2024.05.13

東京は「ブラックホール」なのか(その2):「東京国」と「地方国」で考える

中里透 マクロ経済学・財政運営

社会

出生率のデータが公表されると、東京都はいつも最下位となる。にもかかわらず、若者は東京に集まる。出生率の高い地域から低い地域に人が動けば、日本全体として出生数が減り人口減少が加速する。全国から若い人を集めておきながら、次の世代を担う子どもたちを生み育てることのない東京は「ブラックホール」である。

このように、東京=「ブラックホール」論は理路整然としていて、とてもわかりやすい。東京の出生率が他の地域と比べて低いということも、人口移動において東京が転入超過であるということも統計的な事実だから、実証的にも非の打ち所がないように見える。

だが、はたしてこの話はどこまでもっともらしいのだろうか。どこかに見落としはないのだろうか。

前回は「東京は出生率が低い」という議論がなされるときに用いられる出生率の指標、すなわち合計特殊出生率とはどのようなものか、この指標を利用する際に注意すべきことは何かということについて確認し(合計特殊出生率を算出する際の「分母」には未婚の女性も含まれるということがポイント)、合計特殊出生率が低いということからただちに「子育ての環境に恵まれていない」という結論を導くことはできないということを見た(有配偶出生率でみると東京都区部の出生率は低くないことに留意)。

前回の企画は東京都区部(23区)の地図を手にしてブラックホールの中をのぞくようなものであったが、今回は地図の縮尺を変え、日本全体の地図をもとに、「東京」と「地方」という視点からこの問題を考えてみることとしたい。「出生率の低い東京に若者が集まる」という点については、「若者が東京に集まるから出生率が低くなる」(統計の取り方の問題として)という面があることも併せて考慮する必要があるのではないか、「東京はブラックホール」という議論は実はデータから支持されないのではないかということが、本稿の基本的なメッセージとなる。以下、これらのことについて順を追ってながめていくこととしよう。

(なお、前回の記事については下記より自由にご覧いただくことができます。必要に応じ併せてこちらもご利用ください)
東京は「ブラックホール」なのか(その1):少子化にまつわるエトセトラ
https://synodos.jp/opinion/society/29122/

1.「東京国」と「地方国」

合計特殊出生率は人口の推移をながめるうえでとても便利な指標だ。たとえば合計特殊出生率が人口置換水準(2.06~2.07程度)を下回る状態が続くと、やや長い目で見れば次第に人口減少が生じるようになる。実際、日本では1970年代半ばに合計特殊出生率が2を下回るようになり、それ以降、やや振れを伴いつつも出生数が漸減、2008年には総人口がピークアウトして減少基調に転じた(日本人人口については2010年にピークアウト)。

もっとも、人口移動の影響を受けやすい地域の人口動態を捉えるうえでは、留意しなくてはならないことがある。「若者」の流入・流出が多い地域では、合計特殊出生率でみた場合の出生率の高低が、その地域の出生力の動向を適切に反映したものとならなくなる可能性があるからだ。出生率が相対的に高い地方部において少子化の問題がより深刻に受けとめられているということを想起すれば、このことは容易に理解されるだろう。

議論の出発点として、まずは簡単な設例をもとに、人口の流入・流出が「データとして観測される」各地域の出生率にどのような影響を与えることになるかということについてながめておくこととしよう。

東京国-地方国モデル

いま、「東京国」と「地方国」という2つの地域からなる国を考える(仮にこの2つの地域からなる国を「日本」と呼ぶこととする)。東京国と地方国には20代の女性が100人ずつ居住しており、そのうち50人は「20代で結婚し子どもを産むことを予定している人」(20代で出産する予定の子どもの数は1人)、50人は「20代を未婚のまま過ごすことを予定している人」(20代で出産する予定の子どもの数は0人)であるものとする。

この場合、やや長い目で均してみると、東京国、地方国ともに50人の子どもが生まれることになる(いずれの地域でも50人の女性が1人ずつ子どもを産むため、出生数はいずれにおいても50人)。20代の女性人口は東京国、地方国ともに100人(=有配偶者50人+未婚者50人)なので、出生率(出生数を20代女性人口で除した値)はいずれも0.5(=50人/100人)となる。

