2016.04.18

「♯保育園落ちたの私だ」から考える女性の活躍と少子化問題

畠山勝太 比較教育行財政 / 国際教育開発

社会 #就学前教育#保育園落ちたの私だ

「保育園落ちた日本死ね」――「はてな匿名ダイアリー」に書かれたブログが大きな反響を呼んだ。一方、このブログの存在について聞かれた安倍首相は「匿名である以上、本当であるかどうかを確かめようがない」と答弁し、「保育園落ちたの私だ」と銘打ったプラカードを持った人々が国会前に押し寄せ抗議の声を上げた。日本の就学前教育にはどのような課題があるのだろうか。国際教育開発に携わってきた畠山勝太さんにお話を伺った。(聞き手・構成/山本菜々子)

日本の就学前教育の状況は?

――「保育園落ちた」ブログが話題になりましたね。

待機児童については、かなり前から指摘されてきた問題でしたが、これほど大きな波は起こらなかった。日本では政治的な問題を話すと空気が読めない人として扱われますが、みんなでやると政治に変化をもたらすことができるのだと率直に思いました。

 

――今回のブログの内容には、二つのポイントがあったと思います。一つ目は保育園がないので仕事ができず女性活躍ができない、二つ目はこのままでは少子化になってしまう、というものです。就学前教育の拡充と、女性活躍・少子化にはどのような関係があるのか、今日はお話を伺いたいと思います。本題に入る前に、今の日本の就学前教育はどのような現状なのでしょうか。

教育への支出は、建物などの1年では終わらない支出であるキャピタルコスト(主にハード面)と、人件費など毎年発生するリカーリングコスト(主にソフト面)に分けられます。基本的に教育段階が下がるほど、リカーリングコストの割合が増えていきます。

たとえば、高等教育では大規模な実験設備が必要ですし、中等教育でもある程度の実験室が必要です。就学前教育でも設備はもちろん必要ですが、より高次の教育段階と比べるとその割合は低く、就学前教育に対する支出の多くは人件費になります。

では、日本の就学前教育の人件費にはどのような特徴があるのでしょうか。教育分野での人件費は、単純に言うと平均給与×教員一人当たり児童数で決まります。使える人件費が決まっている場合、

(1)高い賃金で優秀な人材を教職に集めるが、教員一人当たりの生徒数は大きくなる(教員の質に頼る)

(2)賃金は抑えるが、その分教員一人当たり生徒数を小さくしてきめの細かい指導を期待する(教員の量に頼る)

の二つの特徴が浮かび上がります。

ではまず、平均給与の方から見ましょう。文部科学省・平成25年度教員統計基本調査によると、小学校の教員と幼稚園の教員には月収にして11万円ほどの差があります。また、厚生労働省・平成26年度賃金構造基本統計調査によると保育士の月収はそこからさらに1万円ほど下がった21.6万円となっています。

幼児教育無償化で十分か?-就学前教育の重要性と日本の課題」でも指摘しましたが、日本は他のOECD諸国と比べても就学前教育に携わる人材の給与水準が低い国となっています。

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次に教員一人当たり児童数ですが、これも前述の記事で指摘したように、3歳以降の就学前教育段階で日本はOECD諸国の中でも突出して教員一人当たり児童数が多い国です。さらに、日本は全ての教育段階で少ない教員数で教育システムを運営している国なのですが、この流れを汲んでか政府の待機児童緊急対策で人員配置の見直しも打ち出されました。

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先ほど教育分野の人件費は二つの特徴が現れると申しましたが、日本の就学前教育はそのどちらでもなく、低い教員給与で数多くの児童をみさせる、教育支出の少ない国の典型的な人件費の構造をしています。

そもそも、子どもには投票権がなく政治力も持たないので、子どもの福祉にかかわる政府支出は、本来あるべき水準よりも過少になりがちなのですが、日本はさらに少子高齢化なので、なおさら高齢者向けに動きやすい。

本来ならば、政治家がそこを汲んでいかなければいけないのですが、とくに日本の就学前教育政策の場合は、女性の政治家が「ママの目線でやります」といったものが多い。後から述べますが、本来就学前教育政策は、経済発展や再分配政策の一環として語られなければいけません。今回の「♯保育園落ちたの私だ」によって、就学前教育政策にもっと注目が集まればいいと思います。

女性の労働参加への効果は?

