2015.01.22

報告3 地殻変動する東アジアと日本の役割

信田智人 国際政治学

国際 #日本アカデメイア#グローバリズム

2030年の世界

こんにちは、今日は本シンポジウムのテーマである「地殻変動する東アジアと日本の役割」をタイトルにお話をします。

この2年間、毎月1回、日本アカデメイアというグループで、経済界、労働界、学会、官僚の代表者が集まって、日本力、国際問題、価値創造経済モデルの構築、社会構造、統治構造という5つのテーマについて議論をしてきました。ここでは私が主査を務めておりました国際問題のグループで議論してきたことをお話します。

最初に、2030年に世界はどうなっているのか、それまでに何が起きると考えられるのかについて3つほど挙げたいと思います。

1つ目は世界的な規模の経済危機が起きる可能性が大きいということ。

いまG7の負債総額はGDPの3倍であり、いつ金融危機が起きてもおかしくない状況にあります。また現在の世界経済は新興国に依存している部分が大きく、経済成長の半分以上が新興国の成長、投資の約4割、そして増加分の7割が新興国への投資となっています。もしどこか不安定な新興国がこけてしまったら世界経済危機が起きる可能性が高い。とくに世界の経済成長の3分の1を担っている中国は、2025年までに低成長期になると言われていますから、このとき世界経済はどうなるのか。不安は大きいです。

2つ目は世界的な規模でガバナンス・ギャップが起きているということ。

国家が重要な役割を担っていたのは19世紀、20世紀、21世紀前半までだろうと言われています。いまは国家の役割が低下しており、非国家アクター、大都市などの地域アクターがその役割を担うようになる。そして地域主義が台頭するだろうと考えられます。また全世界的に見て先進国と新興国間のコンセンサスが欠如していることによるガバナンス・ギャップも生じています。たとえば貿易経済協力でのルール作り、気候変動、環境問題、核不拡散などの分野ですが、環境などでこれまで好き勝手やってきた先進国の言うことを素直に新興国は聞けないでしょう。また、新興国の中には政治弾圧などの見通しの暗い部分も多くあります。

ただ、面白い兆しとして挙げられるのが、中国が5年以内に年間の一人当たりGNPが1万5000ドルになると言われている点です。歴史を振り返ると、一人当たりGNPが1万5000ドルになった国は民主化が進んでいく。これから中国が民主化に向かっていったら、場合によっては中東に波及して、民主化が進んでいく可能性もあるかもしれません。

そして3つ目が、2030年までに紛争が増加する可能性が高いこと。

若年層の少数民族が多い国では紛争が起きやすいという傾向があります。中国、インドネシア、ロシア、中東などが当たります。また天然資源をめぐる紛争も発生する可能性は高く、イラン・北朝鮮、テロ集団が核兵器が持つ可能性もある。イスラム国のように、欧米が定めた国境への挑戦という現象も出てきています。インド、パキスタン、アフガニスタンもまだまだ不安定ですね。

冷戦後、アメリカによる一極構造が続いてきましたが、多極化が進み、相対的な地位が落ちている。これからも世界で第一位の国ではあるのでしょうが、同輩中の首席でしかないことになるでしょう。オバマ大統領自ら米国は「世界の警察」という役割をやめるとも言っていますが、地域安定のためのバランサーとしてアジア太平洋には関与していくことになるでしょう。するとアメリカの同盟国である日本やオーストラリアなどはこれからその役割が強くなっていかなくてはいけない状況になっていくのではないでしょうか。

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最善と最悪のシナリオ

このような状況の中で、最善と最悪のシナリオを考えてみました。

最善のシナリオは、グローバリズムが進んで世界が一体化していくことです。南アジアでは2030年までに紛争が起きると言われていますが、最善のシナリオでは、米欧中が連携してこの紛争を収めてくれる。また中国、中東の民主化が進んでいき、東アジアで言うと、中国と台湾、そして朝鮮半島の問題が解決する。ただ、このシナリオになるのは、可能性はかなり低いと考えられます。

一方、最悪のシナリオは、アメリカとヨーロッパが内向き化し、グローバル化が後退することです。最善のシナリオと反対に、地域紛争が起きても誰も収めることがなく、増大してしまう。とはいえ、第3次世界大戦が起きる可能性は低いと思われます。

また、最善であれ最悪であれ確実に起きると言えるのは格差社会の拡大です。特にEU、中国国内、ASEANの国家間、そしてASEAN各国の国内での貧富の拡大がすでに起きています。これはカンボジアやミャンマーなど、経済発展の進んでいない地域でも見られる現象です。また先に述べたように、非国家アクターの台頭が起き、多国籍企業や巨大都市、大富豪や学術機関が大きな役割を果たしていくことも確実に起きると考えられます。

2030年の東アジア:4つのシナリオ

それでは2030年の東アジアはどのように変わっていくのか。下記のような表を作ってみました。

新潟シンポ

縦軸が強い日本と弱い日本、横軸がアメリカと中国の相対的な力関係を示しています。東アジアの秩序については、日本の影響力が強い場合と弱い場合、米国と中国との相対的な地位によって4つのシナリオが描けます。

第1に、日本の影響力が弱く中国が強くなれば、中国中心の地域秩序が生まれます。そこでは中国を中心とした階層型の勢力圏が広がり、閉ざされた東アジア統合が進むことになります。

第2に、日本が弱いが米国の影響力が強い場合、不安定な現状維持が続き、米国を中心とした同盟関係を主軸とするが不安定な東アジアとなるでしょう。

第3に、日本の影響力が強まるが同時に中国も強まる場合、中国が日米同盟と対峙する勢力均衡秩序が生まれ、米国の関与が後退する形で新しい冷戦型の枠組みが生まれることになるでしょう。

第4に、日米両国が強い場合、中国が柔軟化と民主化を進展させ、東アジア共同体のような開かれた地域統合が進む多国主義的地域秩序が生まれると考えられます。

ここで最も重要な変数は、中国とアメリカです。中国がどのような国になっているかでシナリオが大きく変わります。経済がハードランディングする可能性もありますし、民主化が進む可能性もある。強権的な体制が強いまま続くことも考えられます。また、アメリカの国民が東アジアに対するコミットメントによっても変わります。アメリカがコミットを維持する可能性も、より内向きになる可能性もあります。

日本としてすべきことはまず自国の国力を高め、この図で上半分に向かうようにする。そして日本が応分の負担をすることによって、東アジアに対するアメリカのコミットメントを維持するようにし、図の中の右上にある多元的な国際秩序の形成に努めることが必要でしょう。

この他、さらに提言もしているのですが、詳しくは2月に行われる日本アカデメイアの発表をご注目ください。(「地殻変動する東アジアと日本の役割/新潟県立大学大学院開設記念シンポジウム」より)

⇒「報告4 北朝鮮の「並進路線」と新たな経済政策/三村光弘」へ

プロフィール

信田智人国際政治学

1985-1989年ジョンズ・ホプキンス大学ライシャワーセンター東京代表 1994年 ジョンズ・ホプキンス大学国際関係学博士号取得 1994-1998年 国際大学日米関係研究所専任講師 1999-2006年 国際大学研究所助教授 2007年-現在 国際大学研究所教授、2014年から副学長

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