新しい「ことば」の学び方――「一身にして二生を経る」時代を生き抜くために

■元通訳担当官の英語勉強法

 

そうした変わりゆく世界の中で、私たちはどのように新しい「ことば」を学んでいけばいいのでしょうか。最初に、狭義の「ことば」としての外国語の習得について、私の専門である英語の話をしようと思います。

 

まずは初級編です。私はいわゆる「純ジャパ」、すなわち、帰国子女ではなく、多くのみなさんと同じように中学校に入って英語をABCから学んだ人間ですが、今は英語を生業にして生きています。その中で得た教訓は、「ほんやくコンニャク」は存在しない、ということです。

 

「ほんやくコンニャク」は『ドラえもん』の世界で有名な道具で、大長編の映画によく登場します。相手に食べさせると、母国語、母語で話しているように、途端に何の障害もなく意思疎通ができるようになります。私は「ほんやくコンニャク」のようなものがないかとずっと探していたのですが、どうやらそういう「近道」はない、自分が変わるしかない、というのが正直な感想です。

 

「英語の教材はどういうものがいいのか」「どうすれば勉強がはかどるのか」という質問を受けることがよくあります。結論としては、教材はあまり関係がありません。やればいいのです。どんな教材を使おうが、そんなに大きな差はありません。ただ、選んだ教材をコンスタントにやっている人というのは、実はあまりいません。多くの場合、教材を買っただけ、数ページめくっただけで満足してしまいます。

 

私自身がやっていたのは、NHKのラジオ「基礎英語」を毎日聞くことでした。NHKのラジオには、「基礎英語1」「基礎英語2」「基礎英語3」や「ラジオ英会話」など、所要15分間程度の番組がレベルごとにいくつもあります。私が当時心がけていたのは、自分のレベルと自分のひとつ上のレベルを同時に聴く、ということでした。例えば、中学1年生だったら基礎英語1と2、2年生だったら基礎英語2と3というやり方です。自分と同じ学年ならだいたい分かるのですが、ひとつ上のレベルになるとよく分からない、やっぱり難しいんですね。そうすると、自分がやっていることだけではなくて、さらに上のレベルがあるということを毎日実感します。そこはどういう世界なのか、とだんだん興味も湧いてくるようになります。3カ月、6カ月が経つと、ひとつ上のレベルも少しずつ分かってくるようになる。非常にやりがいがありました。

 

あくまで私の個人的な実感にすぎませんが、英語の勉強は、数学や物理などの他の分野と比較すると、努力した量に比例してできるようになる傾向が強いと思います。逆に言うと、やらないとどんどん能力が落ちていくということに他なりません。数学や物理は、勉強してもあんまりできるようにならなかったりします。国語なんて、全然やってなかったのに問題文との相性が良くて解けた、ということも結構あります。しかし、英語は努力した量とかなり比例します。100時間やった場合は、50時間やったときよりも英語力が伸びる可能性が高い。もちろん、全部がそうだとは言い切れませんが、英語は、努力に見合った結果が出やすいと思います。

 

それから、英文法、英文和訳、和文英訳の反復練習です。

 

例えば、ロールプレイングゲーム(RPG)の「ドラゴンクエスト」でも、ギラ系の呪文は、ギラがあってベギラマがあってベギラゴンがあるように、レベルが上がるごとに使える呪文も強くなります。レベル1からいきなりベギラゴンができるわけではないんですね。レベル8でギラが使えて、レベル15でベギラマが使えるようになって、レベル30でようやくベギラゴンに到達する。同じような感覚で、英語の単語や文法を覚えていく。丹念にずっと続けていくと、今までできなかったことがどんどんできるようになっていく、以前分からなかった英文が読めるようになっていきます。レベル上げの最中は「つまらないな」「筋トレみたいだな」と思うかもしれませんが、和文英訳なり、英文和訳なりをやるのは、コストパフォーマンスが高いことなんですね。

 

