なぜベーシックインカムは賛否両論を巻き起こすのか――「転換X」にのっとる政策その1

右にも左にも賛成者と反対者

 

「ベーシックインカム」とはよく知られているとおり、すべての人に、一定の所得を無条件で分配する社会保障政策のことです。日本では、ホリエモンこと堀江貴文さんが熱心に提唱したり、大阪維新の会の「維新八策」にこの名称があがったり(実際には採用されていない)して、新自由主義的なイメージが強いのですが、マルクス経済学者の伊藤誠さんが近年一生懸命紹介しています[*1]ように、もともと欧米では社会主義者たちの議論の中で検討されてきたものです。

 

例えば伊藤さんもあげていますが、この連載の第3回で名前のあがったオスカー・ランゲはその先駆者の一人です。あのときにも説明しましたが、ランゲの社会主義モデルは基本的に普通の新古典派の一般均衡と同じものなので、計画計算の均衡解において、利潤や地代が発生します。工場も土地もみんな国のものですから、この利潤や地代は全部国のものになり、全国民で頭割りされて無条件分配されることになります。

 

こんなふうに、世間で言う「右にも左にも」支持者がいる一方、反対者もまた「右にも左にも」います。日本語版ウィキペディアの「ベーシックインカム」の項目を見て、あまりの見事さに驚いたのですが、2010年の参議院選挙の立候補者で見ると、(「新党改革」の唯一の回答者が反対だったのを除けば)なんと議席のある全政党で賛成者と反対者がいます[*2]。

 

こんなことになる政策なんて滅多にないことですね。やはり何か理由のあることでしょう。それはこれが「転換X」に極めてフィットした政策だからだと思います。「転換X」はとても根本的な社会システムの転換で、当然賛否両論が起こり得ますが、その対立軸と、従来の労資や保革の対立軸とは別のものです。しかしそのことを自覚しない反対者の目からは、この転換は敵を利するものに見えてしまう。「右からは左に見え、左からは右に見える」わけです。

 

 

労働と所得は切り離されていない

 

もちろん、あまり本質的でないテクニカルな批判はたくさんあります。財源問題をめぐる批判は一番ありふれたものです。小沢修司さんがとても早い段階で、おおざっぱに月8万円のベーシックインカムが5割の税率で実現可能という試算を出し[*3]、日本におけるベーシックインカム論議を切り開きましたが、その試算の当否はさておき、税率を上げれば原理的には当然可能である以上、本質的議論にとってはあまり重要な論点ではないと思います。

 

それから、提唱者があまりに、「労働と所得を切り離す」のが本質と言ってきたために、余計な誤解を生んでいる面もあると思います。「怠け者を助長するのか」とか「働く誘因が殺がれるぞ」とかいった反発を煽ってきたように思うのです。本当は、ベーシックインカムを支給して税金をとったあとの純所得は、稼げば稼ぐほど高くなりますから、労働と所得は切り離されていません[*4]。現行生活保護給付は一旦受け取ったら稼ぐだけ損になっていますから、そっちの方がよほど働く誘因が殺がれます。

 

正確に言うならば、ベーシックインカムの理念は、「労働と生存を切り離す」だと思います。労働と所得との対応は、飢えることのない範囲でつけるということです。

 

自由主義者が理想的に想定している「おとぎ話」のモデルは、いわば、無主の荒野を各自が好きなだけ開墾して、働きに応じた収穫を得る「大草原の小さな家」の世界です。そこでは元来、たくさん働いてたくさん収穫を得るか、収穫は少なくていいので自由時間をたくさん楽しむかは、個人個人の自由な選択の結果であり、等しく尊重されるはずです。自由時間を重視する選択をした人が、道徳的に劣った人であるようなレッテル付けはありません(「働かなくていい」というベーシックインカム論のスローガンは、あくまでこの意味と理解すべきで、ここでは働くほど収穫が得られるという関係は肯定されている)。

 

ところが、現実のこの社会では、自由に利用可能な無主の荒野などありません。強いられた失業もあり、倒産もあります。一旦そうなると食っていくすべはありません。とてもそんな自由な選択ができる社会ではありません。そこで、生存に必要な最低限の食い扶持は保障されるようにして、「大草原の小さな家」の世界をなんとかして近似的に実現してやろうという話なのだと思います。

 

 

新自由主義的ベーシックインカムへの危惧

 

