2014.07.22

最近の中露関係――ロシアの脱欧入亜と両国のライバリティ

廣瀬陽子 国際政治 / 旧ソ連地域研究

国際 #ウクライナ#中露関係

最近のロシアの外交というと、ウクライナ問題、そしてそれを巡るロシアと欧米の間の緊張の高まりに一番の注目が集まっている。しかし、その側面を表とすれば、その裏ではロシアと中国の関係が深化しているという現実がある。

ロシアの外交は歴史的に欧米との関係が悪化すると、アジアにその重点を移すという傾向が見られる。今回も、ウクライナ問題で欧米との関係が悪化する中、ロシアはアジアへの経済や政治関係を重視するようになったと言われ、その様子は「脱欧入亜」とも称されている。

ここ数年の両国関係の緊密化の傾向

そもそも、近年、中露関係の深化が顕著に見られるようになっている。かつて中露は、ソ連時代のいわゆる「中ソ対立」や国境問題により、関係が緊張していたが、ソ連解体からしばらく時を経て、両国は関係改善に利を見出すようになっていった。

1996年4月には、中露と中央アジア3カ国(カザフスタン、タジキスタン、キルギス)が安全保障、経済、文化など多面的な地域協力を推進するために「上海ファイブ」を結成した。2001年6月にはウズベキスタンも加わって、上海協力機構(SCO)として拡大・改組し、さらなる関係強化を続けている。

また、2004年10月14日に長らく両国間のしこりとなってきた中露国境問題が最終的に妥結し、以後、両国関係の深化が極めて顕著になっていった。特に、グローバルレベルでは政治・経済の両面で欧米に対して共闘することも目立っていき、二国間関係の進展は2010年頃にピークを迎え、2011年1月1日には両国間の石油パイプラインも開通した[*1]。

[*1] 拙稿「中ロ間の蜜月関係と両国間石油パイプラインの本格始動」を参照されたい。

特に外交では、中露は欧米に対抗する姿勢を取ってくることが多かった。旧ユーゴスラビア関連の諸問題やイラク、シリア、リビアなどをはじめとした中東情勢をめぐる問題では中露は共同路線をとって欧米に対抗してきた。

このように、中露はグローバルレベルで、特に米国の一極支配に反発し、多極的世界を目指す戦略的パートナーとしてお互いを認め合うようになった。その一方で、地域レベルや機構のレベルでは中露はライバル関係にある。特にロシアが勢力圏だと考える旧ソ連、ないしロシアが言うところの「近い外国」である中央アジアへの進出には不快感を隠さない。

近年、中国の中央アジアにおける影響力の増大は目覚ましく、パイプラインを建設し、エネルギー貿易も盛んになっている他、様々な経済関係を深化させている。また、SCOサミットでも中露の指導権争いが顕著になっているだけでなく[*2]、BRICS(旧・BRICs)会合でも同様の状況が見られるようになってきた[*3]。加えて、軍事面でもロシアは中国の慎重を警戒して共同演習はしても、武器や兵器の供与や技術供与は極力避けて来たし[*4]、近年の北極海をめぐる勢力圏争いでも中露はライバル関係にある[*5]。そして、中露間では天然ガスの価格問題の交渉も長年難航してきた。

[*2] 拙稿「中露蜜月に水を差す天然ガス問題」を参照されたい。

[*3] BRICsは経済発展が著しいブラジル、ロシア、インド、中国の頭文字を取り、投資銀行ゴールドマン・サックスのエコノミスト、ジム・オニール執筆の 2001 年 11 月 30 日の投資家向けレポート『Building Better Global Economic BRICs』で初めて用いられた。当初は完全に部外者が恣意的に名付けた枠組みであり、特にロシアは BRICs という枠組みに強く反発したものの、米国一極支配に対抗する一つの手段とすべくそれを利用することになり、2009 年 6 月 16日にエカテリンブルグで初サミットを開催した。以後サミットが定期的に開催されている。2011 年 4 月 13 日に北京でサミットに南アフリカ共和国が招待され、BRICs は BRICS に拡大し、この頃から中国のBRICSにおけるロシアに対抗する動きが目立つようになっている。

