2026.10.08

世界がAIに合わせはじめる――人間にとって、それはどんな世界になるのか

芹沢一也 SYNODOS / SYNODOS Future 編集長

社会

私たちはこれまで、AIを人間の世界に適応させようとしてきました。
たとえば、人間の言葉を理解し、写真に写っているものを見分け、道路を走り、建物のなかを移動できるようにすることです。
現実の世界は複雑ですから、そのなかでもAIやロボットが働けるように、認識能力を高めてきたわけです。

しかし、AIが社会に実装されるにつれて、反対方向の変化も起きています。
世界の側もまた、AIに適応しはじめているのです。

建築デザイナーのチェノー・ハートは、『Noema』に寄せた「AIは私たちの世界をどう見ているのか」のなかで、この変化に注目しています。

AIには、世界がどう見えているのか

そもそも、AIが世界を「見る」とは、どういうことなのでしょうか。
人間と、AIの画像認識(コンピュータービジョン)とでは、同じものを見ても、認識の仕方が違います。

人間なら、机の上にあるコップの一部が本に隠れていても、それがコップだと分かります。
ものが見慣れない場所に置かれていても、周囲の状況から判断できます。

しかし、AIには同じことが簡単にはできません。
コンピュータービジョンは、画像のなかから対象を検出し、その境界を特定し、「人」「自動車」「椅子」といったカテゴリーに分類することで世界を認識しているからです。

私たちがひとつの風景として捉えているものを、機械は対象ごとに切り分けて処理しています。
そのため、人間にとって「見やすい」世界と、機械にとって「見やすい」世界は同じではありません。

この違いは、AIに現実の世界を認識させようとすると、具体的な問題として現れます。

ハートが例にあげているのは、AmazonがAmazon Goなどで導入したレジなし決済技術「Just Walk Out」です。
カメラやセンサーが、誰が何を取ったのかを把握していて、客は商品を手に取り、そのまま店を出るだけで決済がすみます。

しかし、その初期のシステムには、ひとつ問題がありました。
現実の店舗では、商品がいつも決められた場所にあるとはかぎりません。
客が手に取った商品を別の棚に戻すこともあれば、棚のなかで商品の位置がずれることもあります。

人間ならさほど困らない、このような小さな乱れが、コンピュータービジョンによる認識を難しくしました。
そのため店舗では、システムが認識しやすいよう、商品の配置を整えておく必要がありました。

こうした問題には、ふたつの解決方法があります。
ひとつは、どのような状態でも正しく認識できるように、AIの性能を上げることです。
もうひとつは、AIが認識しにくい状況そのものを減らすことです。

後者は、AIを環境に適応させるのではなく、環境の側をAIに適応させるやり方です。
ハートが注目しているのは、このような適応の逆転です。

機械という新しい利用者

こうした変化は、すでにさまざまな場所で起きています。
分かりやすい例が、ロボットが働く建物です。

配送ロボットや清掃ロボットが建物のなかで作業するためには、廊下を移動できるだけでは足りません。
別の階へ行くにはエレベーターに乗り、自動ドアやセキュリティゲートも通過しなければなりません。

ロボットに人間と同じことをさせることもできます。
エレベーターのボタンをカメラで見つけて、ロボットアームで押させる方法です。
しかし、ロボットとエレベーターが直接通信できるなら、そのほうがはるかに簡単です。

こうした発想にもとづいて、日本でも、「ロボットフレンドリーな環境」をつくる取り組みが進められています。
ロボットとエレベーターや建物設備を連携させて、複数のロボットが同じ施設で活動できるようにしようというものです。
ロボットの性能だけを上げるのではなく、建物の側を変えることで、ロボットが活動しやすい環境をつくるわけです。

同じ発想は、自動運転にもあります。
白線や標識を機械が認識しやすいものにし、道路についての情報を自動車が利用できるようにすれば、自動運転は容易になります。

このような変化は、物理的な空間だけで起きているわけではありません。

検索エンジンがウェブへの主要な入口になると、ウェブサイトは検索エンジンからどう読まれるかを意識してつくられるようになりました。
タイトルや見出しを整え、ページの構造を明確にするといった工夫は、SEO(検索エンジン最適化)と呼ばれています。