――保育園の拡充は女性の労働参加にどのような効果があるのでしょうか。

保育園の整備と女性の労働参加の関係性については、放棄所得と育児コストが関連する複雑な現象なので、いくつか具体的なモデルケースを挙げて説明してみたいと思います。

「放棄所得」というのは、子どもの面倒をみるために仕事を辞めなければ得られた所得です。子どもを預けて、職場に復帰して得られる給料と考えても大きな問題はないと思います。

「育児コスト」は、保育料にいくら払うのかと考えてもいいでしょう。これは、子どもの年齢や、人数、インフォーマルケアの利用可能性、に左右されます。この「放棄所得-育児コスト」が大きければ大きいほど、女性が育児に専念することによって家計が失う金額が大きくなることを意味するので、女性の労働参加が進む可能性があります。

では4つのケースを考えてみましょう。以下では平均的な女性の時給1500円、高いスキルを持った女性の時給を2000円、保育園の保育料を一人一時間1500円、二人なら2500円(保育園の一時預かりは年齢が上がるほど価格が下がる傾向があるので、兄弟姉妹で預けた場合一人一時間×2とはならない)と仮定しています。また、議論を分かりやすくするためにパートタイム労働や短時間労働のケースを除外しています。

・モデルケース1:平均的なスキルの女性:時給1500円-保育園1時間1500円

子どもを保育園に預けて働いても、専業主婦になっても、収入は変わらない。

・モデルケース2:高いスキルを持った女性:時給2000円-保育園1時間1500円

フルタイムで働くと(一日8時間×20日)、月に8万を得られます。この月8万円を諦めてでも子どもと一日中いることに価値を見出すか否かですね。

・モデルケース3(注):高所得の女性が子ども二人:時給2000円-保育園1時間2500円

フルタイムで働くと月に-8万円。子どもを預けることで、自分の給与が全部飛んだ上に8万円支払ってでも仕事のやりがいや、キャリアの中断がない事によるスキルの高まることに価値を見出すか否かですね。

・モデルケース4:保育園に補助金を入れた場合:時給1500円-保育園一時間1000円

補助金を入れることで、ケース1がケース2へと移行することとなります。

(注)子どもの人数によって、就学前教育の拡充が母親の労働参加を促す効果が違うことについては、Givord and Marbot (2015)やNollenberger and Rodriguez-Planas (2015)などを参照

上の4つのモデルケースを見ると、女性の放棄所得がどれくらいあるのか、平均出生率がどれぐらいか、によって保育政策のインパクトが変わってくるのが分かるかと思います。

ちなみに、「日本の女子教育の課題ははっきりしている」などでも再三指摘していますが、日本の女性の賃金を上昇させるためには、女子教育を拡充させることが必要です。また、保育政策によって家計が得られる/失う金額が上下したとしても、伝統的な家族観や女性が働くことについての価値観など(注)、その地域や社会での風習の影響によって、政策効果が打ち消されることも増幅されることもあるでしょう。

(注)元々女性の労働参加率が低いところで就学前教育を拡充させると女性の労働参加が進むことについては、Berlinski and Galiani (2007)やNollenberger and Rodriguez-Planas (2015)などを参照。

――育児コストを下げれば効果はでるけれど、そもそもの放棄所得の上昇や、女性が働くことに対する社会の価値観も関わってくるのですね。

そういうことです。また、育児コストについて重要なのが、保育園に入れない場合、インフォーマルケアが利用可能かどうかです。インフォーマルケアは、保育園以外で利用できるケアだと考えてもらえば分かりやすいでしょう。

インフォーマルケアの例としてはベビーシッターや親族があげられます。ベビーシッターは日本ではあまりポピュラーではないので、親族などに見てもらうケースが大半でしょう。とくに想定できるのは、三世代同居や近くに親がいて、面倒をみてもらうパターンです。日本で三世帯同居がどのように就学前教育の拡充と女性の労働参加に対して影響を与えるか? はAsai et al (2016)で詳細に議論されているのでぜひ参照してみてください。