新潟県立大学では、英語だけでなく外国語の生の教材に触れ、スタッフからトレーニングを受けられる教室があり、いつでも利用できるそうですね。ぜひ身近にあるものを活用しながら、コツコツとやっていってください。

 

さらに、パラグラフ・リーディングの習得です。

 

英語の文章の構造は、明らかに、日本語と異なります。例えば、英語ではまず主題を述べます。「私はこう思います。そして、サポートする理由は3つあります。1、2、3。だから結論はこうなんです」という構造になっています。それを知らないまま、もともと日本語だった文章をベタッと英訳すると、論点が分かりにくい文章になってしまいます。ですから英語で何かを書くときは、日本語で書いてから英訳するのではなく、最初から英語で書いたほうがベターです。みなさんにも今後、英語で何かを書いたりする機会があるかもしれません。そういうときは、パラグラフ・リーディング、つまりこういう文章構成のものを読む、あるいはパラグラフ・ライティングならそのように書くということですが、日英の文章構造の相違点を踏まえたうえで取り組むのがいいと思います。

 

 

■完成度98パーセントを99パーセントに近づける努力

 

ここからは応用編です。私が生業として英語を使っている中で、常日頃から心がけていることについてお話しします。

 

まずは「手持ちのカードを一枚でも多くしておく」ということです。

 

この中で「シソーラス」を使っている人はいますか。この単語自体は聞いたことがある人はいますか。これは「ある単語と似ている単語は何か」を調べる類義語辞典のことです。万人向けのシソーラスとは別に、私には肌身離さず持っている自前の本があります。そこには、英語の勉強をする中で自分が知らなかったことをメモしておき、常に手元に置いています。例えば、このページには「深い議論」と書かれています。通訳の勉強会をしているときに「深い議論を行うことができました」という文章があったのですが、「深い議論」にはどういう言い方があるのかを同僚たちと議論したんですね。

 

 

浅羽04

 

 

例えば、extensive、in-depth、thorough、detailed、full……いずれも「議論」という単語につながります。英語は、同じ単語の反復を非常に嫌がる言語です。英字新聞を読んだことがあると分かると思いますが、ある単語が出てくると次の行ではすこし言い換えられていることに気づくはずです。例えば、アーセン・ヴェンゲルというサッカーの監督の発言について、ニュースでは「アーセン・ヴェンゲル監督はこう言いました」「そのフランス人は…」「68歳の監督は…」というように、あえて違う単語を使って言い表されています。

 

ですので、同じ表現にしても、自分の手元に何通りのカードを持っているかというのが、実際に英語を活用していく中で非常に大きな勝負の分かれ目になるわけです。「深い議論」と言うときに、in-depthを使うか、thoroughを使うか、detailedを使うか、ニュアンスは微妙に異なります。in-depthだと「深掘りした」という印象を受けますし、detailedだはむしろ「細かい」という意味です。必ずしも同一の意味というわけではありませんが、似ている単語を数多く知っておくことで、表現の幅が広がります。

 

次に、「『意味は分かるけどそうは言わない』撲滅運動」です。ある程度英語ができるようになると誰もが突き当たる壁なんですが、「お前の言っている意味は分かるよ。でも、ネイティブはそうは言わないんだ」と言われてショックを受けることがあります。

 

最近私がびっくりしたのは、「~で満足しました」という言い方です。今回の議論に満足しました、と言うときに、一般的な“satisfied”という単語を使ったところ、ネイティブの友人から、「確かに“satisfied”でも意味は分かる。しかし、実は“satisfied”という単語は、『まあまあだね』と、決して100パーセント満足ではないという文脈で使われることがあるから注意したほうがいい。そういう場合には、“pleased”と言うほうが、この人は本当に喜んでくれているということが伝わる」と指摘されました。こういうことは学校の先生は教えてくれなかったと思うのですが、落とし穴があちこちにあります。

 