[*4] それに対し、ロシアはインドとは軍事協力を進めていることも、中国を苛立たせている。ロシアは、中国が空母開発を進める中で艦載機の着艦に不可欠な機体制動用ワイヤの販売を依頼したのだが、それすら拒否した(拙稿「プーチン返り咲き 緊張の中露と北方領土の行方」参照)。

[*5] 拙稿「北極に軍事基地復活 中国をけん制するロシア」を参照されたい。

このように中露関係はマクロなグローバルレベルでは密接だが、より小さいレベルではライバル関係にあり、相互を牽制し合うという複雑なものであった。

だが、前述のように、ウクライナ情勢を受け、ロシアが外交の主眼をアジアに向けたこと、そして中国もそれに呼応したことに伴い、最近の中露関係が顕著に深化している。以下ではそれらの動向を具体的に見ていきたい。

ウクライナ問題における中国の立場

ウクライナは2013年秋から危機的状況にあるが、2014年7月現在、その危機は3つの段階を経て展開してきた。第一の危機は2013年11月から2014年2月のヴィクトル・ヤヌコーヴィチ前大統領が失脚するまでの「ユーロマイダン[*6]」危機であり、第二の危機は2月から3月にかけて行なわれた「クリミアのロシア編入[*7]」である。そして第三の危機は、クリミアのロシア編入とほぼ同時に始まったウクライナ東部での混乱である[*8]。

[*6] ウクライナの首都キエフの中心部にある独立広場で2013年11月から翌年2月頃まで続いた反政府運動。マイダンとは広場の意。ヤヌコーヴィチ大統領がウクライナの欧州連合(EU)加盟に向けた連合協定への署名の動きを締結目前で凍結したことが直接の引き金となったが、政権への不満が募っていたことが背景にある。当初は平和的な運動だったが、次第に熱を帯び、大勢の死傷者を出す武力衝突にまで発展していった(廣瀬インタビュー「混迷極めるウクライナ「ロシア化」のドミノを恐れる欧米」などを参照されたい)。

[*7] 拙稿「ロシアによるクリミア編入:ロシアの論理と国際法」『法学教室』(2014年7月号、No.408)、pp.44-54.

[*8] 親ロシア派が市庁舎などを占拠し、独立を求める動きを進めてきた。ヤヌコーヴィチ失脚で誕生したウクライナ暫定政権は、これら親ロシア派をテロリストとして掃討し始めたため、武力衝突は更に過激となった。5月11日にはドネツクとルガンスクの東部2州が違法ながら「国家としての自立」を問う住民投票を行い、両州で約9割の賛成票が投じられたと発表された。同2州は個別の共和国独立宣言を経て「人民共和国」を自称し、5月24日には両「人民共和国」を統合して「共和国連合」を成立させる文書に署名をした。その名称は、「ノヴォロシア」(新ロシアの意)である。なお、翌25日に行われたウクライナ大統領選挙については、東部では親ロシア派の妨害行為により、投票はほとんど行われなかった(拙稿「ウクライナ・ポロシェンコ新大統領 ガス交渉決裂でも強気な姿勢」;拙稿「混乱深まるウクライナ 先鋭化する東部親露派 情勢左右するロシアの出方」;拙稿「ウクライナ問題による北方領土と尖閣への影響」;拙稿「ウクライナが見舞われる「第3の危機」」などを参照されたい)。

これらの動きを、欧米諸国は全てロシアの策略だとし、ロシアに対し、様々な制裁を課してきた。このような中で、中国は決してロシアに対して積極的な支援はしていない。たとえば、ロシアのクリミア編入に際してロシアがその根拠としたクリミアの住民投票について、国連安保理や国連総会がそれを「無効」とする決議案を問うたが、中国はそのどちらも棄権し、意思を表明することを避けた[*9]。チベット、ウイグルなど、国内に少数民族問題を抱える中国にとっては、ロシアのクリミア編入を公認することは出来ないのである。