以下ではAsai et al (2016)の議論を受けて、インフォーマルケアといった場合親族に子どもの面倒を見てもらうことを指すものとして話を進めていきたいと思います。保育園を拡充した場合、保育園がただ単にインフォーマルケアをクラウディングアウトして、女性の労働参加につながらない可能性があります(注)。これも、4つのケースに分けて考えてみましょう。

(注)就学前教育の拡充が女性の労働参加につながらないことについては、Fitzpartick (2010)やHavnes and Mogstab (2011)などを参照。

ケース1:既にインフォーマルケアを利用して、働いていない場合

無償の保育園が活用できても、既に無償のインフォーマルケアを利用しているので、育児コストには全く変化が起こらず、働くか否かの選択に殆ど影響を与えないでしょう。

ケース2:インフォーマルケアを利用して、働いている場合

無償のインフォーマルケアが無償の保育園に置き換わるだけなので、女性が就労していることに変化はないでしょう。

ケース3:インフォーマルケアを利用できなくて、働けていない場合

保育園の拡充によって、就労を促す効果がある。

ケース4:インフォーマルケアを利用できなくて、働いている場合

子どもはケアなしでは生きられないので、この選択肢は存在しない。

つまり、日本でインフォーマルケアが利用できている人は、保育園があろうがあるまいが、働いているか・働いていないかの現状には大きな影響がないと考えられます。

つまり、保育園の拡充が効果的に女性の労働参加を促すのはケース3の場合のみだと考えられるのですが、今回の「#保育園落ちたの私だ」はまさに、このケース3の女性たちによる運動だと言えるのではないでしょうか。

これらの女性にとってケース4という選択は現実的に難しいので、インフォーマルケアが利用できないと、働くことをあきらめざるを得なくなってしまう。

さて、ここまで様々なケースを用いて就学前教育拡充と女性の労働参加について考えてきました。では次に、都道府県別に就学前教育拡充の政策効果に影響を与えそうな指標を見ていきましょう。

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待機児童が問題になっているのは、主に首都圏、とくに東京ですが、実際に東京の女性の平均賃金は他の都道府県より100万円以上高く、育児のための放棄所得が高い状況です。

さらに、三世代同居率も2.3%と低く、インフォーマルケアに頼れない状況です。自民党は三世代同居を進めようとしていますが、東京の住宅事情を考えると、インフォーマルケアの利用可能性が広がるとは考えづらいでしょう。これらの状況を考えると、労働を諦めざるをえない状況に追い込まれる母親たちが怒るのもよくわかります。

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また、日本で2番目に待機児童が多いのは沖縄です。フォーマルケアが利用可能になると一番恩恵を受けるのはシングルマザーだと考えられていますが(注)、沖縄は一人親世帯の割合が日本で一番高いです。そして合計特殊出生率も日本で一番高い一方で、三世代同居率は日本で7番目に低い状況です。沖縄では就学前教育拡充が、とくにシングルマザーや多くの子どもがいる母親を助け、女性の労働参加を促進するのではないかと考えられます。

(注)就学前教育の拡充がシングルマザーの労働参加を可能にすることについては、Cascio (2009)やGoux and Maurin (2010)などを参照。

財政状況は確かに厳しいですが、優先順位と戦略をもってこの問題に取り組んでいけば、待機児童の解消が女性の労働参加を促すはずです。ケース3のような女性が多くいる東京や、出生率が高くシングルマザーも多い沖縄などに予算を優先的に割り振るべきだと思います。もちろん労働参加により収入が得られるのである程度自己負担を増やすことも必要だと思いますが、女性の労働参加が増えるとその分の税収も増えますから、育児の拡充のために使ったコストもいくらかリカバリーできるでしょう。

(編集部注)沖縄では米軍統治の影響で幼稚園の整備が中心になって進められ、保育園の拡充が遅れた。また、小学校入学前の1年間幼稚園に通う米国式の習慣が残り、保育所の5歳児保育の定員枠が少ない。降園後に学童保育や認可外保育園を利用する二重保育が「5歳児問題」として社会問題化している特殊事情もある。

シングルマザーの貧困対策

――シングルマザーの話が出ましたが、保育園拡充はシングルマザーにどのような影響をもつのでしょうか。

厚生労働省・平成23年度全国母子世帯等調査によると、日本のシングルマザーの養育費や社会保障給付を入れた総収入の平均は223万円で、貧困率は6割だと言われています。理由は大きく分けて二つです。