もうひとつ、例を挙げましょう。「デッドヒート」という単語があります。例えば「安倍総理とトランプ大統領はゴルフをして、デッドヒートを繰り広げました」といった文章を英語に訳すとしましょう。英語にも“dead-heat”という単語は確かにあるのですが、日本語の「デッドヒート」とはニュアンスが違います。英語の“dead-heat”は本当に「同着」のことを指します。「競っている」という意味の日本語の「デッドヒート」と英語の“dead-heat”とでは、意味が違ってきますよね。「激戦だった」ことを伝えたいのであれば、“a close contest”などと表現すべきでしょう。

 

ことほどさように英語は難しいんです。こんなにやっていても、なおも分からないことがたくさん出てきます。しかしそれでも、一つひとつこなしていかないと、高みには上っていけない。むしろ知らなかったことに出会うたびに「そんなふうに言うんだ」と面白がれると、英語の勉強は進むと思います。

 

最後に、「日本、世界でいま起きていることを英語で表現する」ということです。これは方法論のことです。

 

無料の英語教材はあちこちに転がっています。私のオススメはNHKのニュースです。みなさん、テレビのリモコンに、多重音声の切り替えのボタンがあることをご存知ですか。大体、チャンネルが並んでいるところではなく、蓋を開いたところにあるボタンなのですが、それを押すと同時通訳を聴ける番組があります。NHKだと、夜6時、7時、9時のニュースでこのボタンを押すと、言語がすべて英語に切り替わります。NHKのニュースは事前にすべての原稿ができていて、英訳したものが読み上げられるようになっています。このニュースを聴くのはものすごく勉強になります。しかも都合がいいことに、NHKのニュースは、英語が分からなくても、内容をなんとなく知っていたりしませんか。ボタンをひとつ押すだけで、ほぼネイティブのスピードで英語のニュースを聴くことができます。

 

こうした英語放送はそもそも、日本語は分からないけど英語なら分かるという日本在住者のために便宜を図っていたのだと思いますが、英語の学習をしている人にとっても無料でアクセスできる、とても良い教材です。みなさんも今日家に帰って、夜7時、9時になったら、早速そのボタンを押してみてください。そうすると、すぐ側に全く異なる世界が広がっていることに気づくと思います。

 

他にも、BBCのポッドキャストがオススメです。BBCはイギリスの公共放送で、世界中にネットワークを張り巡らせています。その中にはポッドキャストになっている番組もあります。iTunesなどのプラットフォームを持っている人であれば、世界のニュースを無料でダウンロードして、いくらでも聴くことができます。今の時代は、いつでも、どこでも、誰でも、その日の世界のニュースをダイジェストで聴くことができるんですね。ただ、これはちょっと難易度が高い。テレビなら映像が補助情報となって言っていることがなんとなく分かるのですが、ラジオの場合は音だけで理解しないといけません。それでもチャレンジしてみる価値は十分にあるのではないかと思います。【次ページにつづく】

 

 

シノドスをサポートしてくれませんか?

 

シノドスはみなさまのサポートを必要としています。ぜひファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」へのご参加をご検討ください。

⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

 

無題

 

シノドスが発行する電子マガジン

 

・人文・社会科学から自然科学、カルチャーまで、各界の気鋭にじっくりインタビュー
・報道等で耳にする気になるテーマをやさしく解説
・専門家たちが提言「こうすれば●●は今よりもっとよくなるはず!」

・人類の英知を知り、学ぶ「知の巨人たち」
・初学者のためのブックリスト「学びなおしの5冊」

……etc.

https://synodos.jp/a-synodos

 

 

1 2 3 4 5 6 7
シノドス国際社会動向研究所

vol.252 日本政治の行方

・橋本努「なぜリベラルは嫌われるのか?(1)」
・鈴木崇弘「こうすれば日本の政治はもっとよくなる! 政治の政策能力向上のために「変える」べきこと」
・中野雅至「日本の官僚はエリートなのか?」
・大槻奈巳「職業のあり方を、ジェンダーの視点から考える」