[*9] 国連安保理決議においてはロシアの拒否権で否決され、国連総会においては100ヶ国の賛成、11ヶ国の反対、58ヶ国の棄権で採択となった。

また、中国にとって、ウクライナとの関係もまた重要であり、ロシアへの支持を明確に表明すれば、ウクライナとの関係が脅かされるのは間違いなかった。近年、中国のウクライナへの進出は目覚ましく、中国の企業が多く進出し、工場経営なども行なっている。また、中国がウクライナに対してインフラ投資をする見返りに、中国はウクライナから国土の5%(関東地方の総面積よりやや小さい規模)を農地として貸与することで合意している。また、近年ウクライナの経済と輸出に占める農業の重要性が高まっており、特に穀物輸出に力を入れてきた一方、中国のウクライナからの家畜飼料のためのトウモロコシをはじめとした穀物輸入も拡大していた。中国にとってウクライナは重要な穀物供給源となっているのである。さらに、中国はウクライナから多くの武器を輸入している。前述のように、ロシアが中国には武器供与をしない一方、旧ソ連の軍需産業の約35%を引き継いだウクライナの武器/兵器を輸入ことにより、中国は「ソ連」の軍事技術を盗むことも出来たのである。

一方で、欧米がロシアに対して制裁を課す中、中国は一貫して制裁に反対してきた。制裁は問題解決にはならず、緊張を悪化させるリスクのほうが大きく、誰の利益にもならないとして、再三にわたり反対の意を表明してきたのだ。

このように、中国の支援は決して積極的ではない。それでもロシアにとっては反対をされないことが重要であった。ロシアは中国に対して強く感謝をし、プーチン大統領は会見などの場で、繰り返し中国との強い協調関係や中国に対する謝意を述べている。そして、ロシアの世界における孤立と中露関係の関係深化が相俟って、これから述べる中露ガス協力の合意が成立したと言えるだろう。

中露ガス協力問題の妥結

プーチン大統領は5月20、21日に訪中していたが、その中で最も注目すべき出来事は、中露が5月21日に、ロシアによる中国への天然ガス供給契約に調印したことだろう。契約はロシアのガスプロム社と中国石油天然ガス集団(CNPC)との間で締結され、訪中しているプーチン大統領と中国の習近平国家主席がそれに立ち会った形だ。ここからも中露双方にとって、大変大きなプロジェクトであることは間違いないが、実はこの交渉は価格面で中露間の折り合いがつかず、10年以上にもおよぶ実に長い時間を要した経緯がある。

契約によれば、ロシアは2018年から30年間、380億㎥/年の天然ガスを中国に供給することになり、総契約額は4000億ドルを上回ると考えられている。2018年の供給までに、新規パイプラインが建設されることとなっており、それはシベリアのガス田から中国の沿岸部近辺に続くよう計画されている。

 本契約は、それまでの最大のエネルギーの輸出先であったドイツとの取引量を凌駕する、ロシアにとって歴史的にも最大量の契約となった。

ロシアからの天然ガス輸入量の多い国(2013年のデータ) 出所:RFE/RL ホームページ
ロシアからの天然ガス輸入量の多い国(2013年のデータ)
出所:RFE/RL ホームページ
ロシアの天然ガス価格(広域欧州地域・国別) 出所:RFE/RL ホームページ
ロシアの天然ガス価格(広域欧州地域・国別) 出所:RFE/RL ホームページ

だが、価格面での合意内容は明らかになっていない。これについて、プーチン大統領は、中国への供給価格は、市場価格に連動する欧州向け価格に類似した方式で設定されると説明している。報道では、ロシアは天然ガス供給を約350ドル/1000㎥で行なうことで合意したとされるが、ドイツ向け価格が平均389/1000㎥ドルだったこと、さらにロシアの税制を考慮すると、今回の合意はロシアにとって採算割れに近い内容となっている。そのため、ガスプロム社が350ドル/1000㎥以下での契約に断固反対したという一方、中国はトルクメニスタンからの輸入額321ドル/1000㎥に多少上乗せした程度の額を主張したという報道もあり、中国も大幅な譲歩をしたのは間違いない。つまり、本合意は両国の譲歩のたまものなのである。

なお、交渉では、中国がガス代金の一部を前払いし、ロシア側のインフラ建設のための費用の一部を都合するかどうかも議論となった。結局、その問題はまだ合意に至っていないが、中国が最大250億ドルのガス代を前払いする用意があるという報道も出ているし、プーチン大統領は、契約の一環として、中国がインフラ整備のために約200億ドルを支払うことになったと述べていることから、中国も協力的であることは明らかだ。そして、プーチン大統領は天然ガスの探査とパイプライン建設に550億ドル投資する計画を発表している。中国国内のパイプラインはCNPCが建設を行なう予定だ。