生成AIの普及によって、同じ動きがさらに進んでいます。
GEO(生成エンジン最適化)では、生成AIが内容を理解し、必要な情報を取り出し、回答のなかで利用しやすいように情報を整えます。

建物も、道路も、ウェブサイトも、機械という新しい利用者に合わせてつくられるようになっています。

AIに読まれる人間

AIに合わせて変わるのは、私たちを取り巻く環境だけではありません。
人間自身もまた、AIから認識され、評価されることを意識して、自分の振る舞いを変えはじめています。

もっとも身近な例は、音声認識です。
人間同士なら普通に通じる話し方でも、音声認識システムがうまく聞き取ってくれなければ、私たちは発音を明瞭にしたり、ゆっくり話したり、別の言葉に言い換えたりします。

同じことは、人間がAIによって評価される場面でも起きています。
AIを組み込んだ採用管理システムが履歴書を読み、応募者を選別するようになると、求職者は、システムが読み取りやすく、評価しやすいように、履歴書の内容や構成を組み替えます。

2026年に発表された英国の研究は、ロンドンの就職支援・職業訓練機関で2年間にわたり、求職者の行動を追っています。

求職者たちは、何が評価され、なぜ選考から外れたのかを、十分に知らされていませんでした。
そこで、スコアや選考結果、返事がないことなどを手がかりにAIの選考基準を推測し、履歴書の書き方から、職歴の並べ方、経歴の語り方までを、繰り返し調整していました。
研究者は、こうした作業を「調整労働(calibration labour)」と呼んでいます。

これまで求職者は、自分が何をしてきたのかを、人間である採用担当者に理解してもらおうとしてきました。
しかし、採用の入口をAIが担うようになると、その前に、自分の経歴を「AIに読める経歴」に変換する必要が出てきます。

求職者は自分の人生を、「機械が読み取れるもの(machine-legible)」にしなければならないのです。

AIの評価を先回りする

AIからどう見えるかを意識する場面は、採用のあともつづきます。

2026年、華僑大学とハルビン工業大学の研究者が、AIによる監視や評価を導入している中国企業の従業員に聞き取りをした研究を発表しました。

従業員たちは、AIがいつ、どの行動を記録し、どの情報を評価に使っているのかを正確には把握できていませんでした。
そのため、つねにAIに見られている可能性を意識しながら、自分の行動を調整するようになっていました。

採用の場面で、求職者がAIの選考基準を推測しながら履歴書を書き換えていたのと、同じ構造です。

人間の上司であれば、何を重視しているのかを尋ねたり、評価について話し合ったりできます。
ところがAIによる評価では、それが難しくなります。

その結果、人びとは評価基準を推測しながら、評価されそうな行動を増やし、不利になりそうな行動を避けるようになります。
AIが直接、人間に行動を指示しなくても、AIからどう評価されるかを先回りして考えること自体が、人間の振る舞いを方向づけていくのです。

英国の求職者も、中国企業の従業員も、AIの仕組みを正確に理解していたわけではありません。
それでも、AIが自分をどう見ているのかを想像しながら、自分の側を変えていました。

これは、前半で見てきた変化とよく似ています。
ロボットが移動しにくければ建物を変え、自動運転車が認識しにくければ道路を変え、生成AIが情報を取り出しにくければウェブサイトを整える、というものでした。

そして、AIが人間を認識し、評価するようになると、今度は人間自身が、AIから認識されやすいかたちへ自分を調整しはじめます。

世界がAIに適応するとは、建物や道路やウェブサイトが変わることだけではありません。
AIを社会に導入することは、新しい「見る者」を社会に加えることでもあります。

そして人間の側も、その視線を意識しながら、自分を変えはじめているのです。

プロフィール

芹沢一也SYNODOS / SYNODOS Future 編集長

1968年東京都生まれ。株式会社シノドス代表取締役。

言論プラットフォーム「SYNODOS」を立ち上げ、編集・運営に携わる。研究者や専門家とともに、政治、社会、科学技術などの複雑な問題を、社会にひらかれた言葉で伝える活動を続けてきた。

現在は、私たちが生きる世界を新たな視点から捉え直す「SYNODOS Future」を展開。また「シノドス英会話」を主宰し、「分かっているのに話せない」がなぜ起こるのかを起点に、大人のための英語教育にも取り組んでいる。

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