一つ目は養育費の不払いです。養育費を受けている母親はわずかに2割で、かつ教育水準の低い母親ほど養育費を受けていないという過酷な現実があります。たとえば、州にもよるのですがアメリカだと、養育費の支払いが義務付けられており、不払いがあると行政が強制的に執行します。

さらにアメリカの場合は共同親権ですが、日本は離婚したら単独親権になってしまうので、どうしても養育費の不払いが多くなってしまう。

共同親権と養育費の不払いの解消をセットにやっていかないと、シングルマザーが貧困に陥りやすくなるのは当然です。これも「♯保育園落ちたの私だ」と同様に広がらないといけないのですが、今回の話ではおいておきます。

二つ目は就労所得の低さです。シングルマザーの就労率は8割を超える高い値なのですが、その内正規雇用を得ているのは4割にも届かず、平均就労収入はわずか181万円となっています。

長時間労働や子どもの病気などにも対応しないといけないのですが、時間外保育や病児保育の整備が追い付いていないこともあって、なかなか正規雇用に就きづらい状態です。また、シングルマザーの最終学歴を見ると大卒が10%未満と教育水準が全体的に低いのが特徴ですが、スキルを上げるための職業訓練に行こうにも、訓練自体がフルタイムを前提としているので、修了することが難しいことが予想されます。

さらに、シングルマザーはインフォーマルケアの利用可能性が相対的に限られていると考えられます。まず、祖父母によるインフォーマルケアですが、もし双方の両親が健在であれば、インフォーマルケアの提供者は4人いることになりますが、シングルマザーの場合それが2人しかいません。さらに、日本はまだ離婚に対して寛容ではないところも見られるので、家族関係が悪化していて祖父母の人数という数字以上にインフォーマルケアの利用可能性が限定されている可能性もあります。

さらに、荻上チキさん『彼女たちの売春(ワリキリ)』や、鈴木大介さんの『貧困女子』にあるように、シングルマザーの置かれた状況は、単に金銭的に貧しいだけではありません。社会関係資本が貧しい、つまりネットワークの貧困に陥っている可能性もあります。こうなると、たとえば友達にちょっと子どもの面倒をみてもらうといったインフォーマルケアの利用可能性がさらに制限されます。

加えて、家計の所得が半分になるので、ベビーシッターなどのインフォーマルケアを購入する力も減ります。そうなると、母親が働くよりも、生活保護をもらう方が金銭的に楽になるし、そうせざるを得ない状況が生まれます。

このような状況で、保育園を充実させて安く使えるようになったとすると、シングルマザーも労働参加できるようになる。当然ですが、労働参加してもらうことで政府支出が減るうえに税収がアップします。他国の事例でも確認されているように、シングルマザーの貧困や労働参加に就学前教育の拡充は効果的でしょう。

確かに現状ではシングルマザーの子どもは保育園に行きやすいのですが、現状は子どもが病気だと保育園にいけない状況です。病児保育が利用できないと、フルタイムで働くのも難しいでしょう。単純な保育園の問題に矮小化するのではなく、もっと包括的な「子どものケア」として、フルタイムでどうやって子どもの面倒をみていくのかまで視野を広げていくことが大切だと思います。

保育園と少子化の関係

――少子化と保育園に関係性はあるのでしょうか。

少子化の原因については、専門家の間でもわかっていることとわかっていないことがあります。保育園の拡充も理論的には効果があるだろうと言われますが、実証研究では効果は限られます。日本の少子化の大きな原因は未婚化と晩婚化の二つです。

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まず、日本は未婚率が高い。誰が結婚していないのかというと、上の図7が示すように低収入の男性です。女性については寿退社や出産による退社などがあるせいか、このデータソースからは未婚率と年収の傾向はよく分かりません。

さらに、就学前教育の拡充は、この未婚層から子持ち世帯への所得移転効果を持つこともあってか、国会前に集まった母親達が持つ抱っこひもがブルジョアだ、保育園を整備するのは富裕層を利するだけだという批判も出ています。

子どもがいる層といない層で社会が分断されているという危機感を感じます。それゆえ低収入の男性に対する支援なしには、日本の少子化問題は改善しませんし、「弱い者がさらに弱い者を叩く」という状況が解消されず就学前教育拡充への理解も広まらないでしょう。