それでは、これまでずっと妥結しなかった価格問題が双方の妥協で折り合いがついたのは何故か。これについては様々な見方があるが、ただでさえ昨年からの経済情勢の悪化があるなか、ウクライナ危機で欧米諸国がロシアへのエネルギー依存度を下げようとし、外貨収入に更なる危機感が増していた背景にあるという見方が優勢だ。つまり、エネルギー輸出先の多角化が急務になったロシアが、中国の主張する額に歩み寄ったという見方である。

だが、逆の見方も存在する。最終決定額は中国が中央アジアのトルクメニスタンからの輸出額より相当高いというのである。つまり中国が、ロシアとの関係を重視して、価格面で譲歩したという考え方だ。

さらに、経済的にはあまりメリットがないが、双方にとって政治的なメリットが計り知れなく大きいという見方もある。

どの見方も一定の説明力があるが、双方が価格面での主張をかなり譲歩した経緯を考えれば、政治的な思惑が強く働いたことはまちがいなさそうだ。

アジア相互協力信頼醸成措置会議など新たな展開

さらに、そのプーチンの訪中にもう一つ重要な動きがあった。

5月20、21日に上海で開催されたアジア相互協力信頼醸成措置会議(CICA:Conference on Interaction and Confidence-Building Measures in Asia)の首脳会談の首脳会談で締めくくられた。CICAは日本ではあまり知られていないと思われるが、カザフスタンのナザルバエフ大統領が提唱して、1992年に創設されたロシア、中央アジア、南アジア、中東[*10]という地域の安全保障、相互協力と信頼醸成目的の首脳会議である。

[*10] 具体的な加盟国・組織はアゼルバイジャン、アフガニスタン、エジプト、インド、イラン、イスラエル、カザフスタン、中国、キルギス、モンゴル、パキスタン、ロシア、タジキスタン、トルコ、ウズベキスタン、パレスチナ自治政府。

上海協力機構(SCO)やBRICSなどの枠組みでの中露関係についてはこれまでも報じられてきたが、創設から20年以上経っているCICAが、日本で報じられることはほとんどなかった。今回、日本でもCICAでの中露関係が初めて大きく報じられ、中露関係の新たな展開だとみることも出来そうだ。

中国は2014~16年に初めてCICAの議長国を務めることとなり、今回の首脳会談には大統領など国家元首11人、首相1人、潘基文国連事務総長など国際組織幹部10人を含む、46の国と国際組織の指導者、幹部または代表が出席するという史上最大規模の会合となった。さらに加盟国の関係も強化され、特にロシアと中国の協力関係がCICAの中でもクローズアップされた事の意味は小さくないだろう。

また、7月1日にはロシアがロシアのルーブルと中国の人民元との通貨スワップ協定締結に向けての合意が近いという報道が流された。貿易の円滑化が最大の理由とされているが、欧米からの制裁で貿易などに影響が出始めている今、中国との貿易の拡大、そして米国の一極支配への共同の対抗など双方に様々なメリットが注目されている。

このように、最近の中露関係の進展は顕著であるが、他方で、両国間のライバリティは水面下で火花を散らしていると言える。今後の両国関係も、決して一筋縄にはいかず、経済的な権益の計算やウクライナ危機などの国際問題の推移などにも影響され、表面的には友好を保ちつつ、水面下では腹の探り合いをしていくのかもしれない。

プロフィール

廣瀬陽子国際政治 / 旧ソ連地域研究

1972年東京生まれ。慶應義塾大学総合政策学部教授。専門は国際政治、 コーカサスを中心とした旧ソ連地域研究。主な著作に『旧ソ連地域と紛争――石油・民族・テロをめぐる地政学』(慶應義塾大学出版会)、『コーカサス――国際関係の十字路』(集英社新書、2009年アジア太平洋賞 特別賞受賞)、『未承認国家と覇権なき世界』(NHKブックス)、『ロシアと中国 反米の戦略』(ちくま新書)など多数。

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