『21世紀の資本』訳者解説――ピケティは何を語っているのか

 米国型、ヨーロッパ型、日本型

 

飯田 ここまで、r>gのお話をしてきましたが、注意すべき点があります。ピケティは米国型の格差とヨーロッパ型の格差の違いを指摘しているんです。

 

山形 ヨーロッパ型では、資本の占める比率がどんどん上がり、資本の格差がそれに伴い増えているのだと説明されています。

 

ですが、米国型の場合、資本の話はあまり出てきません。図を見ていただきたいのですが、r>gがどんどん増えているのは、どうもアメリカにはあまり当てはまっていない。

 

 

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ですが、アメリカは所得格差がすごい。資本はさておき、会社の重役がものすごい高給取りになっているからです。これはフランスやドイツよりもはるかにひどい。アメリカでの格差の問題は、r>gとは少しずれてしまいます。アメリカは例外かもしれないけれども、それにしてもかなり大きい例外ではある。

 

ただ、ピケティに言わせると、今後は重役報酬でため込んだ人たちがそれを相続していけば、イギリスやフランスと似たようにことになる可能性があるとのことです。

 

飯田 この本自体がとんでもない超長期のデータを相手にしています。アメリカはまだ新しい国だから当てはまらない可能性があるというのがピケティのエクスキューズです。ちなみに、『21世紀の資本』では、日本のことにほとんど触れられていません。

 

山形 だいたいヨーロッパと似ているね、バブルがすごかったね、と言って終りです。

 

飯田 ピケティはアメリカ型とヨーロッパ型の格差があると言っていますが、ぼくはもう一つ日本型の格差もあるように思っています。

 

日本では上位10%の金持ちが全資産に占めるシェアの5割を切っています。これは世界でベルギーと日本しかありません。日本も資産に関しては、世界でトップ争いできるほどの平等な国でもある。

 

ですが、『21世紀の資本』が注目されるような、非常に強い格差感も日本社会にある。日本の場合、持ち家層・中くらいの資産を持っている人と、全然持っていない人の格差とが、意識として強いのではないでしょうか。これは、アメリカの1%対99%とか、ヨーロッパの資産家vs一般人とは違っているのではないでしょうか。

 

たとえば、この本への有効な指摘の一つとして、「資産の占める割合の大きさを問題にしているけれど、その資産の多くは金持ちではない一般の人の住宅じゃないか」とはいうものがありますが、この住宅ストックこそが日本の格差感の原因になっていると思うんです。

 

山形 なるほど。アメリカだとビルゲイツみたいな大金持ちを僻むことはない。普通の人たちが普通に生活できたらよいという文脈です。トップ1%を見ればそりゃ金持ちだろうけど、それで「資本主義の破壊」「民主主義が滅びる」となるのは言い過ぎなのではと、この本では批判されていますよね。

 

ただ、日本の場合は中間層でも持ち家のある人とない人がいる。日々の暮らしの中で、そういう差が見えているからこそ、強い格差感を持っている可能性はありますよね。

 

 

グローバル累進課税

 

飯田 さて、r>gの差を埋めるために、ピケティはグローバルな累積資本課税を推奨していますよね。それはどのようなものなのでしょうか。

 

山形 いま日本でも土地や家を持っていると固定資産税がかかります。あれを広げろという話です。固定資産税を払っている方はご存じだと思うけれども、土地が小さいと少しまけてもらえます。ですから、少ししか持ってない人は税率が低く、多く持っている人は税率が高くなる。同様の課税を、金融資産や他の事業資産にも広げてやろう。土地も、株も、事業資産も持っている人には高い税率をかけ、少ない人には低い税率にしようと提案しています。

 

ただ、それを一国でやろうとすると、皆ほかの国にお金を移したりするだけなので、世界で同時にやろう。あらゆる国で全部同じ税率をやろう。しかも、今はそれぞれの資産が不明なので、世界中の銀行同士でデータを共有して公開して、誰が何を持っているのか、完全に報告できるようにしようというのがこのアイディアです。

