、心配緩和のヒントが見えてくる可能性がある。

プロフィール

本名純インドネシア政治・東南アジア地域研究・比較政治学

1967年生まれ。立命館大学国際関係学部教授。インドネシア政治・東南アジア地域研究・比較政治学。1999年、オーストラリア国立大学で博士号取得。2000年から現職。インドネシア戦略国際問題研究所客員研究員・在インドネシアJICA専門家・インドネシア大学社会政治学部連携教授などを歴任。著書に『民主化のパラドックス―インドネシアからみるアジア政治の深層』(岩波書店)、Military Politics and Democratization in Indonesia (Routledge)、『2009年インドネシアの選挙―ユドヨノ再選の背景と第2期政権の展望』(アジア経済研究所)(川村晃一との共編)などがある。

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