2020.04.02

ヨーロッパ・中国関係の変容?――COVID-19がもたらす影響

東野篤子 ヨーロッパ国際政治

国際

はじめに

ヨーロッパと中国との関係は、紆余曲折を経ながらも徐々に進展してきた。EUは中国の人権状況などを問題視しつつ、中国との経済的相互依存を深めてきた。現在中国とEUは、相互に欠くべからざる経済パートナーの地位を獲得したと言っても過言ではない。

中国は「一帯一路」や、中国と一部のヨーロッパ諸国(多くは中・東欧諸国で、EU加盟国とEU非加盟国の双方を含む)との経済協力枠組みである「17+1」を通じて【1】、ヨーロッパへの浸透を図りつつあった。しかしEUは、こうした中国との経済協力枠組みがEUの規則やルールに合致していないとして懸念を募らせ、様々な対中措置を策定してきた。こうした状況において、EUおよびEU加盟諸国の対中スタンスはしばしば混乱し、一貫性を欠くものともなってきた。5G(第5世代移動通信システム)導入に際しても、中国企業のファーウェイの製品を採用するか否かに関して、EU加盟国間での温度差が目立っていただけでなく、ファーウェイ製品の排除を強く要求する米国のトランプ政権との間でも、齟齬が目立ったことは記憶に新しい。

【1】2012年に中国と16カ国のEU加盟・非加盟諸国との間で開始された経済協力枠組み。長らく「16+1」と称されてきたが、2019年4月にギリシャの参加が決まったことにより、「17+1」と改称された。本稿では以下、時期的に「16+1」とすべき場合においても、現在の呼称である「17+1」を用いることとする。

こうした状況のなか、2020年に入り、ヨーロッパはCOVID-19(新型コロナウィルス)によるパンデミックの直撃を受けることとなる。これは、ヨーロッパと中国との関係を従来以上に複雑化することになった。本論では、まず前半部分で、主に2000年代以降のEUと中国との関係の経緯をごく簡潔に振り返る。そのなかで、EUを中心としたヨーロッパ諸国が、中国への経済的な依存を深めつつ、同時に中国への警戒を深めてきた経緯について論じる。後半部分では、COVID-19の感染拡大がヨーロッパにおいて医療崩壊などの危機をもたらしただけでなく、EUの自己イメージを大きく損なうことになったこと、そしてあたかもこの状況に乗じるように、中国の「マスク外交」がヨーロッパで顕在化しつつあることを指摘する。最後に、こうしたヨーロッパにおけるパンデミックとの闘いが、ヨーロッパと中国との関係をどのように質的に変えつつあるのかについて考察する。

EU・中国関係の展開――依存と懸念

EUと中国は、2003年に「包括的戦略的パートナーシップ」を結び、政治・経済関係の拡充に努めてきた。しかし、その後のEUにおいては、「重要な経済パートナー」であるという楽観的な対中認識と、EUの価値や規範、ルールを踏みにじる脅威であるとする認識の2つが共存していくことになる。

とりわけ2008年のリーマンショックや2010年のユーロ危機の時期において、こうした危機の直撃を受けた南欧諸国や中・東欧諸国は、経済的な対中依存を一気に強めることになった。中国は、ギリシャやスペイン、ポルトガルなど、財政問題を抱えるユーロ圏諸国から国債の買い増しを実施することを通じ、これらの国々の経済立て直しを支援した。また英国やドイツなどのEU域内の大国も、2010年代半ばまでは中国との二国間関係の強化に余念がなかった。

2016年以降、ヨーロッパと中国との関係はさらに複雑化の一途をたどる。すなわち、EUや一部の加盟国が中国に対する懸念を募らせる一方、南欧や中・東欧諸国は中国に対する依存をますます強めていくという、いわば分裂状態が進展したのである。

EUの対中懸念は、ノーベル平和賞受賞者の劉暁波の中国当局による監禁(後に死去)や、チベットやウィグルにおける人権状況の悪化、南シナ海における人工島の建設、中国を拠点とするとみられるサイバー攻撃など、複合的な要因によって深まっていった。これに加えて、2016年に国際的な耳目を集めた中国によるヨーロッパのインフラや企業の大型買収も、EUの対中懸念に拍車をかけることになった。同年4月に、中国遠洋海運集団有限会社(COSCO)がギリシャの最大の港であるピレウス港の株式の67%を取得したことや、同8月に中国の家電大手の美的集団がドイツの産業用ロボット大手メーカーのクーカ(KUKA)を買収したことなどが、その一例として挙げられるだろう。