 

飯田 かなり壮大過ぎるので、納得しながら第3部までを読まれた人が、第4部の解決策の部分で戸惑ってしまう。

 

山形 現実的ではないと、どうしても思ってしまいますよね。

 

飯田 これって、一国革命論と世界革命論のような話になっているのではないか。一国だけで社会主義をするのは不可能であるが、世界同時革命により共産主義は可能なのだという議論に妙に結びつくところがあると思います。やはり「21世紀の資本『論』」のイメージも持ってしまいます。

 

山形 世界中にピケテルンをつくり、これを推進しましょうと(笑)。

 

飯田 なぜそれが重要なのか、自分なりに想像してみたら、税金を取れると税務署が血まなこになって捕捉してくれる。資産課税をアメリカが始めたら、アメリカの税務当局が必死で世界の財産をあさり始めるでしょう。意外と不可能ではないのではと思ってしまいます。

 

山形 彼も、グローバル累進資本課税を提案した次の文章で、これは空想だとわかっているけれども、まずベースラインとして検討しましょうよ、と述べています。その後だんだん、これもできているし、あれもここではできているし、これをもう少し延ばすとできるかもしれませんよと、出来るかもと思わせる構図で話を進めていきます。上手いなぁと思いますね。

 

飯田 僕も読んでいて、可能性はあるかもしれないと思ってしまう。その一方で、格差是正というと、ほかの手法もずいぶんあるわけですよね。それについてのピケティはずいぶん点が辛いと思います。

 

例えば、特にヨーロッパ型の格差の場合は相続が問題だと言っているのですから、相続税を上げれば良いと思うのですが。

 

山形 彼は、相続税は補足がいまいちだし、一世代に一回しか起きないという言い方をしています。ピケティが資本課税をやりたい理由は税収が目的なのではなく、誰が何を持っているかをきちんと捕捉できるようにしたいのでしょう。

 

それには相続税では足りないのですという話をします。僕の個人的な考えでは、格差解消を目指すのであれば、相続税は有効だと思います。グローバル累進資本課税だけではなく、色んな方法があるだろうと。あんまり他の方法をディスらないでほしいなとは思います。

 

飯田 さらに、累進所得税もそうですよね。どちらかというと、ニューディール政策以降、累進所得税のおかげで所得が平等化したと言っているのだから、ぜひ累進所得税も使えばいい。

 

 

マルクス、ケインズ、ピケティ

 

飯田 rがgより高いことが格差を生んでいるのであれば、資本の一部を公的に所有する、なんてアイディアが出てきそうです。いわゆる生産手段の公有化・社会化ってやつです。しかし、ピケティはその方向へは行かないのですね。

 

山形 本の中でも、公共の資本の民営化がどんどん進み、民間の資本がふくれあがっている、という分析が行われます。でも、「それを逆転しよう!」という議論にはなりません。

 

飯田 そこがピケティの新しさですよね。社会主義・共産主義としっかり距離を置いている。資本主義をほったらかすと、ろくなことにならないといいつつ、資本主義を前提に経済をうまく回している方法を考えている。そういったビジョンをみていると「21世紀の資本論」というよりも、扱っているテーマは別ですがケインズの『一般理論』に似たものを感じます。

 

山形 ケインズも、「貨幣改革論」(山形訳だと「お金の改革論」)で資本課税について話をしているので、そういう伝統にもつながっているのかもしれません。

 

飯田 ところで、山形さんが、「21世紀の資本論」と訳さなかったのはなぜなのでしょう。

 

山形 英語版がガーッと売れ始めたときに、あちこちで、「21世紀の新しいマルクス」「21世紀の資本論」という読まれ方をされていました。

 

ただ、ピケティ自身はインタビューで「マルクスは読んでない」と言ったりしているようです。でも、あれは絶対うそです(笑)。この本を読むと、マルクスの『資本論』の脚注にまで入り込んで議論をしている。だから絶対読んでいるのですが、一方でマルクス主義と関連づけられるのは明らかに嫌がっている。

