2010.06.26

参議院選、政党選択という視点を超えて

飯田泰之 マクロ経済学、経済政策

政治 #参議院選#政党選択

24日第22回参議院選挙が公示され、選挙戦の本番に突入。すでに各党のマニフェストに目を通したという人も多いだろう。今次の参院選マニフェスト(政策集)は、各党とも、これまでのそれに比して具体的で詳細なものになっており、政策を通じた政党選択という方向性がさらに明確化していることを感じさせる。

なぜマニフェストは似通ってくるのか?

その一方で、今次のマニフェストをみて「なぜこんなにも各党のマニフェストが似ているのだ」と感じた人も多いのではないだろうか。筆者も複数のメディア関係者から、「民主党と自民党のマニフェストがどう違うのかわからないのだがどうしたらよいか」と質問された。

二大政党システムの下では二党の政策は近接していく。これは経済地理学の古典的な定理であるホテリングモデルから導かれる教訓である。

民主党は政策をやや自民党寄りに変更することで、これまで自民党に投票されていた票の一部を奪い取ることができる。このような姿勢変更は、民主党従来の政策方針を強く支持していた層の失望にはつながるであろうが、そのような層が自民党支持にまわることはない。自民党の政策は、政策変更後の民主党のそれよりも、さらに彼らの好みとはかけ離れているであろう。

つまりは「自民党と民主党の中間くらい」の政策を望む票を取り込むことで、総得票数を伸ばすことが可能なのである。

自民党にとっても事情は同じだ。「自民党と民主党の中間くらい」の票を取り込むために、その政策はさらに民主党に近いものとなる。その結果、両党の政策姿勢は次第に近づいていき、党ごとの差異は最小化される。政党が「より多くの票が欲しい」と考えるかぎり、二大政党制下での政策提言は似通ったものにならざるを得ない。

最小差別化がもたらす経済政策上のメリット

二大政党制下での最小差別化は、選択対象となる政策バラエティーが狭くなるという、デメリットとして語られることが多い。しかし、こと経済政策に関しては、これはデメリットばかりとはいえない。

経済政策は他の政策に比べて多分に技術的である。他の事情が一定ならば自分の収入が上がって悲しむ人はいない。他の政策に比べて確度の高い基準をもっていることが、工学的な解決を可能にしてくれる。そのため経済政策には、全員が納得とまではいかなくとも、大多数にとってお得になるような方針というものがあり得るのだ。

今次のマニフェストでは、民主党・自民党はともに1%から2%のインフレ率を含む、3~4%の名目成長率を、経済政策の大目標として提示している。数字の大小はあれど、公明党、みんなの党、国民新党も同様の目標を掲げている。さらにその手段としてインフレーションターゲットを明示している党も多い。

さらに民主党マニフェストでは、財政再建の方針について超党派での協議を開始することが提言されており、先週の菅総理の、消費税率に関して自民党案をたたき台にして議論を進めたい、との言及もこれにしたがったものといえよう。

何を基準に投票先を選択すべきなのか?

ここ十年(ここ二十年!?)の選挙戦において、経済政策は第一の優先度をもつ論点でありつづけた。そのため、これまでの選挙においては、「民主党の経済政策」と「自民党の経済政策」のどちらを「選ぶ」か、という点に興味・関心が集まりがちであった。

しかしながら現在、日本が必要としている経済政策は、政治的実現可能性はさておき、理論的にはそう複雑なものではない。各党マニフェストをみるかぎり、政治家もそのことに気づきはじめているように感じられる。その結果として各党の経済政策マニフェストが似通ったものになっているのならば、最小差別化はむしろよい傾向とさえいえるだろう。

ではこのような最小差別化状態で、われわれ国民はどのような基準で投票先を選択すればよいのだろう。

経済政策を投票先選択の第一の基準にするという前提のもとでは、「政策ではなく能力にすべき」ということになるだろう。標準的な経済学の論理を理解し、先端的な政策理論をもつ専門家を活用でき、他党と協力してその実現にこぎ着けることができる党・人物……こんな基準での投票先選択を強く呼びかけたい。

推薦図書

金融政策改革を出発点とする経済政策方針は、現代の日本ではリフレ政策と総称される。そのリフレ政策が、世界標準の経済学から導かれる日本経済への処方箋であることを丁寧に説いた本。

本書の主役である浜田宏一(イェール大学教授)は言わずと知れたマクロ経済学・国際金融論の泰斗である。浜田教授が一般向けの啓蒙書を書かれるのはきわめてまれであり、それでだけでも貴重な一冊と言って良い。勝間和代氏が浜田教授に現在の日本に必要とされる経済政策を問うという形式になっており、啓蒙書に不慣れな浜田先生への若田部昌澄(早稲田大学教授)の適切なフォローが、さらに本書を読みやすいものにしている。経済政策と日本経済の行方を考える出発点として最適な本である。

同書の一部、浜田教授からかつてのゼミ生である白川方明(日本銀行総裁)に宛てた公開書簡「白川君、間違った金融政策が国民を苦しめていることを自覚してください」は東洋経済新報社のweb page(http://www.toyokeizai.net/shop/etc/legend.php)で読むことが出来る。

プロフィール

飯田泰之マクロ経済学、経済政策

1975年東京生まれ。エコノミスト、明治大学准教授。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書は『経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン)、『ゼミナール 経済政策入門』(共著、日本経済新聞社)、『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『ダメな議論』(ちくま新書)、『ゼロから学ぶ経済政策』(角川Oneテーマ21)、『脱貧困の経済学』(共著、ちくま文庫)など多数。

この執筆者の記事