さらにこの時期においては、中国と中・東欧諸国の経済協力枠組みである「17+1」と、その枠組みで実施される中国によるインフラ投資等が、従来のEUの規則やルール、規範を軽視するものとして、ブリュッセルから問題視されるようになる。とりわけ欧州委員会は、中・東欧諸国が「17+1」の枠組みを通じて中国からの投資を受け入れる際に、本来最優先されるべきEU単一市場における調達や投資の規則が軽視される傾向が生じてきたことや、中・東欧諸国が「身の丈」に合わない巨大投資を受けることにより、返還不能となる「債務の罠」に陥る危険性が出てきたことに対し、警戒感をあらわにするようになった。

こうして、「17+1」を通じてヨーロッパへの浸透を図る中国を「トロイの木馬」と見なすEU諸機構およびドイツなどの加盟国と、中国との経済関係構築こそが自国の経済の救済策であるとする中・東欧諸国との間で、無視できないレベルの齟齬が生じるようになってきた。これと呼応するように、EUの共通外交政策において、中国関連の案件に関する共同行動が非常にとりにくい事態も散見されるようになった。南シナ海における中国の活動に関する2016年7月の国際裁定や、中国の人権状況に対する2017年6月の国連報告書等に対し、EUが共同声明を出すことができなかったのは、まさにそうした背景によるものである。

最近のEUによる主要な対中(関連)戦略文書としては、2016年6月の「EUの新たな対中新戦略の要素」【2】や、2018年9月の「ヨーロッパ・アジアのコネクティビティ(連結性)戦略」【3】、2019年3月の「EU・中国 戦略概観」【4】などが挙げられる。いずれも、中国に対する名指し批判は避けながらも、中国がヨーロッパで展開する投資のあり方が、透明性に欠け、ルールを遵守しておらず、持続可能なものではないことを間接的に非難する内容となっている。しかし、こうした戦略文書に基づいて、EU諸国が中国に対して統一的なスタンスをとる見通しは明るくはなかった。とりわけ、対中依存を深めるギリシャやイタリア、中・東欧諸国などと、中国への期待と懸念の間で模索するドイツやフランスなどの諸国との間には、埋めがたい差異が生じていたのである。

【2】http://eeas.europa.eu/archives/docs/china/docs/joint_communication_to_the_european_parliament_and_the_council_-_elements_for_a_new_eu_strategy_on_china.pdf

【3】https://eeas.europa.eu/sites/eeas/files/joint_communication_-_connecting_europe_and_asia_-_building_blocks_for_an_eu_strategy_2018-09-19.pdf

【4】https://ec.europa.eu/commission/sites/beta-political/files/communication-eu-china-a-strategic-outlook.pdf

さらにEUは2019年9月、日本との間で「持続可能な連結性及び質の高いインフラに関する日EUパートナーシップ」【5】と題する文書を取り交わしている。これも、インド太平洋や西バルカン、アフリカ諸国などに対する中国の現在の投資手法に対し、日本とEUが連携してアンチテーゼを提示したものとして、国際社会からは受け止められていた。しかし、すでに世界全土に広がっている中国の投資を越える構想を、EUと日本が連携してヨーロッパ近隣地域に提示できるか否かは未知数であり、同パートナーシップに対する国際的な関心は現在のところ残念ながら高くはない。COVID-19の爆発的感染は、まさにこうしてEUが、中国に対するアプローチをすでに数年にわたって試行錯誤していた最中に生じたものと言える。

【5】https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000521612.pdf

パンデミックに見舞われたヨーロッパ――「万能なはずなのに機能不全」なEU?

2020年初頭以降中国の武漢でCOVID-19の感染拡大が顕在化した当初、ヨーロッパは、中国に対し支援物資を送るなどの支援措置を講じていた。しかしCOVID-19は瞬く間に世界に広がり、ヨーロッパをも直撃した。3月中旬には、ヨーロッパは中国に代わって「感染の中心地」と見なされるようになり、イタリアやスペインにおける死者数は中国のそれを上回るようになった。ヨーロッパ各国は次々と大規模封鎖や外出制限等を打ち出し、感染症拡大の食い止めに躍起となっているが、収束の気配は一向に見えない。

こうしたなか、EU加盟国間の相互扶助の精神の欠如、そしてEUの「機能不全」ぶりに対して、ヨーロッパ内部から強い批判が挙がるようになった。

イタリアは、国内での感染者数の激増を受け、マスクや呼吸器などの医療用品を支援するよう、2月以降EU諸国に要請していた。しかしドイツとフランスは3月上旬以降、マスクなどの医療用品の輸出禁止や、政府による在庫管理を決定した。一部の加盟国から「ヨーロッパの連携の精神に反する」との批判が挙がる事態を受け【6】、これらの措置は後に撤回されたものの、加盟国間の相互扶助の初動が遅れたことが強く印象づけられた。

