2011.01.24

「結婚・仕事を持つこと」の敷居を下げよ ―― 「孤族の国」を考える(1) 

筒井淳也 計量社会学

福祉 #孤族の国#アクティベーション#均等待遇

「社会保障」とは何よりも、人生の様々なリスクに物質的に対処するための社会的仕組みである。しかしそれは、同時に人々の心を困窮から救い出す仕組みでもある。というのは、家族(配偶者や子ども)がいること、安定した仕事があることと、自尊心・精神的な安定を保つことができていることとは、強く結びついているからだ。

家族や仕事がなければ、人は家族・人間関係を作りづらい。地元に残ったきょうだいに会おうにも、自分の仕事が無い状態だと顔を出しづらい。そして人間関係がなければ、家族や仕事を得るきっかけを失う。もちろんメンタルな病理が媒介することもあるだろうが、それだけで説明できるわけでもない。

家族や仕事はそれ自体深刻なストレスをもたらすこともあるが、多くの人は、それでも家族や仕事が全くない状態の怖さを知っているから、その強いストレスに耐えているのだろう。かんじんなのは、そうした「しがらみ」を失って「自由」になり、しかし結果として孤独な死を迎えることになった人々が抱えていた問題と、ストレスに耐えながらも家族や仕事にしがみついている人々の問題は、基本的に同じであるということを認識することにあるのではないだろうか。

というのは、家族を持つことの困難やプレッシャーが少なければ、家族(あるいはそれに類する親密な関係)を形成・維持しやすいだろうし、やりがいがない仕事でも労働時間や所得の面でもう少し余裕があれば、仕事を続けられたかもしれないからだ。

(安定した)仕事があること/ないこと、家族を持っていること/持っていないことのあいだにある高い壁を、もう少し下げられないものだろうか。

就労に関しては、EUが目指す「アクティベーション型」の社会政策、つまり失業者を福祉依存から脱却させ、労働に「包摂」させるという指針を日本においても取り入れるべきだ、という主張が一部の識者の間でなされている。その際にしばしば職業訓練が手段として強調されるが、より重要なのはそれを背景で支えている制度、つまり「均等待遇」である。男女の均等待遇、そして正規雇用と非正規雇用の均等待遇(いわゆる「パートタイム指令」)が二つの柱になっている。こういったEUの方針は、男女、そして正規雇用と非正規雇用のあいだに(収入と参入の)高い壁がある日本における雇用の現状とは対局にあるといえる。

同じようなことは家族についてもいえる。日本では、家族を持っていること/持っていないことのあいだに高い壁が存在する。極端にまで進んでしまった日本での晩婚化は、日本人にとって、結婚することがいかに人生の難しい課題になってしまったのかを物語っている。主な原因は、「安定した収入が見込める男性が少なくなった」といったミスマッチである。

日本人にとっての雇用が、低成長期においてうまく機能しないものであるとすれば、日本人にとっての結婚や家族も、高度成長や高学歴化をあてにしてはじめて機能するものであった、ということだ。

しばしば、「個人化された社会保障は家族の機能を損なう」という主張がなされることがある。しかし私の考えでは、それは逆である。家族の機能を社会(政府)が肩代わりすることは、家族を持つことの負担、家族を持つことの敷居(難易度)を下げることを通じて、むしろ「本来」の家族の機能を活性化させるはずである。

実際、社会保障制度を極端に個人化させているスウェーデンと日本を比べると、若年層における同棲を含めた「カップル率」はスウェーデンが日本を上回っている。出生率もスウェーデンの方がずいぶん高いことは、周知の事実である。北欧諸国を「問題のない理想的な国」だと考えるのは馬鹿げているが、少なくとも客観的な数値をみるかぎり、個人化された社会保障が(それがない社会に比べて)家族を破壊しているとまで言える証拠はない。

菅直人政権は2011年1月に、こういった現状に対処すべく特命チームを立ち上げた(「孤族」支援特命チームを政府設置へ 首相が指示)。記事によれば、「孤立した人たちの全容を明らかにし、人を社会的孤立に追いやっている原因を調べ、孤立状態にある人を社会につなげるための対策に本格的に取り組む」そうである。

中長期的にこういった対策が功を奏するかどうかは、「孤族」の問題が、現在日本が抱える数多くの問題とほとんど同じ問題なのだということをどこまで理解できているか、にかかっている。「人を社会的孤立に追いやっている原因を調べ」ようとしている時点で、いまさら感もある。そういう意味では問題は認識のレベルにではなく、すでに政治のレベルにある。そして、少子化対策や雇用対策が「つぎはぎ」の、その場しのぎの対処になってきたのを見ると、どうしても期待薄に思えてしまうのだ。

プロフィール

筒井淳也計量社会学

立命館大学産業社会学部教授。専門は家族社会学、計量社会学、女性労働研究。1970年福岡県生まれ。一橋大学社会学部、同大学院社会学研究科博士課程後期課程満期退学、博士(社会学)。著書に『仕事と家族』(中公新書、2015年)、『結婚と家族のこれから』(光文社新書、2016年)、『社会学入門』(共著、有斐閣、2017年)、Work and Family in Japanese Society(Springer、2019年)、『社会を知るためには』(ちくまプリマー新書、2020年)、『数字のセンスをみがく』(光文社新書、2023年)など。

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