生活保護とクィア

クィアであることは、婚姻関係を結びづらいことだけを意味するのではありません。雇用の問題、医療の問題なども、わたしたちクィアの生活に大きな影響を及ぼしています。

 

クィアの多くは、異性愛ではない性的な指向(どのような性別を性愛的に求めるか)だったり、生まれ育つなかで医師や行政、その他周囲の環境によって決められた性別に不当に求められている行動・振る舞いの規範に合致しない行動・振る舞いをしたり、したいという希望があるといった点で、社会のあらゆる場面で、不当な扱いを受けたり、不当な扱いを受けるのではないかという不安を感じさせられています。

 

たとえば、仕事に応募する際に提出を求められることの多い、いわゆる「履歴書」に、性別を書き込む部分があること、そして写真を貼る部分があることを問題化している人がいます(たとえば諸葛やかさん)。仕事を探しているクィアにとっては、この他にも多くのハードルが存在します。一般的な就職の悩みはもちろんのこと、それに加えて、制服が決められているのか、男女で仕事内容が分けられた職場なのか、職場のトイレはどうなっているのか、職場の上司や同僚は理解ある人間なのか、面接に行くときの服装はどうすべきかなど、さまざまなことを考えてしまうクィアは多いです。

 

その不安から、応募することをあきらめることもあります。雇用の機会はそもそも、大卒か高卒か中卒か、女性か男性か、障害者か健常者か、高齢者か現役世代か18歳未満かなど、さまざまな点において不平等ですが、クィアであることもまた、雇用の機会を狭めるひとつの要素になっています。

 

さらに、職場の嫌がらせやセクハラを受けるなどのケースも、クィア、とくに女性として就労している人には、身近なことです。企業に少しずつカウンセリング制度や相談窓口が設置されてきているとはいえ、それらの制度を利用すると職場にいづらくなる、相談窓口の人間がそもそもハラスメントを行う、派遣先企業のそういった制度を利用することが派遣労働者には許されていないなどの状況に加え、わたしたちクィアには、窓口の人間やカウンセラーに自分の性的な指向や性別のアイデンティティ(あるいは行政管理上の性別)を明かすなどする負担があったり、そうすることで自分の立場が不利になるかもしれないという不安があったりします。

 

クィアとメンタルヘルスの問題についても、「LGBT」という枠組みだったり「ゲイ男性」に特化した統計だったりしますが、少しずつ調査がされてきています。日高庸晴さんの調査によると、10代のゲイ・バイセクシュアル男性が自傷行為をしたことがあると答えた割合は17.0%であり、首都圏に住む男子中学生全体のうち自傷行為をしたことがあると答えた割合(7.5%)よりも二倍以上大きい数字が出ています。また、異性愛男性が自殺未遂をする確率よりも、ゲイ・バイセクシュアル男性が自殺未遂する確率は約6倍も多いことがわかっています。

 

米国の調査では、レズビアン女性も同じように、異性愛女性よりも高い割合で自殺未遂をしているようです。さらに自殺で死亡した若者の約3割が同性愛者であるという調査もあります。また、メンタルヘルスは、決して自傷行為や自殺だけの問題ではありません。精神的につらいとき、それまでと同じような生活を送れるひとはあまりいません。仕事をしていても、行けなくなってしまうかもしれない。ましてや精神的なつらさの原因が職場にある場合は、それに耐えながら出勤することは大きな苦痛でしょう。

 

自ら休職や退職を選ばなくても、メンタルヘルスについて企業の理解がまだ浸透していない現状では、仕事を休みがちになったり業務に支障が出ることなどを理由に解雇されることだってあります。メンタルヘルスの問題を抱える人は誰しもこういった困難に直面していますが、メンタルヘルスの問題を抱える確率が高いクィアにとって、こういった困難はさらに身近なものとなっています。

 

クィアにはさらに、ホルモン治療や性別再指定手術などを受ける者もいます。しかしこれは、健康保険の適用外のため、全額を自分で負担しなければいけません(戸籍変更後のホルモン補充療法は適用となります)。現在、健康保険の対象を拡大するよう求めている団体もありますが、現在は、ホルモン治療や性別再指定手術を望む場合、自分で費用を払える状態になるまで待たなければいけないという状況です。生活のために劣悪な労働環境を我慢している人は世の中にたくさんいますが、ホルモン治療や性別再指定手術を望む人たちにとってはさらに、貯金をしないと自分の本来望むあり方での生活ができないという理由が上乗せされています。

