震災、原発、首相交代 ―― 霞ヶ関広報の変化の芽を、過去形にしたくない

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新しい エネルギー戦略を実現するのは国民次第 

 

下村 あの戦略って、みんな第1節、原発の止め方の部分ばっかり見て、両側からすごい批判がきてるわけですよ。経済界からは、「こんな無責任なの、できるわけない」。反原発の側からは、「これはトリックだ。新増設認めないとか、40年廃炉とか、全部守っても30年代にゼロにはならない。論理的に破綻してるじゃないか」と。そこだけ読めば、その通り。

 

だけど、みんながろくに関心を払わなかった第2節以降には、第1節だけでは実現できない「原発の廃炉を早めるためのいろんな方策」が書かれているわけですよ。再生可能エネルギーとか、省エネ、新エネとかを進めるためのいろいろな方策、あらゆる政策資源を投入するということが書かれていて、「国民がみんなでやらなきゃダメなんだ」という呼びかけも繰り返し書きました。いわば第1節は北風で、第2節以降は太陽なんですよ。

 

難波 そこを読まないといけないわけですね。

 

下村 みんな、最初の4ページ分の北風戦略のところだけを見て、経済界は、「国民にこんな寒い思いをさせるつもりか」と言い、反原発の人たちは、「この程度じゃ、旅人はコートを脱がないじゃないか」と言う。だけど、そのあとに11ページ分の太陽戦略があるから見てくれ。文字通り“太陽”光発電のこととかが書いてある。

 

ここを読めば、心配する経済界も「これならやっていける」と思い、反原発の人も「これならコートを脱げる」と思える。そういうものをぼくらは書いたつもりなんです。しかも、「政府だけではできません」と、正直に書いた。北風は政府だけで、できる。方針決めて貫けばいいんですから。しかし太陽の方は、国民みんなでやらなきゃできません。

 

難波 しかし、「30年にゼロ」っていうのが国民の過半数の意見だったというところから見ると、「30年代にゼロ」っていうのは、嘘があると感じるんじゃないですかね。30年代としたことで、骨抜きにされるんじゃないかという報道もありました。

 

下村 嘘はないよ。徹底オープンで検証した国民的議論の結果は、「過半数の国民は、原発ゼロ」だけど「いつまでにゼロにするかは、意見が分かれている」でした。「30年にゼロが過半数」という結論じゃありません。

 

それから、「結局今回の戦略は15%シナリオじゃないか」って言う人もいますけど、15%シナリオというのは、2030年までに15%ぐらいにして、そこから先、さらに減らすか増やすかは、その時点で決めるというものでした。今回のは「ゼロを目指す」と言っているから、15%シナリオとは決定的に違います。もちろん、30年に0%じゃないから、ゼロシナリオとも違いますよ。いわばゼロと15%の間になったんですよ。そこがなかなか伝わってなくて。

 

伝わってなくて、ぼくがヤバいと思うのは、世間の皆がまた、「どうせまたこれで、ズルズルと原発が増えてくんでしょ」と、この戦略を見限ってしまい、“ゼロへの道”を自分たちで踏み固めていく努力をやめちゃうことです。そのことによって、ほんとに戦略が絵に描いた餅に終わってしまうことになるのが、ぼくはすごく怖い。あの戦略を実現するかしないか、成否を握るのは本当に国民なんだってことも、前文と後文の原案に、はっきりと書いた。そして、それは通った。

 

原発って、集中的に作った電気をトップダウンで分け与える仕組みです。これをやめて、たとえば一軒一軒の屋根でも電気を作って分かち合いましょうという話は、それはもうエネルギーだけの話じゃなくて、この国の物事の決まり方、社会の仕組みを根本から変えようという大きな話なんです。そこをわかってほしい。

 

難波 この新しい エネルギー戦略は、なぜ閣議決定までいかなかったのでしょうか?

 

下村 せめぎ合いの中の譲歩です。だから意味がないと嘆く人がいるけど、そんな事は全然ない。あの閣議決定の文言をちゃんと読んで下さい。エネルギー環境戦略そのものは閣議決定しなかったけれど、「今後のエネルギー・環境政策については、『革新的エネルギー・環境戦略』を踏まえて遂行する。」と書かれています。ぼくはこの作文には関わりませんでしたが、読んで、これまたすごいがんばったなと思いました。

 

戦略自体の閣議決定を阻止したい人たちの望みも達成させて、決裂を回避しつつ、後であのエネ環戦略に反する政策を今後の政権が決めようとしたら、「それ、戦略を踏まえてないから閣議決定違反だ」と言えるようになっています。そこでも肝心なのは、国民がそれを言うかどうかですけどね。国民が「ああ、戦略そのものは閣議決定されなかった。これでもうダメだ」って思っちゃったら、あの 閣議決定の言い回しに込められた潜在的能力は、発揮される機会を失ってしまいますから。

 

 

「俺たちだぜ。これからの政治を決めるのは」

 

下村 こういうことです。そういう2年間でした。

 

ぼくはこれから民間に戻って、まさにこれを言っていきたい。「俺たちだぜ。これからの政治を決めるのは」。あの原発事故の反省をどう生かしていくのか、あの政権交代はなんだったのか、どう決着つけていくのか、全部ぼくたちが決める問題です。

 

そのときにぼくは、この2年で内側から見た、「政府の考え方、物事の決め方」という話も、みんなにしていきたい。マスコミがしないから。ただ、そこに、今までの2年間とは違って、「この点はおかしいけどね」という批評眼も、また織り込んでいきたい。プラス専門の政府広報でも、マイナス批判一辺倒のマスコミ報道でもない、是々非々の見方で、小さくても情報発信の第三極になれたらなぁ、と思います。それが、税金泥棒の罪滅ぼしです。

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.269 

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