ここで、20代を未婚のまま過ごすことを予定している地方国の女性25人が東京国へ移り住んだとする。この場合、同様に均してみると、東京国の女性人口は未婚者が25人増えて全部で125人(=有配偶者50人+未婚者75人)、地方国の女性人口は未婚者が25人減って全部で75人(=有配偶者50人+未婚者25人)ということになる。

この場合、東京国では50人の子どもが、地方国でも50人の子どもが生まれることになり(いずれの地域でも50人の女性が結婚して子どもを産むため)、東京国の出生率は0.40(出生数50人を女性人口125人で除した値)、地方国の出生率は0.67(出生数25人を女性人口75人で除した値)となる。また、東京国の未婚率は0.60(未婚者数75人を女性人口125人で除した値)、地方国の未婚率は0.33(未婚者数25人を女性人口75人で除した値)となる。

もっとも、この場合には出生率の高い地方国から出生率の低い東京国への人口移動が生じても、日本全体の出生数は変わらない。東京国、地方国ともに出生数は50人で以前と変わらず、両者を合わせた日本全体の出生数も100人で以前と同じとなる。

この設例からわかるのは、出生率の低さや未婚率の高さは人口移動の「結果」でもあるということだ。日本全体の出生数が減るかどうかは設定によるから一概にはいえないが、20代前半の女性についていうと未婚率は全国でも90%を超えているから、この設例は実際にも不自然なものではない(日本では婚外子が2%程度しかないことに留意)。20代後半の女性も未婚率が60%超だから、傾向としては同様のことが成り立つ。

実際のデータによる確認

では次に、「東京はブラックホール」という議論に登場する「若者」の人口移動と出生率の関係が、実際のところどのようになっているかを都道府県別のデータをもとに確認してみることとしよう。人口移動のデータとしては住民基本台帳人口移動報告(総務省)のデータを利用することが一般的であるが、大学生などの中には転出の際に住民票を移さない人もいるため、ここでとらえようとしている「若者」の動向(進学・就職に伴う地域間の移動)が十分にとらえきれないおそれがある。

確認したいのは、大学・専門学校などへの進学や新卒時の就職のタイミングで人口が流出する地域で出生率が高くなり、流入する地域で低くなるということがデータのうえでも確認できるかということだから、ここでは簡便な方法として各都道府県の「10~19歳女性人口」と「20~29歳の女性人口」の比を求め、その値をそれぞれの都道府県の特徴を表す指標(代理変数)として利用する。

「若者」の流入の多い地域では20~29歳女性人口が10~19歳女性人口より多くなり、流出の多い地域では20~29歳女性人口が10~19歳女性人口より少なくなるから、前者では20代女性/10代女性人口比が1を上回り、後者では1を下回ることになる。年代別の女性人口のデータは国勢調査(総務省)から取得することができる。

進学・就職や結婚・出産はその時々の社会や経済の状況から影響を受けるため、世代(出生コーホート)毎に状況にやや違いがあることが予想されるが、ひとまず概況を確認するため、ここでは2020年の時点で20~29歳であった女性を対象に20代と10代の人口比を計算し、それをデータとして利用する(令和2年国勢調査を利用すればこのコーホートの20~29歳時点の人口が、平成22年国勢調査を利用すれば10~19歳時点の人口が都道府県別にそれぞれ得られる)。

出生率については2020年に各都道府県の20代(20~29歳)の女性が産んだ子どもの数(出生数)を20代女性の総数で除した値を利用する。合計特殊出生率は各年齢階層の女性が産んだ子どもの数(出生数)をその年齢階層の女性人口の総数で除して年齢階層ごとに出生率(女性人口千人当たり)を求め、その値を15~49歳まで足し合わせた数値であるから(女性人口1人当たりに戻すため合計値を1,000で除すことが必要)、ここで利用する出生率は、合計特殊出生率を構成する各年齢階層の出生率(女性人口千対比)のうち20代(20~29歳)の部分を取り出してながめるのと同じ形になる。 

これらの準備をもとに女性人口比(20代女性人口/10代女性人口)と出生率の関係をみると(図表1)、両者の間には負の相関があり、人口が流入する地域ほど出生率が低く、流出する地域ほど出生率が高くなるという傾向があることが確認できる。このことを、さきほどみた東京国‐地方国モデルの話と併せて考えると、「若者が東京に集まるから出生率が低くなる」という可能性をきちんと考慮したうえで議論を進めていく必要があるということになる。