 

そもそも健康保険という制度自体が、クィアにとって望ましい運用をされていません。健康保険とは、毎月一定の額の保険料を払うことで、病院にかかったときに医療費の7割を免除されるという制度です。個人で国民健康保険に加入することも可能ですが(「国民」とありますが、過去1年以上日本に滞在している外国人も加入可能です)、勤め先で週にフルタイムの人の4分の3以上の時間働いていれば、社会保険(健康保険と厚生年金のセット)に加入することになります。社会保険料は企業と本人で半分ずつ負担することになります(そのため、社会保険に入れる就労状況であるにもかかわらず、それを労働者に伝えずにいる企業もたくさんあります)。

 

社会保険の場合、自分だけではなく扶養している子どもや配偶者、親や兄弟なども健康保険を利用することができます。さらに、自分の年金料を一定期間以上、毎月払うことで、配偶者も将来年金を受け取ることができるようになります。これは制度ができた当時、専業主婦や兼業主婦を守るためにできた制度ではありますが、健康保険に限らず、社会保障の制度が「異性愛の男女がつくる家族」を前提としていることから生じている問題です。

 

健康保険や年金、生活保護などの社会保障の制度は、いわゆる「家族」を前提としています。現在法律で認められるかたちの「家族」は、そうでない世帯と比べて、健康保険や年金の面で有利になるようになっています。また、「家族」による自助努力(自分たちで頑張ること)を前提とし、それをいま法改正によって強制しようとしていることは、クィアにとって非常に大きな問題です。

 

もちろん現行の健康保険制度は、クィアでないからといって問題がないわけではありません。たとえば個人で入ることのできる国民健康保険と国民年金も、在日コリアンにとっては、1965年(韓国籍)もしくは1970年以降(「朝鮮」籍))に健康保険加入が可能となり、1982年に年金加入が可能になるまで、利用することはできませんでした。しかし1982年の時点ですでに36歳以上だった在日コリアンは、「60歳までのあいだに25年以上年金料を払えない」ことを理由に年金から排除され、今でも無年金の高齢者となっています。生活保護を受けている外国人世帯で在日コリアンの割合が大きいのは、こうして年金制度から排除された在日コリアンが高齢者になって生活に困難を来しているという背景があります。

 

この他にも、たとえば滞在権の問題があります。「日本人の配偶者等」「永住者の配偶者等」「家族滞在」などの在留資格を持つ外国人は、結婚していることなど、家族が日本で滞在権を持っていることを前提に滞在権を付与されています。このなかで、「家族滞在」の就労資格を持っているひとは、就労するために入管の許可が必要で、許可の内容も「週に28時間以内の就労」に限定されています。

 

また、「配偶者」としての在留資格の場合は、同居していることが要件とされ、さらに6ヶ月間以上「配偶者としての活動」がない場合は、在留資格を失うことになります(暴力がある場合など事情によっては、「短期滞在」や「定住者」に切り替えることが許可される場合もあります)。これは、「日本人の配偶者等」「永住者の配偶者等」「家族滞在」などのビザがいかに不安定な在留資格であるかを表しています。そしてこれは、そのようなビザで滞在している外国人に、自由意志で離婚や別居などをさせない機能を持っています。

 

いわゆる「家族」というものにこれだけの機能がまかされているということは、「家族」をつくることを非常に困難にさせられているクィアにとって、そしてクィアであるかそうでないかに関わらず日本国籍を持たない人にとって、現行の仕組みがとても不便に、不平等にできていることを意味します。そのなかでも行政に「女性」と区分される人にとっては、さらにもっと不平等なつくりになっています。

 

α-synodos03-2

1 2 3 4
シノドス国際社会動向研究所

vol.222 特集:沖縄

・仲村清司氏インタビュー「変わる沖縄——失われる心と『沖縄問題』」

・宮城大蔵「静かに深まる危機——沖縄基地問題の二〇年」

・北村毅「戦争の『犠牲』のリアリティー:当事者不在の政治の行く末にあるもの」

・神戸和佳子「『わからなさ』の中でいかに語り考えるのか——沖縄をめぐる哲学対話の実践から」

・山本ぽてと「沖縄トイレットペーパー産業史」
・齋藤直子(絵)×岸政彦(文)「Yeah! めっちゃ平日」