 

やはり、特にアメリカなどでは、「おまえ、マルクス主義者だ」とか言われた瞬間に議論が止まってしまいます。本人としても『資本論』の話よりは、「資本」の話がしたかったのではないでしょうか。そこに配慮して、『21世紀の資本論』と訳さなかったんです。

 

飯田 ピケティ自身の受けた教育は、主流派の経済学ですよね。

 

山形 しかも超エリートです。22歳で博士号を取り、マサセッチューセッツ工科大学の先生にすぐなった。すごい学歴です。

 

飯田 その中から出てきた資本主義批判……。ただ、読んでみると、批判という形でもなく、どちらかというと淡々と資本主義下での所得の分配について書いている本だと思いました。

 

 

地道な研究に光を

 

飯田 これだけ話題になったことで、ピケティまたはパリ経済大自体が大プロジェクトとしてデータを集め始めると、もっともっといろいろなことが明らかになってくるのではないかと思います。

 

山形 ちなみに、彼はこの本で使用している統計のデータベースをつくり、ウェブで公開しています。ほかの経済学者も仕事ができるようなデータベースをつくってくれたのは、非常に重要な役割だと思います。(翻訳版 ピケティ『21世紀の資本』サポートサイト(β版)

 

大学生なんて、そこからデータをちょっとダウンロードして、相関を取るだけで卒論1本書けるから(笑)、ぜひやっていただきたいと思います。

 

飯田 それにもかかわらず、アメリカで主流派と呼ばれている経済学者たちは有効な批判ができていませんよね。

 

山形 ピケティが15年かけて集めたデータソースでやってきているし、それに対し1年や半年でデータを集めて反論しようというのは、なかなか……。

 

飯田 いわゆる主流派の経済学自体が、だんだん現実の重要な問題に対してもがいてチャレンジをしていく学問ではなく、型の美しさを競う品評会になりつつある。実際の経済には興味ないけど、モデルは好き――みたいなところまで来ているのではないでしょうか。

 

でも、もっと荒削りであっても社会の問題と格闘することが求められていると思います。まぁ、だいたい満身創痍で傷ついて終わることにはなるのだとは思いますが。『21世紀の資本』のように、社会の問題に直接格闘しにいき、問題を解決していたい、何とかしたいというのが感じられる経済学の本は久々だと感じました。

 

山形 彼の先人にあたるクズネッツがノーベル経済学賞をもらったとき、こういう経済統計をあさって積み重ねていくような地道な活動をもっと人気の出るものにしようという意図が選考委員にあったと言われています。

 

ただ、10年間ほこりの積もった書類と格闘するような世界です。いまいちファッショナブルではないので、どうしても人気が出てこなかった。今回、このようにピケティの地道な業績に日が当たったことで、泥臭いことをやっていても現実に繋がるような話をすれば、注目を集めることができる。その可能性を示してくれたのは、非常に有難い話だと思います。

 

飯田 この『21世紀の資本』を、月並みですが、どんな人に読んでほしいか、どんな形で読んで欲しいか伺えればと思います。

 

山形 「難しい」とか「分厚いからとっつきにくい」と皆さん言っていますが、読んでみるとそんなに難しくはありません。言っていることは非常に明快です。

 

本の中にはトリビアも豊富ですし、つまみ食いしながら読むなり、気が向いたら気が向いたところを手に取るなりしてもらえればと思います。ただ、それをもとに何か言うときには、その前後を読んで文脈は押さえていただきたいですね。

 

(グラフ出典 「ピケティ『21世紀の資本』 訳者解説 (v.1.1) 」

 

 

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21世紀の資本

著者/訳者:トマ・ピケティ

出版社:みすず書房( 2014-12-06 )

定価:

Amazon価格:¥ 4,990

単行本 ( 728 ページ )

ISBN-10 : 4622078767

ISBN-13 : 9784622078760


 

 

 

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