フェイクニュースに騙されないための《社会調査》のすすめ

ネットを中心に流言やデマが蔓延し、「フェイクニュース」「ポストトゥルース」といった言葉が飛び交う今、私たちはいかに情報の真偽を見極めるべきなのか。調査によってデータの裏取りを行う研究者の方々に、「社会調査の入門編」と題してレクチャーしていただいた。(構成/大谷佳名)

 

■ 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら →https://www.tbsradio.jp/ss954/

 

 

「量的調査」と「質的調査」とは?

 

荻上 本日は2人のゲストをお招きしております。まずは家族社会学と計量社会学がご専門で、統計データから社会を読み解く「量的調査」を行っている、筒井淳也さんです。よろしくお願いします。

 

筒井 よろしくお願いします。

 

荻上 もうお一方は、沖縄、被差別部落、生活史などがご専門で、当事者にじっくり話を聞く「質的調査」を行っている、岸政彦さんです。よろしくお願いします。

 

 よろしくお願いします。

 

荻上 まずは筒井さん、フェイクニュースやネット上のデマなどに注目が集まる最近の動向をどうご覧になっていますか。

 

筒井 以前から量的調査を行う研究者の間では、統計データを正しく読み解く能力、いわゆる「リサーチ・リテラシー」の重要性は指摘されてきました。最近は、「フェイクニュース」という言葉も生まれるように、情報に対する不信感はより増していると思います。データの裏取りをする「ファクトチェック」という動きも注目されていますが、日本の報道界ではそれが出来る記者は限られている印象があります。取材による裏取り同様、統計に関する事実確認もしっかりできるようになるといいですね。

 

荻上 岸さんはどうでしょうか。

 

 ネットで広がる情報というのは、非常に単純化されてしまっている印象を受けます。全部こいつのせいだ、こうすれば全部良くなるんだ、という流れになってしまっている。そうではなくて、一人一人にちゃんと話を聞いてみれば、一つの事柄についてだっていろいろな事実があるんだという発見があります。僕が質的調査を通して発信しているのは、「物事をより一概に言えなくしていく」ということなんです。もっと「世の中いろいろなんだ」という見方を大事にして欲しいなと思います。

 

荻上 今お話に出てきた「量的調査」と「質的調査」ですが、この二つはどのような調査なのでしょうか。

 

筒井 イメージしやすいと思うのは、政府がやっている国勢調査です。一軒ずつ家を回ってアンケートに記入してもらうというもの。社会学者が行っているのは、それよりもっと詳しい内容を聞いていくもので、10ページくらいのアンケート用紙の中で、職歴、学歴、所得、その人の意見などを聞いて、データを数値化し、「こういう人はこういう傾向がある」ということを明らかにしていきます。

 

 僕がやっている質的調査は、フィールドワークでも、参与観察でも、インタビューでも、基本的には直接人に会って話を聞くことだと思っています。そういう意味では、量的調査で直接アンケートに答えてもらうのと大きな違いはないかもしれませんね。

 

荻上 筒井さんはどんな調査を行ってきましたか。

 

筒井 日本の計量社会学者が行う最も大規模な調査である、「社会階層と社会移動全国調査」(SSM調査)というものがあります。10年に一度行われ、一回の調査に数千万円のお金をかけて、一万人分くらいのデータを取るんです。

 

他にもいくつか大規模調査がありますが、こういった社会調査から何が分かるかというと、例えば、最近は恋愛結婚が大多数を占めてきて、お見合い結婚が5%程度になっているというデータが出ています。しかし、恋愛結婚と言っても必ずしも親が口を出してこないとは限りません。親が相手の職業や経済状況を気にして反対する場合もありますよね。

 

なので、もう少し詳しく調べるために、「恋愛結婚かお見合いか」という項目のほかに、「親がどれだけ口を出してきたか」という質問も入れたんです。すると、男性よりも女性の方が口を出されているという結果が出ました。やはり、男性が稼いで女性は家に入る、女性の幸せは結婚相手にかかっているという考え方が根強いんですね。つまり、まだまだ日本はピュアな恋愛結婚になりきれていない。

 

また、親が結婚に口を出してくる場合、おそらく相手の出自や家柄を気にしているということもあると予想されます。言ってみれば結婚差別が強く残っているなと。ただ、そう解釈はできても、差別意識があるかどうかをデータで確かめるにはなかなか踏み込めないところがある。ここは量的調査の限界だと思います。

 

 結婚差別の問題についてずっと質的調査を続けている齋藤直子という社会学者がいるのですが、被差別部落出身の人々にひたすら会って生活史を追っていくうちに分かったことがあるんです。それは、いまだに部落の中では結婚する上で親の意見がものすごく強い。結婚差別はそもそも親が子どもの結婚に口を出すということです。日本は個人主義になってきていると言われていても、実は結婚に関しては家族主義的な傾向が強いのかなと考えた時に、筒井先生が本の中でそのことを書いてくれていて。社会に関する一つの知識を見出した瞬間でした。やはり、量的調査と質的調査は一緒に共同して作業できるものなんだなあと思いましたね。

 

 

その時代の統計はその時代にしか取れない

 

荻上 筒井先生は家族社会学の研究をされていますが、「少子化対策はどうするべきなのか」「なぜ少子化が進んでいるのか」についても、量的調査で研究されているのですか。

 