もうひとつの大きな原因は晩婚化です。結婚した年齢と出生率には相関があります。完結出生児数は、女性は20代前半で結婚すると2.08、20代後半になると1.92、30代前半だと1.50になります。男性は20代前半で2.19、20代後半で1.95、30代前半は1.81(厚生労働省:2010年度出生動向基本調査)となっていて、晩婚になればなるほど出生率は下がっていきます。

ただし、日本の場合、完結出生児数でさえも人口維持ラインを割っている1.96ですので、できることは何でもやらないといけません。子どもを産む、産まないの選択には外部性が存在します。子どもが生まれてくることに対して親だけではなく、社会全体に対して恩恵がある。子どもが増えれば税収も増加しますし、医療年金制度の維持もできるようになる。しかし、子どもを産む産まないの選択をするときに、個人としてはそんなことまでは考えませんよね。

なので、政府から子育てに対する補助なしには、社会にとって適切な人数よりも少ない人数しか子どもが生まれてこなくなってしまいます。ですので、子育てのコストを社会が負担していく態度を示さないといけません。保育園単独の効果は少ないかもしれませんが、保育園を始めとして子育てコストの支援についてやれることはなんでもやる、という体制でいかなければならないでしょう。

保育士不足はなぜ起こる?

――ではなぜ、保育園は増やせないのでしょうか。

保育士不足が一因です。「保育士資格を有しながら保育士としての就職を希望しない求職者に対する意識調査(職業安定局)」によると、保育士資格を有するが現在保育士として働いていない人材の半数近くが、賃金の低さが原因で保育士の職を希望していません。

冒頭でもお話しましたが、実際に就学前教育に携わる人材の平均月収が目に見えて低い。文部科学省・平成25年度学校教員統計調査によると、教員の平均月給は幼稚園21.9万、小学校33.2万、中学校34万、高校35.7万となっており、保育士の給与は幼稚園教諭よりもさらに若干低い事から、就学前教育とそれ以降の教育段階では、人件費にかなりの壁があります。

――就学前教育のセクターにお金が導入されないから低賃金なのでしょうか。

それが大きな原因です。「幼児教育無償化で十分か?――就学前教育の重要性と日本の課題」で指摘したことの繰り返しになりますが、日本もかつて学校教員のなり手不足に苦しんでいた時期がありました。

人材確保法を制定して教員給与を一般公務員よりも高い水準にすることで人材不足を解消した経験を持っています。このような経験を持つにもかかわらず、保育士不足問題に対してこの方法から取り組まないのは、過去の経験から何も学んでいないと言わざるを得ないでしょう。

ただし、保育士の人材確保法を制定するにせよ、持続的な待遇改善にするためには別の問題にも取り組む必要があります。教育セクターでは給与水準が主に準備教育と経験年数で決まってくるのですが、日本の就学前教育に携わる人材は、初等教育以降の人材と比べて、これらの水準が著しく低い状態にあります。

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保育士・幼稚園教諭双方で4分の3の人材が短大以下の準備教育水準なのに対し、小学校以降だと大半が大学か大学院です。また、保育士・幼稚園教諭双方とも半数近くが経験5年未満の若手です。また、5年以上10年未満の割合も、20パーセントほどになります。つまり、就学前教育に携わっている人材の7割が10年未満の経験しかない。

そして、保育士についても平均就業年数は幼稚園教諭のそれよりもさらに低くなっていますから、これではたとえ現在の保育料の公定価格が変わったとしても、就学前教育に携わる人材の待遇改善は限定的なものにとどまってしまいます。

この準備教育水準の引き上げと、経験年数を持たせることは、待遇改善以上に大きな意味合いも持ちます。なぜなら、就学前教育に携わる人材に求められる仕事はだいぶ専門性が高いからです。子どもの発達にかかわる領域は日進月歩で新しいことが判明しています。キャッチアップしようとすると、自分で働き始めてもその情報をつかみ取る能力が求められます。

ですから、小学校や中学校の先生と比べて準備教育の水準が低くていいなんてことはあり得ない。とくに、日本は短大や大学の設置を認可でやっているので、文科省が力を入れれば、準備教育の水準を引き上げることはできるはずです。そうすると、収入も相対的に上がりますし、若くして辞める人が減り、賃金上昇も狙えます。

