中国化する日本 ―― 政治・経済・文明観のアーキタイプ

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なぜ中国は「ヨーロッパ化」しなかったのか

 

飯田 與那覇さんの新著『中国化する日本』は各方面で話題騒然となっていますね。ご自身で注意書きを加えられていますが、「中国化」という言葉には、今の情勢では全日本人が「ドキッ」としてしまう。

 

與那覇 事前の予想通り、「中国の国家資本主義」とか「南シナ海政策」といった、経済学または地政学的な話だと思って手に取られた方も多かったんじゃないでしょうか。しかし、本書の「中国」が指すモデルは「宋」のことなんですよね。1000年前からの時間の幅のなかで、日中両国の現在を見てみようという発想になっています。宋朝のしくみを目指すのが「中国化」、それと180度逆の日本独自路線でいくのが「江戸時代化」という、二つの軸で歴史を書いてみようと。

 

飯田 中国では宋、日本では江戸時代が国と社会の形の原型になっているというのは、非常にわかる感覚です。たとえば、どの国でも大衆向け歴史物の時代設定となる時期はだいたい決まってきます。

アメリカなら開拓時代ですし、日本なら時代劇といえばほぼ江戸時代、中国でも大衆演劇や小説だと宋の時代ですね。日本でも有名な『水滸伝』に『金瓶梅』、大岡越前ネタの原型である包公故事やそれをスパイスにした『三侠五義』など、争乱モノでない時代物には宋の時代を舞台にしたものが多いようです。

 

與那覇 なるほど、そういう見方もありますね。それにしても日本人の中国史への興味が、なぜあんなにも三国志に集中してしまうのか不思議です。戦前の内藤湖南からすでに指摘があるにもかかわらず、日本人があまりにも知らなすぎる「世界で最初の近世社会であり、グローバル化の先駆けである宋」のイメージから、本書を書きはじめました。

 

飯田 読みながらふと気づいたんですが、西洋の自由主義開放勢力・グローバル化推進勢力は比較的戦争に強いのに、宋とその影響を受けた朝鮮や日本ではおしなべて戦争に弱かったというのは不思議ですね。

 

與那覇 そうですね。特に日本では、宋に学ぼうとしたグローバル化推進勢力がなかなか戦争、つまり内戦に勝てない。本のなかでも引用した小島毅先生が面白いことを書かれています。それは宋が成立する前、唐が滅んだ後の五代十国時代に、中国大陸も一種の戦国時代的な国家分裂状況になるのですが、そこで「宋が成立しない」というシナリオもありえたのではないかと。

 

飯田 つまり、ヨーロッパのようになるということですか。

 

與那覇 そうです。国家分裂したまま、主権国家が複数できて国際社会をつくるという可能性もあった。しかし、宋という帝国をもう一度つくって統一した。そこが中国独自のものが生まれた起源なんだというふうに書かれています。

 

飯田 春秋戦国時代の国は、基本的に民族で構成されています。ギリシャやローマにおける蛮族と同様、楚の国は言葉が通じない完全な異民族だったといわれる。そんな歴史があるのに、なぜか秦による統一以降は、中国は少なくともその中核地域は統一されるのが当たり前になる。一方ヨーロッパでは統一国家が成立しなかった。

 

與那覇 ローマ帝国崩壊後は、幻想として神聖ローマ帝国やナポレオン帝政や第三帝国が出てくるだけで、それを目指すと自滅しましたしね。

 

飯田 今も絶賛自滅中といっていいかもしれない(笑)。

 

 

「日本的改革勢力」は必ず分裂している?

 

飯田 また本の中では「ブロン」というユニークな概念について多く記述されていますね。

 

與那覇 「いいとこどり」を狙ってブドウとメロンを掛け合わせたら、ブドウのように小さな実がメロン並みの数しか実らない、そんなへんてこな植物ができてしまう。元ネタは星新一のショートショートで、日中両国の文化が混じって「悪いとこどり」な社会をつくってしまうことの比喩として使いました。

 

飯田 日本の近世におけるブロンとして思いつくのが、田沼時代から寛政の改革にかけての不思議なねじれです。ぼく自身、與那覇さんの本を読むまで気づかなかったんですが、松平定信と田沼意次、両者の経済政策と政治の組み合わせの悪さは、現代にまで受け継がれる「ニッポンのジレンマ」のように感じます。

 

『田沼意次の時代』(岩波現代文庫)に代表される大石慎三郎先生の一連の研究に詳しいですが、田沼は経済的には全国的な課税を模索し中央集権化を進めようとするのに、政治手法は江戸的です。その一方で封建領主、つまり大名からの中央集権化への反発のリーダーである松平定信は、反グローバル主義的で反自由主義経済的なのに、なぜか学問としては朱子学を重視するわけです。

 

そこで不思議なのは、理念としては朱子学を受け入れるが、実態は朱子学とはかけ離れていたほうがいいという、その掛け違いに松平定信の、ある意味で分裂的な志向があらわれていると思うのですが。

 

與那覇 網野善彦流にいうと、鎌倉幕府崩壊あたりから掛け違いがはじまるんですね。重商主義政策をとろうとする指導者が、同時に政治の集権化を進めてゆくという中国的な傾向が、鎌倉幕府の終わりの時期に見られます。

 

北条氏の得宗専制と呼ばれるものですが、しかし増長した御内人——これは北条氏の私的な家臣で、商業を基盤としていました——の平頼綱を誅殺するために、鎌倉幕府の公的な御家人——こちらは農業が基盤です——の力を借りるという、首尾一貫しない戦いが起こります。

 

同様のことを繰り返したのが後醍醐天皇です。幕府を潰して集権化したいのに、足利氏という有力な御家人に頼ったせいでまた寝首をかかれる。それが近世になっても続き、現代にまで至るというのが、網野さんの言いたかったことだと思います。

 

飯田 現代でも同じかもしれません。改革勢力は最後にはどこかで旧勢力と妥協してしまうし、せざるを得なくなる。

 

與那覇 小泉改革もそうですよね。加藤の乱が節目でしょうか。古い自民党と縁を切って、民主党などの新しく伸びてきた政党と組んでやればわかりやすかったのですが、うまくいかなかった。

 

飯田 民主党も不思議な政党で、旧自民党メンバーを数多く抱えながらも、最大の支持母体は労働組合なわけです。それは江戸時代以来,もしかしたら鎌倉幕府成立以来の「地位の非一貫性」の話とも結びついていて、誰かの首をとればおしまい、というのがないようにできている。

 

與那覇 そうですね。AとBが組んでCを倒そうか、あるいはAとCが組んでBを倒そうか、という話ばっかりで、ビジョンの首尾一貫した完全な勝利者が出て来ない。近世思想史でいうと、国家神道は仏教を倒すための儒教神道連合軍として生まれたのだと小島毅さんが書いています。山本七平風にいえばそれこそが「現人神の創作者」、すなわち儒教の絶対的な天観念と、神道的な生き神思想のアマルガムだったわけですが。

 

飯田 儒教と神道は一番遠い様に感じますが、反仏教のところでくっついてしまったわけですね。この手の組み合わせの悪さは枚挙にいとまがないといってもよいでしょう。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.265 

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