左派側からの批判で目立つのは、「新自由主義に利用される」といったタイプのものです[*5]。「ベーシックインカムがあるのだからいいだろう」と言って、福祉や医療や教育などのいろいろな公的な社会サービスをなくしてしまうのではないか。最低賃金制度も要らないとされて廃止になるのではないか……。

 

例えば、橋下徹さんは、ベーシックインカムに賛意を示すツイッターで、「それによってバサーッと色んな制度がなくなり、公の組織がなくなるのではないか」という期待を表明しています[*6]が、新自由主義側の提唱者は、明らかにこれを狙っています。

 

新自由主義は歪曲満載とはいえ、これまでのところ「転換X」への最もメジャーな適応でしたから、その典型的な政策たるベーシックインカムが新自由主義者にとって親和性があるのは当然のことです。もし反対する左派の人が、もともと「転換X」そのものに反対する立場ならば、それにのっとるいかなる政策も新自由主義といっしょに見えるのも無理ありません。たしかにその批判には本質的な論点が含まれているでしょう。

 

しかし、そうではなくて、単に新自由主義者の側が公福祉解体的なベーシックインカムを唱えているからという理由だけで反対しているならば、そういうベーシックインカムもあるけど、そうでないベーシックインカムもあると言うだけです。小沢さんは、常々「ベーシックインカムと社会サービスの充実は車の両輪」と言っています[*7]。その通りだと思います。

 

そうは言っても、いまの政治的な力関係とか新自由主義的な改革の流れの中では、こっちがどんな理想的なことを言っても、結局新自由主義的なベーシックインカムに飲まれてしまうのではないかという反対論も聞かれます。ですが、この理屈を使えば、いかなる仕組みも、いまの政治的力関係の中で実現されるかぎり新自由主義的か右翼的なものになってしまうことは明らかなのですから、左派側からの新しい仕組みの提案などは一切できないことになってしまいます。どれだけベーシックインカムを積極的に提唱した身だとしても、いざ体制側から出されたベーシックインカムの案がよくないものだと思ったら、「もっとよいベーシックインカムを」と言って反対すればいいだけのことだと思います。

 

極端なたとえ話をすれば、左翼政党で「天皇制廃止」というスローガンを掲げようとしたときに、「いやいや天皇制廃止には改憲を必要とするが、現状で改憲を政治論議の場に乗せると、9条改憲に道を開いてしまうから反対」と言うようなものでしょう。現状で改憲を政治論議の場に乗せると9条改憲に道を開く恐れはとても現実的なのですが、そのことと、天皇制廃止を掲げるかどうかの問題とは論理次元が違うことは明らかでしょう。【次ページにつづく】

 

[*1] 「ベーシックインカム構想とマルクス経済学」『季刊経済理論』第49巻第2号(桜井書店、2012年)。「ベーシック・インカムとマルクス経済学」『経済科学通信』第133号(基礎経済科学研究所、2013年)。

 

[*2] 「2010年参院選政党所属候補者に対する意識調査」日本語版ウィキペディア「ベーシックインカム」、2014年4月26日閲覧。

 

[*3] 小沢 修司「ベーシック・インカム構想からの思考──日本における導入の姿とその効果」『月刊自治研』第46巻(533)、2004年。

 

[*4] この点は、「負の所得税」や「給付付き税額控除」では強調される。ベーシックインカムとの違いを力説する論者も多いが、可変的な細事を除き、数学的には同値である。実際には事務コストが最小になる方法で実装されるので、数学的に同値なものは、本質的に同じである。現代の規範理論では、さまざまな再分配制度を評価するときに、それと数学的に同値になる仮想的な「せり」や保険を考えて、その本質的性質を議論するが、実際の制度で「せり」や保険契約が行われるわけではない。

 

[*5] 例えば、萱野稔人編『ベーシックインカムは究極の社会保障か』(堀之内出版、2012年)に収録されているさまざまな議論のうち、左派側からの反対論には、こうした危惧を訴えるものが多い。

 

[*6] 2012年2月14日https://twitter.com/t_ishin/status/169547778048016384

 

[*7] 例えば、小沢修司「ベーシック・インカム論議を発展させるために」『季刊経済理論』第49巻第2号(桜井書店、2012年)、19ページ以降。萱野編前掲書収録の小沢のインタビュー「ベーシックインカムと社会サービス充実の戦略を」の論旨もこれで、最後が「「BIと社会サービス充実」の両輪が必要」との言葉で締められている。

 

 

 

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