【6】https://www.nytimes.com/2020/03/07/business/eu-exports-medical-equipment.html

その後のEUは、加盟国間の連帯を必死で取り戻そうとする。EUは3月15日にEU域外への医療用品の輸出を許可制とし、それを通じて医療用品の域内融通をよりスムーズに行う措置を講じる決定を行った。またそれと並行し、3月中旬以降は、ドイツやフランス、オーストリアなどの諸国は、イタリアやスペインに対し、マスクや防護服の提供や、重症患者の受け入れなどを実施している。しかし、支援を実施している側の加盟各国自体が、爆発的な感染拡大への対処に追われている状況であり、より過酷な状況にあるイタリアやスペインなどに対してそうした諸国が実施可能な支援の範囲や手段は、そもそも限られていたといえよう。

さらに、EU加盟国であるイタリアやスペインに対する支援ですら行き届かない状況では、EU域外のヨーロッパ諸国への支援はなおのこと後回しとならざるをえない。旧ユーゴ諸国(「西バルカン諸国」)をはじめとしたEU近隣地域は、従来EUから手厚い支援を受けてきたが、今回の感染症拡大という事態を受けたEUからの支援が期待外れなものであったとして、EUに対する失望をあからさまに口にしている。

こうした状況下において顕著となったのは、EUが危機の対処において機能不全に陥っているという批判であり、そしてそうした批判が他ならぬヨーロッパ内部から発生しているという現象である。たしかにすでに述べたとおり、EU加盟国間の相互支援も当初は遅々として進まず、EUによる対応も後手に回ったのも事実であろう。こうした状況の中、ヨーロッパ統合がCOVID-19に「敗北」したかのような言説が顕著に見られるようになった。

しかし、そもそも公衆衛生は基本的にはEUの管轄事項ではなく、その多くがEU加盟各国の権限に委ねられてきたことも忘れてはならない。EUにおいては、牛海綿状脳症(BSE)を受けて1986年に欧州食品安全機関(Food Safety Authority)が、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の大流行を受けて欧州疾病予防管理センター(European Centre for Disease Control)が、2009年に新型H1N1インフルエンザの流行を受けて、パンデミックの際におけるEU共同ワクチン調達が可能となったのである【7】。さらに、マスク呼吸器などの医療器具の共同調達制度が発表されたのは、今回のCOVOD-19危機が深まった3月19日のことである。

【7】https://twitter.com/MartinSelmayr/status/1241628423761604608

つまり、公衆衛生などの分野での権限拡大に対しては、むしろ加盟国側からブレーキをかけられ続けてきたEUが、今回のコロナ禍において突如「対処能力を発揮して然るべき」存在であると語られるようになり、それにもかかわらず加盟国からの要請に応えられない「無能な存在」であるとして非難されるという現象が、ヨーロッパ内部で顕在化している。

現在のような危機的な状況においてはとくに、どこからどこまでがEUの権限であり、加盟国の権限であるというような、冷静な整理が不可欠ではある。しかしヨーロッパ統合の歴史においては、ヨーロッパが危機に直面するたびに、その問題対処能力や管轄権をそもそも持たないEUがスケープゴートになるという現象が繰り返し見られてきたともいえる。ともあれ、以下で論じるような中国による対ヨーロッパ「マスク外交」は、こうしたいささか単純化された対EU批判とも相まって、ヨーロッパに強い印象を残すことになる。

中国の対ヨーロッパ「マスク外交」――援助を受けられるなら、相手は選ばず?

中国はイタリアやスペインなどの、感染拡大が深刻なヨーロッパ諸国に対し、医師や看護師など、医療活動に当たる支援チームを派遣している。さらに、こうした国々でもはや底をつきつつあるマスクや人工呼吸器などの医療用品も、中国から次々と運ばれる支援によってなんとかつないでいる状況にある【8】。こうした中国の支援はEU加盟国に留まらず、セルビアなどのEU加盟候補諸国や旧ソ連諸国にも広く及んでいる。ヨーロッパ諸国においてはまさに、かつてのパンダ外交ならぬ「マスク外交」が、中国によって展開されているのである。

【8】https://www.politico.eu/article/spanish-pm-calls-for-eu-marshall-plan-to-stop-the-coronavirus/?fbclid=IwAR0BOnckuZKrwQtwWjElZW58P0k7auh3oGFwi7FizpL6VxAMSZmjmVeMrnQ

なお話はやや逸れるが、米国と中国との間では、今回のCIVID-19を、それぞれ「米国ウィルス」や「中国(武漢)ウィルス」と名称をつけ合うつばぜり合いが、つい最近まで活発であった。しかし、こうした「ウィルス名称問題」は、ヨーロッパにおいては全くといっていいほど関心を呼び起こしていないことには留意しておく必要があろう。ヨーロッパ諸国としては、自国における感染爆発への対応に追われ、今回のウィルスをどのような名称にすべきかなどといった米中対立に巻き込まれる余力は全くないというのが現状なのである。

