自由と幸福のリベラルアーツ――「ソルジャー」ではなく「よき市民」を

7月に刊行されたJ PREP 斉藤塾代表の斉藤淳氏の『10歳から身につく、問い、考え、表現する力 ぼくがイェール大で学び、教えたいこと』(NHK出版新書)。一回限りの人生を後悔しないために、そして自由民主主義社会を支える「よき市民」となるために、いま必要とされる教育とはなにか? 比較政治学者・浅羽祐樹氏によるインタビューをお送りします。(構成/金子昂)

 

 

大切なのは「潰さない」こと

 

浅羽 本って、読み返すたびにグサリとくるところが違いますよね。だから、同じ本を何度でも手にとるわけですけど、今回、この部分がキタんです。

 

 

「人間の知的『創造力』には大きな可能性がありますが、同時にひとりの人間がめぐらすことのできる『想像力』には限界もあります。自分が直接経験しなかった痛みや喜びには、人間は恐ろしく鈍感なものです。言葉を学び、知識を身につけることは、文化や空間を超えて共感することのできる感受性を養うことであってほしいと思います」(p.214)(括弧による強調は引用者)

 

 

私たちの「そうぞう力」には可能性と限界の両方がある中、なんのために学ぶのか。自分の立身出世のためなのか。それとも、文化や空間、そして時間さえも超えるユニバーサルなコミュニティをつくっていくためなのか。英語教育だけでなく、リベラルアーツとはどういうことなのか、伺えればと思っています。

 

最初にお聞きしたいのは、タイトルに「10歳から」とありますが、その年代の子どもたちからの反響ってありましたか?

 

斉藤 10歳を上回る、10+30歳くらいの子どもからは反響をいただいています(笑)。もともと背伸びした10歳を意識して書いたんですよ。あとは、これから思春期に差し掛かって難しい時期を迎える、子育てに悩むことの多いであろう親御さんにも読んで欲しいと思っているんですよね。

 

浅羽 こう読まれると嬉しいってありますか?

 

斉藤 うーん、これから中学校に進む子が、何気なく入った図書館の本棚を横切ったときに「10歳」という文字を見て、「なんだろう?」と手に取ってくれることですかね。

 

浅羽 図書館って時空を超えてつながりますよね。まず空間を超えて、東京から酒田へ、新潟へ届く。そして5年後、10年後、時間も超えて手にする。10歳という身の回りにいる大人が親や学校の先生くらいのときに、図書館や本屋さんでたまたま手にとった本に出てくる人たちって、「あ、こんな人もいるんだ」「こんな考え方や感じ方もあるんだ」「こんなふうに生きてもいいんだ」って、それぞれ自分にとっての「今、ここ」を照らし出してくれます。

 

斉藤 そうそう。そういう意味では、いまはまだ書店で本を購入する親世代からの反応が一番多いですね。10歳からの反応はこれからだと思います。

 

浅羽 かつて酒田にいた頃の斉藤少年はどういう反応すると思いますか?「これから君は、アメリカの大学に留学したり、衆議院議員になったり、イェール大学で教えたりするけど、2014年には子どもたちに英語を教えているんだよ」って伝えたら。

 

斉藤 ありがた迷惑な気がしますねえ(笑)。やっぱり成果が出ることがわかっていなかったからこそ打ち込めたんだと思うんです。先のことを教えて欲しいような、欲しくないような気持ちがありました。だから子どもには、読んで欲しいような、欲しくないような気持ちがあるんですよ。

 

教育で難しいのは、「全部教えてしまうのはダメな先生」という性質があるところですよねえ。方向性を示すことすら、実は悪いことなのかもしれない。だからこの本には、自立のためのサバイバルスキルは書いたけれど、その後のヒントは、全部は書かないようにしました。

 

いま日本でも、教育についていろいろ議論されていますが、教育は人を育てるものと考えるのって傲慢だと思うんですよね。子どもは勝手に伸びていくものなんですよ。時間を忘れて熱中できるものがある子どもはたくさんいる。それを潰さないほうが大切なんです。ぼくがイェール大学で見てきた学生たちは、きっと世界各国で教育に潰されなかった子どもたちなんだと思いますね。

 

 

『10歳から身につく問い、考え、表現する力』書影

 

 

しなやかに学ぶ力

 

浅羽 なにが子どもたちを潰してしまっていると思いますか?

 

斉藤 東京に限って言えば、やっぱり中学入試は功罪両方みなければなりませんね。受験勉強も、漢字を覚えるなど基礎学力を付ける意味では重要な役割はあると思いますが、学習意欲をそぐような勉強をさせるのはよくないです。とはいえ、すべての子どもを学校に受け入れるわけにはいきませんから、試験で選別をしなくちゃいけないわけで、そういう意味では必要悪なところはあるんでしょうけどね。

 

浅羽 中学受験をしないような地方の場合はどうでしょうか?

 

斉藤 地方では別のかたちで問題はありますよね。例えば中学生だったら、部活動のせいで自由に放課後を使うことができなくて、特殊な才能や意欲があっても、それを伸ばす機会が奪われてしまう、とかね。

 

中学入試にせよ、部活動にせよ、なにか必要なスキルを限定して、集中して伸ばすという発想が問題なんだと思います。イェール大や東大など、教養教育を重視する大学は自分がなにをやりたいのかを模索する時期を設けていますが、小中学生なんて、なにが好きなのか自分でもまだわからない時期ですよね。そんなときに、内発的な学習意欲を信頼しないで、大人たちが特定の教科や競技を押し付け過ぎてしまうのはよくないと思いますよ。

 

浅羽 なんで今のような方法がとられているんでしょうね。

 

斉藤 最低限の能力を平均的につけるのであれば、今のやり方が合理的ではありますよね。

 

浅羽 途上国マインドで、全体を平均的に伸ばしていくスタイルが成功したせいで、もはやまったく違うステージに入っているにもかかわらず、あいかわらず成功体験を引きずってしまっている?

 

斉藤 それはあるでしょうね。Googleが自動車の自動操縦を開発したり、3Dプリンターが発明されたりすると、人間と機械の分業形態が変わっていくでしょう。今までは、想定している仕事に必要とされる体力や知識を最低限身に着けられる教育を行っていればよかったけれど、タクシーの運転手も、場合によっては学校の先生もいらなくなるような社会では、そんな教育は立ち行かなくなっていく。

 

浅羽 でも、次世代の教育プログラムを決めるのはシニア世代ですから、どうしたって時差が生じてしまいますし、そもそも30年後に適するプログラムを今全部完璧に組めるというのは傲慢ですよね。

 

斉藤 そうそう、予測しようとしてもできないでしょうね。だからこそ、自分で学んでいくたくましさや柔軟さ、しなやかさが必要になってくるんですよ。その基礎教育を培うのが教養教育なのだと思ってこの本を書いたんですね。

 

 

 

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