筒井 そうなのですが、なぜ少子化が進んでいるのかについては、これまで蓄積されたデータの中からは分からないところがあるんです。

 

たとえば日本の少子化は1970年代から始まっていて、結婚しない人が増えたことが第一の原因です。ただ、その時に、なぜその人たちは結婚しなかったのかについてきちんと聞いている調査はないんですね。1980年代後半になってようやく聞き始めたのですが、今から当時のことを思い出して書いてくださいというのも難しい。その時代の統計はその時代にしか取れないんです。

 

今は使えないと思っていても、将来使えるかもしれませんし、ファクトチェックをしたい時に出来ないとなると困ります。一回の調査をするにはお金もかかりますし、個人情報の問題もありハードルが高くなっていますが、よりデータを蓄積していくためにも、今一度、調査環境を見直さなくてはいけません。

 

荻上 量的調査は「比較する」ということが本質なのに、よくメディアでは現在のデータを取っただけで安易に「○○化する若者」と言っているのを見かけます。このような報道にも注意が必要ですね。

 

少子化対策としては、調査を重ねていく上で必要な政策はある程度絞れてきているのでしょうか。

 

筒井 まだそこまでは収束していないですね。典型的には、やはり日本は性別分業社会なんだから男性の雇用を安定させるのが第一だ、という意見があります。

 

しかし、80年代の欧米社会を見てみると、男性の失業率が非常に高かったのにもかかわらず、比較的、出生率が回復した国が多いのです。つまり、自分一人では生活していけないので共働きにならざるをえなくなっていく。そこで子育て支援があれば出生率が上がっていく、という転換が生じるんです。結婚のメリットが相対的に上がったことが原因です。日本社会はそっちにいくべきだと私は思っているのですが、なかなか転換は難しいですね。

 

荻上 政府は「一億総活躍」を掲げて、なおかつ保育所問題にも取り組もうと動き出してはいますが、手遅れではあるけれどしないよりはマシなのでしょうか。

 

筒井 ただ、お金の使い道としてはもう少し思い切った方がいいでしょう。日本でありがちなのが、お金を小出しにするんですね。もっと大胆にお金をかければ意外とうまく変われるのですが、難しいのでしょうね。

 

 

筒井氏

筒井氏

 

 

一概に言えなくしていく

 

荻上 岸さんはどういう調査をされているのですか。

 

 現在進めているのは、一昨年くらいから始めた沖縄戦体験者の方への聞き取りです。今のところ、学生や他の研究者とも協力して40人くらいに取材して、具体的には戦後どのように暮らしてきたのかについて聞いています。というのも、戦時中の体験については県内でも多くの記録が残っているのですが、戦後についてはあまり聞かれてこなかったんです。

 

考えてみれば、戦争を生き延びた方々の努力が、今の140万人の沖縄を作っているわけですから、戦後の沖縄の生活史についても、今のうちに記録を残しておきたいと思っています。いま筒井先生が言われたように、将来それを知りたいと思っても、当時行っていない調査は永遠に残らないわけですから。僕ら社会学者がジャーナリストの方々と違うのは、一回一回の調査を商品にしなくていいということだと思っています。だからこそ、10年、50年という長いスパンでなるべくたくさんのものを残したいという気持ちは強いですね。

 

荻上 研究者がバトンリレーのように、自分の研究をしっかりやり切って次の世代の研究者に託すということをされているのは、理系だとイメージしやすいかもしれませんが、社会科学の分野でもそういう面が強くあったりするんですよね。

 

聞き取りの際に、意識すべきことはありますか。

 

 いや、僕は自分のインタビューが上手だとは思わないですし、コツとかはわからないですね。ただその都度、誠実に聞くしかないんじゃないでしょうか。僕自身は、「本当の語りを聞き出してやる」みたいなことは全く考えずに、たまたま出会った方にありがたくお話していただく、という感じでやっていますね。

 

荻上 質的調査の場合は、結論としてこれが明らかになったとか、こういう政策が必要だとか、導き出せるものなのでしょうか。

 

 僕個人の考えとしては、質的調査で生活史を聞く時は、新しい事実の発見を目指さなくていいんじゃないかと思っています。

 

例えば、以前調査をしていた沖縄の階層格差の問題でいうと、ジニ係数を見てみると格差が大きいことが示されているんですね。貧困で生きて行くのが精一杯という方もいる一方で、琉球大学を卒業して公務員になって安定した暮らしを送っている人もいると。しかし、安定している人も決して楽をしているわけではないんです。どんな人でも一生懸命生きている、それを描けたらいいんじゃないかと思うんです。一人一人の事実をとにかく積み重ねていくことが大事だなと思います。

 

荻上 一方で、岸さんは『同化と他者化―戦後沖縄の本土就職者たち―』(ナカニシヤ出版)という本の中で、「沖縄は基地があったから経済的に発展した」という説に対して、データを使って否定されたりもしていましたよね。

 

 はい。あれはまず、沖縄戦を経験した方にインタビューしたところ、復帰前はものすごく景気がよかったという話が多かったんですね。それで数字と照らし合わせてみると、実際にほとんど完全雇用の状態だったことが分かった。質的調査から明らかになったことが量的調査の結果とぴったり一致する瞬間は、ほんとうに楽しいですよね。【次ページにつづく】

 

 

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