さらには、そもそものウィルスの発生源である中国からであっても、それを根拠に中国からの医療支援を受けることを躊躇したり、辞退したりする選択肢は、ヨーロッパ諸国には全くない。援助を受けられるのであれば、その援助の「出所」をえり好みしている場合ではない、というのが、ヨーロッパ諸国の偽らざる心情であろう。

こうした状況からしても、現在の中国とヨーロッパとの関係は、これまでの関係とは異なる次元に至っているように見受けられる。すなわち、上述のような「一帯一路」や「17+1」に基づく中国の対ヨーロッパ進出を歓迎してきた南欧諸国や中・東欧諸国にとって、中国との関係構築はビジネスチャンスや経済発展を主眼に置いたものだった。しかし、現在中国の「マスク外交」の対象となっている諸国にとっては、中国からの支援はヨーロッパにおけるパンデミックとの闘いの一翼を担う存在としてイメージされつつある。

すでに述べたように、すでにEU域内における医療用品の融通や共同調達などの動きは始まっており、今後EUの「生存」が中国からの支援にかかっているという事態には至っていない。さらに、中国においてCOVID-19が本当に収束したのか、中国で第二のアウトブレイクが生じないのか、それによって中国の「マスク外交」の持続性はどのような影響を受けるのかなど、不確定要素も多い。

しかし、ヨーロッパにおけるパンデミックとの闘いをめぐるイメージ戦の初段階において、EUは中国に大きく後れをとったことは事実である。このようなイメージ戦でのつまづきが、今後のEUの自己イメージを、そしてヨーロッパにおける中国のイメージを、どの程度長期的に塗り替えていくのかについては、注視しておく必要があるだろう。

このことと関連し、少なくとも中期的には、中国の民主主義や人権状況、ヨーロッパにおける中国による投資手法に対するEU(およびEU加盟国)の批判の声は、少なくとも国によっては一時的に弱まる可能性も否定できない。

パンデミックが促進するEUの「変質」?

また、EUと国際社会との関係からしても、今回の事態は重大な転換点を示しているといえそうである。EUは第二次世界大戦後のヨーロッパ統合開始直後から、まずはアフリカやカリブ諸国などの加盟国の旧植民地を皮切りに、財政的・技術的支援を展開し、地理的な支援範囲も大きく広げてきた。しかもそうした支援を実施する際には、人権状況や民主主義、法の支配などの改善といった「コンディショナリティ」を支援対象国に課し、支援と改革を両立させるという方法をとってきた。EUは圧倒的に、価値や規範に立脚して支援を「実施する」側であったのであり、支援を「受ける側」ではなかったのである。「規範パワー」や「善のための勢力」といったEUの自己認識は、こうした支援実績に根ざす部分が少なくない。そして当然のことながら、こうしたEUの支援対象には、長らく中国も含まれていたのである。

しかし今回EU諸国は、自らが支援を実施しつつ、人権の面で従来問題視してきた中国から、まさに自身のサバイバルに関わる支援を受ける立場となった。このことが示す象徴的な意味合いは決して小さくない。これは、国際社会におけるEUのありかたそのものに対する再考を促す事態とも言えるであろう。このウィルス騒ぎが中期的に収束したとして、そのときに我々の前に立ち現れるEUは、以前とは異なる姿を見せるようになっている可能性も、皆無ではないのかもしれない。(3月28日脱稿)

※本稿は、東野篤子「ヨーロッパと一帯一路 ――脅威認識・落胆・期待の共存――」『国際安全保障』第47巻第1号(2019年6月号)および東野篤子「『ヨーロッパの東』におけるEU規範 ――リベラルな秩序の変容と中国の台頭――」臼井陽一郎編『変わりゆくEU 永遠平和のプロジェクトの行方』明石書店(2020年)の2つの論考を、最新の情勢を踏まえて大幅に加筆修正したものである。また本稿は科学研究費基盤研究(C)(課題番号:15K03310)による研究成果の一部である。

プロフィール

東野篤子ヨーロッパ国際政治

筑波大学人社系国際公共政策専攻准教授。慶應義塾大学法学部卒業、慶應義塾大学大学院修士課程修了、英国バーミンガム大学政治・国際関係研究科博士課程修了(Ph.D)。OECD日本政府代表部専門調査員、広島市立大学国際学部准教授などを経て現職。専攻は国際関係論、ヨーロッパ国際政治。主な関心領域は、EUの拡大、対外関係、国際統合理論。著作に、『解体後のユーゴスラヴィア』(共著・晃洋書房、2017年)、『共振する国際政治学と地域研究』(共著・勁草書房、2018年)等、訳書に『ヨーロッパ統合の理論』(勁草書房、2010年)。

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