図表1 人口の流入・流出と出生率(2020年)

(資料出所)総務省「国勢調査」、厚生労働省「人口動態統計」

なお、女性人口比と未婚率の間には正の相関があり、人口が流入する地域ほど未婚率が高く、流出する地域ほど未婚率が低くなる傾向が確認できる。日本では非嫡出子(婚外子)の割合は2%程度だから、未婚率が高い地域で出生率が低く、未婚率が低い地域で出生率が高いのは自然な話ということになる(未婚率が高いということは有配偶率が低く、未婚率が低いということは有配偶率が高いということになるため)。

ここまでのことからわかるのは、未婚率が低く出生率が高い地域が必ずしも安泰とはいえないということでもある。そのような地域では20代の女性の流出が続き、結果として出産可能年齢(15~49歳)の女性の数が大幅に減ってしまっている可能性があるからだ。出生数は出産可能年齢の女性の人数と出生率の積(掛け算)だから、出生率が高くても女性人口が減ってしまっていればその地域における出生の状況は低調となる。

もちろん、東京都中央区のように未婚率が全国平均より低く、出生率が全国平均を上回るうえに、出生数も全国との対比でみて順調に推移している自治体もあるから、それぞれの地域の状況を判断する際には、未婚率、出生率だけでなく人口の流入・流出の状況なども併せて確認することが必要ということになる。

2.「ブラックホール」は存在するか

出生率を20代までと30代以降に分けてみると

ここまで見てきたように、20代の女性については未婚率が高く、その流入・流出が出生率の地域差に大きな影響を与えている可能性がある。となれば、合計特殊出生率のデータを20代までと30代以降に分けて、その地域差がどのような要因によって生じているのかを確認すれば、現在の状況がよりわかりやすくなるだろう。

そこで、全国、東京都、東京都区部の合計特殊出生率をそれぞれ20代までと(15~29歳)、30代以降(30~49歳)に分けてその様子をながめると、面白いことがわかる。それは、30代以降についてみると出生率がいずれも同じ数値となっており(0.83)、したがって出生率の地域差は20代までのところで生じているということだ(単年で見ると時点によって振れが生じることがあるため、ここでは「平成30年~令和4年人口動態保健所・市区町村別統計」のデータをもとに5年分の動きを均した数値を確認している)。

それではなぜ20代まで(15~29歳)の数値で地域差が生じているのかとなると、これは東京都の20代女性の未婚率が全国よりも高いことに加え、すでに結婚している女性についても20代で生む子どもの数が少ないことが影響しているものとみられる。このうち未婚率についてみると、東京都は全国より4%ポイントほど未婚率が高く、出生率については東京都が全国より4ポイント低い(女性人口千人当たりの出生数が4人少ない)という計算になる。

このような差がいかなる理由によって生じるのかはさらに精査が必要となるが、大きな要因のひとつと考えられるのは、東京では20代女性の中で大卒者・在学者の割合が他の道府県と比べ飛びぬけて高いということだ。一般に女性については学歴が高いほど初婚年齢が遅くなる傾向があるから、このことが東京都と全国の20代女性の出生率の差に影響を与えている可能性がある。

「ブラックホール」の実相

合計特殊出生率にみられる地域差を踏まえると、「東京はブラックホール」という話はもっともらしく見える。この点に関して前回は、「東京が子どもを産み育てる環境に恵まれない場所であることが出生率が低い原因である」という見立てが十分な妥当性を持たないことを有配偶出生率のデータをもとに確認した。今回は未婚・離婚・死別を含む女性人口の総数を「分母」とした出生率のデータをもとに、改めて「ブラックホール」の実相を確認しておくこととしよう。

そこで、出産可能年齢(15~49歳)の女性の総数とその年齢階層の女性が産んだ子どもの数をもとに出生率(女性人口千人当たりの出生数)を確認すると(図表2)、東京都区部の出生率は全国平均を下回っているものの、「ブラックホール」と呼べるような状況となってはいないことがわかる。東日本の出生率が総じて低い中にあって、東京の都心3区(千代田区・港区・中央区)はとびぬけて出生率が高くなっている。ブラックホールの近くには東京タワーもあるようだ。

図表2 出生率の状況(2020年)