また、今の日本に一番足りないのが貧困層への良質な就学前教育です。こちらは「幼児教育無償化で十分か?――就学前教育の重要性と日本の課題」でも書いていますから、字数の都合で詳しくはそちらを読んでいただくとして、保育士と幼稚園教諭の質改善による就学前教育の充実は、貧困層の子どもの未来の貧困対策として重要なのです。

とくにその効果は大きな外部性を持つ上に、貧困層は流動性制約に直面して十分に就学前教育に対してお金を使えない状況におかれている可能性が高いので、政府支出を積極的に入れていくべきです。保育士の数を増やし教育の質を高めることは、日本の社会にとって高い収益率を持つ投資なのです。

保育園の拡充を、単に母親のわがままや家庭の努力不足の問題にするのは誤りです。女性が働けば税収が増え、保育園のコストもカバーされますし、シングルマザーの貧困・将来の貧困・少子化などの社会問題を解決する一つのツールとなります。

私は、成長戦略と再分配戦略のかなめとして、保育園の拡充を位置づける必要があると考えています。「♯保育園に落ちたの私だ」は、就学前教育の問題点を提起しただけでも十分意味がある活動だったのではないでしょうか。

(本記事は「サルタック・ジャパン」の理事として執筆したもので、筆者が勤務する国連児童基金の見解を代表するものでも、関連するものでもありません。また、立場上筆者個人はいかなる謝金も受け取っておりません。また、団体への謝金相当額の寄付をお願いしていますが、筆者は無給で理事を務めているので筆者に金銭的な見返りが入ることはありません)

参考文献

・Asai, Y., Kambayashi, R., and Yamaguchi, S. 2016. Crowding-Out Effect of Publicly Provided Childcare (March 17, 2016). Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=2634283 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.2634283

・Berlinski, S., and Galiani, S. 2007. The Effect of a Large Expansion of Pre-primary School Facilities on Preschool Attendance and Maternal Employment. Labour Economics, 14, 665-680.

・Cascio, E. 2009. Public Preschool and Maternal Labor Supply: Evidence from the Introduction of Kindergartens in American Public Schools. Journal of Human Resources, 44, 140-170.

・Fitzpatrick, M. D. 2010. Preschoolers Enrolled and Mothers at Work? The Effects of Universal Prekindergarten. Journal of Labor Economics, 28, 51-85.

・Givord, P., Marbot, C. 2015. Does the Cost of Child Care Affect Female Labor Market Participation? An Evaluation of a French Reform of Childcare Subsidies. Labour Economics, 36, 99-111.

・Goux, D., and Maurin, E. 2010. Public School Availability for Two Years Olds and Mothers’ Labour Supply. Labour Economics, 17, 951-962.

Havnes, T., and Mogstad, M. 2011. Money for Nothing? Universal Child Care and Maternal Employment. Journal of Public Economics, 95, 1455-1465.

・Nollenberger, N., Rodríguez-Planas, N. 2015. Full-time universal childcare in a context of low maternal employment: Quasi-experimental evidence from Spain. Labour Economics, 36, 124-136.

2012. Quality Matters in Early Childhood Education and Care: Japan 2012. OECD Publishing. http://dx.doi.org/10.1787/9789264176621-en

プロフィール

畠山勝太比較教育行財政 / 国際教育開発

NPO法人サルタック理事・国連児童基金(ユニセフ)マラウイ事務所Education Specialist (Education Management Information System)。東京大学教育学部卒業後、神戸大学国際協力研究科へ進学(経済学修士)。イエメン教育省などでインターンをした後、在学中にワシントンDCへ渡り世界銀行本部で教育統計やジェンダー制度政策分析等の業務に従事する。4年間の勤務後ユニセフへ移り、ジンバブエ事務所、本部(NY)を経て現職。また、NPO法人サルタックの共同創設者・理事として、ネパールの姉妹団体の子供たちの学習サポートと貧困層の母親を対象とした識字・職業訓練プログラムの支援を行っている。ミシガン州立大学教育政策・教育経済学コース博士課程へ進学予定(2017.9-)。1985年岐阜県生まれ。

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