(資料出所)総務省「国勢調査」、厚生労働省「人口動態統計」

少し引いたところから日本全体をながめると、北海道と東北の4県(青森、岩手、宮城、秋田の各県)の出生率は東京都の出生率を下回るか(北海道と青森、宮城、秋田の各県)、同じ水準(岩手県)となっている。

東京都区部と岩手県の比較

このグラフを作成する際に利用している出生数と女性人口のデータは、実は合計特殊出生率を算出する際に利用されるデータと同じものである。東京都の出生率が最低になっていないのが不思議に思われるかもしれないが、これは別におかしなことではない。

なぜこのようなことが起きるのかというと、上記のグラフに示されている数値(15~49歳女性人口千人当たりの出生数)では出生率を算出する際に各都道府県の人口構成(年齢階層別の女性人口)の違いが調整されるのに対し、合計特殊出生率ではその調整が行われないためである(合計特殊出生率は「個人の」出生率を見るための指標なので、これ自体はおかしな取り扱いではない)。一般に、あるデータセットから平均を求める際に、加重平均と単純平均で数値が異なるというのはよくあることだから、そのことを踏まえれば上記の事情は容易に理解されよう。

たとえば東京都区部と岩手県の合計特殊出生率は1.12と1.32で大きな差があるが(2020年)、上記のグラフに示されている数値でみると33.2で同じになる。これは未婚女性の大幅な流入・流出が生じる20~29歳の年齢階層について東京都区部と岩手県で出生率に大きな差が生じる一方、出産可能年齢全体でみると東京都区部のほうが岩手県より有配偶出生率が高くなるということによるものだ。

このうち前者についてみると、20~29歳の年齢階層における出生率の違いが合計特殊出生率に0.33の開きをもたらしている(合計特殊出生率と同じように女性人口1人当たりで表示すると、20~29歳女性の出生率は岩手県が0.59であるのに対し東京都区部は0.26)。後者については意外に思われるかもしれないが、出産可能年齢にあたる15~49歳女性の有配偶出生率は東京都区部のほうが岩手県よりも高い(東京都区部が77.6であるのに対し岩手県は68.1)。

未婚率についてはいずれの年齢階層においても東京都区部のほうが岩手県よりも高いから、未婚率の高さ(有配偶率の低さ)を有配偶出生率の高さが補う形で東京都区部の出生力が維持されているということになる。 

ここからわかるように、ある地域に住んでいるひとりの女性を取り出してみたときに出生率がどのくらいになるかを表す指標(合計特殊出生率)を、その地域の出生力を表すものと捉えると、出生の状況について適切な認識ができなかったり、思いがけない判断ミスをするおそれがある。出生力の地域差をめぐる議論にあたっては、この点に関する十分な留意が必要となる。

テクニカルな議論になるためここではふれないが、「ブラックホール自治体」を定義する際に用いられている封鎖人口(人口移動による転入・転出がないとした場合の人口)の推計についても、その推計の基礎となる「子ども女性比」の設定の仕方がはたして適切なものとなっているか、改めて確認することが求められる(封鎖人口の推計に当たって利用されている各都道府県の「子ども女性比」の設定の仕方が、地域間の人口移動がないという想定と整合性のとれたものとなっているかということについて精査が必要)。

ここまで見てきたように、「東京はブラックホール」という議論には、合計特殊出生率についての適切な理解が不足していることによる誤解や錯覚という面が少なからずある。少子化や人口減少への対応は重要な政策課題であるが、この議論を実り多いものとするためには、現在の状況についての適切な把握が欠かせない。ここまで確認してきたことを踏まえ、落ち着いた環境のもとで冷静な議論が進められていくことが望まれる。

もちろん、東京の都心への過度の集中にはさまざまなリスクがあるから、東京一極集中の是正と地方分散については、都市機能の適正配置という観点から引き続き着実に進めていく必要がある。

プロフィール

中里透マクロ経済学・財政運営

1965年生まれ。1988年東京大学経済学部卒業。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)設備投資研究所、東京大学経済学部助手を経て、現在、上智大学経済学部准教授、一橋大学国際・公共政策大学院客員准教授。専門はマクロ経済学・財政運営。最近は消費増税後の消費動向などについて分析を行っている。最近の論文に「デフレ脱却と財政健全化」(原田泰・齊藤誠編『徹底分析 アベノミクス』所収)、「出生率の決定要因 都道府県別データによる分析」(『日本経済研究』第75号、日本経済研究センター)など。

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